第1話~ダンジョンと少年兵~
新連載始めました。
「もう聞いていると思うけど、月見里君にも一年後には施設を出て行ってもらわなくちゃいけなくなった」
お世話になっている児童養護施設の職員さんが僕に告げたのは、そんな予想通りの言葉だった。
職員さんはそこで言葉を区切り申し訳なさそうに僕の反応を窺う。職員さんが悪いわけではないのだからそんな顔をしないでほしい。
僕の沈黙を別の意味に解釈したのか職員さんは弁解するように続けた。
「国の財政悪化を受けて児童福祉法が改正されたんだ。元々は18歳まで入所が認められてたんだけど、来年からそれが早まって中学卒業と同時に施設を出てもらうことになった」
「仕方ないですよね。大災厄以降どこも大変ですから。親のいない孤児を、何時までも国の金で養ってけるような余裕は無いってことは僕にも分かってます」
「…………」
職員さんの罪悪感を少しでも和らげようと明るく肩を竦めたが、彼の表情は暗いままだった。
僕は約一年半前に起きた大災厄で両親を失い、この児童養護施設でお世話になっている中学二年生男子だ──こう書くと凄く不幸な身の上に聞こえるかもしれないが、実のところ僕のような子供はとても多い。だから特別不幸ぶるつもりも無かったし、大変なのはみんな一緒と自分を慰めてきた。
しかし同じ境遇の孤児が多いということは、当然国にかかる負担も増大するということ。ただでさえ今の日本──いや世界は大災厄により大きな被害を受け、社会の屋台骨が揺らいでいる。何時までも孤児を養っていける余裕がないことは少し考えれば容易に想像がついた。
「勿論、僕らも何の手当もせずいきなり君を放り出すつもりはない。進路については卒園までしっかり相談に乗るつもりだよ。──逆に言えば僕らはそれぐらいしかしてあげられないってことなんだけど……」
「分かってますって。別に薄給の白井さんに進学費用出してくれとか無茶言うつもりはありませんから安心してください」
僕の冗談めいた発言に、ようやく職員さんの表情に苦笑が浮かぶ。そして僕は予め考えていたことを伝えた。
「今のところ、働きながら高卒資格の取得を目指そうと考えています。今の日本で高卒の資格がどれだけ役に立つのかは分かりませんけど、将来後悔しないようにできるだけのことはしておきたいと思って」
「うんうん。僕もそれがいいと思うよ。資格はあって損になることはないし、確実に選択肢は広がるからね」
「それで、学校の先生から定時制高校の資料はいくつかもらったんですけど、肝心の働き口の方がまだ全然で。学校に通うことに理解があって、できれば住み込みで働かせてもらえる職場とかを紹介していただけるとありがたいかなって……」
「任せて! そっちに関しては僕らも色々と伝手がある。月見里君は真面目だから、きっとすぐいい就職先が決まると思うよ──あ」
職員さんは嬉しそうに胸を叩いて請け負うが、そこで何かを思い出したような声を漏らし暗い表情になる。
「えと……何か問題でもありました?」
「いや、そうじゃないんだ! 問題じゃなくてその……ちょっと伝えておかなくちゃいけないことがあったのを思い出してね」
「?」
伝えておかなくてはいけないこと?
職員さんは然程厚みのないA4サイズの冊子を取り出し、それを僕の前に置く。
「これは?」
「……僕個人としては決してお勧めしないけど、上からの指示でね。選択肢の一つとして必ず説明はするように言われてる」
その表紙には『ダンジョン警備隊入隊のご案内』と書かれていた。
「月見里君は、ダンジョン警備隊については知ってるよね?」
「……ええ、一応は。得体の知れない神様だか邪神だかの力を借りて、ダンジョン内に化け物を閉じ込めてる人たちですよね?」
「うん。元々は自衛隊から派遣された人たちが中心になって、ダンジョンからクリーチャーが出てこないように入口を封鎖したり、間引きを行ってきた組織だね。それで通常兵器が通用しないクリーチャーに対抗するため、警備隊では『リング』っていう兵器が使われてるんだけど──」
「それも知ってます。化け物に対抗する為に使用者の『魔力』を引き出すとかいうトンデモ兵器ですよね──よく分からない神様の力を借りて作った得体の知れないオカルトアイテム」
「…………うん」
僕の理解を職員さんは何とも言えない表情で肯定する。
「で、それが僕の進路とどう関係するんです? まさか一昔前のアニメや漫画よろしく、僕らみたいな子供にその警備隊に参加して化け物と戦え、とかいう話じゃないでしょうし」
「…………」
冗談めかした僕の発言に、職員さんは否定することなく沈黙を返す。
「……え? ひょっとして、マジで言ってます?」
「……うん。僕が言ってるわけじゃないけど、上はマジみたいなんだ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
今から約一年半前、世界中で突然異界からのゲートが開き、修羅神仏、天使や悪魔が地上に溢れだし人類を襲った。
通常兵器の通じない未知のクリーチャーたちを前に、人類は大混乱に陥り、滅びの縁に立たされる。
そんな折、人類を救ったのは勇者でも英雄でもなく、外宇宙から飛来した巨大な神だった。人の理解を遥かに超えて強大なその神には、異界から現れたクリーチャーが美味しい食事にでも見えていたのだろうか? 彼らは異界へと続くゲートごとクリーチャーたちを一呑みにしてしまった。
辛うじて滅びを免れた人類だったが、しかし神に呑み込まれたクリーチャーたちは絶滅したわけではなかった。彼らの一部は大幅に弱体化しながらも神の体内でしぶとく生き延び、再びその数を増やしていたのだ。
そしてクリーチャーが増えすぎると、神は胃もたれを引き起こし、時折クリーチャーを外界に吐き出してしまう。
これを脅威と捉えた人類は外宇宙の神との交信に成功した『巫女』を中心にクリーチャーを神の体内で間引き、留めおくための組織を設立。
『ダンジョン警備隊/DDF(=Dungeon Defense Force)』と名付けられたその組織は、外宇宙の神からもたらされた技術の結晶『リング』を用い、迷宮化した神の体内に侵入。増え過ぎたクリーチャーを間引くことでその排出を防ごうとした。
だがここで新たに一つの問題が判明する。
『リング』の動力源となる生命エネルギー『魔力』は若者の間しか鍛えることができず、成人した兵士たちではその力を十全に引き出すことができなかったのだ。
そして自衛隊からの派遣要員を中心に構成されていたダンジョン警備隊は、一か月前についに方針を転換。入隊の年齢制限を取り払い、子供たちを戦わせることを決断した。
「……え? ギャグ?」
「残念ながらマジなんだ。いや正気かどうかは保証しかねるけど、警備隊──というか政府は本気で少年兵の募集を始めてる」
真剣に揶揄われているのではと疑う僕に、職員さんは気持ちは分かると言いたげに頷きを返した。
え、ちょっと待って? マジのマジで言っている? 少し頭の中を整理させて欲しい。
まずダンジョン警備隊はダンジョン内のクリーチャーを間引いて国内の安全を確保することを目的とした組織である。
そして通常兵器の通じないクリーチャーと戦うためには『リング』と呼ばれる兵器を使いこなすことが必要。
だけど『リング』を使いこなすための『魔力』は子供の内しか鍛えることができないので、成人した兵士では満足に戦えない。
だから少年兵を募集して戦わせることにしました?──うん、文脈的には繋がってるけど、やっぱり正気とは思えないな。
「……そもそも子供を戦わせるとか法律的にどうなんですか? いや、子供じゃなくても素人を戦わせる時点で問題ですけど」
「その辺は特措法で対応したらしい。何がどう対応出来てるのかは僕じゃ説明を受けても分からなかったけど、警備隊の活動は戦闘行為じゃなくて自由意志の下に自己責任で行われる駆除活動、という法解釈だから憲法的にも問題ない……らしい」
「らしい、なんだ」
つまりアレか。これは問題がないわけじゃないけど、それを指摘する人間がいないならないのと一緒だよね、というやつ。
「でもそんな話があれば流石にニュースとか騒ぎになりません? 全然聞いたことないんですけど、単に僕が世間に疎いだけ?」
「いや、この一件は政府内でも内々に話が進められていて、今のところ大々的なアナウンスは行われていない」
「……いいんですか、それ?」
「良くはないだろうけど、一応ダンジョン警備隊は政府から独立した民間組織という建前だからね。何かあればそちらに責任を押し付けるつもりなんじゃないかな」
「……マスコミに情報が漏れないわけがありませんよね?」
「大きな声じゃ言えないけど、政府から圧力がかかって情報統制が敷かれてるみたいだね。今は事実上の戦時下だ。手段を選んでられる場合じゃないし、下手な報道をして政府や警備隊の足を引っ張れば自分たちの首を絞めかねないってことはマスコミ連中も理解してる」
「…………」
僕は大災厄直後、自衛隊員をクリーチャーと戦わせることに反対した市民団体の愚行により、結果的に人口一〇〇万人超の大都市が丸々一つ壊滅した事件を思い出し、反論の言葉を噤んだ。
今はマスコミもその報道がもたらす結果に責任を負わされる時代。例え報道した内容が真実であったとしても、結果問題が起きれば市民から袋叩きにされてしまいかねないため、マスコミはどこもダンジョン関連の報道には消極的だった。
「……まぁ、警備隊がそういう方向で少年兵を募集を始めたってことは理解しました。で、このタイミングで僕にこの入隊案内を出してくるってことは、僕に警備隊に入隊したらどうって斡旋ですか?」
「…………」
無言の肯定。
「いや、何かあった時のことを考えれば、僕らみたいな孤児を使った方が面倒が少ないって理屈は分かりますけど、だとしてもそんなヤバそうなとこに就職する理由は僕の方にはないわけで──あ、強制とかじゃないですよね?」
「それは勿論」
「ならやっぱないですよ。強制徴兵でもなけりゃこんな危険で馬鹿げた話──あ~でも、親殺された復讐したい奴とか、ゲーム感覚でダンジョン入ってみたい馬鹿とかは引っかかるのか? いやでもな~、流石にそんな問題ありそうな奴らばっか集めるのはリスクが高いだろうし……うん。やっぱないな」
「…………」
自分が警備隊に入隊するのは勿論、そもそもこんなやり方で少年兵を募集すること自体、馬鹿げているという結論に至る。
職員さんは僕の結論に同意するように頷きながら、しかし非常に言い難そうな表情で冊子の表紙をめくり、長い前置きを口にした。
「……これは、上からそうしろと指示を受けているから説明するだけで、僕自身は決して推奨しているわけではないことを理解しておいて欲しい。働きながら高卒資格の取得を目指すというのは今のご時世決して簡単な道ではないけれど、それでも命には代えられないからね」
「はぁ……?」
そんなことは言われるまでもなく分かっているが……
職員さんは冒頭のページを指さし、ダンジョン警備隊に僕が入隊するメリットを説明した。
「君が警備隊に入隊した場合、衣食住は一通り保障される」
「まぁ、それぐらいは当然──」
「そして提携している全日制の高校への進学と学費の全額免除──働きながら高校へ通うことが認められている」
「…………」
「当然給料も出るし、高校三年間真面目に働けば、大学へ進学できるだけの貯蓄も十分に可能だそうだ」
「…………」
「進学するかどうかは任意だけど、希望する場合は推薦も受けれるらしいし、何らかの事情で働けなくなった場合は政府機関への再就職も斡旋してくれるってさ」
「…………なる、ほど」
絶妙に悩ましいラインを突いて来やがる……




