第22話~罠~
──なるほど、悪くない判断だ。
ダンジョン攻略のセオリーを無視し、周囲への警戒もそこそこに駆け足で移動する時東・月見里組を見て、監視役の木月はそう評価した。
──要は敵が弱い一層、あるいは二層まではリスクを取って移動速度を重視、敵が強くなる三層では慎重に動いて戦闘を回避する時間を確保しようという作戦か。
時東・月見里組が基礎的な戦闘能力に課題を抱えている以上、強敵との戦いは極力回避すべきだ。しかし回避しようと思えば行動は慎重にならざるを得ず、迂回などで余計に時間がかかってくる。比較的安全な第一層でリスクを取ってその為の時間を確保するというのは、単純だが実行するのは中々勇気のいる決断だ。躊躇いなく走り続ける二人の姿を見て、改めて木月は『悪くない』と微笑んだ。
これがただの度胸や無鉄砲であれば、木月がこうした評価を下すことはなかっただろう。いくら比較的弱い第一層の敵とはいえ、彼らが真っ向から戦えば仕留めきるまでそれなりに時間がかかるし、下手を打てば負けはしなくとも余計なダメージを負う可能性はある。
そうした問題をクリアし迅速な敵の処理を可能としているのが月見里が使っている炸裂弾だ。
──単に攻撃範囲が広くて足止めに便利なだけかと思っていたが、こういう効果もあったのか……
実戦経験豊富な木月は、実際に炸裂弾を使用して戦っている月見里以上に炸裂弾が敵の防御力を削ぐ仕組みを正確に理解していた。
そもそもクリーチャーの防御は魔力と物理の二層構造。物理防御はクリーチャーの性質・生態に大きく左右され高位のクリーチャーでも堅いとは限らないが、魔力防御は高位のクリーチャーほど強固になっていく。そして表面の魔力防御がムラなく働いている限りダメージを与えることはできず、これが魔力を持たない通常兵器がクリーチャーに効かない理由だ。
多少なりとも魔力防御を乱せばダメージを通すことは出来る為、魔力量に差があってもダメージを通すことは出来るが、やはり攻撃に込める魔力は多いに越したことはない。しかし同時に、ただ魔力を多く込めればよいというものでないことも、木月は実戦を通じて理解していた。
例えば同じ敵、同じ急所に攻撃を当てても、正面から攻撃したのと不意打ちとでは後者の方が圧倒的にダメージが大きい──何故か?
これはクリーチャーが攻撃される瞬間、そのポイントに魔力を集中させて防御しているためだと木月は推測している。そして実際、彼の推測は正しい。
木月はこの仕組みを理解して以降、隠密技術を磨き不意打ちで敵を倒すことを第一とし、それが出来ない時は敵の意識を分散させて防御の為に魔力を集中できない状況を作ってから敵を仕留めるよう心掛けている。
そんな彼から見て、目の前で行われている炸裂弾での牽制は実に有益なものと言えた。特別な技術や戦術を用いずとも敵の魔力防御を全身に分散させた上で乱し、通常攻撃が通りやすい状況を作れる。これが広まれば警備隊の戦力は間違いなく向上するだろう──これを見れただけでも、彼らに試験を受けさせた価値はあった。
──だが、それと試験の合否は別の話だ。
木月は二人の作戦と月見里の成果を認めつつも、冷静にそれだけでは足りないと評価する。
特に炸裂弾の性質を活かし実用レベルで運用した手腕と発想力は素晴らしいが、これだけなら彼らを戦闘員として戦わせ続ける理由にはならないし、上はむしろ余計に研究開発に専念させた方が良いと考えるだろう。
ただ単純に『正隊員としてもやっていける』では足りない。プラスαの何かを見せてほしいところだ。
──それに、この試験はお前たちにとって鬼門だ。作戦自体は正しいが、正しいということは当然予想されやすいということでもある。コバさんたちも当然、お前たちがそう来ることは対策済みだ。第一層はチェックポイント含めこれで問題ないだろう。だが第二、第三のチェックポイントをどう攻略する?
理不尽な課題に挑まされる後輩たちを、しかし木月は期待に満ちた瞳で見つめていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「そろそろ二つ目のチェックポイントがある筈だけど……」
時東さんが端末で自分たちの位置情報を確認しながら自信なさげに呟く。
僕らのここまでの行程は極めて順調なものだった。
第一層は予定通り敵を倒しながら最短で駆け抜け、一つ目のチェックポイントに到達。チェックポイントには目印となるポールが立てられていて、近づくと端末に条件を満たした旨の通知──直後、檻に閉じ込められ隠されていた二匹の鬼が解放され、強制戦闘に突入した。
ただしこれに関しては予め時東さんが共感覚で不自然な魔力の気配を感じとり警戒を促してくれていたため、先手を取って比較的簡単に処理することができた。
その後、僕らは第二層に到達。第二層の敵との戦闘は初めてだったため、ファーストエンカウントまでは慎重に行動。鳥のような頭部を持つ人型のクリーチャー──多分、髪切という妖怪──との遭遇戦を経て、二層でも十分余裕をもって戦えることを把握し、以降は第一層と同様に移動速度を上げて駆け抜けてきた。
その結果、ここまでに要した時間は一時間弱。このペースで行けば第三層はかなり時間に余裕をもって攻略することができる筈だ、が──
「見当たりませんね、チェックポイント」
僕は索敵も兼ねて周囲をぐるりと見渡す。第二層は森林エリアで少し離れた場所には小規模な森らしきものもあるが、今いる場所は比較的開けていて見晴らしがよい。第一層にあったようなポールがあればすぐに分かりそうなものだが、辺りにはそれらしいものも敵の姿も見当たらなかった。
「……場所はここで間違いないんですよね?」
「あたしの端末が壊れてたり、嘘の位置データを送られてない限りはね。あと、一応周辺を確認してみたけど、半径五〇メートル以内にさっきみたいな魔力の気配はないわ」
「ふむん……」
時東さんの言葉に、念の為僕も自分の端末を起動させ現在地と位置データを確認する。
「……僕の端末でもここがチェックポイントってことになってますね」
「一つ目のチェックポイントが『討伐』だったことを踏まえると、二つ目の課題は『探索』ってことかね?」
「普通に考えればそうなんでしょうけど……」
──この何もない場所を探せって?
僕らの心の声が唱和した。
先ほども言った通り、今いる場所は開けていて特にものを隠せそうな場所は見当たらない。小さな茂みや地面やらを手当たり次第に探せとでも言うのだろうか?
いやまぁ、位置データがここを指し示している以上はそうするしかないのだろうが、普通ならあの森の中とかもう少し探し甲斐のある場所を指定してきそうな気がする──いや、待てよ。さっき、時東さんは何て言った?
「…………」
「……月見里くん?」
「──と、すいません。ちょっと考えごとを」
「いいけども。それよりどうする? 地面に埋ってる痕跡を探せってことかもしれないし、手当たり次第に足元探ってく?」
僕は時東さんのあまり気が進まなそうな提案に一瞬考え、すぐにかぶりを横に振った。
「──いえ。それは後回しにして一先ず別の場所を探してみましょう」
「? データが示してる場所はここだよ? 別の場所ってどこを探すって言うのさ?」
首を傾げる時東さんに僕はぐるりと周囲を見回し、ここから二〇〇メートルほど離れた場所にあるモノを隠すには丁度良さそうな森を指さした。
「例えばあそことか」
「えぇ~?」
それから僅か五分後。
「……ホントにあったよ」
時東さんの共感覚の恩恵もあり、僕らは森の中からアッサリと二つ目のチェックポイントを発見し、条件をクリアした。
しかしにも関わらず時東さんの表情は晴れず、訝しげな様子だ。
「……どゆこと? 何でこんな離れた場所にチェックポイントがあったわけ? いやそれより何より、どうして月見里くんはここにあるって分かったの?」
「出題者の意図を推理しただけですよ。絶対ここだって確信があったわけじゃありません。近くに適当な場所がここぐらいしか無かったというか……」
「???」
時東さんの眉間に困惑で深く皺が刻まれたのを見て、僕は説明を付け加える。
「大前提として、上は僕らはともかく他の四人は落とすつもりがない──そう仮定すると、探索させるにしてもそう複雑な課題を設けるとは考えにくいと思ったんです。少なくともわざわざ地面にチェックポイントを隠すような真似は絶対にしないかなって」
「何で──あ、そうか」
言いかけて時東さんも僕の言わんとすることに気づいたようだ。
「ええ。制限時間付きの試験です。そんな面倒くさいことやらせてたら、あっという間にタイムオーバーになっちゃいますからね。探索系の課題を出すなら『敵が潜んでいる可能性のある森の中で、敵を警戒しながらチェックポイントを見つけ出せ』ぐらいが精々じゃないかな、と」
「なるほどねぇ。だからこの森に目を付けたわけかい──ん?」
時東さんは僕の説明に納得しかけ、すぐに再び眉を顰めた。
「森に目をつけた理由は分かったけど、でもここはちょ~っとデータで指定された場所から離れすぎてない? 今の推理でいきなりここを調べるのはちょっと飛躍し過ぎっていうか──いや、そもそもこれもらった位置データがおかしくない? んん?」
やはりそこに引っかかるか。正直、あまり説明したくはなかったのだが……
「……多分ですけど、位置データは意図的に少しズレた座標を示してたんだと思いますよ」
「意図的に? 何のためにそんなことを?」
「勿論、チェックポイントの場所を分かりにくくするために」
僕の言葉に時東さんの眉間の皺が深くなる。
「んん~? いや、待ちなよ。その説明は、さっきの『複雑な課題を設けるとは考えにくい』って君の説明と矛盾してないかい? それならまだ偶々ミスがあってデータがズレてたって方が──あ」
時東さんも気づいてしまったようだ。その表情に『まさか』という疑念と怒りとが浮かぶ。
「つまり……ワザとなの? あたしたちだけ、少しだけズレた位置データを渡されたってこと?」
「…………」
無言の肯定。
「他の組には、ちゃんと森の中を示すようなデータが送られてる……?」
「確信はないですけど、多分」
時東さんの声は、微かに震えていた。
「え? ちょっと待ってよ。いやいや……ねぇ? でもそんな差を付けたら後で分かって問題に──」
「ダンジョン内は電波が乱れてて、通信は基本的に通じないし、位置情報がズレることだって珍しくない。偶然だって言われたら否定するのは難しいでしょう。後で僕らが抗議しても『そういう可能性を考慮して行動すべきだった』って言われればそれまでです」
これはあくまで僕の推測であり、上層部はちゃんと正しいデータを渡していたが本当に運悪くズレてしまったという可能性もないではない。
まぁ、状況的にその可能性はあまり高いとは思えないが。
「…………」
時東さんがしばし無言で俯く。その肩は小刻みに震えていて、僕は悔しさで泣いているのかと思って声をかけることが出来なかった。しかし──
「──ムカつく」
顔を上げた時東さんの目に涙の痕はなく、怒りと、確固たる意志だけがあった。
「月見里くん。あたし、ここまで馬鹿にされたのは生まれて初めてだわ」
「……同感です。正直、正隊員云々にそんな興味はなかったんですけど、ここまであからさまだと、ねぇ」
彼女は僕の言葉にニヤリと口元を歪めて宣言した。
「──だね。絶対受かって、上の連中に絶対一泡吹かせてやろう」




