第35話~表裏~
「資源? 新たなエネルギー? そんなものあったら私たちが先に使ってるのだわ」
ハニヤスが警備隊本部に逗留するようになり今日で三日目。
互いの緊張関係も程よく解けたこのタイミングで、佐々木室長の提案によりハニヤスとのディスカッションの場が設けられた。
ハニヤスの目的は人と神との融和。しかし両者は現在戦争状態にあり、簡単に話は前に進まない。それはハニヤスが全ての神が人を敵視しているわけではないと主張し、仮にそれを証明できたとしても同じことだ。全ての神との間で停戦が結ばれるならまだしも、ハニヤスのように人に好意的な神は一部。そんな状態で手を結んだところで余計な混乱を招くだけなのは明らかだ。
つまりハニヤスの言うような人と神の融和を進めるのであれば、まず人がそうしたリスクを負ってでも神と手を組むべきだと考えるだけのメリットがなければ話にならない。
ちなみにこれだけ聞くと神の側にメリットがないように思えるが、ハニヤスとしては人と友好関係を結び、緩やかな信仰(=精神エネルギー)を得られればそれが一番嬉しいらしい。
なのでまずは人側のメリットをどうすれば見出せるかの話し合い。参加者はハニヤスと佐々木室長、僕と巽、羽佐間さんの五人。椎野さんと真木さんは次の監視ローテに備えて休息中で、時東さんは別の仕事、木月さんは単純に多忙で不参加。上層部のほとんどが出張中で不在の今、少年兵の取りまとめ役である木月さんはファーストタッチ以降中々こちらに関われずにいた。
「本当に何もないのか? お前らが資源だってことに気づかないで見逃してるだけって可能性もあるだろう?」
「ないわよ。少なくとも人類が認知してない霊的なエネルギー資源なんてものは絶対にない」
巽とハニヤスが話し合っているのは、ダンジョンや神の住まう異界に、人が認知していない新たなエネルギー資源が存在しないか、というもの。
これは丁度今、僕ら警備隊が資金不足に喘いでいて金策の方法を探していたことに端を発しており、もし神の協力で新たな未知のエネルギー資源を得ることが出来るなら、それは人が神と手を結ぶ十分な理由になるのではないか、と巽が話題に挙げた。基本的な考え方は僕も正しいと思う。
「神の権能を舐めないで欲しいのだわ。いくら信仰を失い力が衰えたとは言え、知恵や産業を司る神は多いもの。そんなエネルギー資源なんてものがあれば気づかない筈がありません」
「……そういえば、ハニヤスは土壌や農業だけじゃなく、陶芸や土木工事の神でもあるんだっけ?」
僕が先日彼女について調べた情報を口にすると、彼女は自慢げに胸を張った。
「ええ。だから霊的なものか否かに関わらず大地に蓄えられたエネルギーを私が見逃すなんてことはあり得ません。そもそも私たち神は龍脈──そちらが言う精神エネルギーが枯渇したせいで貴方たちと戦うハメになったのよ? 余剰や蓄積なんて存在しないし、あれば誰かが使っています」
「それはそうだろうね~。君の話を聞く限り、神が住む世界は住人だけでなく世界そのものがある種の精神エネルギーで構築されているらしい。エネルギーの蓄積に君たちが気づかないというのは性質的に考えにくいね」
ハニヤスの意見を佐々木室長がのんびりとした態度で肯定する。
いや、言いたいことは分かるしその通りなんだけど、人間との交渉材料を探してるのはハニヤスで、金策手段としての資源を必要としてるのは室長なんだから、もう少し言い方ってものを考えて欲しいなぁ。
ほら、何とか解決策を捻り出そうとしてる巽のこめかみに青筋が浮かんでる──うんうん、『否定するなら代案を出せ』とか言わないお前は立派だよ。
「……じゃ、じゃあ、神の力を俺らが使えるエネルギーに転換──」
「だから、そんなエネルギーがあったら戦争になってません。ちゃんと話を聞いてる?」
「……ひょっとして神を変換器に人の信仰をエネルギーに変えようとしてる? 火の神に祈って火力発電動かそう、みたいな?」
「まぁ、不敬なのだわ!?」
「だよねぇ~。流石にそれは別の火種になりそうだし、そもそもそんな不純な信仰がどこまで力になるのかは怪しいところだね~」
「…………」
巽が出した意見がハニヤスと佐々木室長に二人がかりで即座に否定される。
お。巽の口元が引きつってる。来るか? 来るか来るか──堪えたか~。
「……全体的にエネルギーが不足してるんだとしても、そこの住民にはある程度エネルギーが凝縮されてるんじゃないか? 例えば人にも神にも有害な妖怪みたいなのを倒して、残った死体とかを有効活用する方法があれば──」
「無茶言わないで欲しいのだわ。例え力が凝縮されていても、それを真に有効活用できるのは本人だけです。人間の身体だって、本人には唯一無二の器であっても、他人にとってはただの血肉の塊でしょう? 食べれば多少の糧にはなるでしょうし、全く活用の可能性がないとは言わないけれど、貴方たちの期待するエネルギー資源なんて無理筋もいいとこだわ」
「ホントそう。なんか巽くんの案って、札束で焚火して暖を取ろうみたいな発想だよね~」
「──あんたら否定ばっかだな!? ちったぁ前向きな意見を出せよっ!!!」
『!?』
爆発した。
「うが~!」と叫んで発狂する巽に、ハニヤスと佐々木室長が驚いて身体を仰け反らせる。
「まぁまぁ、巽くんもそんなカッカしないで。室長はともかくハニーちゃんが驚いてるよ」
掴みかかりそうな勢いの巽に、それまで黙って話を聞いていた羽佐間さんが割って入る──というか、ハニーちゃんって呼び方広まってるんだ。
「いや、でも──」
「……タツミ、きっと私に将棋で負けたからそれで虫の居所が悪いのだわ……!」
「まぁ、なんてみみっちい」
「みみっちくねぇ! 大体まだ勝率は俺の方が上で──!」
「ミヤコ、タツミを責めないで。私が天才過ぎるのがいけないだけなのだわ、ヨヨヨ……」
「だからぁ──!!」
ワイワイきゃいきゃいと四人が盛り上がり騒ぎ立てる。
ハニヤスの望む融和自体は全く前に進んでいないが、取り合えず彼らは仲良くなったようで何よりだ──多分。
「……はぁ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……ふぅ。小早川、明日の予定は?」
深夜、カレンダーの日付がそろそろ変わろうかという時刻。滞在先のベルギーのホテルに帰還した石平本部長は、ソファーに腰を下ろしネクタイの紐を緩めながら補佐の小早川に予定を確認した。
「明日は朝一番でフランスに向かい、午前中いっぱいEU軍との情報交換。その後、ベルハルト中将との昼食会を挟んで専用機で移動。午後から欧州ローマダンジョンの視察、現地軍需企業からのプレゼンテーション、夜は教会との懇親会が──」
「ああ、もういい」
憂鬱でハードなスケジュールを伝えられ、石平本部長はウンザリした様子で部下の言葉を遮る。
「……というか、それ私が参加する必要があるのか?」
「と、言いますと?」
小早川は上司が何を言いたいか分かった上で、敢えて惚けて問い返す。
「情報交換や視察はともかく、中将閣下と私とではどう考えても釣り合いがとれまい」
「ご謙遜を」
「しとらん! ましてや教会のお偉方との懇親会など論外だ。その辺りの日程は代表にお任せして、我々は一足先に日本へ──」
「代表はヨーロッパ各国の首脳との面会が予定されていますので、代わっていただくことは不可能です──ああ、言うまでもありませんが姫川部長はこれ以上負担をかけたら壊れると思いますよ」
「…………」
「どうしても日本に帰りたいというなら、中将閣下や教会のお偉方にキャンセルの連絡を入れるしかありませんな。勿論、詳しいキャンセルの理由は話せませんが、あちらも一廉の方々です。きっと日本で重大事件が起きたのだろうと察して下さいますよ」
「……くそっ!!」
口ぎたなく吐き捨てて、石平本部長は焦りを隠しきれぬ様子で天井を仰いで額に手を当てる。
「……大体、お前がこんなに予定を詰め込まなければ」
「八つ当たりはやめて下さいよ。外遊の時間なんて今後いつとれるか分からないからって、目一杯予定を入れるように指示したのは本部長でしょうに」
「…………」
その通り八つ当たりだ。だがその時はまさか留守中にダンジョンに神が現れるなど想像もしていなかった。お前も部下ならこんな時ぐらい上司の機嫌の一つもとってみろと石平本部長は生意気な後輩を睨みつけるが、彼は肩を竦めて涼しい顔だ。
「代表も色々心配でしょうに文句も言わずスケジュールをこなしてくださっています。我々が文句をいう訳にはいかんでしょう」
「…………」
「何より、木月からの連絡では、神は今のところ落ち着いているようです。だから安心とは言いませんが、過度に焦る必要はないと思いますよ」
「…………」
納得はしていない──が、これ以上文句を言っても仕方ないと諦めて石平本部長は指で部下に酒を用意するよう指示した。
『小早川さん。再来週の出張、パパたちの予定はしっかり詰めておいてほしいの。パパや石平さんが日本が恋しくて帰りたいって言いだしても、すぐに帰ってこれないように』
『大丈夫。何かあってもパパたちがいなければ最悪の事態は避けられるわ』
『だから小早川さん。パパたちをお願いね?』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「お疲れ様です、時東さん」
「……う~い」
暗く狭い個室で、時東さんが映像モニターと睨めっこしたまま僕に返事だけを返す。僕はそのふてくされた態度を気にすることなく、差し入れのコーヒーとドーナツを机において尋ねた。
「どんな感じです?」
「ん~……」
時東さんは横目でもう一つのモニターを操作し、記録された映像を出す──そこに映ったのはハニヤスが滞在している仮眠室の様子だ。
「────」
映像と音声を確認し、僕は作業途中の時東さんに確認する。
「どう思いました?」
「……それは、白か黒かってこと?」
「いえ。■■か■自■か」
僕の問いかけに時東さんはモニターから視線を外して少し考え込み、
「……さぁ。どっちでも結果は一緒な気がするけどねぇ」




