第21話~試験開始~
「すいません、遅くなりました……!」
試験開始時刻十五分前、三組目の受験者である月見里と時東が息を切らして集合場所に駆けてきた。
集合時刻に一秒でも遅れたら容赦なく不合格にするつもりだった木月は、そんな内心をおくびにも出さず告げる。
「大丈夫、時間ぴったりだ。まだ試験開始までは時間があるから、ゆっくり息を整えろ」
「はい……」
「……ぎりぎり、せーふ」
二人ともリングにより持久力が強化されているため、言うほど息が切れているわけではない。ただ焦りで大きく脈打っていた心臓を落ち着けるため各々深呼吸を繰り返した。
木月は片眉を吊り上げ、気づかれないようそっと二人を観察する。
ダンジョン警備隊に入った隊員たちが一番最初に叩きこまれるのは時間管理。いついかなる状況でも決して時間に遅れることがないよう、計画的に余裕をもって行動することを指導される。月見里や時東は元々その辺りはしっかりしていて、これまで一度も遅刻などはなかったと聞いていたがいったい何があったのだろう?
レストルームからここまでは歩いて五分とかからず、何かトラブルに巻き込まれたとも考えにくい。となると後は単純に話に夢中になって時間を忘れていたか、あるいは──
──ふむ、なるほどな。
木月は二人の隊服が先ほど着ていたものと変わっていることに気づき、先日この試験を組んだ小早川本部長補佐と交わした会話を思い出していた。
『コバさん。今回、月見里と時東は落とすつもりなんですか?』
『まぁ、そうだな。だが別に絶対に受からせるつもりがないってわけじゃないぞ? 順当に行けばそうなるだろうと思ってるだけだ』
何をいけしゃあしゃあと──その言いように木月は表情には出さず呆れた。試験内容はあの二人に対し明らかに厳しいものとなっている。事情を知る者からすれば、二人を落とし、新たに昇格した四人で組ませる為にこの試験を組んだことは明らかだ。
恣意的で当人たちの意思を無視した振る舞いだが、そこにメリットがあることも確か。故に木月はそれ以上何も言うつもりはなかったのだが──
『何か不満か?』
そうあちらから問われれば敢えて黙っている理由もない。
『不満ってわけじゃありませんが、疑問はありますね。月見里と時東は現時点では他の四人に劣ってるかもしれませんが、見込みのある奴らです。それを敢えて今、こんなやり方で切り離す必要があるのかとは思っています』
『……まぁ、そうだな。あの二人は基礎的な能力や技術では正隊員としての水準に達しているとは言い難いが、その分思慮深くて慎重だ。俺もそれらを加味した総合的な実力では、正隊員に昇格させても問題ないとは思ってるよ』
では何故? そこまでしてあの四人を組ませたいのか? それとも──
『一部の職員から「あの二人には戦闘員を外れて研究開発部門に専念してもらった方が組織にとって有益ではないか」って意見が出ている。月見里は発想力、時東は異能。今のところ適性はそちらの方が高い。あれもこれもとやらせるより効率がいいのは確かだろう』
『…………』
『教導云々は、彼らを訓練生ではなく研究開発部門の正職員とでもして適当な立場を与えてしまえばどうにでもなる。どのみち性格や能力、諸々の事情で戦闘員を諦めざるを得ない子供たちに道を示すためにも、そうした別のキャリアパスの構築は必要だったからな。その先駆けということであれば、彼らにとっても悪い話ではないだろう』
『……なるほど』
筋は通っているし合理的だ。
だがだとしたら何故?──そこに気づいて木月は思わず含み笑いを漏らした。
『……何だ、その顔は?』
『いえ、別に』
『別にって顔じゃないだろう』
小早川に問い詰められ、木月は肩を竦めて口を開いた。
『そこまで考えているのなら、何故わざわざ試験なんて形式をとったのかな、と思いましてね』
『…………』
『あの二人は聡いし物分かりもいい。きちんと筋立てて本音で話をすれば、配置換えにも素直に応じてくれたでしょうに』
『……ふん。話をするにしても目に見える結果を示してからの方が納得しやすいだろうと思っただけだ』
『なるほど?』
分かったような顔で笑う木月に、小早川は不機嫌そうに鼻を鳴らして続けた。
『……別にチャンスを与えたつもりはないぞ。俺も彼らが戦闘員に向いているとは思っていない。それでも敢えて戦闘員としての道を残すのであれば、ただやっていけるでは足りない──相応の結果を示す必要がある、ということだ』
木月は先ほどレストルームで会った時とは明らかに違う、ふてぶてしさに満ちた二人の表情を見つめ、口を開いた。
「──時間だ。準備はいいか?」
『はい!』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
試験開始時刻と同時に僕らはダンジョン内に足を踏み入れた。
僕と時東さんは息切れしないジョギング程度の速度で移動を開始。一分ほど進んでチラと後方を見ると、既に入口は見えなくなっていた。
「……木月さん、ついてきてる?」
「さぁ? 多分ついてきてるとは思いますけど、気配とかはサッパリですね」
監督役の木月さんの姿は既に影も形も見当たらない。最前線で活躍する隊員の隠形能力の高さに感心しつつ、しかし今気にすべきはそこではないと僕は気持ちを切り替えた。
「それより前を。第一層は最短最速で突破しますよ」
「りょーかい」
僕らは互いにまだ余裕があることを確認し、少し移動速度を上げた。
この試験の制限時間は三時間、普通にルート通り移動すればゴールまでは歩いて二時間程度。これは戦闘やトラブルへの対処を加味しない数字ではあるが、少なくとも最初からこのように飛ばす必要はない。
急げば体力を消耗するだけでなく、注意力散漫となって敵に不意打ちを受けるリスクが高くなる。仮にチェックポイントで何らか課題を与えられ時間を消費するのだとしても、この試験の意図を考えれば最初から走らなければ間に合わないような時間設定をされるとは考えにくい。
その意味で僕らの初動は不合理なものであり、やもすれば焦って浮足立っているように見えるかもしれないが──
『時東さん。総合的な地力不足ってのは一先ず置いておくとして、今回の試験を受ける上で、僕らの一番の欠点っていうか問題点って何だと思います?』
『そうだねぇ……』
認識合わせの為に発した僕の質問に、時東さんはさして考えることなく答えた。
『言い出せばキリがないけど、一番ってことなら決定力不足じゃない? 中途半端な射撃しか攻撃手段がないとこ』
『同感です』
決定力不足は僕らだけでなく椎野さんや真木さんたちにも共通する問題だったが、あちらは近接武器に習熟しその問題をほぼほぼ解消しつつある。
一方、僕らも近接戦闘の訓練を受けていないわけではないが、とても実戦でクリーチャー相手に使えるレベルではなく、さりとて射撃もピンポイントにクリーチャーの急所を射抜けるほどの精度はない。一層の雑魚クリーチャー相手ならそんな中途半端な射撃でも十分に通用するが、二層、三層と進めばそうもいかなくなる可能性があった。
『じゃあ逆に通用する部分、有利な点はどこでしょう?』
『通用する、か……魔力量は正隊員の平均より上だけど、それを活かせてないんじゃ意味がないよねぇ?』
『ですね』
僕と時東さんの魔力の評価値は正隊員の平均値をやや上回る「6」。ちなみに僕の魔力は入隊時点では「4」だったが、鵺の襲撃後に再測定したところ大きく上昇していた。治療の副作用ということらしいが、その部分に踏み込むと嫌な想像ばかりが湧いてくるので深く考えないようにしている。
話を戻すが、魔力の数値は高いほど有利ではあるが、それだけでどうにかなるほどダンジョンは甘いものではない。一応、射撃武器は使用者の魔力を反映してその威力などが上昇するものの、今のところベースとなる銃器の性能が低いため多少魔力が高い程度では威力不足をカバーしきれないのだ。
また魔力が高ければ弾数など継戦能力も向上するが、今回のような短期戦の試験ではあまり意味がない。
『それ以外となると……う~ん。索敵は多少できなくもない、かな? 慎重に行動すれば、敵の遭遇を避けて移動することもできなくもないかも──運だよりのとこが大きいけどね』
時東さんの言った通り、僕らは専門の斥候ほどではないものの、そこそこ索敵能力が高い駒だ。
僕の知覚能力の評価値は「7」。時東さんは評価値自体は「5」と平均的だが、魔力を味覚で感じ取る共感覚により魔力の存在には敏感だ。これらを上手く使えば、戦闘を最小限にゴール地点まで到達することも不可能ではない。
だがそこには一つ問題があった。
『その辺りの認識は概ね同意見です。その上で、提案なんですけど──』
「第一層はとにかく速度重視で突破します。索敵や警戒は最低限、不意を撃たれない程度に!」
「分かってる──と、さっそくいたよ!」
進行方向上に人の背丈ほどもありそうなサイズの大蜘蛛がいた。しぶとく、しつこく、僕らの苦手なタイプのクリーチャー。こちらがバタバタ走っているせいで向こうもとっくにこちらに気づいていて、戦闘は避けられそうにない。
だが予め決めていた通り、僕らの動きに迷いはない。移動しながらライフルを構え、時東さんに合図。
「行きますよ! 3、2、1──ファイア!」
「1──ファイア!」
僕の射撃にワザと一拍空けて時東さんが引き金を引く。
僕が撃った弾は炸裂弾。大蜘蛛の足元に着弾し、爆発してその身体全体を焼く。ただしそのダメージは広く浅く、大蜘蛛の皮殻を貫くには至らない。
そして直後、大蜘蛛の胴体に時東さんの放った通常弾が命中。通常であればこの手のクリーチャーを仕留めるには後一〇発程度弾を叩きこむ必要があるのだが──
──パァン!!
「わお!?」
時東さんの弾丸はプリンをスプーンで抉るようにアッサリと大蜘蛛の皮殻を貫通し、一撃でその脳を破壊した。
この結果には事前に説明を受けていた時東さんも驚きの声を上げる。
攻撃の仕掛けはシンプルだ。
クリーチャーは魔力を纏っており、魔力を持たない攻撃を無効してしまう性質を持つ。警備隊の攻撃が彼らに通用するのは、その攻撃が魔力を纏っているからだ。
僕はこの事実に着目し、発想を逆転させた。クリーチャーの身体を守る魔力を奪い取り、あるいは魔力による防御が十分でない状態にすることができれば、威力の低い攻撃であってもクリーチャーに通用するのではないのか、と。
つまり仕掛けはこうだ。まず僕が炸裂弾によりクリーチャーの全身を満遍なく攻撃する。ダメージはほとんど通らないが、クリーチャーの体表の魔力は少なからず相殺され、しかも全身に意識と魔力が分散する。そのタイミングで通常弾で追撃すれば、クリーチャーの魔力防御は二重の意味で薄くなっており、本来威力不足の銃であっても一撃で敵の防御を貫けるというわけだ。
「第一層はこのまま全部薙ぎ払っていきますよ!」
「よっしゃ! 任せろい!」
僕はライフルを背負いなおしてすぐさま移動を再開する。
呼びかけに応じる時東さんの声は、いつになく楽しそうに弾んでいた。




