第14話~交流~
鵺の襲撃から約二週間が経過し、僕の日常は一先ずの落ち着きを取り戻していた。
警備隊全体で見ると小規模な胃もたれが発生して正隊員が迎撃に駆り出されたり、学校でトラブルを起こして除隊した隊員が出たりと色々問題は起きていたが、直接僕に影響する範囲では平穏無事。
通常の訓練をこなしながら開発室にも顔を出すようになったため以前より多少はバタバタしているが、佐々木室長が無理のないスケジュールを組んでくれているお陰で、忙しくて手が回らないというほどでもない。
勿論、訓練時間は幾らか削らざるを得なかったが影響は軽微。巽に至っては通常の訓練では触れることのない魔力や装備の運用について理解が深まり、普通に訓練を受けるより実力が伸びている気がすると喜んでいた──僕はその辺の実感は全くないが。
後、大分遅ればせながらではあるが、二日前にようやく僕も体力テストに合格し、第一層限定でダンジョンへの入場が許可された。先行して合格した巽たちに体力的に追いついたとは思えないので、人手不足ということで教官たちが大分下駄を履かせてくれたのだろう。慢心せず引き続き訓練に励むよう釘を刺された。
今日は土曜日。開発室での用事もなく、午前中いっぱいは基礎体力作り、午後からは合同射撃訓練と訓練漬けの一日だ。
──パァン! パァン! パァン!
歩く程度の速さで前後左右に移動する的を、僕は一定のリズムで撃ち続ける。
実戦での威力不足を指摘される警備隊製のライフル銃だが、銃弾から推進力まで全て魔力で補っているため反動が小さく、また重力を無視して直進するため、素人でも狙い易く扱い易いという利点があった。経験の浅い僕でも概ね的の中心部分に弾が集まっており、トップ層は狙いから一センチとズレることなくピンポイントに的を射抜き続けている。
これはやっている分には楽しく、分かりやすい訓練ではあるのだが──
「…………」
僕は銃を撃つ手を止めて一息つく。魔力にはまだ余裕があるので訓練を続けることは出来た。だがこんな風に精密射撃をみがいて実戦でどこまで意味があるのだろうと、ふと疑問に思ってしまう。
今日は早めに切り上げてトレーニングルームで筋トレでもしようかと考えている、と──
「月見里くん、ちょっといい?」
「? 真木さん」
話しかけてきたのは同じ合同訓練に参加していた真木さん。
クラスメイトの椎野さんが所属するパーティーでリーダーを務める三歳年上の女性で、先の鵺に襲われた一件以来、顔を合わせれば挨拶をする程度の仲だ。正直、こんな風に向こうから話しかけてくるのは珍しい。
「今日の夜、空いてる?」
「────」
歳上の綺麗な女性からの誘い──罠の臭いがプンプンするそれに僕がどう答えたものか一瞬言葉に詰まっていると、彼女は自分の後ろを指さしてアッサリと続けた。
「木月さんがお肉でも食べに行かないかって。巽君も誘って、どう?」
彼女の指の先では、大学生ぐらいの長身の男性が感情の見えない穏やかな笑みを浮かべてこちらを見ていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「今日は俺の奢りだ。遠慮せず食べてくれ」
『わ~い!』
簡単な仕切りで区切られた焼肉屋の個室に、少女たちの嬉しそうな声が響く──ああいや、一人野郎の声も交じってるな。
女子比率高めの会に若干気後れしている僕を尻目に、巽は楽しそうに女性陣とコミュニケーションをとりながら肉を注文していく。僕は周りの勢いに流されるまま、ライスは中、飲み物はウーロン茶と答えるので精一杯だった。
「真木たちはホントに焼肉で良かったのか? 無理に俺たちに合わせなくても良かったんだぞ」
「いいに決まってるじゃないですか。こういう時でもないとガッツリお肉食べる機会なんてないし」
「それにこの街でお洒落な店って言ってもね~。結局こういうトコが一番外れがなくて美味しいですから」
「確かにな」
今日の食事会の主催の木月さんが、真木さん、時東さんの答えに微笑を浮かべて頷く。
食事会のメンバーは木月さん、それから真木さん、時東さん、椎野さん、羽佐間さんの女子パーティー四人に僕と巽を加えた計七人。
ちなみに羽佐間さんは以前に僕らが鵺に遭遇した際は体調不良でお休みしていたメンバーで、時東さんと同じ高校一年生。ショートカットでクールな雰囲気を漂わせたパーティーの斥候役だ。
「足りなくなったら好きに追加してくれればいいから、どんどん焼いてけよ」
注文された肉が届き、乾杯や挨拶もそこそこに皆一斉に美味しい肉にかぶりつく。日中の訓練の疲労と空腹もあり、女性陣も中々の健啖ぶりを発揮していた。
そんな中、僕はお腹が空いていない訳ではなかったが、人見知りが発動して周囲の勢いに乗り遅れ、キムチをつまみながらライスをモソモソと消費。
僕を見捨てて時東さんと楽しそうに会話している巽に恨みがましい視線を向けつつ、気配を消すか会話に参加している感を出して誤魔化すかの厳しい二択を迫られていた。
「どうした、遠慮せずに食えよ」
そんな僕の苦境を察してか、木月さんが僕の隣に座りトングで焼けた肉を取り分けてくれる。
「真木たちとは知り合いだって聞いてたから、一緒の方が緊張せずに済むと思ったんだが……」
「…………」
「どうした?」
キョトンとした顔で自分を見上げる僕を見て、木月さんが首を傾げる。
「あ、いやその……木月さん、お話するのって今日が初めてですよね?」
「ああ。訓練で何度か顔を合わせたことはあるけどな」
「は、はい。存じてます」
つい焦って奇妙な言葉遣いになってしまったが、僕は一方的に目の前の男性を見知っていた。
木月春馬──ダンジョン警備隊の最前線で活躍する正隊員。年齢は19歳、大学一年生と少年兵の中では最年長だ。その年齢以上に落ち着いた風貌と振る舞い、訓練時には教官側に回って指導していたことなどから、僕は当初彼が自衛隊出身の教官だと勘違いしていた。
少年兵のまとめ役を務める木月さんは有名人で、大人たちからも一目置かれている。そんな彼が何故僕らを食事に誘ったのか──思い当たることは一つしかなかった。
「……ひょっとして、開発室の件で何かあったりします?」
僕の率直な問いかけに木月さんは苦笑した。
「まぁそうだが……そうハッキリ言われると俺がいかにも打算的な人間みたいじゃないか?」
「す、すいません……」
「冗談だ。本気にするな」
恐縮する僕の背中を軽く叩いて、木月さんは穏やかな表情で続ける。
「お前らが開発室に協力することになったって聞いて、一度話をしてみたいと思ってたってのはその通りだよ。若い奴らはどうしてもああいう裏方仕事は嫌がるからな。佐々木さんもいいアシスタントが見つかったって喜んでた。ホントは俺が手伝えたら良かったんだが、中々そっちまで手が回らなくてな」
「…………」
「どうした? 何か気になることあるなら聞いてくれよ?」
木月さんに問われて、僕は言葉を選びながら疑問を口にした
「いえその……訓練生と正隊員って違いはあっても、木月さんと僕らってそんな立場は変わりませんよね? 何でそこまで気にするのかなって……」
というか、そもそも彼の存在には根本的な疑問がある。
「……ああ。そうか、お前や巽はまだ入ったばかりだから知らなくても不思議じゃないな」
「?」
「俺はお前らみたいに少年兵枠で採用されたわけじゃあない。身内に自衛隊員がいた関係で、年齢制限が撤廃される前から非公式に警備隊に参加してたんだよ」
「!?」
アッサリと告げられた事実に、僕は目を丸くして驚く。
慌てて周囲を見やると、いつの間にか周りの皆は僕らの話に注目していて、巽も含め僕以外は木月さんの告白に驚いてはいなかった。
いや最初から疑問には思っていたのだ。少年兵の採用が始まったのは約四か月前で、その対象年齢は中学・高校生。既に大学生の木月さんがそこに含まれているのは計算が合わない。
「所謂公然の秘密ってやつだな。俺以外にも何人かそういう奴がいて、お前らを鵺から救出した早瀬丸なんかもその一人だ。ホントはあいつもここに呼ぶつもりだったんだが、急な任務が入ったらしくてなぁ」
衝撃的な告白ではあったが、言われてみれば別に不思議なことではない。
警備隊が少年兵を採用すると決定したということは、当然それに先立って有効性を証明したモデルケースがいた筈だ。それがあったからこそいきなり大量採用を始められたと考える方が自然だろう。
「俺はその先行採用組の中でも一番年上だから、上からお前らのまとめ役みたいなことを任されてるんだよ。ホントは教官たちがすべきことなんだろうけど、中には『自分たちより弱い大人の言うことなんて聞いてられるか』なんて連中もいてな。俺みたいな人間から言った方が効果があったりするんだよ」
「……なるほど」
確かに少年兵の間には少なからずそういった空気が流れている。そう考えると、木月さんが警備隊内で担っている役割というのは僕の想像以上に大きなものなのかもしれない。
そんな僕の思いに気づいているのかいないのか、彼は淡々とした声音で続けた。
「開発室のフォローとかもホントは俺たちがやりたいんだけど、中々血気に逸った連中を抑えるのも大変でな。その分、お前らや優等生の真木たちに色々としわ寄せが行ってるわけだ」
木月さんがチラと真木さんたちに視線をやると、彼女たちは苦笑しながら頷く。
そう言えばこの間鵺に襲われた時の任務も開発室絡みだった気がする。僕や巽だけじゃなく、彼女たちも開発室との関りは深かったということか。
「今日はその労いと感謝を込めてのことだ。だから遠慮せず、ガッツリ食ってくれよ」
【登場人物④】
真木 文香
女、17歳(高校2年生)、4月5日生まれ
167cm、●●kg
<能力評価>
魔力 5
筋力 4
耐久 3
技量 6
機動 5
知覚 3
射程 5
特殊 0




