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胃袋ダンジョン黎明期~現代ダンジョンはヤベー神様の腹の中~  作者: 廃くじら
第二部

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第31話~神の事情~

「アマテラスちゃんだってイザナギの目垢から生まれたのよ! 別におかしなことはないでしょう!?」

「目くそと鼻くそはまだしも、う〇こは全然ちげーだろ」

「人の排泄物と女神のソレを一緒にするんじゃないのだわ!!」

「でもう〇こですよね?」

「ムキィィィィィッ!!?」


その誕生の由来を巡り、目の前で女神ハニヤスと巽が程度の低い言い争いを繰り広げる。いや、ムキになっているのは幼い見た目のハニヤスだけで、巽の方は冷やかな笑みを浮かべてあしらっているのだから、見ている側としては言葉のやり取り以上に酷い構図だった。


争点になっている「ハニヤスがイザナミの大便から生まれた」ことに関しては、神と人を一緒にするなというハニヤスの主張が正しい。


そもそもイザナミは大便だけでなく、尿や吐瀉物、その死体からも数々の神を生んでいるし、三貴神であるアマテラスとツクヨミはイザナギが禊をした際に目から、スサノオは鼻から生まれた神。海外に目を向ければゼウスの頭をかち割って生まれたアテナ、泡から生まれたアフロディーテなど、変わった生まれを持つ神は多かった。


とは言え確かにストレートに「う〇こから生まれた」と聞けば悪い意味で少年心がくすぐられる気持ちは分からないでもないのだが、流石にこの状況でそれを口に出し、あまつさえ重要な情報源である神と言い争いをするのはどうかと思う。


巽はチャラい見た目に反して頭は切れるし、冷静な奴だと思っていたのだが……ひょっとしてコイツ、ハニヤスから「融和」だの「友好」だのと聞いて普通にキレてないか? 今まで巽が警備隊に入った経緯とか昔のこととか聞いたことなかったんだけど……うわ、そうだとしたら面倒くせぇぞ。


何にせよこの状況は良くない。僕は一応コンビを組んでいる立場として巽を止めるべく口を開こうとし──


「 」

「?」


木月さんが僕に、二人に気づかれないよう身振り手振りで「そのまま」と伝えてきた。


彼は僕と二人とを交互に指さし──ああ、そういうことか。


──ペシンッ!


「やめろ馬鹿」

「痛っ!?」


木月さんの言わんとするところを理解した僕は、巽の頭をはたいて話に割って入る。そして巽を引き剥がすのではなく、そのまま巽と共に会話に参加した。


「ごめんね~? ただ、こいつは勿論だけど、僕らも正直君ら『神様』にはあんまいいイメージ持ってなくてさ。融和がどうとか話する前にまず君らについて色々と聞かせて欲しいんだけど……どうだろう?」

「む……」


僕の言葉にハニヤスが口ごもる。


「……別に聞いたところでイメージが変わるとは思えねぇけどな(ボソ)」

「ムキィィィッ!! いいでしょう! 神の偉大さについて存分に語ってやるから拝聴するといいのだわ!!」


巽の呟きに反応して、ハニヤスが顔を紅潮させて叫ぶ。僕の視界の端では木月さんが「狙い通り」と言いたげに薄い笑みを浮かべていた。


彼が巽を止めずそのまま話をさせたのは、それがハニヤスの素を引き出すのに都合がよいと判断したため。そして僕をけしかけたのは、自分が話に参加すれば流石に巽も我に返って引いてしまうと考えたからだろう。


そんなこちらの思惑に気づいた様子もなく、ハニヤスは自分たち「神」がいかなる存在なのかを語り始めた。




現代では幽世かくりよの存在とされている神や怪異だが、神代においてそのような区別はなく、神はごく身近な存在として人と共にあった。


そもそも当時は幽世、現世の境界すら定かではなく、人々にとって幽世とは精々「山の向こう」にあるごく身近な場所であったという。また神や怪異は人々の信仰、畏敬を集め、現代より遥かに強大な力を振るうことができたそうだ。


だがある時を境に隔離と現世との間に線が引かれ、人々の神への信仰は徐々に失われていく。


人々から忘れ去られ、少しずつ力を減じていく神や怪異。世に名の知れ渡った高名な神はまだマシだったが、日ノ本に数多いる八百万の神々や妖たちは存在を維持することも叶わず消え去るばかり。


そしてそれはこの日本だけでなく、世界全体で起きていた。


このままではいずれ神も悪魔もこの星から消え去ってしまう──そう危機感を抱いた誰かが、ある時言った。


『人間どもに我らが威を見せつけ、再びこの星に神世を取り戻そう』


時代を逆行させ、星の支配を人から取り戻す。


このままでは滅びの時を待つしかない彼らにとって、それはあまりに甘美で毒のような誘惑だった。


皆それが多くの血を流す道であることは理解していた。


ある者たちは人間を家畜として自分たちが飼ってやればいいとまで口にした。


そこまでいかずとも、多少痛めつければ人間も自分たちへの畏敬を取り戻すだろうと計画に前向きなものは多かった。


勿論、中には人を傷つけるようなことをすべきではないと反対したものもいたが、それは自分たちの滅びと同義である。人を生かすために自分たちは滅びるべきだと同胞に強弁することなど出来るわけもなく、また仮に言ったとしてもそんな言葉は生きるのに必死な者たちには届かなかっただろう。


そして引き起こされたのが、修羅神仏による現世への一斉侵攻──僕たちが『大災害』と呼ぶ二年前のあの事件。


誰にとっても予想外だった外宇宙からの神の横槍により星の支配を人から奪うことこそ叶わなかったが、人々は神や怪異への畏敬を思い出し、幽世の住人たちはその力を取り戻した。


そしてダンジョンという異空間に隔離されてなお、一部のものたちは現世への侵攻を諦めず、虎視眈々と力を蓄えており──




「──日ノ本の神々は意見が分かれているのだけれど、私を含めて人間と上手く共存していきたいと考えている神は少なくないのだわ。ただほとんどの神々は今も身動きがとれないでいるし、具体的にどうすればそれが実現できるかは分かっていない。だから今回こうして私がその先駆けとしてここにきたのです」

『…………』


滔々と語られた情報の嵐に僕らは言葉を失う。


そこからいち早く立ち直って質問を口にしたのは佐々木室長だ。


「……君の主張は分かった。話を聞く限り理屈の通った主張だとも思う。その上で、一つ確認しておかなきゃいけないことがあるんだけどいいかな?」

「……どうぞ」

「ありがとう。君はイザナミに連なる力のある神だと言った。だがそんな強力な神はダンジョンの結界により深層に封印されている筈だし、多少のイレギュラーがあったとしてもそれは揺るがない──と、僕らは認識している。君はったいどうやって結界をすり抜けたのかな?」


その疑問はこの場にいる全員が抱いていたものだった。もし本当に彼女が神で結界を潜り抜ける手段があるのだとすれば国を揺るがす大問題だし、そもそも今の彼女は──


「簡単よ。今の私はハニヤス本霊ではなく、その一部を切り分けた分霊なの。最低限の力しか持たない代わり、結界の網を潜り抜けることが出来たというだけのことなのだわ」

「……なるほど。それで計器でも人間以下の魔力しか感知できなかったのか」


いつの間にかハニヤスの魔力測定を済ませていたらしい佐々木室長は頷き、更に質問を続けた。


「しかしそうなるともう一つ疑問が出て来るね。神というのは君のように自由に霊体を切り分けることが出来るものなのかな?」

「ん~……基本的にはノーなのだわ」

「基本的には?」

「ええ。人間だって指や腕を切り落とすとなると大事でしょう? それは神であっても変わらないわ。だから基本的には出来ない──というか、しない」

「なるほど。では例外は?」

「数は少ないけど元々そうした切り分ける行為を得意としている神か、複数の側面を持つ神であれば別でしょうね。ほら、同じ神でも信仰されている場所や時代によって荒魂と和魂と解釈が違ったりするでしょう?」

「ふむふむ。となると、都合よく力の弱い分霊を作って地上に送り込むというのは神であっても難しいということか」


佐々木室長の理解を、ハニヤスは頷きを以って肯定する。


その話で行くと、彼女は霊体を切り分けるのが得意な神ということだろうか?──元がう〇こだし。


僕がしょうもないことを考えていると、ハニヤスの話を聞いて黙っていた巽が、難しい顔で口を開く。


「……お前今、人が神の存在を忘れて、あのままじゃ神は滅びるしかなかったから、だから人間を攻めようって連中を止められなかったって言ったよな?」

「ええ」

「だけど神の存在が忘れられたせいで滅びそうになったって言うなら、別にそこまでする必要はなかっただろ」


巽は怒りと疑念の滲む表情で、冷静さを取り繕い言葉を選びながら続けた。


「人間を攻撃したり星の支配とやらを取り戻すまでしなくても、普通に力を示して人間に神の存在を思い出させりゃそれでなんとかなった話じゃないのか? 現にお前らは人に存在を認知されて急激に力を取り戻した。なら最初から、そこまでしなくていいんじゃねぇかって、止めに入ることもできたはずだろ?」


巽の指摘は僕らも「なるほど」と唸らざるを得ない芯をくったものだった。


確かに信仰や畏敬を取り戻すだけなら人間を攻めて家畜にしようなんて考える必要はない。いや、人間を嫌いそうしようとする神がいたとしても、そうでない神は止めることが出来た筈なのだ。相手も生きるのに必死で止められなかったと語るハニヤスの説明は矛盾しているように思えた。しかし──


「それは出来なかったのだわ」


巽を真っ直ぐに見つめ返し、ハニヤスはキッパリと否定する。


「どうして?」

「中途半端な形で神の威を示しても、それは星の意思によってなかったことにされてしまう」

「星の意思?」

「この場合は霊長──人類総体の意思と言い換えてもいいのだわ。要は星を発展させ、繁栄させようとする方向性を定める頭脳のようなものがあると思ってちょうだい。そしてその繁栄の方向性は星の支配権を持つ霊長の価値観や意思を反映して定められる」


ふむ。少し分かりづらいが、つまり一言で星の繁栄といっても色んな形がある。自然豊かで多くの生命体が生きている世界をそうだとする考え方もあれば、科学技術が発展した人間に都合の良い世界をそうだとする考え方もあるだろう。そしてその尺度を定めるのがその星でもっとも繁栄している生命体──霊長ということか。


「人類の繁栄にとって、物理法則を捻じ曲げ科学を否定する神の存在は不要──いえ、ハッキリ有害だと判断されたのでしょうね。その実在を証明する事象は、最初から無かったものとして存在を否定されてしまうのだわ。例え神が姿を見せて力を振るったところで、トリックか集団幻覚として片付けられて終わり──実際、そうやって消えていった神がどれほどいたことか……」


ハニヤスの表情が沈痛に歪む。


「星の修正力を超えようとするなら半端な結果では意味がない。それこそ人類そのものに大きな傷跡を残すようなものでなくては、例え大神であれ無為に力を使い果たしただけで終わってしまいます。貴方方には納得しがたいことでしょうが、あの時神が生き残るためには、戦い以外の道は残されていなかったのです」

『…………』

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