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胃袋ダンジョン黎明期~現代ダンジョンはヤベー神様の腹の中~  作者: 廃くじら
第二部

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45/50

第45話~腹を割る~

「? ヤマナシ一人?」

「うん。ローテの関係でね。あの馬鹿がいなくなったから人手が足りてないんだ」


今まで原則二人以上であたっていた監視役が一人になったことに首を傾げるハニヤスに、僕はパイプ椅子に腰かけながら事情を説明する。


「別室でカメラ監視はしてるし、君もこれだけヘロヘロじゃ悪さすることもできないでしょ」


ハニヤスはつい先ほどエネルギーを抜かれたばかりで、ベッドの上でぐてっと横になっていた。エネルギー不足の状態にも慣れ、苦しそうな様子こそ大分薄れたが、全身から生気が感じられずまともに動ける状態ではない。


「ふふ……貴方たちを油断させるための演技かもしれないわよ?」

「なら、僕が一人で来たのは君を暴発させる罠かもしれないね?」


けれど僕らはそんな軽口を交わしてニヤリと笑う。


適度な緊張感と親しみがないまぜになった空気の中で、僕は前置きもなくその話題を切り出した。


「昨日あの馬鹿を呼び戻しに行ってきた」

「…………」

「手が足りないから戻ってきて手伝ってくれって頼んだんだけど、断られたよ」

「……そう」


ハニヤスは努めて感情を出すまいとしているように無表情だった。


僕は無表情の仮面の奥にあるものを探ろうと、ジッと彼女を見つめて続ける。


「隠れてコソコソやってたことを根に持ってるのかと思ったけど、それだけじゃない感じだったね。どうもあいつは僕に見切りをつけたらしい」

「見切り?」


意外な言葉だったのだろう。ハニヤスの声に感情らしいものが混じる。


「うん。君の前じゃ対等っぽく振る舞ってたけど、実は僕はあの馬鹿と比べたら劣等生でね。入隊以来つるんで一緒に行動してはいたものの、実力じゃ全然釣り合いが取れてないんだ」

「……そうなの? 二人のやり取りを見る限り、ヤマナシがタツミを引っ張ってるように見えたけど」


思わず苦笑が漏れた。確かに、ハニヤスの前で見せたやり取りだけを切り取れば、そう見えたに違いない。そしてそれは僕らの実力差を知る者たちにとっては、とても不自然なものに見えていただろう。


「引っ張ってたわけじゃなくて、あいつが僕に引っ付いてただけだよ。君の前じゃゲーム下手な間抜けに見えたかもしれないけど、あいつは世間で言うところの『天才』ってやつでね。あいつが本気で走ったら、僕は引っ張られるどころか地面を引きずられて大惨事になってるさ」

「…………」


ハニヤスは否定も肯定もせず、ただ意外そうに目を丸くする。


「もしかしたら、あれで僕に気を遣ってたつもりなのかもしれないね。僕にくっついて引っ張られてるフリをすれば、少なくとも僕を足手まといだと責めなくて済む」

「…………」

「ただまぁ、あいつはそういうまどろっこしい関係が嫌になったらしい。これからは僕とつるむのはやめて上を目指すんだとさ」

「…………」


ハニヤスは無反応──それを見て僕は自分の予想が正しかったことを確信した。


「驚いたり否定したりしてくれないんだね?」

「え……?」

「てっきり今までの君なら『そんなことない』とか『何かの間違いだ』とかフォローしてくれるもんだと思ってたよ」

「それは……」


僕の言葉にハニヤスは戸惑い、慌てて言葉を探す。


「いいよ別に。君はあの馬鹿の変化を予想していたんだろう? ならそんな反応になっても仕方ない」

「────」


僕がどこまで察しているのだろう?──そう探る様な表情だ。


このハニヤスの反応、残念ながら僕の予想は正しかったらしい。深々と溜め息を吐いた。


「ハニヤス。今この部屋は、椎野さんに頼んで監視カメラの音声を切ってもらってる。僕らが話した内容が誰かに知られることはない。だから、腹を割って話そう」

「…………」


ハニヤスは無反応。今まで僕は彼女の信頼を裏切るようなことばかりしてきたのだから、これは当然の警戒だ。


だからまず、自分の腹の内を見せる。


「さっきも言ったけど、巽って奴は所謂天才なんだ。天才って言うと『努力もせずに何でもできる人間』なんてイメージがあるけど、現実は努力無しには回らない。天才って呼ばれてる連中は、結局凡人より質の高い努力をより多くこなしてるだけだと、僕は思ってる」


これは巽一登という人間に出会って僕が得た素直な感想。


「だけど努力は平等じゃない。素人がいきなり高度なトレーニングを積もうとしたってそりゃ無理な話だろう? 土台、知識、感性、環境、モチベーション、色んなものが備わって初めて人は質の高い努力をこなすことができる。天才と凡人の努力は同じじゃない。同じように頑張ったんじゃ凡人に天才と同じ努力を積むことはできないのに、皆努力することは平等だと勘違いしてるんだ」


例えばスポーツ。同じ基本動作をしていても、体格やセンスに恵まれた者は思考に余裕が生まれ様々な気づきがあり、工夫を挟む余地がある。またスタート位置が先に進んでいればより上位の経験を積む機会に恵まれることになるし、褒められれば当然モチベーションも高くなるだろう。家庭環境や経済的事情に恵まれない者はそもそも努力すること自体が容易ではない。


そんな風に持って生まれたものの違いが様々なことに波及する。元が恵まれた者とそうでない者の努力の質と量に差が生まれるのは自然なことだ。


だから凡人は努力しても無駄だとか、天才は楽をしているとか、そういうことを言っているわけではない。ただ現実を正しく認識せずして、凡人が意味のある努力を積むことはできないのだと思う。


そして天才もまた、その現実を正しく認識しなくては必ずどこかで破綻する。


「これは本人から直接聞いた訳じゃないんだけど、多分巽には周りの人間が怠けてるように見えてるんだと思う。同期と一緒に訓練してる時の表情とか見てるとね、何となくわかるんだ。そいつらに『凄いな』『天才だな』って言われる度に、口じゃ愛想よくしてるけど目が笑ってないんだよ。あいつから見たらそういう連中は努力が足りない──いや、努力になってないって見えてしまうんだろうね」


だから基本的にあいつは同期とあまり仲が良くない。対等の条件となればどうしても自分と比べてしまうから。逆に比べることも烏滸がましい圧倒的な格上といる時はノビノビとしている。


「僕に絡んできたのは……多分ジャンルが違ったからかな? 競う分野や方向が違えば自分と比べなくても済むと思ったのかもしれない──まぁ昨日の言葉通りなら、それでも結局期待外れだったってことになんだろうけど」

「…………」


ハニヤスは肯定も否定もしない。


僕は真っ直ぐに彼女を見据えて、言った。


「僕はあいつの言葉を信じてない」

「────」

「上を目指したいって言葉自体は本当なのかもしれない。だけど今このタイミングでそれを言い出すかな? 僕にはあいつがずっと、凡人の努力を理解しようとしているように見えた。でなけりゃ最初から僕みたいのと関わろうとはしなかっただろう。あいつは僕の前で一度も誰かの努力や積み重ねを否定するような言葉を言わなかった。ホントは思っていたんだとしても、口にしなかった。あいつはきっと、他人の努力を認められるようになりたいと考えていた筈なんだ」


凡人の努力は天才の努力と比べ、総じて質も量も劣っているのかもしれない。だがそれは凡人が頑張っていないことを意味しない。僕には巽が、そのことを認め理解したいと願っているように見えた。


「だから僕は今のあいつを信じてないし、その言葉には裏があるんじゃないかと疑ってる──そう考えた時、もう一つあいつの言動で腑に落ちないことがあった」

「……腑に落ちないこと?」

「君だよ」


そこで僕は一呼吸おいて彼女の反応を窺う。


「あいつは今の君の置かれた境遇を見てられないと言った。ただでさえ神と人類とは戦争状態にあってまともな話し合いすら難しい状況で、しかも君の行動には明らかに不審な点がある。これじゃどうやったって話はまとまらない。これ以上苦しませず始末した方が君のためなんじゃないかと、あいつは言った」

「…………」

「これは筋が通っているように聞こえるけど、全然あいつらしくはないんだ。報われない努力を無駄と切り捨てられる人間なら、最初から他人を理解しようなんて考えない。そのあいつがまだ全部やれることを試したわけでもないのにこんな簡単に諦めるかな? 仮に僕とのいざこざで拗ねてるんだとしても、君のことを諦めるってのは筋が違うだろう?」

「……そう? 色々立て続けにことが起きて、面倒くさくなって何もかも投げ出したくなる時もあるんじゃないかしら?」


冷静に、淡々とハニヤスは僕の言葉に反論する。


「君はあいつが一度懐に入れた相手を自分から投げ出すような無責任な人間だと思うのかい?」

「さぁ? 数日付き合っただけじゃ人の本質なんて分からないものよ。それに貴方はタツミの言葉に裏があると言ったけど、貴方を遠ざけて、私を早めに処分して、いったい彼にどんなメリットがあるというのかしら?」


うん。問題はまさしくそこだ。


「メリットはない」

「は?」

「考えたけど、あいつにとってのメリットは何も思いつかなかった」

「……呆れた。なら今の話は全部貴方の妄想──」

「だから、今のあいつは誰かに操られているんじゃないかと僕は疑ってる。例えば君の身体を操ってた何者か、とかね」

「────」


ハニヤスの表情が強張り、しかし直ぐに反論する。


「……仮に私の本霊か何かがタツミを操っているのだとしたら、貴方を遠ざけるのはまだしも、私を処分しようとするのはおかしいのではなくて? 仮に私がもう用済みなのだとしても、周りの注意が私に向いている方があちらは動きやすい筈よ?」

「うん。僕もそこが引っかかった」

「なら──」

「だから逆に考えることにしたんだ」

「……逆?」

「ああ。巽を操っている存在にとって、もう君の存在は用済みどころか邪魔になったんじゃないか、って」

「────」

「あいつは頑なに君に会おうとしない。それはひょっとして、君に会えば自分の存在が察知され妨害される可能性があると考えてるんじゃないか? 君はそいつと巽となら、巽を選ぶと思われてるんじゃないか?」


彼女は無表情を取り繕い、僕の言葉を肯定も否定もしなかった。


「……この件を上に報告しても、まず相手にしてもらえないだろうと思う。今のところ根拠は僕の印象しかないからね。それに万一信じて貰えても、神に憑りつかれた巽がどう扱われるか、正直あまり良い未来は想像できない」

「…………」

「だけどもし僕の想像が正しいのだとしたら、巽を操る誰かにとって、君の存在は急所なんじゃないか?」

「…………」


ハニヤスはまだ口を開こうとしない。


「もう一度言うよ、ハニヤス。腹を割って話そう。もし君が巽を救いたいと思ってくれるなら、君は僕の手を取るしかない筈だ」

「…………」

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