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胃袋ダンジョン黎明期~現代ダンジョンはヤベー神様の腹の中~  作者: 廃くじら
第一部

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17/50

第17話~邂逅~

「……はぁ。仕方ないと分かってはいるんだけど、こう都合よく使われるといい加減腹が立ってくるわね」

「まぁまぁ」


苛立ちながらパイプ椅子を運ぶ椎野さんを宥めながら、僕は配置図を見て椅子の数を確認する──後二列だな。


「そりゃ誰かがしなくちゃいけないことだし、準備を手伝うこと自体に不満がある訳じゃないのよ? だけど、こういうのってもっと皆で平等にやるものでしょう?」

「学校じゃないから人集めるのも手間だったんじゃない? 実際、作業自体はそんなに人手は要らないし」

「……私、前回もこれやってるんですけど?」

「僕らの時? そりゃありがとね、椎野先輩」

「どういたしまして──じゃなくて! せめて順番に、別の人間にやらせろ、って言ってるの!」

「僕に言われてもなぁ……」


不満を吐き出す椎野さんから視線を逸らし、僕は隊員たちが設営作業を進める演習場を見渡した。


僕がダンジョン警備隊に入隊してちょうど一か月。明日は僕にとって初めての後輩が入隊してくる区切りの日だ。演習場では入隊式の準備が粛々と進められているが、準備に参加している隊員は僕や椎野さんを含め一〇人前後と少ない。椎野さんはそのことへの不満を口にし、僕はずっとサンドバック状態になっているというわけ。


「まぁ、頼みやすい人間に仕事が集中するのは仕方ないんじゃない?」

「それがムカつくって言ってるの! 要は舐められてるってことでしょ!?」


仰る通り。特に椎野さんたちは優等生で女性ということもあり、大人たちはつい便利に仕事を頼んでしまうのだろう。これを彼女たちが『舐められている』と不満に思うのは当然のことだ。


一方、僕はこの一か月の警備隊生活で大人たちの苦労もそれなりに理解している。特に僕の同期なんかは色々調子に乗って尖っている時期らしく、仕事一つ頼むのも面倒くさそうな連中ばかりなのだ。トラブル処理や仲裁に奔走する大人たちを見れば、まぁ雑用ぐらいは素直に引き受けてやろうと思ってしまう。


「大体、こういうのって後輩が率先してやるものじゃないの? 巽君は何処よ? サボリ?」


ああ、椎野さんが苛立っていたのはそれもあったらしい。


巽は僕と同じ一月に入隊したので、十二月入隊の椎野さんから見れば後輩。当然、この場で設営を手伝っていて然るべきとの思いがあったのだろう。


ただ巽がこの場にいないのはサボリではなく事情があってのことだったので、一応そこは代わりにフォローしておく。


「サボりじゃなくてオリエンテーションの準備だよ。あいつ明日新入隊員の前で演武を披露する予定だから」

「そうなの? ああいうのって正隊員の担当でしょ?」

「普通はそうらしいけど──ほら、巽って元々古武術習ってたから。動き自体は下手な正隊員より綺麗で見栄えがするだろ?」

「へぇ~、なるほどねぇ」


事情を聞いて一先ず椎野さんは怒りを収めてくれた。


古武術云々を抜きにしても巽の実力は同期の中では頭一つ抜けている。試験さえ受ければいつでも正隊員に昇格できると目されており、新入隊員の手本として力不足ということはないだろう。


「──月見里くんは何かしないの?」

「……は?」


僕の顔を覗き込み突然そんなことを言いだす椎野さんに、僕は思わず間の抜けた声を出してしまう。


「何かって?」

「だから新入隊員の前でデモンストレーション」


意味が分からない。


「何の冗談? 僕は巽と違って体力テストもこないだ通ったばっかの落ちこぼれだよ。下手したら新入隊員の方が僕よりいい動きするんじゃない?」


これはマジ。いや、下手しなくても上位層は普通に僕より強い気がする。


しかし椎野さんは真面目な顔で続けた。


「そういうんじゃなくて、例の弾を見せたりしないのか、ってことよ」


そっちか。いや、それにしたってデモンストレーションはない。


「まだ動作が不安定だし、人前で披露できる段階じゃないでしょ。せめて正隊員クラスが安定して使えるようになってからじゃないと──というか、何で?」

「最近、銃が不人気で特攻に流れてる人が増えてるじゃない? その空気を変える意味でも、新入隊員にアレを見せるのはアリじゃないかな~、って思ったんだけど」

「ああ……」


なるほど、そういう考え方もあるか。


確かにそういう意味ならデモンストレーションとして見せるぐらいは出来なくもない。だが僕以外の人が安定使用できてないのに先走ってもなぁ……


僕がどう答えたものが迷っていると、その場に設営指示役の教官の声が響く。


「お~い! 誰か医務室にいって治療用のキット借りてきてくれ!」

「あ、は~い! 僕行きます!」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


──ウィーン


「冲方先生、オリエンテーションで使う治療用のキットお借りしたいんですけど──っと」


医務室を訪れると先客がいた。


ノックを忘れたことに気づき謝罪して出直そうとするが、それより早く先客が口を開く。


「先生ならお留守よ。すぐに戻ってくると思うから中で待っていたらどう──あら?」

「────」


先客が僕の顔を見て何故か楽しそうな表情で首を傾げる。しかし僕はそれに反応を返すことも出来ず彼女に見入っていた。


先客は警備隊には似つかわしくない、幼く可憐な少女だった。


年齢は恐らく一〇歳前後。アルピノというやつだろうか? 目と髪は色素が抜け落ち白一色で、そのことが余計に少女の危うさを際立てている。センター分けの長い髪を腰のあたりまで伸ばし、青いワンピースを見に纏ったその姿はどこか非現実的で妖精染みていた。


「…………」

「どうしたの? 狐につままれたような顔をして。中に入ってドアを閉めなさい」


その言葉は柔らかくはあったが命令形で、拒否を許さぬ鋭さがあった。


どうしてこんな場所に──が……?


僕は彼女と二人きりになって良いのか、あるいは彼女を一人きりにして良いのか判断に迷い──結局言われるがまま医務室の中に入ってドアを閉める。


「ふふ、別にとって食べたりしないから、こっちにきて座りなさいな」

「…………」


別にそんなことを思っていたわけではない──が、言葉に出して言われると少しだけ不安になる。しかしこのまま突っ立っていて彼女の不興を買うのもどうだろう。僕は無言でそろそろと移動し、少女が座っている場所から少しだけ離れたところにある長椅子に腰を下ろした。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………何?」


ジッと少女に顔を見つめられ、プレッシャーに耐えきれず口を開く。


少女は僕の態度に気を悪くした様子もなく、花が綻ぶように笑った。


「いえ、あまりに想像していた通りだったからおかしくて」


想像していた通り?


どうして彼女が初対面の僕のことを──いや、彼女の正体が僕の想像している通りなら、そんな道理や常識は通用しない。


「とても傲慢な魂」


少女は悪意も好意もない微笑みを浮かべ、僕をそう評した。


「謙虚さの欠片もない、不遜で、けれど臆病な矛盾した魂の色──想像していた通りだわ」

「────」


貶されているのだろうか?


いや、こんな評価をされたのは生まれて初めてだ。僕は彼女の言葉が自分に向けられたものだとの確信が持てず、怒ることも忘れて困惑した。


そんな僕の反応を少女はどう解釈したのだろう。嗤ってフォローめいた言葉を付け加える。


「クスクス、これでも褒めているのよ? 謙虚さや従順さに価値があるのは未来が保証されている間だけだもの。もう誰もこの先の世界を保証できないのだから、人はもっと傲慢に生きるべきだわ」

「…………」


彼女が何を言っているのか、僕にはその一割も理解できない。


それでも、気が付いた時には彼女に反駁していた。


「神は、その力を持ってるんじゃないの……?」

「──フフッ」


少女は堪え切れずに笑みをこぼす。


きっとそれは、いい歳をして運命や真実などといった言葉を平気で語る子供に向けるような──失笑だった。


()()は貴方たちが期待するほど万能ではないわ。──ううん。仮にそうだったとしても、あの子は決して私たちの味方ではないもの。ただ便利だから、都合がいいから使っているだけ。そのことを勘違いしては駄目よ?」

「…………」


言いたいことは、分かる──分かってしまった。


そんな僕の反応を見て、少女は笑みを深く嗜虐的なものに変えて続ける。


「そして同じように襲ってきたからといって敵だと決めつけるのも良くないわ。私たちは牛さんや豚さんを殺して食べているけれど、決して傷つけたいわけでも愛がないわけでもないでしょう? 命を奪う行為と愛情は決して矛盾しない。その間にはきっと貴方が思うほどの違いはないのよ」


それも、理解できる。


だが、何故彼女がそんなことを僕に伝えるのかが、分からない。


「どこにも正しい答えなんてない。誰もそんなものは持っていないの」

「────」


彼女の硝子球のような瞳に、怯えた僕の姿が映る。


これ以上聞いてはいけない。逃げろ、と彼は叫んでいた。


「結局、大切なのは自分がどうしたいかだけ。だけど不思議ね。大人も子供も、皆したいことを口にしている筈なのに、自分がそうしようとはしないの。まるで──」


──ウィ~ン


その時、少女の言葉を遮るように音を立てて医務室のドアが開いた。


「月見里くん? キット見つかっ──」


僕の帰りが遅いことを不審に思ったのだろう。椎野さんが僕を探して医務室を訪れ──そして僕と同様、少女の姿を見つけて絶句する。


『…………』


──プルルルル……


ちょうどそのタイミングで少女のポケットの中でスマホが震えた。


「……残念、もう時間ね」


少女はスマホの画面を見ると立ち上がり、慌てて道を開ける椎野さんの横を通って医務室を出ていく。


そして部屋を出る折、一瞬だけこちらを振り向き微笑んだ。


「それじゃあね、お兄ちゃん。今度会った時は、貴方がどうしたいかを聞かせてちょうだい」


そう言って、彼女は振り返ることなく医務室を後にした。


『…………』


その場に残された僕と椎野さんは驚きのあまり腰が抜けていた。


「ね、ねぇ……あれって……?」

「……うん。多分、そうだと思う」


声を震わせ確認する椎野さんの言葉を、僕は確信をもって肯定する。


このダンジョン警備隊に、あんな年端も行かない子供がいる筈がない。いるとすればそれは──


「ダンジョン──外宇宙の神と交信した巫女。この世界にたった七人しか存在しない、人類救済の要」

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