第32話~交渉材料~
ハニヤスから神──いやクリーチャーが人類に牙を剥いた大災害の経緯を聞かされ、僕たちは言葉を失う。
『…………』
チラと周りに視線をやると、椎野さんたち女性陣は互いに顔を見合わせ困惑しており、ハニヤスに対して敵意を隠せていなかった巽は複雑な表情で顔を顰めていた──根はお人好しなこいつのことだ。彼女の話を真に受け、同情してしまったのかもしれない。
一方、佐々木室長と木月さんの表情には特に動揺や変化は見られない。先ほどの口ぶりからすると最初から知っていたという風でもないが、ある程度予想はしていたといったところか。いやそもそもハニヤスが真実を語っているという保証はどこにもないわけで──
「…………」
沈黙は続き、巽だけでなく佐々木室長も木月さんも口を開こうとしない。
その様子に僕は今自分に期待されている役割を察し、合理の仮面をかぶり口を開く。
「ハニヤス。一部の神々が生きるためにやむを得ず人類の被害に目を瞑ったという君の主張は理解した。それが事実かどうかはともかく──」
「私は嘘なんてつかないのだわ!!」
心外だと言いたげにハニヤスは反駁するが、僕の口から出た言葉は自分でも驚くほど冷めたものだった。
「証拠は?」
「証拠って……」
「君の言葉が事実であるという証拠だよ」
「そんなもの──」
あるわけがない。
「証拠がなければ君の言葉を鵜呑みにするわけにはいかない。忘れないでほしいんだけど、僕ら人間は君たち神に攻め込まれて多くの犠牲を出した。敵対関係にあるんだ。この状況で突然『仲良くしたい』と言われて、僕らが『はい分かりました』なんて言うとでも思ったのかい? 悪いけど、君が適当な偽のストーリーをでっち上げて僕らを騙そうとしてるかもしれないと疑うのは当然のことだ」
僕の言葉にハニヤスは顔を真っ赤にして反論する。
「私は! 長きに渡って日ノ本の民を見守ってきた大地の神です! そんな人を傷つけるような真似は──」
「その僕らを見守ってくれてた神様が変心したからこんなことになってるわけだろう?」
「っ!」
「何より、長きに渡って見守ってきた分、人が君らに見向きもしなくなった時にはなおのこと裏切られたと思ったんじゃないかい? 可愛さ余って憎さ百倍。君自身、そのことを恨みに思わなかったと言い切れるのかな?」
「私……私は……っ」
ハニヤスが反論できず悔しそうに下唇を噛み、目尻に大粒の涙を浮かべる。構図的には幼い少女を中学生が口撃して泣かせているようにしか見えず、椎野さんたちが「うわぁ……」とドン引きしているのが気配で分かった──いや、僕は話を円滑に進めるために敢えて憎まれ役というか鞭の役割を果たしてるだけだからな? そこは付き合いもあるんだし理解してくれよ。
「月見里。わざわざ話し合いに来てくださった方に、あまり厳しいことを言うんじゃない」
「……は~い」
僕に憎まれ役を押し付けた木月さんが、そのことを露とも感じさせない穏やかな表情で話を引き継ぐ。
「申し訳ない、ハニヤス」
「いえ……」
「ただ彼の言ったことも間違いではないんだ。残念ながら君たち神と人間とは現状敵対関係にある。君が俺たちの敵でないことを証明できない以上、こちらとしては君が間者である可能性を無視するわけにはいかない」
「…………」
木月さんの言葉は柔らかくはあったが、否定を許さぬ重みがあった。
その上で、彼は黙り込んでしまったハニヤスに微笑みながら続ける。
「勿論、話し合いは大歓迎だ。俺としても無意味に君たち神と殺し合いをしたいわけじゃないからね」
「!」
「ただし、君たちが一枚岩ではないように俺たちの中にもそうは思わない連中がいる。そして俺たちはそういう連中の意思を無視して話を進めることはできないし、こうして話をすること自体リスクを負っているんだ。友好関係を結ぶにしても、君たちを敵視している連中を黙らせるだけのメリットがなければ話は前に進まない。そのことは理解してほしい」
「…………」
木月さんに一度上げて落とされ、ハニヤスは苦しそうな表情で考え込んだ。きっと頭の中で木月さんの言う「メリット」について思考を巡らせているのだろう。
たっぷり一分近く考え込んだ後、ハニヤスは顔を上げて口を開いた。
「貴方たち、さっき私のことを『貴重な情報源』って言ってたわよね? それを──」
「そんなことは敵意がないことを示して交渉のテーブルに着く為の大前提だろ。情報の正しさが保証されてるならまだしも、そんな真偽の確認もとれない情報が交渉材料になるかよ」
「…………」
木月さんに代わって僕がバッサリ切り捨てると、ハニヤスが恨めしそうな目で僕を睨む。
『…………』
だから巽や椎野さんたちまで「子供相手に酷い……」みたいな目で僕を見るなよ。巽、お前に至ってはさっきまで神に恨みがありますって感じてハニヤスを詰めてただろうが? コロッと絆されて立場を変えるんじゃあない──というか、佐々木室長までそっち側に立つな! むしろこれはあんたが果たすべき役割だろうが!?
身内からの責めるような視線を浴びつつ僕が無表情を取り繕っていると、ハニヤスは言葉を絞り出す。
「……信用してもらえるようになるまで、私が貴方たちに協力するというのはどうかしら?」
「それはつまり、僕ら人類側に立って敵対的な神を殺し回ってくれるってことかい?」
「なんでそうなるのよ!? そんな泥沼の争いを止めるために手を結びましょうって話をしてるのに!」
「……そう簡単に手を組めるなら、そもそもこんな状況にはなってないと思うけどね」
ハニヤスの本音を引き出すために、僕は敢えて挑発的な言葉を選ぶ。
「で? 手を結ぶって何か具体案はあるの?」
「……コホン。私はこれでも大地と豊穣の女神よ? 私の加護で貴方たちに豊作を約束して上げる。こんなご時世、食料はいくらあっても困らないでしょう? その代わりに貴方たちは私たちに感謝の祈りを捧げてくれれば──」
「論外」
「なんでよぉぉぉっ!?」
自信満々の意見を僕にアッサリと却下され、ハニヤスは絶叫する。
いや、彼女の言わんとすることは理解できる。
「要するにそれって、君の言う『昔の神と人間の関係』に戻りましょうってことだろう? 神が人間に加護を与え、その対価として人間が神に信仰を捧げる」
「そうよ。そもそも今の状況は人が私たち神への信仰を忘れたことが原因なのだもの。だからそれを正して従来の互恵関係を取り戻せば万事解決でしょう?」
うん。確かにそれが実現すれば神と人間は共存できる。彼女の言っていることは正しい──あくまで神の尺度では、だが。
「それは君たちにとってのメリットであって、僕たちのメリットとは言えないんじゃないかな? 既に僕ら人間は完全とは言わないまでも神の加護無しで豊穣を実現する技術や知識を手に入れてる。むしろだからこそ信仰が薄れたわけで、それをわざわざ逆行させる理由が僕らにはないでしょう」
「──え? ちょっと待ってよ」
僕の言葉に思わずといった様子で口を挟んだのは、それまで黙っていた椎野さん。椎野さんは自分に視線が集まり一瞬たじろぎはしたものの、そのまま僕の言葉に疑義を呈した。
「……お祈りするだけで豊作が約束されるなら悪い話じゃないんじゃない? 大災害以前は豊穣を願うお祭りとかが普通に開かれてたわけだし、それを再開させようってだけのことでしょう?」
椎野さんの言葉に、ハニヤスだけでなく巽や真木さんたちも無言で頷き同意する。
「……確かに、今の農業にそのままバフがかかるって話なら悪くはないかもね」
『?』
「ハニヤス。確認したいんだけど、僕の認識じゃ神様ってのは加護だけじゃなく罰を与える存在でもある。不敬や不信心に対しては厳しい態度をとることもある──そういう理解でいいかい?」
「……ええ。甘いだけじゃ世の中は回っていかないもの。神は時として厳しく人を罰することもあるわ──それが何?」
僕が何を言わんとしているのか分からず、ハニヤスは警戒するように眉を顰めた。
「別にそれが駄目だとかおかしいとか言うつもりはない。だけどさっきも言った通り、神と人間は今敵対してるんだ。農業を神の加護に頼るってことは、その主導権を神に奪われるってことになりはしないかな?」
『?』
ハニヤスだけでなく、巽たちも僕が何を言っているのか理解できていないようだ。
僕は興味深そうに話に耳を傾けていた佐々木室長に話を振る。
「佐々木室長。一つご意見を聞かせていただきたいんですけど」
「何だい?」
「人と神との距離が近かった古代では、人は神に祈ることで豊穣の加護を授かっていました。ただ農業っていうのは実に複雑なものです。雨が良く降れば、日差しが良ければ、土が栄養に満ちていればそれでうまくいくってものじゃありません。大地の栄養一つとって見ても、そこで必要とされているのは作物を育てるための物理的な成分です。気とか魔力とかフワフワした形のないものじゃあない」
「ふむ。現代の常識で言えばその通りだね」
佐々木室長は僕が何を言わんとしているのかを理解して頬を歪める。
「ええ。ですが古代では神に祈ることでそうした常識や物理法則を超えて人々は豊作を授かっていた。これはつまり、古代においては現世と幽世の境界が曖昧だったように、物理法則とは別の神のルールが優先されていたということではないか──と、思っているのですがどうでしょう?」
「興味深い仮説だ。今の段階で断言することはできないけど、個人的にはかなりいい線をいってるんじゃないかと思うね。そもそも君たちが使っている魔力も物理法則を歪めて事象を引き起こしているフシがある。神の力がそれと類似するものである可能性は高いんじゃないかな」
「ありがとうございます」
僕は室長からハニヤスに向き直る。
「つまり何が言いたいかというとね、僕は君たち神に豊穣を願うということは農業の成否を神の機嫌に委ねるってことと同義じゃないかと疑ってるんだ」
「そんな──!?」
反論しかけたハニヤスの言葉を手で遮って続ける。
「大災害以前の近代であれば、君たち神は力を失い加護といっても大した影響力はなかっただろう。だけど今は違う。君たちは力を取り戻し、僕ら人間は君たちを実在のものとして認知している。今の君たちに信仰が集まれば、物理法則を歪めて豊穣の加護を実現することができるかもしれない──が、それは同時に人類が積み上げてきた農業の知識や技術が無意味なものとなってしまうリスクを伴うものだ。少なくとも信頼関係を築けていない現状、僕ら人類が君たちに加護を願うのはリスクが高すぎる」
『…………』
僕の言葉にハニヤスや巽たちが気落ちした様子で黙り込む。だから何でお前らまでそっちに付いて──いやまぁ、ハニヤスを取り込むって意味じゃ間違ってはないのか? 何か僕一人が酷い奴みたいに扱われて納得いかないけど。
さて、追い詰めるのはもう十分だろう。そろそろそちらにお任せしても──と、僕が木月さんに視線を送ろうとしたタイミングで、突然巽が口を開いた。
「信頼を得るって言うなら他にも方法はあるんじゃないか? 直接同じ神と戦うとかは難しいだろうけど、他のそうじゃないクリーチャーと戦ってもらうとか──」
「……あのね。さっき彼女に同胞と殺しあえって言っておいてなんだけど、現実問題それは難しいでしょ」
「何で!?」
だからお前こそ何で僕に対して喧嘩腰なんだよ。
「要はそれってハニヤスに一緒に戦って、一緒に本部内で暮らしてもらうってことだろう? 監視とか管理とかどうするんだよ? 一緒に暮らすのはまだしも、戦いの最中に裏切られたら終わりだぞ。そもそも元は彼女たちと組むことにどんなメリットがあるのかって話なのに、その為に余計なリスクを抱え込むとかさぁ」
「む……」
そもそも今僕らがここにいるのだって、彼女が何かしでかした時に対処する為なんだぞ。これを長期間、四六時中続けるとか現実的じゃない。
「おい、ハニヤス。何か契約とかでお互い裏切れないようにする方法とかないのか?」
「あるにはあるけど……」
巽に無茶振りされ、ハニヤスは曖昧な表情を僕に向ける。
「だからその契約の効果を誰がどうやって証明するんだよ。僕だったら『自分たちは契約で人間に逆らえません』って演技で油断させておいて土壇場で裏切るね」
『…………』
そこに更に佐々木室長が追い打ちをかける。
「聞かれる前に言っておくけど、効果の証明は僕にも無理だと思うよ──それはそれとしてその契約については後で教えてね?」
「……室長の方で何かそういう道具を用意したりとかは?」
「人間を服従させてコントロールする道具もないのに、クリーチャーをコントロールする道具とか作れると思う?」
「……魔力を制限したりとかは?」
「それ、人間の血液量を制限しろって言ってるようなものだよ──いや、できないことはないけど、そんなことしたら力を制限するまえに死んじゃうじゃない?」
『…………』
沈黙する巽たちに、それまで黙ってやり取りを聞いていた木月さんが口を開く。
「ハニヤスの言う神と人との融和を否定するつもりはない。だがその実現の為に、現状俺たちが戦争状態にあるという事実を無視することはできないんだ。さっきも言ったが、リスクやそれにかかるコストを承知の上で、それでも融和を選んだ方がいいと思えるだけのメリットがなければ人は動かないだろう」
『…………』
ハニヤスと巽たちが木月さんの言葉に重い表情で黙り込む。
「まぁ今すぐ結論を出す必要はない。ウチの上層部は十分に話も聞かず手をはねのける程気の短い人たちじゃあない。良い答えが返せるという保証はできないが、まずはじっくり話し合っていこう」




