第44話~拒絶~
この時点でハニヤス──いや、ハニヤスヒメノミコトは今起きている問題の全容を、コトを引き起こした黒幕を除けばただ一人正確に把握していた。
だが彼女が真相を把握したのは自分が操られている様を映像で見せつけられた後。その時には既に彼女は身動きが取れない状態となっていた。
全てを打ち明け協力を仰ぐことも考えたが、その反応次第では■が犠牲となってしまう。責任は全て自分にあった。だから自分が死ぬのは構わない──いや嘘だ。怖いし死にたくないけど、それでも自分を信じてくれた人間を犠牲にするよりずっとマシ。
救わなくてはならない──彼女はただそれだけを考えていた。
だがどうすればいい?
自分は厳重な監視下に置かれ、ただでさえ衰えていた力を更に奪われている。熱病に浮かされたように頭がぼうっとして満足に歩くことも出来ず、仮に監視の目を逃れて脱出できたとしても、これでは出来ることなど何もない。
いやよしんば万全の状態だったとしても、いったい自分に何が出来たやら。
今この状況で自分以外に■を救える可能性があるモノはいない。そのことは間違いないが圧倒的に力が足りなかった。いや力だけでなく知恵が足りない。手が足りない。何もかもが足りない。
やはり事情を話して協力を仰ぐしかないのか?
今、自分を見張っている者たちが信頼に足る人格の持ち主であることは理解している。だが同時に、彼らは安易に情に流されることのない合理的な思考の持ち主だ。彼らにとっての最適解がいかなるものか──それを想像して、ハニヤスは結局流されるまま何もできずにいた。
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ハニヤスに元気がない──精神エネルギーを常に限界ギリギリまで吐き出させているのだから元気がなくて当然なのだが、僕はそのことで女性陣から微妙に白い目で見られていた。
この拘束方法を提案したのは僕だし、その結果幼い見た目のハニヤスが衰弱している様を見れば僕を非難したくなる気持ちは分からなくもない。
だが僕も好き好んでこんなやり方を提案したわけではないのだ。仮に僕がこの方法を佐々木室長や木口さんに提案していなければハニヤスは既に始末されていたかもしれない。それを考えたら僕は感謝されることはあれ非難されるようなことはない筈だ。
無論そんなことを言っても詮無い話であることも理解はしている。
これは理性ではなく感情の問題だ。理詰めで言い返して論破したところで──そもそも女性陣も口に出してはこないので言い返すも何もないのだが──余計に反発を招くだけだろう。
なので僕はより現実的に、ハニヤスの気を紛らわせ、女性陣の目を逸らすためのスケープゴートを迎えに行った。
「ということで戻ってきてくれ」
「……いや、何が『ということ』なのかサッパリ分からん」
ハニヤスの件から手を引くと宣言して以降、数日間顔を合わせていなかった巽を寮の部屋の前で待ち構えて捕まえる。学校帰りで制服姿の彼は呆れと拒否感の混じった表情で僕を見ていた。
まだ利用されてたことでいじけてるのか? 同じ立場の真木さんや羽佐間さんはキッパリ水に流してくれたのに──時々厭味が混じるけど──全く下の穴の小さい奴だ。
「そこは分かれよ。お前がいなくなってハニヤスが寂しがってるんだ」
「……だから?」
「だから、ってお前……だから戻って来いって言ってるんだよ。メールでも伝えたけど、ハニヤスを安全に拘束する方法が見つかって、上には当面様子見する方向で納得してもらった。上層部が帰ってくるのもいつになるか分かんねぇし、監視する人間が足りないんだ。元々お前が抜けたのはハニヤスの前で演技できそうにないから、って話だったろ? ハニヤスには事情を全部話してる。戻ってくるのに何の問題もないだろうが」
「…………」
僕の言葉に巽はほとんど表情を動かすことなく嘆息一つ。
「断る。他当たってくれ」
「────」
呆気にとられる僕を押しのけて部屋に入ろうとする巽。僕は一瞬遅れて彼の肩を掴み、それを引き留めた。
「いや、待てよ!?」
「……まだ何か用か?」
振り返った巽の表情からは、感情らしいものがゴッソリそぎ落とされているように感じた。
「何か用じゃねぇよ! そりゃお前に隠れてコソコソしてたことは悪かったけど、ンな不貞腐れた態度取らなくてもいいだろ!?」
「……そんなんじゃねぇよ」
「なら──!」
「ハニヤスを拘束する方法が見つかったって言っても、そんなの所詮一時凌ぎだろ?」
巽は僕の手を素っ気なく振り払って言った。
「メールなら読んだよ。お前がやってることは精々定期的にガス抜きして爆発の規模と可能性を抑えようって程度のもんだろ? 結局、リスクは残るし最終的な安全性が確認できなけりゃ、あいつを処分するって結論に変わりはないんじゃないか」
「それは……そうやって時間稼ぎしてる間に、他の方法を──」
「そんな都合の良い方法がホントにあるのか? 今すぐに実現できなくても、可能性の段階でもいいから案の一つもあるって言うなら話は別だけど」
そう言って巽の冷たい視線に見据えられ、僕は何も言えず口を噤む。
「どうすればいいのか方向性も見えてないのに何か方法をって、無責任にもほどがあるだろ。人を誘うならせめて筋道ぐらいは示してからにしてくれ」
「…………」
「結局、期待だけさせといて『やっぱり駄目でした』じゃ、あいつを嬲ってるのと変わらない。それならいっそ一思いに始末してやった方がマシだと思うけどな」
淡々と、論理的にこちらを説き伏せる巽。その初めて見る態度に僕は思わず後退りそうになった。しかし理性よりも感情的な反発で踏みとどまり、反論する。
「……可能性を探る前から諦める方がどうかと思うけどな。少なくともハニヤスは全部納得した上でここにいるんだし、嬲ってるなんて言われる覚えはねぇよ」
「そうか。気を悪くしたなら謝るよ」
巽はアッサリと謝罪して続けた。
「だけどそれはお前らの考えであって、俺が協力する理由にはならないだろう?」
「…………」
そう言われれば返す言葉がない。
黙り込んだ僕を見て、巽はついでとばかりに付け加えた。
「いい機会だから言っとくけど、俺もう開発室の手伝いすんの止めようと思うんだ」
「は──?」
「どうせ予算の見込みも立ってないし、仕事もないんだから構わないだろう? もし何かあっても椎野さんたちに頼めば手は足りる」
「そりゃそうだけど……何でいきなりそんな」
確かに巽の言う通りだが、どうしてハニヤスの件からそんな話になるんだ?
「別にいきなりってわけじゃない。元々お前の誘いに乗ったのは普通に戦闘員やるより得るものがあると思ったからだ。それが勘違いだったっていうなら、これ以上お前とつるむ意味はないだろう?」
「────」
突然の宣言に僕は頭が真っ白になった。それはショックによるものか、あるいは怒りか、屈辱か、それとも──
僕がその正体を探っている間も巽の言葉は続いていた。
「俺は上を目指そうと思う。お前とならそれが出来ると思ってたけど、どうもそうじゃなかったみたいだ。こっちから絡んどいて悪いけど、こういうのはもうこれっきりにしてくれ」
「…………へぇ」
僕の喉から自分でも驚くほど冷静な声が漏れた。
これは拒絶だ──その意味が分からないほど、僕はコイツと浅い付き合いをしてきたつもりはない。
「つまりお前は、自分は僕より格上で、僕と一緒にやってきたことは無駄だって言いたいわけだ?」
「? 事実だろう?」
巽は何を今更、と呆れたように嘆息する。
「勘違いさせたなら悪いが、実際周りの評価もそうなってる──ああいや、お前の場合は評価が低いどころかマイナスだったな」
「…………」
その言葉は明らかに僕と椎野さんたちにまつわるあの悪評を当て擦ったものだった。まさかとは思ってたがこいつ本当に──
「もういいだろ。これから訓練なんだ。これまで無駄にしてきた時間を取り戻したい」
──バタン
僕の目の前で寮のドアが閉まる。
「…………」
この一連のやり取りに僕は──




