第36話~巽一登~
巽一登という人間は世間で言うところの天才だ。
勉強も運動も物覚えが良く、大抵のことはあっという間にコツを掴んでしまう。
勿論、どんな分野でも上には上がいたし、苦手なこともあった。
努力もせず最初から何でも出来たわけでもない。
だが努力すればしただけ結果になって返ってくるという事実こそが恵まれていた証なのだと、彼は随分と後になってから理解する。
一方で彼の両親は善良ではあるが凡庸な人間だった。
両親は天才と呼ばれる人種が理解できず、息子も凡人の気持ちが理解できなかった。
すれ違いはあった。だが両親は確かに息子を愛していたし、息子も口では反発しながらも両親を尊敬していた──と、思う。煮え切らない表現なのは、それを確認する前に大災害で両親が亡くなってしまったからだ。
その後、彼は父方の祖母に引き取られたが、その祖母も息子夫婦が亡くなったショックで痴呆が進行、施設への入居を検討せざるを得なくなってしまう。
彼がダンジョン警備隊の少年兵募集の話を知ったのはそんな折だ。
祖母を受け入れてくれる施設と、その後一人となる自分にどんな選択肢があるのかを行政に相談──そこで警備隊の採用担当者から入隊すれば優先して祖母の施設を手配してくれると聞き、さして迷うことなくその話に飛びついた。
得体の知れないクリーチャーと戦うことや未知の組織への不安がなかった訳ではない。
だがそれ以上に、日に日に話が通じなくなっていく祖母を一人で抱えていくことへの不安があり、自分をこんな境遇へ追いやったクリーチャーへの怒りがあった。
けれど実際のところ、そんなもの彼にとっては二の次だったのかもしれない。
彼はただ、そこでなら自分も認めてもらえるかもしれないと期待していただけなのだ。
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「報告書の件で木月さんから呼び出しがあった。行って話聞いてくるから、こっちは任せた」
「ん~? それはいいけど、報告書の件って何かミスでもあったか?」
「じゃなくて、次は深層の地形データの確認をしたいから、事前にハニヤスの認識レベルを確認しときたいんだってさ」
「……直接聞きにくれば良くね?」
「木月さんは目立つからな。あの人が開発室に出入りしてたら、何かあるんじゃないかって怪しむ人間も出て来るだろ──じゃ、後よろしく。何かあったら連絡して」
「行ってら~」
そう言ってタブレット端末を抱えた月見里が、巽とハニヤスを残して仮眠室を後にする。
ハニヤスが警備隊本部に逗留するようになって今日で五日目。ハニヤスの態度が一貫して協力的で大人しく開発室内部に留まっていたこともあり、緊張感がすっかり薄れていた巽は軽い留守番気分で月見里を見送る。
「──さて、二人でババ抜きもアレだし、次何する?」
「将棋じゃもう私が圧勝だものね」
「うっせ」
残された二人はベッドの上に散らばるカードを片付けながら、次は何をして時間を潰すか頭を捻る。ベッドの脇には巽や女性陣が持ち込んだボードゲームなどが積まれていて遊び道具には事欠かないが──
「どれがいいかね……バックギャモン? それともこのファイティング・ファンタジーってやつやってみるか?」
「う~ん……でも対戦だとタツミ弱いし」
「だからうっせ。ゲームってのは勝ち負けじゃねぇんだよ」
「否定はしないけど、それも程度というものがあるのだわ」
ハニヤスは一通り遊んだ後というのもあるが、ゲームにはあまり乗り気でない様子だ。
巽はゲーム全般がとても下手だった。大抵のことは何でも如才なくこなす巽だが、ゲームとなると途端にポンコツになる。その弱さたるや、運が絡まない対戦系のゲームでは決して物覚えがいいとは言えないハニヤス相手に勝率が一割を切るレベル。ハニヤスとしても最初は勝っていい気分だったが、ここまでくるとイジメているみたいであまり面白くない。当の巽本人は負けてもケロッとしていて楽しそうだからいいのかもしれないが、それにしてもだ。
『ひょっとしてワザと手を抜いてる?』と疑問を口にしたこともあるが、それを巽はアッサリ肩を竦めて否定。
『抜いてない。ゲーム全般昔から下手なんだよ』
下手とは言うが、苦手とは言わない。下手であることを恥じている様子もなく、ただただ純粋にゲームを楽しんでいた。それはそれで素晴らしいことだとは思うが、付き合わされる側としては正直物足りない。
「ゲームはもういいわ。どうせなら貴方たちの話を聞かせて欲しいのだわ」
「俺らの話~?」
「ええ。私ばかり話をするのは公平じゃないでしょう? 機密や安全保障上の問題があるなら、タツミ個人の話でもいいわよ」
ハニヤスたちも四六時中遊んでいるわけではなく、これまでにも何度か話し合いの場は持たれ、様々な形で事情聴取や情報収集が行われていた。ただそこで話される内容は主にハニヤス側のものであり、人類側のことが話題に出されることはあまりなかった。
「う~ん……」
間者の疑いが消えたわけではないハニヤスの前であまり人間側の事情を話すのは好ましいことではない。だがあまりあからさまにそうした情報を伏せ続けるのも、ハニヤスを信用していないと言っているようでいい気分でなかった。
自分個人のことならいいか──巽はそう割り切って口を開く。
「……いいけど、俺の話とかそんな面白くないと思うぞ」
「構わないわ。暇つぶしってそういうものでしょう?」
そうだろうか?──まぁ、そうかもしれない。ただ改めて話せと言われると何を話していいものやら……
「…………」
「そんな改まって考え込まなくても。普段何して遊んでるかとか、ここに来る前は何してたかとか、何でもいいのよ?」
警備隊に入った理由などを聞かれない辺り気を遣われているなとは感じたが、それはそれで話すことがない。
「遊ぶって言っても普段は仕事か訓練で、偶に時間が空いても月見里と駄弁るぐらいだからなぁ。警備隊に入る前も特別これって何かしてたわけじゃないし……」
その言葉にハニヤスは何とも言えない微妙な表情になってポツリ。
「……ひょっとしてタツミ、あんまり友達いない?」
「────」
その言葉に巽は意表をつかれて目を丸くし──すぐに納得する。
「──ああ。言われてみればそうかもな。そういや、ここに来るまであんまり人とつるんだことってなかったかもしんね」
「……怒らないんだ?」
「何で怒る必要があるんだよ?」
「ふ~ん……じゃあ、ヤマナシとは友達がいない同士仲良くなったの?」
割と失礼なことを言われている自覚はあったが、巽はむしろ新鮮な気持ちでそのやり取りに応じた。
「いや、別にそういう訳じゃない。あいつがボッチだって知ったのは仲良くなった後だしな」
そもそも何故、自分は月見里と親しくなったのだろうか?
「それに友達がいない同士っていっても俺とあいつじゃ全然タイプが違うぞ? 俺は人付き合いが苦手だけど、あいつは人付き合いが嫌いなだけだからな。俺と違って、その気になれば人並み以上にこなせる」
「そうなの? パッと見た印象だと逆に見えるのだわ」
確かに、と巽はハニヤスの感想に頷いた。
巽と月見里はどちらも特定の者以外とあまり接点を持とうとしない点では共通しているが、世間からの印象は、陰キャ気味でコミュニケーション能力に欠ける月見里と、明るく社交的だが壁を作るところがある巽とで正反対だ。
だが実際のところはその印象は全く実態からかけ離れている、と巽自身は考えていた。
「月見里は警戒心が強くて気難しいからそう見えるだけだよ。むしろ人との距離を測るのは上手いしコミュ力そのものは高いんじゃないか?」
「ふむん……」
「逆に俺は距離感を測るのが苦手だし、言わなくていいことを言っちまうからな。あんまり踏み込みすぎないようにしてるんだよ」
実際、昔の巽は嫌われ者だった。そうした評価が逆転したのは中学生になって、周囲と一線を引くようになってから。皮肉なことに親密なコミュニケーションを拒絶したことで、孤立は孤高に、反感は憧憬へと変化した。
「そうなの? ヤマナシたちとのやり取りを見ていると、とてもそんな風には感じないけれど」
「そりゃぁ──」
言われて、巽は自分が警備隊に入隊してからこちら、かつてほど人付き合いが苦痛でなくなっていたことを自覚する。勿論、全ての人間に対してそうではないが、かつてのように誰構わず壁を作る必要はなくなった。
「あいつらは一緒にいてもイラつかないから。俺とは違う方向を向いて、ちゃんと努力してて──」
巽は凡人が嫌いだ。大した努力もしていないくせに、二言目には「才能」のせいにして言い訳ばかりする。
連中は自分を天才だと持て囃すが、結局世の中努力が全てだ。自分は質の高い努力を、効率的に積み重ねているだけ──と、巽自身は理解していた。
一方、凡人は自分は努力していると口では言うが、その努力は見ていて的外れなモノばかり。結果に結びつかない無意味な時間の浪費を、自分が積み重ねてきた努力と同列に並べて欲しくない。
その点、警備隊の人間はいい。全員ではないが、多くの人間は生きるために必死で言い訳がないし、月見里や椎名のように自分とは違う方向性で努力を積んでいる人間を見ると自分と比べずにすんで安心する。昔のように余計なことを言って傷つける心配も──
「──って、変なこと言わせんなよ」
「? 別に変なことは言ってないと思うけど……」
「うっせ。それよりこのジャイプルってゲーム面白そうじゃね?」
「え~? いいけど、またすぐ負けて騒がないで欲しいのだわ」
「やかましい! 今度こそ勝つんだよ!」
強引に話を打ち切り、ボードゲームに興じる巽とハニヤス。仮眠室に巽の悔しそうな声が聞こえてくるまで、それから十五分とかからなかった。
『……ふむ、なるほどな』




