第42話~爆弾~
「巽、暫く休んでたけど任務の方はもういいのか?」
「?」
放課後、学校の廊下で同級生の男子三人に呼び止められた。
確か同じクラスで自分たちより一か月遅く入隊した隊員だったと思うが、正直名前も覚えていない。馴れ馴れしく話しかけてきたあたり話をしたことぐらいはあったのか、それとも見た目通り不躾なだけか判断がつきかねた巽は無難な返答を返す。
「まぁな」
「へぇ? 椎野や月見里も同じタイミングで休んでたから、てっきり同じ任務かと思ってたんだけど違ったのか?」
「…………」
やけにグイグイくる。別に答えても問題はないのだが、あれこれ詮索されるのも面倒くさいと思い、巽は伝家の宝刀を抜いた。
「悪いけど、機密事項なんで任務に関わることは言えない」
「お、そ、そうか。いや、そうだよな……」
実際には任務内容ならともかく同じ任務かどうかぐらいのことで機密も何もないが、まだ経験も思慮も浅い彼らはアッサリと巽の言い分を受け入れた。
相手をする価値はないな──巽は彼らに見切りをつけるとその場を立ち去ろうとする。
「じゃあな」
「あ、待てよ! まだ話があるんだ!」
「?」
鬱陶しいとは思うが無駄に敵を作るのはうまくない。振り返り無言で『何の用だ』と視線で問いかける。
三人は巽の不機嫌さに気づくことなく呑気に続けた。
「俺らこれからカラオケ行くんだけど、一緒にどうだ?」
「?」
彼らが何を言っているのか、本気でよく分からなかった。入隊時期や立ち振る舞いから見て彼らはまだ訓練生だろう。今は知識や技術を吸収しようと寸暇を惜しんで訓練に打ち込んでいる筈の時期。勿論適度な休息は必要だが、特に親しくもない他人を誘う意味はない。
巽が本気で訝し気にしているのを見て、想像と反応が違ったのか三人は少し焦ったように付け加える。
「ほら、折角同じクラスなんだし、偶にはいいだろ」
「そうそう。ホントは椎野も誘いたかったんだけど、まだ休みみたいだしさ」
「隊員同士、コミュニケーションってのも必要じゃんか」
その言葉で巽は彼らの意図を概ね察した。
婉曲に角が立たないように断ろうかと思ったが、こういった手合いはハッキリ言わないと伝わらないししつこい。
「別に俺は任務がないから暇ってわけじゃないんだ。遊ぶならお前らだけで行ってくれ。あと、俺の自意識過剰だったら悪いけど、パーティー組まないかって話なら断るわ。ついでに椎野さんを紹介してくれって頼みも全部断ってる。じゃ──」
「ちょ、待てよ!!」
三人の一人が巽の肩を掴んで引き留める。巽はついイラッとしてしまい、口から怒気がこぼれた。
「あ゛?」
「っ!? そ、そんな睨むことねぇだろ……?」
ビビんなよ、それでも警備隊員か──巽は内心の苛立ちを抑え大きな溜め息を吐く。
「……まだ何かあんの?」
「断るにしても話ぐらい聞いてくれてもいいだろ?」
「俺ら相性悪くないと思うんだよ。だから、な?」
「何でか知らねぇけど、お前ずっと月見里に寄生されてんだろ? 事情聴かせてくれればその辺りも力になれるかもしれないしさぁ」
「…………」
この状況でどうして相性が悪くないと思えるのか、巽は彼らの無駄な前向きさに呆れるほかなかった。
また巽が月見里に寄生されているというのは全くの見当はずれなのだが、一部の者たちから、実力不足の月見里が巽に取り入って利用し正隊員に昇格したと思われていることは知っていた。また仮に月見里と組んでいなければ巽はもっと上へ行けたという意見自体は否定できない、が──
──邪魔だな。
「?」
思考に、ノイズが混じる。今自分は何を思ったのだろうか?
「……巽? どうかしたか?」
「何が?」
三人組が不審そうな顔でこちらを見ていた。
「突然ぼうっとして……具合でも悪いのか?」
「いや、んなことはねぇよ」
そうだ。ここ最近、調子はかつてないほどに良い。感覚が研ぎ澄まされていて、今なら何でも出来そうな気がする。こいつらが何を言っているのか分からないが──
「それより、パーティーを組もうって言うならせめて正隊員になってから誘ってくれるか? お前らが馬鹿にした月見里は一応正隊員だ。訓練生のお前らが寄生だ何だの言ったところで説得力がねぇんだよ」
挑発的な言葉に三人組の表情がカッと紅潮する。
「そんなのは単にあいつの方が早く入隊したってだけの話じゃねぇか! センスじゃ負けてねぇよ!」
「そうだ! 大体、あいつが正隊員に昇格できたのだってお前と組んでたからだろ!? 実力じゃもう俺らの方が上だっての!」
「……そうかい」
月見里の正隊員昇格に自分は関わっていないし、何を根拠にセンスや実力は上だと言っているのか分からなかったが、巽は敢えて否定せず失笑を漏らす。
その反応に三人組が更に何か言い募ろうとするが、それを遮るように巽は肩を竦めた。
「まぁ精々頑張れ。お前らが実際に月見里より上だって証明できたらパーティーの話も考えてやるよ。ついでに椎野さんも振り向いてくれるかもしれねぇぜ」
「? そこで何で椎野が出てくるんだよ?」
ニヤリと笑い、特大の爆弾を落す。
「うん? ああ、そうか。お前らは知らないよな──あの二人、隠れて付き合ってるんだわ」
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「動きもそうだけど、これ攻撃の威力も徐々に落ちてない?」
「どれ?──あ~、そうかも。連続して同じ場所を攻撃してるわけじゃないし、都度直してるから分かりづらいけど、最初と最後じゃ大分違う……変ね?」
「だよねぇ。普通こういうのって少しずつ威力を上げて試すもんでしょ」
「う~ん……前半はほとんど威力が変わってないから、途中からエネルギー不足になったとか?」
「でもハニヤスに疲れた様子はなかったし、それだと操ってる側のエネルギーはハニヤスとは別枠ってことになっちゃわない?」
「あり得ない話じゃないでしょ。もしそうなら、もうハニヤスが操られて何かしでかすリスクは低いってことになるわ」
「……流石にそれは頭悪すぎない? それなら僕らを油断させようと演技してるって方がまだありそうな気がする」
「それこそないわよ。もしそうなら監視に気づいてたってことになるけど、それならそもそもバレるような迂闊な行動はしないでしょ」
「……まぁねぇ」
ハニヤスに事情を暴露して二日が経過。
ハニヤスに不審な点はあるものの一先ず様子見の続行が決定され、彼女の隔離場所は仮眠室から開発室付属の簡易演習場へと移っていた。理由は仮眠室より施設強度が高く何かあった時に対処しやすいこと。多少居心地悪く不便にはなったが、ベッドなど最低限のものは運び込んでいるし、そこは我慢してもらうしかない。
現在の監視役は時東さんと羽佐間さん。安全確保のためエネルギーを吐き出したばかりのハニヤスがぐったりした様子でベッドに横たわっており、羽佐間さんが心配そうに世話をしている。事情を全て話した後も時東さんとは少し距離があるが、あれはハニヤス側がどうこうではなく時東さんが負い目を感じているだけだろう。監視する上ではこの方が都合がいい。
僕と椎野さんはそんな三人の様子をモニタールームでチェックしつつ、別モニターで過去の映像の見直しを行っていた。
切っ掛けは、ある時点からハニヤスの不審な行動がなくなっているとの椎野さんの指摘。実際に映像を確認してみると、ボーダーはハニヤスがここに来て五日目で、六日目以降は一人きりにしても操られている様子が見られない。このことを果たしてどう評価すればいいのか、僕と椎野さんは過去映像を基に意見を交わしていた。
「もし本当にハニヤスを操ってる本霊?──まぁ、別の存在かもしれないけど──それが力を使い果たして消えたんだとしたら、これ以上ハニヤスを警戒する必要はない、ってことにならない?」
「……言いたいことは分かるけど、それは希望的観測が過ぎるでしょ。僕らを油断させようとしてる可能性はゼロじゃないし、例え今それが力を使えない状態にあるんだとしても時間が経てば復活するかもしれない。そもそも個人的な感情は別として、組織としてハニヤスを受け入れようとするなら彼女が絶対に裏切らないって確証が必要だよ」
「結局そこに戻っちゃうのね……」
例え人間でも絶対に裏切らない者などいないのだ。神であるハニヤスが絶対に裏切らない確証などあろう筈がない。
椎野さんはループする議論に天井を仰いで溜め息を吐き、ふと気づいたように僕に視線を向ける。
「そういえば、元々月見里くんはハニヤスをどうするつもりだったの?」
「どうする、とは?」
「思い返せば月見里くんって、ハニヤスを警戒してはいたけど、積極的に排除しようとは一度も主張してないのよね。彼女が絶対裏切らない確証なんて見つかりっこないのは最初から分かってたことでしょ? 最後は決裂するのが見えてた筈なのにどうにか取り込もうとしてるように見えた。じゃなきゃ、流石に巽くんや真木さんたちを騙してまで彼女の本音を探ろうとはしなかった筈よ。月見里くんは落としどころをどこに持ってくるつもりだったのかな~、と思って」
「…………」
探る様な椎野さんの視線に、僕はこれ以上隠す意味はないかと口を開く。
「どう、と言われても僕は何とかハニヤスをこっち側に引き込めないかと思ってただけで、そんな都合のいい落としどころなんて何も思いついちゃいないよ」
「……そうなの?」
「神との融和が夢物語だとしても、ハニヤスだけでも取り込めればメリットが大きいからね。排除よりそちらを軸に考えるのは自然な発想だろ?」
「…………」
メリットがあることは認めるが実現可能性がないなら意味がない──そう訝し気に眉を顰める椎野さんに、僕は淡々と自分の考えを伝えた。
「初期の段階でエネルギーを吐き出させてヘロヘロにしようってアイデアは佐々木室長に話して準備してもらってた。ただこのやり方はハニヤスへの負担が大きからね。あの時点でハニヤスは形式的には対等の友好の使者だったわけで、そもそもハニヤスが拒否する可能性もあったんだ。で、その辺の問題を解決するために、まずは巽たちに本当にハニヤスと仲良くなってもらうことにした」
「え? あれはハニヤスを油断させるための囮だったんじゃ……?」
「そうだね。囮だったことは間違いない。だけどそれだけでもなかった。実のところ僕にとっては、あの三人こそがハニヤスを取り込む本命の策だったんだよ」
「…………」
鳩が豆鉄砲を喰らったような表情をする椎野さんへの苦笑を噛み殺し、僕は説明を続けた。
「まずあの三人にハニヤスの信頼を勝ち取ってもらって、多少の無理を強いても受け入れてもらえる土壌を作ろうと思ったんだ。実際ハニヤスも負い目があるとは言え、あの三人がいなかったらあんな屈辱的な目に遭ってまでここに残ろうとはしなかったんじゃないかな。従わなければ命がないと分かっていても、希望の見えない状況でただ利用されるぐらいならいっそ、って自決を選んでいたかもしれない。まあ、実際彼女が何を思って受け入れてくれたのかは分からないけど、ああしてエネルギーを吐き出させてヘロヘロの状態を維持することさえできればリスクは最小限に抑えられる」
「……言いたいことは分かるけど、でもそれじゃ一時凌ぎにしかならないでしょう?」
正しい指摘に苦笑して肩を竦める。
「だから落としどころまでは見つかってないって言ったのさ。元々そうやって時間を稼いでる間に他の解決策を探すつもりだったんだよ。ハニヤスの協力が得られれば神の身体を直接調べられるし、それはハニヤスの受け入れを抜きにしても僕らにとって価値のあることだ。あと気休め程度だけど、自分と親しくなったあの三人はハニヤスにとって一種の信者みたいなものだろう? 時間をかければ少しずつ三人寄りの存在に変質するんじゃないかって期待もあったんだ──ま、これは証明ができないからホントに気休めだね」
「……呆れた。そんなことまで考えてたんだ」
椎野さんが嘆息と共にかぶりを横に振り、モニター越しのハニヤスに同情的な視線を向ける。
『タツミ……まだ怒ってるのかしら?』
『そんなことないよ~。大丈夫だからね~』
『…………』
ハニヤスはずっと姿を見せない巽のことを気にかけ気落ちしている。
「…………」
椎野さんが「お前がかき回したせいでああなってるんだぞ?」と言いたげにジト目を僕に向けてくるが、僕は誤魔化し半分首を傾げた。
「……あれはハニヤスが巽を気にし過ぎじゃないかな? 一番仲良くしてたのは間違いないけど、ちょっと行き過ぎというか……巽の奴、ハニヤスに何か変なことしてたんじゃないの?」
「…………」
「いやごめん。別に本気で言ってるわけじゃないから。だからそんな目で見ないで欲しい」
僕が椎野さんに降伏の意を込め手を挙げようとしたタイミングで、モニター室のドアを開けて血相を変えた真木さんが飛び込んできた。
「月見里くん!!」
──バタン!!
「真木さん? ノックぐらいして──」
「貴方いったい、私たちに何をしたの!!?」
『は?』




