第23話~罠?~
「着いた~!」
「あ~、もうしんど……っ!」
第三層のセーフティーポイント──昇格試験ゴール地点に到着した椎野と真木が安堵と疲労の混じった歓声を上げる。
「お疲れっス」
「はい、これ」
「ありがと~!」
先にゴールして後続の者たちを待っていた巽と羽佐間は二人を迎え入れ、ドリンクを手渡して労う。
到着したのは彼女たち二人だけではなかったが、巽も羽佐間も自分たちには関係ないとばかりに完全無視だ。そのあからさまな態度に周囲から思わず苦笑が漏れた。
「──ぷはぁ~っ。ホント、意地の悪い試験だわ。最後の最後にこんな罠仕掛けてるなんて。余裕をもって動いてた筈なのに結局タイプアップギリギリじゃない」
真木が通信端末で時刻を確認し、ウンザリした様子で呻く。椎野はそれに頷きながら先にゴール地点にいた二人に尋ねた。
「京さんと巽くんは大丈夫だったの?」
「ま、何とか」
「巽くんが一人で背負って爆走してくれたから、私はらくしょー」
無表情でVサインをする羽佐間に真木と椎野は一瞬イラッとしたが、すぐに怒りを収めて二人が無事合格していたことを喜ぶ。
これで六人中四人の合格が確定。順調ではあるが問題はこの後だ。
当たり前だが真木・椎野組から一時間遅れでスタートした時東・月見里組の姿はここになく、近づいている気配もまだない。
「……あの二人は──」
椎野は言いかけた言葉を飲み込む。
自分たちにとっても決して楽な試験ではなかったが、時東と月見里にとっては特に厳しい内容だ。特に三つ目のチェックポイントは二人にとって鬼門と言ってよい。
運や立ち回りによる攻略を認めず、確固たる実力を要求するそれは、確かに正隊員昇格試験として相応しいものかもしれないが──
「大丈夫っしょ」
『────』
巽は特に気負うことなくそう口にする。
少女たちは不思議そうに彼を見つめ何故そう思うのかを視線で問うが、彼は愚問とばかりに肩を竦め、それ以上何も語らなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「時東さん、そろそろ三つ目のチェックポイントだけど魔力の方は大丈夫?」
「問題無し。この階層で大分消耗はしたけど、それでもまだ六割ぐらいは残ってるから十分最後まで持つでしょ」
最後のチェックポイントを前に、僕らは互いのコンディションを確認する。
「月見里くんこそどうなの? さっき犬っぽいのに噛まれてたよね?」
「ああ──」
心配そうな視線を向ける時東さんに、僕は隊服の袖を捲り、先ほど犬に似たクリーチャーに噛まれた左腕を見せる。軽く内出血して痣になってはいるが、大したダメージではない。
「見ての通り大したことないです。動きに支障はないから安心してください」
「……そ。ならいいんだけど」
僕の表情をジッと見て嘘ではないと判断したのだろう。時東さんが安堵の息を吐く。
今のところダメージらしいダメージはこれぐらいだし、僕らがこの程度の負傷でここまでこれたのなら上出来。少なくともこの第三層のクリーチャーは、そう思わざるを得ない程度には強敵だった。
第二層まではほとんど苦戦することなくクリーチャーを撃破してきた僕たちだったが、この第三層に下りてからは状況が一変した。
鉄板だった「炸裂弾→通常弾」のコンボでも仕留めきれない敵が増え、しかも一度に出現する敵の数も増加。その結果、僕らは極力先手を取れるように周囲を警戒しながら慎重に行動せざるを得なくなり、移動と戦闘にかかる時間が大幅に増加してしまう。
そうして慎重に行動していても苦戦は避けられず、先ほどなどはクリーチャーの接近を許して噛みつかれた挙句、慣れない鉈を振るう泥仕合に突入してしまった。
それでもまだ制限時間は一時間以上残っているし、このまま大きなトラブルがなければ間に合うとは思うが、問題は最後のチェックポイントだ。二つ目のチェックポイントがアレだったし、また何か小細工をしているか、あるいは単純に僕らにとって不利な課題が設けられている可能性は高い。多少時間はかかっても僕らに攻略可能な内容であればいいのだが──
──ポン
「大丈夫」
時東さんが僕の背を叩き、覚悟を決めた表情で短く告げる。
「行こう」
「──はい」
程なく、僕らは最後のチェックポイントへと到達した。
「う゛ぅ……」
「……うへぇ」
「……そう来たか」
示された最後のチェックポイント。目印のポールの直ぐ横に血を流して倒れ呻き声を上げる男性を見つけ、僕らは駆け寄ることもせずウンザリと声を漏らした。
倒れているのは警備隊の隊服を着た三〇歳前後の男性。一見任務途中で負傷した隊員のように見えるが、少年兵が採用された現在では有事を除き大人がダンジョンに潜ることはほとんどない。あるとすれば小隊単位、あるいは少年兵とセットで行動するケース。つまり状況的に、この男性は偶然この場に居合わせた負傷者などではなく、僕らの試験に関連してここにいる可能性が高いわけだ。
そこまで思考を進め、空気に乗って鼻孔を刺激する微かな血の匂いに僕は顔を顰めた。
「たす、けて……!」
負傷して動けないというていであろうに、しっかりとした声量でこちらにアピールする男性。大根とまでは言わないが、その負傷が演技であることは男性の血色や見た目の出血量を見れば明らかだ。
状況を素直に解釈すれば、恐らくこの負傷者が第三のチェックポイントの課題。ダンジョン探索中に負傷した味方を発見、これに適切に対処せよ、ということなのだろう。
この第三層から一番近い安全な場所と言えばゴール地点のセーフティーポイントであり、そこまで行けば警備隊の人間が常駐していて治療や本部への通信を行うこともできる。つまりは負傷した足手まといを連れてゴール地点まで向かえばいいわけだが、これは言うほど簡単なことではなかった。
足手まといを抱えれば移動速度が落ちるだけでなく戦闘の難易度も上昇する。場合によっては彼が呻き声を出してワザと敵に自分たちの存在を知らせるなど、積極的に足を引っ張ってくることも想定しなくてはなるまい。
地力で劣る僕たちにとっては実に厄介で面倒極まりない課題だ、が──
「…………ふむん」
僕はこの状況に少し思うところがあり、チラと時東さんに視線を向けた。
彼女もまた感じるものがあったのだろう。僕に苦虫を噛み潰したような表情を返してきた。
「ぐぅ……っ!」
僕らが動こうとしないのに焦れて、倒れた男性が呻き声を上げてアピールする。
僕は考えを整理する時間が欲しくて、男性から距離をとったままわざとらしく平坦な声を作り時東さんに話しかけた。
「……例えば、なんですけど。僕ら二人でこの人をセーフティーポイントまで運ぶとなったら大変だしリスクも高いじゃないですか」
「うん? まぁ、そうね」
「だからこの人はこのままここに置いて──もとい待っていてもらって、僕らだけ先にセーフティーポイントに向かって助けを呼んでくるというのはどうでしょう? 救助活動のリスクを抑えつつ、僕らも試験に合格できる合理的な案だと思うんですけど」
「素晴らしい提案ね」
「むぅ~っ!」
僕らのやり取りに、倒れた男が呻き声で抗議する。
それを見て時東さんは肩を竦めて続けた。
「だけどその場合、この人がここで待っている間に敵に襲われて食べられちゃうリスクがあるんじゃないかしら?」
「なるほど。となると放置して進んだらチェックポイントをクリアした扱いにならない、ってことですかね」
「…………」
「──助けるフリしてチェックポイントをクリアした上で、やっぱりこの場に置いて行ったらどうなると思います?」
「む゛ぅぅ~っ!!」
「……駄目みたいよ?」
「残念」
そんなことを喋りながら、僕と時東さんは倒れた男性とその周辺を改めて確認し、どう動くのがベストか頭を回転させた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
──さて、どうやって攻略する?
第三チェックポイントの手前で嫌そうにごねている時東・月見里組を視界に収め、監視役の木月は彼らの決断に耳をそばだてた。
ここでの課題は、彼らが予想した通り『ダンジョン内で負傷した味方を連れてセーフティーポイント(=ゴール地点)まで移動せよ』というもの。
足手まといの存在は小細工や立ち回りによる試験合格を難しくし、シンプルに受験者の地力を試す厄介な課題。まさに立ち回りで試験を攻略しようとしていた彼らからすれば、ごねて文句を言いたくなって当然の内容だ。
更に一人が負傷者を背負いながら移動するとなると、敵の対処をもう一人で請け負わねばならず、これまで彼らが使っていた「炸裂弾→通常弾」のコンボも使えなくなる。これに関しては上も想定外だっただろうが、弱り目に祟り目の二人に木月も同情を禁じえなかった。
──とは言え、だ。文句を言いたくなる気持ちは分かるが、これが課題として設けられている以上、安易な解決策を許すほど上は甘くない。抜け道を探したところで時間を浪費するだけだぞ?
彼らが試験に合格するためには、どれほど厄介でも負傷者役の人間を連れてゴールを目指す以外にない。運び方や警戒方法、接敵時の手順など課題をスムーズにこなす作戦を考えるならまだしも、課題そのものをひっくり返そうとしても無駄だ、と木月は考えていた。
──ん? 動き出した、か……?
暫くごねて言葉を交わしていた二人の気配が変わった。果たして二人がどのような行動に出るのか、木月は興味深くそれを観察する。
『置いて行くのは駄目。普通に運ぶのも大変となると、結論は一つしかないですね』
『そうね』
──パァンッ!!
視線の先で月見里の放った銃弾が負傷者役の男の背を撃ち抜いた。
「…………は?」




