第11話~開発室~
「月見里! もういいのか!?」
鵺の襲撃で受けた負傷から回復し、三日ぶりに登校した僕の姿を見て巽と椎野さんが駆け寄ってきた。
他のクラスメイト達はまだあまり親しくないこともあって話しかけてくる様子はない。だが僕が休んでいた経緯は伝わっているのだろう、チラチラと様子を窺うような視線を向けてきた。
僕は二人の相手をしながら、カバンを自分の机において着席。
「うん。ていうか、何でそんな驚いてるのさ。二人にはメールしてただろう?」
僕は本部に検査入院させられ外部と面会できない状態だったが、目が覚めたことや身体に問題がないことはメールでちゃんと伝えていた。一々驚く理由もないと思うのだが……
「そうは言われても……なぁ?」
「ねぇ?」
しかし二人は顔を見合わせ、僕にもの言いたげな視線を向ける。
「?」
「……あのね、月見里くん。私たち、あの時君がどんな状態だったかを間近でよ~く見てるの。本人にこんなこと言っていいのか分からないけど、正直助からないんじゃないかとも思った。──そんな人がよ? たった二日や三日でケロッとした顔で登校してきたら、本当に大丈夫なの、って心配するのは当然のことじゃない? いくら連絡は貰ってても、実際に顔を見るまで私たちも不安だったんだから」
それは……まぁ、そういうものか。会えなかったのは上の指示なので謝罪するのもおかしいが、心配してくれたことは素直に嬉しい。
「そっか。心配してくれてありがと」
「……お礼を言われるようなことじゃないけどね」
椎野さんは苦笑して、しかしホッとしたように溜め息を吐く。
「それで、ホントに身体の方は大丈夫なのか?」
巽が言葉を選びながら改めて僕の体調を確認する。
周囲のクラスメイトがこちらに耳をそばだてているのを感じ、僕はワザと周囲にも聞こえるよう少しだけ声を張って答えた。
「うん。検査でも異常はなかったし、警備隊の活動にも支障はないってさ。色々気になることはあると思うけど、治療関係のことはまだ口外しないでくれって言われてるから、あんまり突っ込まないでもらえると助かる」
「……そっか。そういうことならこれ以上は聞かないけど、何にせよお前が無事でよかったよ」
僕らのやり取りにクラスメイトは僕の事情を『今はまだ聞くべきではないこと』だと理解し、興味の視線が霧散する。元々ダンジョン警備隊は秘密の多い組織だ。下手に首を突っ込めば藪蛇となり得ることを彼らはよく理解していた。
「皆の方はどうだったの? 時東さんの怪我は?」
「私たちの方は全然問題なし。鶫さんも君に比べたら全然軽傷だったしね。怪我自体はとっくに治ってるわ」
「……怪我自体は?」
含みのある発言に僕はつい眉を顰める。その反応に椎野さんは苦笑し、即座に手を横に振って否定した。
「違う違う。別にそういう意味じゃないから」
「?」
「ほら、今回の件はイレギュラーだったとは言え、私たちも油断してたところがあったからさ。真木さんたちとも話して、暫くダンジョンに潜るのは控えて訓練に専念しようって話になったのよ。トラウマで戦うのが怖くなったとかそんなんじゃないから安心して」
なるほど。確かにあんな経験をすれば、一度自分たちの技術や戦術を見直したいという気持ちはよく分かる。特に椎野さんたちは射撃メインのパーティーだから、決定力不足を痛感したのかもしれない。
「月見里くんは何時から訓練に復帰できそうなの?」
「あ~……」
検査が長引いただけで身体の方は全く問題がなく、早速今日からでも訓練には参加できるのだが……
「ふむ……」
『……?』
「巽。悪いんだけど今日、僕に付き合ってくれない?」
「俺?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「君が月見里くんが推薦した子だね?」
「は?」
「名前は? ポジションは? メインウェポンは何を使ってるんだい?」
「え? えっと……」
「おっと失礼! 名乗るならまず自分から、だね。僕は佐々木弥和。警備隊の開発室長をさせてもらってる者さ」
「はぁ……室長、さん?」
丸々した体躯の巨漢──佐々木室長に怒涛の勢いでまくし立てられ、巽は困惑し助けを求めるような視線を僕に向けてきた。
まぁ放課後碌な事情説明もなくいきなり開発室に連れてこられて、こんな熊みたいなオッサンに詰め寄られれば、いくら人見知りしない巽とはいえこの反応はやむを得まい。
暫くイケメンが困っている様子を眺めていたくはあったが、自分が連れてきておいて流石にそれは不義理だろう。僕は佐々木室長を制止するように声をかけた。
「室長。すいませんが、ソイツにはまだ何の説明もしてないんで……」
「あ、そっかそっか。いや~、ようやく協力者が~、って思ったらつい気が急いちゃってさぁ──ごめんね~?」
「い、いえ……」
佐々木室長の勢いが止まったところで、僕は軽く咳払いして場を仕切る。
「コホン。佐々木室長、コイツは巽一登。僕と同じで今月入隊したばかりの新人ですけど、同期の中じゃ一番の成績の特攻です」
「ほぉ~、そいつは頼もしいね」
「ど、どうも……」
「巽。この方は佐々木室長。開発室──僕らが使ってる装備や施設全般を取り仕切ってる開発部門のトップだ」
巽は人が良さそうな顔でニコニコと微笑む佐々木室長の顔を凝視し、それから僕に「何で俺がそんな人と引き合わされてるんだ!?」と説明を求めるような視線を向けてきた。
気持ちは分かる。なので僕はこれ以上引っ張ることなく端的にその事情を口にした。
「巽。僕は今後、佐々木室長の要請を受けて警備隊で使う装備の研究開発に協力することになった」
「は?」
「で、僕だけじゃ色々手が足りないから、お前にも協力して欲しい。今日はその為にここに連れてきた」
「……はぁ~!?」
ここでダンジョン警備隊で使用されている装備について簡単に説明しておこう。
大前提として警備隊員たちは皆『リング』によって体内の魔力を引き出し、肉体や武器を強化してクリーチャーたちと戦っている。魔力の付与されていない通常兵器はクリーチャーにはほとんど効果を及ぼさないため、クリーチャーと戦う上で魔力こそがもっとも重要な要素と言えよう。
だが一方で、『リング』さえあればそれで万事解決というわけではない。
例えば隊員が使う近接武器一つとっても、一般的な鋼鉄の槍や剣では警備隊員たちが振るうには強度が足りず、また魔力の通りも悪い。
ここ開発室で行っているのは、そうした警備隊員が魔力を付与して使用することを前提とした装備の研究、開発、改良。
魔力というエネルギーは人類にとっていまだ未知の部分が多く、僕らはその可能性の一割も引き出せていないと言われている。
故に高威力で、効率がよく、多様な性能を持つ装備の開発は急務であり、開発室は警備隊にとって最重要部門の一つ……なのだが、人手不足など様々な事情により、新装備の開発や改良は遅々として進んでいなかった。
今回、佐々木室長が協力者として僕に声をかけたのはそうした部分へのテコ入れのため。だが協力するにしても僕一人では出来ることには限りがあるので、こうして巽に声をかけた、というわけだ。
「……なるほど。お前が俺を誘った事情は大体分かった」
僕の説明を一通り聞き、巽は二度三度と頷く。
僕らの前には佐々木室長手ずから淹れてくれたコーヒーとショートケーキが置かれていたが、巽はそれに手を付けることなく難しい表情で腕組みする。
「事前に説明がなかったのは機密の関係があったからで、俺を誘ったのは他の奴より事情説明が簡単だと思ったから。研究に協力すると決めたのは金か待遇でインセンティブを提示されたか、何かあった時に開発室とのコネがあれば便利だと思った──そんなとこか?」
横目で僕を見ながら告げられた巽の推測を、僕は無言で肩を竦めて肯定した。こいつ、やっぱり話が早いな。
基本的には巽の言った通りだ。金と待遇に関しては他の隊員とのバランスがあるので雀の涙ほどのものだが、開発室とのコネは持っておいて損はない。多少のデメリットは承知の上で、僕は佐々木室長の要請に応じることを決めた。
「問題は、どうして室長さんがお前に声をかけたのか、ってところなんだけど──」
巽は正面に座る佐々木室長に厳しい視線を向けて問うた。
「──そこんとこどうなんですか? 別にこいつが無能だなんて言うつもりはありませんけど、まだ入隊したばかりで実績も経験もない新人です。突出した何かや特別な能力がある訳でもない。普通に考えて、もっと優秀な正隊員に協力を求めるべきでしょう」
巽の疑問は当然のもので、実のところ僕も先日、全く同じ質問を佐々木室長にしていた。
室長は特に考える素振りも見せず、その時と同じ答えを返す。
「月見里くんを誘った理由かい? それは早瀬丸くんから、彼が体外魔力操作を行ってたって話を聞いて、協力してもらえれば色々研究の可能性が広がると思ったからだよ──あ、早瀬丸くんは分かる?」
「……この間、俺らを鵺から助けてくれた方ですよね?」
「そうそう。警備隊のエース。彼が偶々通りがかったのは、ホント君たち運が良かったんだよ?」
「それも聞きました。それはいいんですけど、体外魔力操作って……?」
語感から何となく意味は分かるが、聞き馴染みのない言葉に巽は眉を顰める。
それに僕は人差し指を一本立てて実演してみせた。
「これだよ」
僕の指の先に淡い紫色の光──魔力の塊が浮かぶ。
「!」
「触ってみ」
「……大丈夫なのか?」
「じゃなきゃ言わないって」
僕に促され巽はその光を指先でつつく──二度、三度と刺激すると、不安定な魔力の塊はアッサリと砕けて霧散した。
「──ま、何の補助も媒介なくただ魔力を集めただけなんで『だから何?』って程度のもんだよ。ほら、僕が鵺に最後圧し掛かられた時のこと覚えてるか? 鵺が魔力を足場に飛び回ってるのを見て、僕にも出来るんじゃないかって思い付きで試したんだけど」
「……ああ。そういやなんか光の壁みたいなのが一瞬浮かんでたな。その前後のことが衝撃的過ぎて、完璧に意識から抜け落ちてたけど」
「うん。まぁ、アレは死にかけて火事場の馬鹿力みたいな感じて、咄嗟に残ってた魔力を全部使って壁を作ったんだけど、それでもちょっと強めに殴れば壊れる程度のモンを一瞬作るので精一杯だった」
室長が目を付けたのはあの時咄嗟に習得したこの技術だと説明すると、巽は暫し考えこみ、ポツリ。
「……ショボくね?」
「仰る通り」
僕は苦笑しながら肯定するが、佐々木室長はそれを否定。
「いやいや、そんなことはないさ。何のデバイスの補助もなく魔力を実体化させるのは凄く画期的なことなんだよ? 魔力に余裕のない大人じゃ、すぐに魔力切れを起こして試すことも出来なかっただろうしね」
「へぇ……ということは、例えばこれを何かの装備で補助すれば、空中にシールドを浮かべて敵の攻撃を防ぐようなことも出来るようになったり?」
巽の期待に満ちた視線に、しかし佐々木室長はアッサリと首を横に振る。
「それは多分無理。媒体も支点もない空中にシールドを作ったところで、非効率だし大した強度は得られないよ。ただ体外魔力操作技術を応用すれば装備開発の可能性は確実に広がるだろうね」
「ふむ……」
巽は頷きを一つ挟み、もう一つ気になっていたことを口にした。
「もう一つ教えてほしいんですけど、月見里のやった体外魔力操作って凄いことなんですか? 他の人じゃ試しても真似できない?」
その質問は僕もした。しかし──
「いや、そんなことはないよ」
佐々木室長はかぶりを横に振ってこれも否定する。当然、巽は困惑した。
「早瀬丸くんなんかは彼がやったのを見て直ぐに習得してたし──いや、まぁ早瀬丸くんは例外だからあんま参考にならないか。でも彼は『コツを掴むのは少し難しいけど、正隊員が一か月練習すれば七割ぐらいの確率で習得できる』って言ってたから、実際その程度の難易度なんじゃないかな?」
僕は偶々死にかけてそのコツを掴んだが、普通に訓練して習得できない技術ではない、と思う。多分、今までは試した人間がいなかっただけだ。
だがそれを聞いて巽の困惑は深くなる。
「……それならなおのこと正隊員に頼んだ方がいいんじゃないんですか? 装備開発を軽んじるような馬鹿はいないだろうし、人手を割いてもらうことは出来るでしょ。もし体外魔力操作の習得にかかる手間が惜しいっていうなら、それこそその早瀬丸さんに頼んだらどうなんです? エースが新装備の開発に協力するってのは、別におかしな話じゃないと思いますけど」
僕も同じ質問をした。
佐々木室長は少しだけ困った表情でそれに答える。
「言いたいことは分かるよ。ただ中々それは難しくてね」
「何でですか?」
「まず早瀬丸くんを使うって案なんだけど、彼は何ていうか規格外過ぎてね。普通の隊員が使う装備を試すには向いてないんだ」
「?」
巽は意味が分からず目を瞬かせる。
「彼にかかればどんな鈍でも名刀に変わる。弘法は筆を選ばず、って言えばいいのかな。どんな武器を与えても問題なく使いこなしちゃうから、普通の隊員にとってどうかを試すには全く向いてないんだ」
「…………」
冗談だろう、と言いたげな顔をする巽だが、佐々木室長の言葉は事実だ。実際、僕も早瀬丸さんの戦いを映像で見せてもらって納得した。
「正隊員を使うのも難しい。何ていうか、今の正隊員たちは真面目過ぎるというか、気負ってる子が多くてね。試作装備みたいな安全性や性能の確認が取れてないものを使わせるのは少し怖いんだよ。石平さん──あ、本部長のことね?──彼も子供たちをコントロールするのに苦労してるみたいで、下手に新装備なんて渡したらどんな行動に出るか予想がつかなくてさぁ……」
「…………」
「その点、月見里くんや君はまだ訓練生で、活動そのものが制限されてるだろう? 防衛任務にも組み込まれてないから人手の問題もない。おまけに話してみて分かったけど、復讐心で暴走するタイプにも見えないときた。声をかけたのはつまり丁度僕にとって都合の良い人材だった、ってことさ」
そんな風に、佐々木室長は隠すことなく身も蓋もない理由を口にした。




