第38話~亀裂~
「──というわけで、三人には内緒でこっそりハニヤスを泳がせてました」
『……へぇ~』
椎野さんたちにいつまで巽たちに事情を伏せているのだと責められた僕は、早速その日の内に木月さんたちにそのことを相談。翌日モニタールームに巽、真木さん、羽佐間さんの三人を集め、彼らを囮に別途ハニヤスを監視していたことを伝えた。僕は三人に非難されることを覚悟していたが、彼らの反応は極めて淡白なものだった。
「えっと……怒ってないんですか?」
「何で? それが仕事だし、月見里くんも必要だからそうしてたんでしょ?」
「相手を油断させて様子を探るってのはよく聞く手だしねぇ」
真木さんも羽佐間さんも隠し事をされていたこと自体は特に気にした様子がない。
「それに何となく変だな~、とは思ってたしね。普段の華ならもっとノリノリで私と一緒にハニーちゃん──じゃなくてハニヤスを構ってたと思うし、何かあるのかな~、って」
「……私はてっきり鶫が私をあの子にとられて嫉妬してるのだとばかり」
椎野さんたちに悪感情が向いていないことにホッと胸を撫で下ろす。あの二人に余計な負担を背負わせたのは僕だからな。
「……まぁ、正直隠し事をされてたことに思うところはあるけど、事情を聞かされてたら態度に出てたかもしれんし、俺も文句はねぇよ」
巽は二人と比べるとやや表情と声は硬いが、表立った非難はしてこなかった。
「それで、このタイミングで私たちに事情を明かしたってことは、何かハニヤスに動きがあったってことでいいのよね?」
「ええ」
僕は真木さんの言葉に頷き、リアルタイムでハニヤス、椎野さん、時東さんのいる仮眠室の映像を映すモニターとは別の機器を操作し、編集済みの過去映像を流す。
そこには普段のあどけないそれとは全く異なる険しい表情を浮かべたハニヤスが、一人になった隙を見計って壁や床を殴りつけその強度を確かめたり、あるいは何かを探るような表情で瞑目し壁に手を当てている映像が映し出されていた。
そしてハニヤスに殴られた壁は音も立てず不自然に陥没し──すぐに、彼女の力で跡形もなく復元している。
「……見ての通り、戦闘能力をほとんど持たず第一層のクリーチャーにも勝てないというハニヤスの証言には虚偽がありました。映像を見る限り戦闘能力自体は僕らでも十分対処可能なレベルではあるものの、不意を打たれたり何か隠し玉があればその限りじゃありません。監視にあたってはこれまで以上に警戒を厳にしてください」
『…………』
三人はいずれも真剣な表情で映像の中のハニヤスを見つめていた──破壊と復元だけでなく、変貌したハニヤスの表情を、食い入るように。
五分ほどの短い映像ではあったが、それを三人の希望で巻き戻し都合三度再生。
「……なるほど」
重い溜め息を吐きだし、真木さんが呻く。理性では理解し納得したつもりでも、やはり親しくしていた相手に裏の顔があったというのは相応にショックが大きかったようだ。
一方、羽佐間さんは少なくとも見た目の上では普段と何ら変わりのない表情で口を開く。
「……ハニーちゃんに裏があったってことは分かったけど、でもだから普段のあの子が嘘って決めつけるのはどうなんだろうね?」
「京?」
この期に及んでハニヤスを庇うかのような発言に、真木さんが顔を顰める。羽佐間さんはそれを手で制して続けた。
「別に庇うとかじゃなくて、あの子が私たちに見せてた姿が全部演技だとは思えないんだよね。ハニーちゃん本人にはこっちを騙してるって認識がなくて、映像の彼女は誰かに操られてるって可能性はないのかな?」
「いや、それは──」
「僕もその可能性は十分にあると思ってます」
「月見里くん?」
僕の言葉に真木さんが目を丸くする。
「僕らは神ってものがどういうものなのか正確に理解してるわけじゃありません。なので彼らの性質については今のところ想像の域を出ないわけなんですけど、それでも日本神話の神に物凄い演技派のイメージはないでしょう?」
「まぁ……演劇の神様とかでもない限りは、確かに」
「それに騙すにしても、遭遇時に僕らが話も聞かずハニヤスを攻撃する可能性もあったわけですし、あっちにしてみれば力を隠して潜り込むのは結構リスクが高い筈なんですよね」
『…………』
僕の意見に真木さんと羽佐間さんが顔を見合わせる。
「えっと……つまり?」
「ハニヤスも『自分は分霊だ』って言ってましたし、本人も自覚のない内に本霊とかに操られてる可能性はあるんじゃないかと思ってます」
『!』
ハニヤスが自分たちを騙していたわけではないかもしれない──その可能性を提示されて真木さんの目が輝く。だが──
「──でもそれ、どっちだろうと結果は一緒じゃないか?」
それまで黙って話を聞いていた巽が口を挟む。
「ハニヤスに俺らを騙してる自覚があろうがなかろうが、こっちを裏切ってることに違いはねぇだろ。操られていつ何しでかすか分からねぇ奴なんて危なっかしくて仕方がねぇ。どの道手を組むのは不可能なんだし、とっととケリをつけた方がいいんじゃないか? これ以上は泳がせてもリスクでしかないだろ」
『…………』
巽の口から出た正論に真木さんと羽佐間さんが口を噤む。僕は一瞬驚きに目を丸くしたものの、すぐ揶揄うように返した。
「おや、意外だね。仲良くしてたみたいだから、てっきり庇うもんだと思ってたよ」
「……おちょくんな。そうしてたのは手を組める見込みがあったからだ。このままダラダラ騙し合いを続けてもあいつを嬲ってるようなもんだろ。それならいっそ、とっとと終わらせてやるのが慈悲ってもんじゃねぇの?」
「……なるほど。そういう考え方もあるね」
考え方自体は理解できる。ただその言葉が巽の口から出たことに僕は違和感を覚える。
素直に解釈すれば裏切られたことへの怒りだが、この男は無自覚の裏切りまで許せないほど潔癖な性質だっただろうか?
その心中を探るように巽の目を見る、と──
「…………」
「…………」
彼は目を逸らすことなく真っ直ぐに僕を見つめ返してきた。そこには怒りも慈悲も、感情らしい感情は何もうかがえない。
まあ、いいだろう──僕は肩を竦めた。
「……例え最終的な結論が分かり切っていたとしても、この件の決定権は僕らは勿論、室長や木月さんにもないんだ。そして現時点でハニヤスは貴重な情報源だ。例え彼女が裏切っていたとしてもその利用価値が失われた訳じゃない。決定権のある人たちが戻ってくるまでは現状を維持せざるを得ないと思うよ──当然、こちらが裏切りに気づいていることは向こうには悟らせず、今まで以上に警戒を強めた上でね」
『…………』
割と無茶を言っている自覚はあった。案の定、まず羽佐間さんがうんざりした様子で呻く。
「今まで通り振る舞いながら警戒はしろって、絶対どこかに違和感がでるじゃん。それならいっそ私たちには最後まで情報を伏せといてくれれば良かったのに……」
「京!」
いやまぁ、羽佐間さんの言いたいことは分かる。真木さんも口では咎めているが、表情は同感だと語っていた。
「そこはまぁ、気づかれないことより安全優先ってことで」
「そうは言ってもさぁ」
「僕もどっちがいいのか迷ったんですけど、椎野さんと時東さんに皆の安全が優先だって怒られちゃったので」
『…………』
「まぁ二人の場合、仲間に隠し事をさせられてる心苦しさみたいなのもあったでしょうし、木月さんもこれ以上負担はかけられないな、と」
『…………』
そう言うと、羽佐間さんたちもそれ以上何も言えず黙り込む。彼女たちは隠し事をされて囮にされていた立場ではあるが、囮にしていた側の椎野さんたちも相当な心労を抱えていたことに思い至ったのだろう。
これで話がまとまるかと思いきや──
「──俺は手を引かせてもらう」
『!?』
突然の巽の宣言に全員が目を丸くする。僕らが口を開くより早く、巽は淡々とした声音で続けた。
「お前のやり方に不満があるわけじゃねぇ。だけど正直、俺はもうあいつの前で今まで通り振る舞える自信がない。絶対に足を引っ張っちまうと思う」
僕らの中でハニヤスと一番親しくし、親身になって行動していたのは巽だ。彼の言いたいことは理解できる。
「出張中の上層部が戻ってくるまで予定じゃあと何日もねぇんだろ? なら悪いけど、後はそっちでやってくれや」
『…………』
僕らは何とも言えない表情で見合わせる。
確かに巽を関わらせることにはデメリットもあるし、あと数日のことなら五人で上手くローテすれば監視役を回せなくもない。何より僕は、こうなるリスクを承知の上で敢えて巽をハニヤスと親しくさせていたという負い目があった。
「……分かったよ」
その夜、上層部が滞在中のイギリスダンジョンで大規模な災害が発生したとの一報が伝わってきた。




