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胃袋ダンジョン黎明期~現代ダンジョンはヤベー神様の腹の中~  作者: 廃くじら
第二部

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39/50

第39話~災害対応~

「安心しろ。朽木さんたちは無事だよ」


端末にイギリスダンジョンで大規模災害が発生したとの通知が入ってすぐ、僕は身だしなみもそこそこに本部に駆け込んだ。


本部から具体的にどうしろという指示があったわけではない。だがことがことだけに少しでも早く正確な情報を知って備えておきたかった。同じように考えた隊員は多く、僕が駆け付けた時には深夜にもかかわらず本部ロビーは不安そうな表情を浮かべた隊員たちでごった返していた。


これではまともに身動きがとれない。そう考えた僕は佐々木室長なら何か知っているかもしれないと開発室に向かう。状況的に室長が留守にしている可能性もあったので、ここでぼうっと立っているよりはマシだろうぐらいの気持ちだった。


しかし僕のその不安はいい意味で裏切られる。開発室には佐々木室長だけでなく木月さんの姿まであったのだ。


「対策本部はあるけど、僕がいても何の役にも立たないからね~」

「俺は立場上はお前らと同じ平隊員だからな。現場ではともかく、こういう時まで出しゃばったら上の人たちがやりづらいだろ? かと言って表にいたらいたで質問攻めにされるだけだし、いったん佐々木さんのところに避難してきたのさ──ということだから、俺がここにいることは他の奴らには内緒にしてくれよ?」


普段通りの二人の姿に、僕は不安と焦燥でひりつく神経が鎮まっていくのを感じた。


「…………えと、代表が無事っていうと、状況はどんな感じで?」

「イギリスダンジョンでスタンピードが起きて防衛施設の一部が破壊された。朽木さんたちはそのタイミングで施設に滞在中だったが、全員怪我もないし、今のところ差し迫った危険がある訳でもないらしい」

「……そうですか」


二人とも落ち着いているし、少なくとも日本のダンジョン警備隊に大きな影響があるわけではないようだ。僕は安堵の息を吐いて開発室の椅子に腰を下ろし、室長と木月さんから詳しい説明を受けた。




今大きな影響はないと言ったばかりだが、それはあくまで日本にとっての話。今回のスタンピードは僕が想像していたよりずっと規模が大きなもので、イギリスには大きな被害が出ているらしい。


詳しいことはまだ分かっていないが、“魔女”の一派が手引きしてダンジョンの結界に穴を空け、深層の強力なクリーチャーが大量に地上にあふれ出したそうだ。


不幸中の幸いと言うべきか、イギリスダンジョンは人口の少ない郊外に存在し、クリーチャーも気まぐれな妖精や魔獣が大部分を占めているため組織だった攻勢はなかった。その為これだけ大規模な災害にも関わらず人的被害は比較的軽微に収まりそうなのだという──それでも最低数千人単位の被害が予想されるのだから、すっかり僕らの感覚もバグってるな。


ウチから出張中のお偉いさんたちは災害発生時、厳重な障壁で守られた本部に滞在していて全員無事。


しかし予定を切り上げ帰国しようにも、ダンジョンから溢れたクリーチャーが各地に散らばっている状況では下手に移動するのはリスクが高い。そのせいで周辺のクリーチャー討伐が終わり、事態が鎮静化するまでの間は身動きが取れなくなってしまったそうだ。




「全員無事ではあるけど帰国の予定は未定。向こうの人たちが必死に戦ってる中『自分たちは帰るから安全な足を用意しろ』とは流石に言えないし、連絡してきた姫川さんなんか頭を抱えてたよ~」

「いや、姫川さんが頭を抱えてたのはそれより何よりイシさんについてじゃないですか? あの人、現地の人たちと一緒に嬉々としてクリーチャー討伐に参加してるらしいですよ」

「ほえ? それホント?」

「ええ。コバさんから、付き合わされて死にそうだって愚痴まじりのメールがありました」


ノンビリした二人のやり取りを聞きながら、スマホで簡潔に情報をまとめ、巽や椎野さんたち近しい知り合いにメールで連絡。送信ボタンを押して一息つくと、僕は挙手して二人の会話に参加した。


「あの、いくつか分からないことがあるんですけど、聞いていいですか?」

「いいぞ。どうせ今は暇だからな。イシさん──石平本部長のことか?」

「いえ、それは面倒くさそうなので結構です」


揶揄いまじりの木月さんの言葉をキッパリ拒否する。


視界の端で佐々木室長が「賢明だね~」と肩を竦めているのが見えた。


「お二人とも落ち着いてますけど、これ海外の出来事とはいえ結構大事ですよね? えっと、何て言ったらいいのか……」

「うん、言いたいことは分かるよ。何で落ち着いてるのか、って言うんでしょ?」

「ええ。あまりニュースとかでも聞かないレベルの災害なので、何で落ち着いてられるのかなと思いまして」


僕の疑問に二人は顔を見合わせ苦笑し、佐々木室長がそれに答えた。


「一言で言うと『割とよくあること』だからかな~」

「え? それって──」

「うん。まぁ、最近は少なくなってきてたけど、防衛体制が整う前──いや、今も割と整ってるとは言えないんだけど──初期から参加してる人間にとってはこれぐらいの災害は正直珍しくもなんともないんだ」


は? いや、だって。僕らそんな話聞いたことないぞ? え? それってつまり──


「多分、月見里くんの想像してる通りかな。下手にこんな話を広めると皆混乱するだけだからね。一般に伝えるべき情報はある程度コントロールされてるんだよ」

「……SNSの発達した現代で下手に情報統制なんかしたら、却って混乱を助長して不安を煽ることになりません?」

「大災害以前なら悪手だったかもね。ただ今はマスコミどころか政府さえ正確な情報収集能力を喪失してる状況だ。事件の全体像を僕らぐらいしか把握できてないんだから、騒ぐ人間がいても幾つもある根拠のない怪情報と見做されて終わりだよ。火はついても燃え広がるには燃料が足りない」

「…………」


確かにSNS上では大災害以降、真偽定かでない眉唾物の怪情報が飛び交っている。政府がダンジョンによる死者を偽っているなんてのは可愛いもので、中にはクリーチャーがアメリカ軍の生物兵器だとか、日本政府は既に神々にとってかわられているとか、妄想逞しい陰謀論まで様々。


今ではまともな感性を持っている者ほどそうしたSNSから距離を置いており、昔ほどの社会的影響力がなくなっているのではとは感じていた。


ただまさか、そこまで状況がひどくなっているとは。これって場合によっては軍事クーデターとかが起こる土壌になるんじゃないか? 


今この状況でそんなことを考える馬鹿は流石にいないと思うが──いや、思考が逸れたな。今の問題はそこじゃない。


「……お二人が落ち着いてる理由は分かりました。じゃあ、今回の一件は時間が経てば解決する問題で、然程気にする必要はない、ってことでいいんですね?」

「そうとも言えるし、そうでないとも言える」

「?」


確認のつもりで発した問いに、木月さんから玉虫色の答えが飛び出し僕は目を瞬かせた。


「別に揶揄ってこんなことを言ってるわけじゃないぞ? 本当に今の時点ではどちらとも判断できないんだ」

「……と、言いますと?」


木月さんは「そうだな」と顎を指でなぞり、少し考える風に言葉を続けた。


「さっきも言った通り、普段ならこの程度の問題は珍しくないし、多少の被害は出ようともイギリスが独力で事態に対処すべき話だ。ダンジョンそのものが崩壊するとか、そのレベルの話でもない限り俺たちが関わることは、まずない」


普段なら──つまり今は()()()()()()()()、ということだ。


「……代表や本部長が現地にいること、ですか?」

「そうだ」


僕の言葉を木月さんは大きく頷き、肯定する。


「状況をややこしくしているのは、現地にうちの上層部が滞在していたことだ。今のところ切迫した危険がないとはいえ、今後も絶対に安全とまでは言えないし、足止めされていつこちらに戻ってこれるか分からない。それさえなければ、今の段階でお前らに情報を伝える必要も無かっただろう」

「じゃあ対策本部でやってるのは、その辺りの情報発信をどうするか?」

「それもある」

「それも?」


情報以外に何かあるだろうか?


「あちらの事態の収束が遅れれば、ウチとしても何らかの支援を検討せざるを得なくなるかもしれない」

「!」

「普段なら、他所のダンジョンまで相手をしていられないと無視するところだが、流石に今回はトップが現地に滞在してるからな。無碍な対応もできんだろう」

「特に今回はあちこちに財政支援や協力の申し出をして回ってたとこでしょう? どこまで踏み込んだ話をしてたかは分からないけど、墓穴を掘ったかもしれないね~」


なるほど。あちらに資金面での協力を求めるとなれば、当然その見返りを用意しなくてはならない。


その時一番こちらが切りやすいカードの一つが、有事の際の相互支援といった玉虫色のものであったことは予想に難くない。実際、有事の際に支援するかどうかはその時の状況次第だし、いざとなればどうとでも言い訳して踏み倒せるのだから特に問題になることはなかっただろう。今まさにこちらから向こうに支援を求め、その条件で頭を下げていたタイミングでもなければ──


「……ということはつまり、ここで上手く恩を売れれば、イギリスから何らか支援を引き出せるかもしれない、ということですね」


僕の言葉に佐々木室長と木月さんは合格だと言いたげにニコリと笑う。


「そういうことだね~」

「実のところ、俺がここに来たのは支援内容について佐々木さんに相談する為でもあったのさ」


なるほど。混乱するロビーの様子を見れば、少年兵を落ち着かせるために木月さんが動いた方がいいのは間違いない。こんなところにいるのはおかしいとは思ったが、そういうことだったか。


「──ん? そういうことなら、僕お邪魔でしたかね?」


今更、思う。だが二人は真面目な表情でかぶりを横に振った。


「いや。そっちの話はもう一段落してる。それに、実はちょうどお前にも伝えておきたいことがあったんだ」

「僕に?」

「ああ。伝えるべきかどうか少し迷ったが、状況は理解できてるようだしお前なら適任だろう──佐々木さん?」

「うん。いいと思うよ」


木月さんは佐々木室長に視線で許可を取ってから続けた。


「今言ったように、まだ確定ではないがこれから俺たちはイギリスに何らかの支援を検討しなくてはならない。これは物資だけじゃなく、人員も含めてだ」

「それって──」

「ああ。当然、その分ここが手薄になるということでもある──ここまで言えば分かるな?」

「……ハニヤス、ですね?」

「そうだ」


今まで上層部が戻ってくるまで結論を保留していた日本神話からの使者。彼女は既に、裏切りともとれる怪しい行動をとっている。


これまでは現有戦力で十分対処可能ということで泳がせていたが──


「こちらの戦力が手薄となる以上、不確定要素はできるだけ排除しておきたい。上層部が戻るのがいつになるか分からないこの状況であれば猶更だ。まだ確定ではないが、お前もそのつもりでいてくれ」

「…………」


その言葉の意味を、無言で受け止める。


仕方ないことだとは理解していても、すぐに首を縦に振ることができなかった。


ポケットの中でスマホが震える──画面に目を落とすと、先ほど送ったメールに次々と返信があった。


けれど巽からの返信だけは、いつまで経っても返ってこなかった。

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