第33話~思惑~
ハニヤスからの融和の申し出、そしてハニヤス自身をどうするかという問題について、佐々木室長や木月さんを交えて話はしたものの、彼らにもこの問題の決定権があるわけではない。結論を出すにはスポンサー回り等で本部を離れている朽木代表ら上層部の帰還を待たねばならないが、彼らの帰還はスケジュールが予定通り消化されても一週間以上先となってしまうという。
その為まず問題となったのは、それまでの間ハニヤスにどうしてもらうか、という点だ。
間者の疑いがあるハニヤスを自由に出歩かせるわけにはいかないのは勿論のこと、その存在が他の隊員に漏れればトラブルになる可能性が高い。出来れば出直してきてもらいたいが──
「無理なのだわ!」
「何で?」
「妖に襲われたら死んじゃうもの」
このハニヤス、結界を通り抜けるために極限まで力を削いだ分霊らしく、とんでもなく弱かった。
初めて会った際に獣型のクリーチャーに襲われていたことからも分かるように、ダンジョン内のクリーチャーは彼女にとって味方というわけではない。実際、僕らに会うまで何度も死ぬような思いをしたらしく、元居た深層にもう一度戻るなんて絶対に死ぬから無理、と断固拒否の姿勢を崩さなかった──いや、仮に僕らとの話し合いが上手く行かなかったらどうするつもりだったんだよ?
ともかくそんな事情でハニヤスをダンジョンに戻すことはできないが、一方で彼女の「弱い」という言葉を鵜呑みにする訳にもいかない。喧々諤々たる議論の末、ハニヤスは開発室内の仮眠室に滞在してもらい、その間は椎野さんたちを含めた六人で監視役をローテンションすることが決まった。
監視役の第一陣は僕と巽。話が長引いてもう日が暮れてしまったので、一先ず僕らが朝まで寝ずの番だ。
「毛布とか必要なもんとってくるけど、飯はどうする?」
仮眠室のベッドの上で人間の子供の様にぴょんぴょん跳ねているハニヤスを横目に、僕は巽に確認する。
「あ~……交替で食堂ってのも落ち着かねぇし、パンとかでいいだろ」
「了解。ついでに売店で買ってくるわ。適当でいいな?」
「おう、任せた」
「ハニヤス。君はどうする?」
「……へ?」
僕が話を振ると、ハニヤスはトランポリンのようにベッドの上で演技するのを止めて目を瞬かせた。
「だから晩飯。簡単なもので良ければ準備するけどどうする? 君に人間の食事が意味があるかは知らんけど」
「……いいの?」
「じゃなきゃ聞かない」
一応彼女は客人だ。食事代ぐらいは後で経費で落とせる。それに彼女を無視して自分たちだけ食事をするのはあまりに感じが悪いだろう。
「その……食べる必要はないのだけど、もし負担でなければいただいてもいいかしら? 貴方たちが食べているものには興味があるの」
「了解」
自分で聞いといて何だけど神様って何を食べるんだ? とりあえず米とかお供えしてるイメージあるし、おにぎりでいいか。
「──と、それはそれとして、室長は危ないから接近禁止ですよ~」
「ああっ!? 何で僕だけ──」
僕は諦め悪く仮眠室のドアにへばりついていた佐々木室長を引きずり、一旦その場を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
仮眠室に残された巽とハニヤスの間に微妙な空気が流れる。
ハニヤスは落ち着かない様子で部屋の中に視線を彷徨わせ、巽は壁に背中を預けて腕組みし彼女を監視していた。
「……悪かった」
「へ?」
ボソリと巽の口から零れた言葉に、ハニヤスは聞き間違いかと思いつい聞き返す。
見つめ返された巽は少し気まずそうに、しかし視線を外すことなく繰り返した。
「だから、さっきは喧嘩腰で色々言って悪かったよ」
それは「う〇こ女神」呼ばわりしたことか、それとも他の神の行動で自分を責めたことのどちらだろうと思いつつ、ハニヤスは苦笑して首を横に振る。
「別にいいのだわ。そもそも私が無神経だったのがいけなかったのだもの。きっと貴方には、私たちに怒らなくてはいけない理由があったのでしょう?」
ならそれは使節としてこの場にやってきた自分が受けるべき当然の非難だ。ハニヤスは本心からそう言ったが、しかし巽は律儀にかぶりを横に振る。
「いや。俺個人の感情と、それをあんたにぶつけていいかは別の話だ。少なくともそっちの事情を知りもしないで言うべきことじゃなかった──すまん」
「……貴方、意外と面倒くさい人ねぇ」
ハニヤスは言葉とは裏腹に柔らかく笑って続けた。
「なら、その後庇ってくれたことでこの件はチャラにしましょう。もしそれでもまだ気が済まないって言うなら、これから私たちが争わなくていい道を一緒に考えてちょうだい」
「…………」
「何よその顔は?」
「……いや。そうだな」
再びその場に沈黙が流れる。けれどその沈黙は先ほどのそれと違い決して気まずいものではなかった。
「あと月見里──さっき飯とか取りに行った奴なんだけど、出来ればあいつのこと、悪く思わないでやって欲しい。あいつはあいつで色々キツイこと言ってたけど──」
「分かってるわ」
先ほどの話し合いで敢えて嫌われ役を買って出ていた友人のことをフォローしようとする巽に、ハニヤスはキッパリと言った。
「彼が私に厳しいことを言ったのは早く私に現実を理解させる為でしょう。正直に言って私は、きちんとこちらの事情を伝えて誤解さえ解くことが出来れば簡単に融和はなると甘く考えていました。現実に家族や仲間が犠牲になった貴方方の気持ちを考えようともせずに、ね……」
「…………」
敢えて補足しておくならば、ハニヤスの考え方は「神」としては決して間違っていない。本来神とは理不尽な暴威の具現であり、人の都合や気持ちなど気にしない。人は神に頭を垂れて赦しを請うものであり、その逆ではないのだ。しかし──
「私たち神はもはや人の上に立つべき存在ではないのでしょう。いえ、その権利を自ら放棄してしまった。だから私たちがもう一度手を結ぶためには、かつての神と人とは違う別の関係を築いていかなくてはならない──きっと彼はそれを私に伝えたかったのね」
「…………」
──そうなのか?
巽は何となく、それは買い被り過ぎではと思わなくもなかったが、敢えて否定する根拠もなかったので、そこは空気を読んで何も言わなかった。
「少なくとも彼は私に嘘は吐かなかったし誠実だったわ」
「…………」
──うん、まぁ……
巽は本当の嘘吐きは嘘を吐かず相手を勘違いさせるものだと知っていたが、そこは空気を読んで(以下略)。
「何にせよ、貴方たちのお陰で私は今自分たちが置かれた状況を正しく理解することが出来ました。まずは私たちが人にどんな価値を示すことが出来るのか、そこから考えて行かなくちゃね」
「…………そうだな」
どうも彼女が奴の思惑通り転がされてるなと思いはしたが、そこは(略)。
「ねぇ。具体的に人間って、今何を必要としてるのかしら? 私、今の人の暮らしには疎いから色々と教えてくれない?」
「勿論。あ~でも、必要って言うと、まず一番に思いつくのは身を護る力だけど、流石にあんたらにそれを求めるのはちょっと酷だよな」
「まぁ……ただ、そうしなければならないと言うのであれば──」
「いやいや。あんま思い詰めるなって。そんなこと言い出したら今人間に友好的な神でも気持ちが変わっちまうかもしれねぇだろ? それより、例えば今は資源とか──」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「悠ちゃん。頼まれた通り、女神の分霊は佐々木さんのところに押し込んでおいたよ」
「フフ、ありがとう春馬くん。やっぱり“ハル”仲間同士、頼りになるね」
ファンシーな人形が無秩序に押し込まれた少女趣味を煮詰めたような部屋の中で、幼く可憐な純白の少女が嫣然と微笑む。
怪獣のぬいぐるみを抱えてベッドに腰掛ける少女の向き合い、木月春馬はいつも通り感情の見えない表情で言葉を続けた。
「一応、出張中のお父さんやイシさんには連絡しておいたけど、交渉が難航してるらしくていつ戻れるか見込みが立たないってさ。あの感じだと多分、誰か一人二人先に送り返すとしても一週間以上、お父さんが帰ってくるのは半月以上はかかりそうだったね」
「そう」
満足そうに──予め分かっていたように少女は微笑む。
「それで悠ちゃん。ダンジョンは暫く落ち着いてるなんて嘘を吐いてお父さんたちを外に出して、いったい何を企んでいるんだい?」
「あら? 企んでいるなんて人聞きが悪いわ。それに私は嘘は一つも吐いていないわよ? 今ダンジョンそのものはかつてないぐらい穏やかだもの」
無言で木月に見つめられ、少女は肩を竦めて続けた。
「私はただ、パパたちを守りたいだけよ」
「お父さんを?」
「ええ。パパたちが余計なトラブルの責任を取らされて、クビにでもされたら春馬くんたちも大変でしょう?」
「…………」
木月は少女の言葉の意味を頭の中で反芻する。
トラブルとはつまりあの女神、そしてそれが代表の責任問題にまで発展し得るということは──
「……佐々木さんはいいのかい?」
「先生は変わりがいないもの。怒ることはできても、クビにできる人なんていないわ」
「なるほど」
少女の目的は代表たちの責任回避──だがそれなら、と木月は首を傾げた。
「俺の方でコッソリ処分することも出来るけど?」
ハニヤスが原因で何か問題が起きるのなら、彼女を始末してしまえば問題は起こらない。しかし木月の提案に少女は少し悩む素振りを見せた後、かぶりを横に振った。
「ん~……それは駄目」
「どうして?」
「それじゃ未来が先細るばかりだもの。いずれ手詰まりになってしまうわ」
「ふむ」
つまりハニヤスの来訪は、良い結果と悪い結果、現時点ではどちらに転ぶ可能性もあるということか。
そして少女は最悪の結果を避けるため、父親たちを一時的に外に出した。
「春馬くんはこれ以上深入りしないでね」
「…………」
少女の言葉に、木月は直ぐに頷くことが出来なかった。
それが木月の立場を慮ってのものであれば、まだいい。だが──
「……悠ちゃん、一つ教えてくれるかな?」
「何?」
「今回の一件、最悪の場合はどうなってしまうのかな?」
「ん~……」
少女は唇に手を当て、少し考える素振りを見せた後、諦めたように苦笑していった。
「──人がたくさん、死ぬことになるね」
「…………」
「だけど上手く行けば──」
少女の提案を、木月は受け入れざるを得なかった。




