第37話~蠢動~
「いつまで泳がせてるつもりなの?」
狭いモニタールームで互いにひざを突き合わせ、時東さんが不満げに吐き捨てる。
この場にいるのは僕と時東さん、椎名さんの三人。すぐ脇の画面にはハニヤスが真木さんや羽佐間さんと楽しそうに雑談している様子が映っていた。
本来の監視ローテは羽佐間さんと時東さんの組み合わせだったが、ハニヤスと特に親しくなった真木さんがローテ外に仮眠室を訪問。手持無沙汰となった時東さんが押し出されてしまっていた。
「そりゃ、尻尾を出すまでじゃないですか?」
「だから尻尾ならとっくに出してるでしょ!?」
「……文句は木月さんか室長に言ってくださいよ。僕はただの連絡役なんですから」
ただの連絡役というには少し口を出し過ぎている自覚はあるが、最終的な方針決定をしているのはあの二人。僕に言われても困る。
納得いかない様子で「ぐぬぬ」と唸る時東さんを横目に、椎野さんが落ち着いた様子で口を開く。
「……油断させて泳がせた方がより多くの情報を引き出せるっていう方針自体は理解できる。でもそれってどこまで引っ張るつもりなの? まさかハニヤスが実際に何かしでかして被害がでるまでなんて言わないわよね?」
「…………」
椎野さんの追及に、僕は直ぐ否定の言葉を返すことが出来なかった。
ハニヤスを警備隊本部に逗留させることが決まった時、木月さんと佐々木室長は彼女に対し二重の監視網を敷くことを決めた。
一つは僕ら六人による表の監視。
もう一つは、僕、時東さん、椎野さんの三人による裏の監視──この裏の監視のことはハニヤスは勿論、巽や真木さん、羽佐間さんの三人には知らせていない。
巽たち三人はハニヤスと親しくなり、彼女の警戒を緩める役割。僕らはそこから一歩距離を置き、監視カメラなどを使ってハニヤスの動向を監視する役割。ハニヤスを油断させる意味がどこまであったのかは分からないが、神である彼女は気配には敏感でも監視カメラなどの電子機器には疎く、比較的アッサリと尻尾を出した。
結論から言えば彼女が僕らに伝えた情報には嘘があった。だが一方で、彼女は僕らに対し未だ敵対行動まではとっていない。
それらを踏まえ、木月さんや室長は「もう暫く泳がせる」という決断を下した。
ハニヤスを拘束して問い詰めたところで、そもそもあそこにいるハニヤスは分霊だ。下手に追い詰めれば何をしでかすか分からないし、最悪自爆なりしてこちらが被害だけ受けて終わりという可能性もあった。
折角掴んだ情報源なのだ。可能な限り泳がせて情報を引き出したいという木月さんたちの気持ちは分かるし、僕もそれに賛成。ただし──
「真木さんや京さん、勿論巽くんもすっかりハニヤスに誑し込まれてる。あんな可愛くて庇護欲をそそる見た目と性格だもの。私だって監視カメラの映像を見てなかったら、すっかりあの子を信じてたかもしれないわ」
椎野さんがモニター越しに仲間と戯れるハニヤスを見つめながら、時東さんの懸念を代弁する。
「ああして真木さんたちが本気で気を許したからこそハニヤスも尻尾を出したのかもしれない。そのことは理解してるし間違ってたとも言わないわ。でもそれって、何かことが起きた時には真木さんたちが一番危ないポジションにいるってことでしょう? まさか木月さんたちが、向こうの手口を探る為なら犠牲も止む無し、なんて考えてるとは思わないけど──」
椎野さんはそこで言い辛そうに口ごもる。
「いや、言いたいことは分かるよ。僕も──勿論、木月さんも室長も犠牲を出していいなんて考えてない。ただ、こんなチャンスがもう二度とあるかっていうと……」
『…………』
僕の言葉に、二人は『納得は出来ないが言いたいことは理解はできる』と言いたげに顔を歪めた。
ハニヤスを排除したところで僕らはこれと言って得られるものはない。いや敵の妨害を排除できるならそれで十分なのかもしれないが、これは敵の手の内や思惑を探れるかもしれないチャンスでもあるのだ。できることならもう少し、とつい考えてしまうのは仕方がないことだろう。それがなまじ力が弱く、隙の多い相手であれば猶更だ──あるいはそれこそが敵の狙いなのかもしれないが。
「……実際、上の人たちが戻ってくる前に、積極的にこちらから仕掛けるのは難しい。だから監視は続けるしかないと思う」
「それは──」
「でも流石に今のままってのは限界かな──巽たちにも事情を説明しよう。警戒さえしてればリスクは最小限に抑えらえるだろうから、その方向で木月さんたちには相談してみるよ」
『!』
椎野さんと時東さんの表情がパッと明るくなる。あるいはリスク云々もそうだが、仲間に隠し事をしているというこの状況がストレスだったのかもしれない。
「取り敢えず話をするだけだよ。OKしてくれるかどうかは分からないし、説明するにしてもハニヤスに気づかれたらマズいから伝え方やタイミングの問題もある」
「木月さんのところには私たちも一緒に行くわ。現場の意見ってことなら、数は多い方がいいでしょ」
「もし駄目だって言われたら、こっそりバラシて『気づかれちゃいました』って言えばいいだけだしね~」
「……流石にそういう強硬手段はとりたくないなぁ」
さて、話をするにしても言い方ってものがあるし、誰にどこまで伝えたものか。
二人にはああ言ったが、まだ可能性は残っているわけだし、できることならもう少し試してみたい。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『 』
これが夢だと自覚する現象を明晰夢と呼ぶ。
そのことを巽は知識としては知っていたが、自分がそれをここまで明確に体験するのは初めてのことだった。
近い現象ならあったかもしれないが、意識も記憶も今よりずっとぼやけていたように思う。眠って脳が休んでいるのだからそうでなくてはおかしい。だが今巽は、まるで起きている時と変わらず自分と世界を認識することができた。
普通ここまで意識がハッキリしていれば目が覚めている筈なのに、そんな気配は全くない。
まるで夢という檻の中に閉じ込められたような状況におかれて、しかし巽は不安など露ほども感じていなかった。
目の前にあるのは鏡のように澄んだ湖面だ。そこには過去の自分が、これまでの人生をダイジェストで辿るかのように映し出されている。意味が分からなかったが、夢であればそんなこともあるだろう──巽は特に深く考えることなくその映像にぼんやりと見入った。
それは恵まれた──とてもつまらない人生だった。
ごく普通の感性と愛情を持った両親の下に生まれ、多くの才能に恵まれ、称賛と賛辞を受けて育った男。自分が恵まれていることを自覚しながら、それに何の価値も見いだせないつまらない男の人生だ。
『つまらないと感じるのは、お前自身がつまらない人間だからだ』
そんなセリフをよく聞く。あれは極論かもしれないが一面においては真理だと思う。少なくとも自分の場合はそうだった。
頑張っても結果が出ないなら、まだ分かる。競う相手がいないなら、仕方がない。
だが巽は何をしても十分以上の結果を出すことができたし、逆にその分野において敵なしと言えるほど圧倒的な存在だったわけでもない。ただ何をしてもつまらなかった。それだけなのだ。
だから手を抜いて、ものごとの上っ面をなぞり、楽しんだフリをする。両親にはその様を軽薄と咎められたが、やめようとは思わなかった。
だって自分はつまらない人間だから──
『本当に?』
────?
『それは本当に、お前のせいか?』




