第41話~見返り~
「いや~、災難でしたねぇ」
『……佐々木室長。災難などと軽く言わないでいただきたいね』
「おや、こりゃ失敬」
佐々木開発室長が軽い調子でモニター越しの姫川部長に謝罪する。姫川部長のそれは八つ当たりに近いものだったが、疲労困憊でさらに薄くなった彼の頭髪を見れば、その程度のことには寛容にもなろうというものだ。
「だけど、本当にご無事で何より。ようやく腰を落ち着けて話ができますねぇ」
『全くだ』
『……まだまだ落ち着いた心地はしませんがね』
佐々木は出張中の上層部と自室のTV電話で数日ぶりに連絡を取っていた。
イギリスダンジョンのスタンピードに巻き込まれた上層部は、その身の無事こそ第一報の時点で確認されていたものの、自由に日本とやり取りができるような状態ではなかった。現在も通信手段は大幅に制限され防諜面に不安を抱えており、佐々木たちの会話も傍受されていることを前提としたものとなっている。
「ところで石平本部長は? 姿が見えませんけど」
佐々木のモニターに映っているのは朽木代表と姫川部長の二人だけ。本来ならそこには石平本部長と、その補佐の小早川がいる筈だった。
佐々木の疑問に、朽木代表はその鉄面皮を微かに歪めて溜め息と共に答える。
『石平はイギリス軍に協力してクリーチャーの掃討戦に参加している──頼まれてもいないのにな。小早川はそのお目付け役だ』
『いやいや。お目付け役とは言いますが、あの若造も本部長の同類です。久しぶりの実戦に興奮してそんな建前は忘れているんじゃありませんか』
『……姫川部長。言いたいことは分かるが、貴方まで建前を忘れないでいただきたい。収集がつかなくなってしまう』
『これは失礼。寝不足で少し気が立っていたようです』
そういって目頭を揉む姫川部長。自衛隊上がりの朽木代表はこんな状況でも平然としているが、一般出身の彼には相当なストレスがかかっているようだ。
あまり引っ張らない方が良さそうだね──そう判断した佐々木は、にこやかな表情で早速本題に入った。
「掃討戦ということは、事態の収束の目途が立ったということですか?」
『……最悪の事態は脱したと言えるだろう。だが一先ず蓋をしただけだ。ここからダンジョン内からの攻勢を防ぎつつ穴を修復し、溢れたクリーチャーの掃討戦まで行うとなれば、完全な事態の鎮静化にはまだまだ相当な時間がかかるだろう』
「ふんふん。となるとやっぱり予定通り援軍をそちらに送った方がいい感じですか? EU軍もいるし、僕らの援軍なんて形だけのものになりそうですけど」
援軍は送らなくていい、という言葉を期待して佐々木は言ったが、朽木代表はそれにかぶりを横に振った。
『いや、今回の件を受けてヴァチカンが騒いでいるようでな。EU軍は動きが鈍い』
「おや? このご時世に宗教問題ですか?」
『そう見せかけて政治的な譲歩を迫る思惑があるのかもしれん。どちらにせよ、EUからの支援は当面期待できない。我々が動くしかあるまいよ』
誰も口にさえしないが、この件でアメリカは動かない。かの国は今も世界最大の軍事国家ではあるが、ダンジョンが存在しない。こうした事態において彼らはほとんどまともなノウハウを持たず、何の役にも立たないどころか足を引っ張るリスクさえあった。
「ふんふん。一応、神崎さんと木月くんが何時でも動けるように部隊編成はしてくれてますけど──」
『神崎には今しがた開拓組から追加で一〇名程度選抜するよう追加で指示を出した』
その言葉に思わず佐々木も目を丸くする。
「開拓組からも、ですか? それはまた──」
『基本的に彼らは予備戦力だ。魔女共がこのまま大人しくしている保証もないからな。万が一に備えて待機させておく』
「……なるほど」
『それに加えて、室長には現地の汚染状況の調査や復旧支援のためのエンジニアの派遣準備をお願いしたい。かなり長期の仕事になるだろうから、そのつもりで人員を選出してもらいたい』
そうきたか。エンジニアの派遣自体は、予算が無く仕事が減っていたのでどうとでもなるが、本来こちらがそこまでする必要はない。佐々木は朽木代表が下した手厚い支援内容に、その意図を概ね理解する。
「それは構いませんけど、見返りは期待してもいいんですよね?」
『当然──と言いたいところだが、イギリス側の被害も馬鹿にならんからな。今のところは空手形だ。だが今この窮地に手を差し伸べねば、我々の言葉を今後誰も信じてくれはすまいよ。そしてどうせ手を差し伸べるなら中途半端では意味がない』
『本音を言えばせめて実費の負担ぐらいはイギリス側に約束してもらいたいところなのですがねぇ。手弁当となるとその為の予算をどうしたものか──いや、失敬』
溜め息とともに泣き言を吐き出しかけた姫川部長だが、朽木代表の視線を受けて口を噤む。
戦況的にはともかく、巻き込まれた彼らの状況は決して良いものではないらしい。佐々木はここにいない二人が『逃げた』ことを察した。
『それより室長。メールで報告を受けた例の件についてだ』
朽木代表の言葉に佐々木は居ずまいを正す。表情を見るに、あちらの本題はこれらしい。
『危険性の度合いが跳ね上がりはしたものの、引き続き現状維持し様子を窺う、とのことだが大丈夫なのかね? 確かに我々も一度は様子見を指示したが、あれから状況は大きく変化し我々の帰還もいつになるか分からない』
『あるかどうかも分からないメリットを期待するより、安全をとって処分した方が良いのではないですかな?』
朽木代表の言葉を継いで姫川部長が佐々木に疑わし気な視線を向ける。
『まさかとは思いますが、室長。自分の好奇心を優先してリスクを無視しているのではないでしょうな?』
あまりに直接的な物言いに思わず佐々木の表情が苦笑に歪む。
「様子見を選んだ理由の一つに好奇心があることは否定しませんよ。ただ、それだけで決めたわけじゃありません。そこは信じて欲しいですね」
『…………』
姫川部長だけでなく朽木代表からも疑わし気な視線を向けられ、付け加える。
「お目付け役の木月くんや神崎さんを」
『……別に室長を信用していないとは言っていませんよ』
言ってないだけで思ってただろうが、とは前科があるし藪蛇なので言い返さない。
「当然、リスクを軽減する手段は準備しました。今回はその実験の場としても意味がある筈です」
『ふむ……』
「それに、あるかどうか分からないメリットというのは心外ですね」
『?』
キョトンとしている姫川部長に、佐々木は少し悪戯っぽく笑って告げた。
「この山はデカいですよ? 上手く行けば、姫川さんたちが抱えてる悩みが全部解決するかもしれない」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「う゛ぅ~……まだなの~?」
「まだまだ」
開発室内の演習場で、500mlペットボトルサイズの筒を手に持ったハニヤスが辛そうな表情で僕たちを振り返る。
本当に辛そうで、つい「もういいよ」と言ってしまいそうになるが、安全管理のためには手を抜くわけにはいかない。筒の中に入った液体は当初は鮮やかな青色だったが、今は赤味がかった紫色へと変化している。これが完全に赤色になるまで行かなければ、安全を確保したとは言い切れない。
今ハニヤスが持っている筒は、警備隊の設備の一部で使われている魔力チャージ技術を転用したものだ。警備隊本部では訓練生や性格的に戦いに向いていない隊員が裏方に回り、防衛設備などに魔力のチャージを行っている。僕らはこれを、ハニヤスの力を制限し安全性を確保するために利用することを思いついた。
要はハニヤスの力を直接制限することができないなら、常時力を吐き出させてヘロヘロにしてればいいんじゃね?──と、いう発想だ。
人間に例えれば常時走らせたりこき使って反抗できないようにするようなもので、ある意味虐待に近い方法。普通だったらハニヤスもこんな屈辱的な対応には納得しないだろうし、ハニヤスの力が大き過ぎたならこんな手段は通用しない。あくまでハニヤスの側がこれを受け入れ、かつ彼女がそれほど強力な存在ではないからこそ成立している限定的な拘束方法だ。
「まだ~……?」
ハニヤスの表情が熱病に浮かされたように火照り、息も荒くなっていた。筒の中も大分色が赤くなったし、本当に苦しそうだからもういいか──
「まだ。まだまだだよ……ハァハァ」
しかしハニヤス以上に頬を真っ赤に染めて息を荒げた羽佐間さんがそれに待ったをかける。
「ハニーちゃん。ハァハァ……まだ。もっとよ、もっとかわいい顔を見せて……!」
「やめい」
──ゴチン!!
「!?」
かなりガチ目の音を立てて時東さんの拳骨が脳天に突き刺さり、羽佐間さんが頭を抱えて床をのたうち回る。
「……もういいよ」
「──ふぅ」
横のやり取りを無視してハニヤスから筒を取り上げ中身を確認──うん、間違いない。しっかりチャージされてる。
僕は念のためチラと時東さんに視線をやると、彼女はハニヤスを一瞥し、大丈夫と頷きを返してきた。彼女の共感覚でもしっかりハニヤスの魔力減衰が確認されている。
ハニヤスにかかる負担は大きいが、これを一日二回もやっておけば、仮に彼女が操られ暴走しても大した脅威にはならないだろう。
──クイクイ
「ん?」
袖を引かれて振り向くと、疲労困憊のハニヤスが僕を見上げている。
「どうした? やっぱりしんどいかい?」
「しんどいはしんどいけど、そうじゃなくて、その──」
「?」
「えっと……タツミは?」
あ~、そっちね。
巽はハニヤスの件から手を引くと宣言して以降、一度も顔を見せていないし連絡も取れていない。
そもそも奴が手を引いた理由は『顔に出てハニヤスに疑っていることがバレる』だったのだから、ハニヤスにも全部事情を話した今、奴にはハニヤスの監視に復帰してもらいたいところなのだが……
「あいつはその、学校とか色々あって──」
「タツミだけ?」
「…………」
面倒くせぇ。
連絡が取れないといっても行方不明とかではなく、僕らを避けているだけで普通に学校とかには行っているらしい。なのでハニヤスが気にしていることを除けば大きな問題はないのだが──
「月見里くん、ちょっといい?」
「──何々? ちょっとと言わずいくらでもいいよ」
「…………」
別室でモニター映像をチェックしていた椎野さんから声をかけられ、これ幸いとハニヤスから逃げだす。
椎野さんは僕の過剰な反応に一瞬妙な表情をしつつ、すぐ気を取り直してタブレットに過去の監視映像を映し出しながら言った。
「ハニヤスがおかしくなってる映像を見直してて気づいたんだけど、ほらこっちの日時のところ見て。このタイミングまでは一人になったら何かしら怪しい動きをしてたのに、これ以降は──」




