第2話~入隊試験~
「受験番号38番、月見里 廻さん……はい、本人確認完了いたしました。まずは筆記試験を受けていただきますので、奥のエレベーターから三階に上がって下さい」
「はい」
児童養護施設の職員さんからダンジョン警備隊入隊の斡旋を受けてから約一月後。僕は入隊試験を受けるためS県にある警備隊本部を訪れていた。
まだ警備隊に入隊すると決めたわけではない。
確かに衣食住の保障や学費免除といった条件は魅力的ではあったが、そうは言っても命の危険が高い仕事だ。簡単に決断できるものではなかった。
だが一方で、入隊しないという決断にもリスクはあった。大災厄以降、社会全体が大きなダメージを受け僕らのような孤児に対するセーフティーネットが失われつつある今、働きながら高卒資格の取得を目指すというのは口で言うほど簡単なことではない。一昔前と比べて労働環境はますます厳しくなっていて、物価は天井知らずで最低賃金は底知れず。金も身寄りもない子供が一人で生きていくにはベリーハードモードな世界だ。どれほど真面目に頑張っても一生底辺を這いずり回ることになる可能性は高い。
命の危険と今後の長い人生への不安──果たしてどちらを取るべきか。
悩ましい選択ではあったが、そもそも入隊するのにも試験があり、受からなければどちらを取るもない。
入隊案内の冊子を読んでみると交通費や受験にかかる費用は全額警備隊負担で、合格後に入隊を取り消すことも可能。更に入隊した後でも、やはり向いていないと思えば除隊も認められている(ただし除隊後の活動には一定の制限が課される)。
受けるだけ受けてみよう。受からなければそれまでだし、警備隊の雰囲気を見てヤバそうなら入隊を取り消せばいい。
それに一度入隊した後、除隊することを考えるなら決断は早い方がいい。警備隊経由で高校に進学した後では除隊もしづらくなるだろう。
僕はそう考え、一先ず警備隊の入隊試験を受けてみることにした。
僕の決断を聞いた施設の職員さんは苦い顔をしていたが、僕の選択を否定はせず、粛々と受験手続を代行してくれた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「はぁ~……しんど」
午前中一杯警備隊の施設内で筆記試験と体力試験を受けた後、他の受験生たちと一緒に会議室のような場所で昼食の仕出し弁当を食べる。
全国あちこちからやってきた同年代の少年少女たちは皆事情ありげで重苦しい空気を漂わせており、会場はお通夜のような雰囲気だった。
僕は冷えた生姜焼きをご飯と一緒に喉に流し込み、午前中の試験を振り返る。
筆記試験は一般常識、論理的思考力や計算力などを測る内容で、まだ試験結果は分からないがまずまずの出来だと思う。
逆にどうだろうなと感じたのが体力試験。僕は同年代の平均と比べ線が細い方で、あまり筋力や持久力には自信がない。それでも中学の体力測定では総合で全国平均ぐらいは取れていたのだが、ダンジョン警備隊に入ろうなんて考える人たちはやはり体力に自信があるのだろう。こちらもまだ結果は分からないが、周りを見た印象だと僕は下から数えた方が早いレベルだった。
午後からは面接が予定されていて最終的な合否はその後に決まるという話だが、実際どうなのだろう? 恐らくこの手の試験で面接なんてのは問題がある者を弾くために行われるものだろうし、体力試験があの結果では足切りにあう可能性が高い気がする。
まぁ、落ちたら落ちたで悩まなくていいから気楽ではあるか……
そんなことを考えながら弁当を食べ終え、何をするでもなくぼーっと時間を潰していると、会場に迷彩服を着た職員が現れた。
「今から番号を呼んだ方は、荷物をまとめて別室に移動してください。4番、5番、10番、12番──」
僕の番号は呼ばれなかった。大体三分の二ほどの受験生が職員に連れられて会場を出て行き、僕らはその場に取り残される。
これは本当に足切りかな、と嘆息。この後別の誰かが現れて不合格を告げられるのをジッと待つ。
「…………」
直ぐにそうなるだろうと思っていたが、しかし予想に反して僕らはその後三〇分以上、何の音沙汰もなく会場で待たされ続けた。
どうせ不合格ならもう帰して欲しいなと思い始めた頃、再び職員が会場に現れる。
「それではこれから面接を始めます。番号を呼ばれた方から荷物を持って職員の後に付いてきてください」
…………おや?
「月見里くん。君、合格ね」
「は?」
受験番号を呼ばれ面接会場に向かうと、そこは進路相談室のような狭い部屋で、紺色の隊服を着た若い男性が待っていた。
ノックと挨拶をして部屋に入り促されるまま椅子に座って、その男性から第一声告げられた言葉がこれだ。
「えと、合格というと……?」
「勿論、この入隊試験の合否のことだよ」
男性は穏やかな表情と声音で、何てことのないように告げる。僕を揶揄っているようには見えない。
「……まだ、何も話してませんよ?」
「面接何て形だけのものさ。人格的な問題の有無なんてのは事前に君たちが暮らしている施設の職員が確認済みだよ。問題がある人間にはそもそもウチの入隊案内自体が行われていない」
「…………なるほど」
本当にそれだけで合否を決めたわけではあるまいが、事前にふるいにかけていたというのは本当だろう。この未成年者の募集自体があまり大っぴらに行われているわけではないのだから話を伝える相手は絞った方がリスクが小さい。
ただそうは言っても、いきなり合格と言われてもすぐには納得できない部分がある。
「でも僕、多分体力試験の結果とか散々でしたよ?」
「体力試験も合否にはあまり関係がない。いや、それぞれの試験で飛び抜けた成績を出した者がいれば別途採用を検討するつもりではいたけど、筆記や体力では余程何か問題がない限り落とされることはないよ」
「…………」
その形だけのことに真面目に取り組まされた身としては色々と言いたいことはあったが、一先ずそれを飲み込んで更に確認。
「じゃあ、受けた人間は基本的に全員合格ですか?」
「いや、合格者は全体の三割程度さ。我々が見ていたのは別のところでね」
そういって、男性は懐からシルバーの飾り気のない指輪を取り出した。
「……それは?」
「君も話ぐらいは聞いたことがあるだろう?──『リング』だよ」
『リング』──外宇宙の神の力を借りて生み出された、人類の『魔力』を引き出す超兵器。そして僕ら未成年が戦闘員として求められている理由そのもの。
「この『リング』に適合して魔力を鍛えられるのは若い子供の内だけ、って話はもう聞いてると思うけど、子供なら誰でもいいってわけじゃなくてね。まだ研究途中で詳しい理由は分かってないんだけど、『魔力』の大小や伸び幅には個人差が大きいんだよ」
……そういうことか。
「つまり警備隊では、何らかの方法で受験生のその『リング』だか『魔力』だかの適性をこっそり測っていて、僕はその基準を満たしていたので合格だ、と?」
「そういうこと。頭や体力は後から幾らでも鍛えられるけど、『魔力』は仕組みがよく分かってないから中々そうもいかない。現状、ウチではこの点を最優先して隊員を採用している」
なるほど、理屈は通っているな。
ということはつまり、やはりこれまで僕が受けてきた試験は茶番で、僕が合格したというのは本当で──
「──分かりました。ならもう、帰っていいですか?」
「いや、試験は終わってるけど、もう少しだけ付き合って欲しいんだ」
「?」
首を傾げる僕に、その男性は単刀直入に切り出した。
「月見里くん。君、まだ入隊するかどうか迷ってるでしょ?」
その問いかけに僕はどう答えたものか暫し逡巡し──しかし、下手に否定すればこの場で入隊の誓約書とか書かされそうな気がしたので正直に答える。
「……まぁ、そうですね。命の危険があることなので、まだハッキリ入るとは決めてません」
「うん。当然の考えだね」
僕の答えに男性は怒る素振りもなく、うんうんと頷く。
「だけど僕らは出来れば入って欲しい。この面接は、まあそういう勧誘の場だと思ってくれればいい」
「ははぁ……」
つまり合格者の意思確認と囲い込みがしたいわけか。
だが、だとしたら少し分からないことがある。
「その『魔力』の適性がある人って、結構少ないんですか?」
「? いや、そんなことはないよ。全く適性のない人間の方が少数派だし、こっちも採用計画があるから基準はクリアしていても人数を絞るために落とした子も結構いる。──どうしてそんなことを?」
問い返されて、僕は自意識過剰と思われないよう少しだけ言葉を選びながら答えた。
「……いえ。それなら、あんまりやる気のない僕より、他のやる気も能力もある人を合格にした方が良かったんじゃないかな、と思いまして。ひょっとして、僕の『魔力』って結構凄かったりします?」
「ああ、なるほどね。だけどそういう意味なら君の『魔力』は合格者の中じゃ平均だよ。勿論、受験者全体の中では高い方だけど、特別凄いってことはない」
あっさりと否定され、僕の頭の片隅で始まりそうだった『僕の魔力チートで無双』物語はひっそりと幕を下ろした。
いやまぁ、別に期待してたわけじゃないからいいんだけどね?
「つまり君はこう言いたいわけだろう?──能力や適性がさほど稀少なものでないなら、やる気のない人間を宥めすかして勧誘するより、最初からやる気のある人間を選べばいいんじゃないか?」
「……ありていに言えば」
男性は何故か楽しそうに笑い、そして僕の目を真っ直ぐに見て続けた。
「まず先に誤解を解いておこうか。別に僕らは合格者全員にこういう勧誘を行っている訳じゃあない。ほとんどの合格者には結果だけ伝えて終わり。君のように、特に入隊して欲しいと思った人間にだけ声をかけている」
「────」
あからさまなお世辞に少しだけ心が浮つくが、しかし僕は表面上は落ち着きを維持したままその言葉に反駁する。
「さっき、僕の才能は平均的だって言ってませんでした?」
「別に才能を見込んで言ってるんじゃあないよ」
「?」
意味が分からないと首を傾げる僕に、男性はその笑みにほんの少しだけ苦い色を浮かべて続けた。
「……入隊の年齢制限を取り払ってから二か月強。これまで僕は多くの入隊希望者に会って、実際一緒に働いてきた。その上での所感なんだけど、今ウチに入隊を希望してるような子は家族や親しい人をクリーチャーに殺されて復讐したいとか、あるいはゲーム感覚でダンジョンに潜ってみたいと考えてるか、大体そのどちらかなんだよね」
まぁ……そうなるのか? 僕はそのどちらでもないつもりだが、本当に慎重な人間はもう少し様子見しようとする筈。今この段階で入隊しようと考えている人間の多くは、恐らく彼の言うように逸っているタイプだろう。
「正直に言って、そういう下手にやる気と戦意のある人間は、消極的な人間よりもよほど扱いづらいんだ。言うことを聞かないし何をしでかすか分からないからね。だから僕としては、君みたいにこそ──もとい慎重にリスクを推し量って行動できる人間にこそ入隊してもらいたいと思ってる。こうして声をかけたのはそれが理由さ」
「…………」
う〜む……これは、どっちだ?




