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山奥に「こんな店が営業してるんだ?」という食堂を発見し、入ってみたらとても珍しいものを食べさせてくれた

 いつの間にか秋の山道は紅葉に彩られていた。


 俺はまだ入社二年目の下っ端だった。

 その時、部長に叱責されたことを理由に俺は凹んでいたんだが、赤い葉っぱたちに微笑んで迎えられてるような景色に、自然に心が軽くなる。

 運転する商用ワゴンのスピードも緩み、なんだか山の中の竜宮城にでも迷い込んだような心地に、仕事中だということすら忘れかけていた時のことだった。


 初めて通る山道ではなかった。

 ちらほらと、廃屋や材木倉庫のような建物があることは知っていたが、いつも人間の気配のないところだと思っていた。


「……あれ?」


 だからそんな食堂があることに気づいて、俺は声を漏らしたのだった。


「こんなところに……こんな食堂、あったっけ?」


 潰れた食堂でもおかしくはなかった。

 むしろ潰れていたほうが納得するような──昭和の時代には道路工事の人夫で賑わっていただろうなと思える、時を積み重ねてきたようなその店先に、『営業中』の木札がかかっていた。


 店の名前は『菜湖子食堂』だった──


 駐車場はなかったが、すぐ側の路肩の砂利の上に車を停めた。

 確かに腹は減っていた。しかし移動中に昼食を済ませられるよう、携帯食がカバンの中にある。

 好奇心からなのか、紅葉に仕事中なのを忘れさせられたからなのか、とにかく俺はその店に入ってみたくて仕方がなくなっていたのだ。


 敷居の溝は真っ黒で、泥と埃で引き戸を開けるのは重たそうだと思えたが、拍子抜けするほどに快い音を立ててカラカラと滑った。


 店内には誰もいなかった。


 予想のほか、清潔な印象だった。

 置いてあるものがレトロな雰囲気を醸し出している。赤いダルマみたいな形のTVが少し高いところの棚の上に置いてある。


 ふいに艶っぽい女性の声が奥からした。


「あら」

 

 のれんをめくって奥の部屋から顔を覗かせたのは、こんな山奥にいるとは思えない、絶世の美女だった。

 

「いらっしゃいませ」


 化粧を感じないのに白い肌、そこに開く花のような赤い唇──何より神秘を窺わせる色気を湛えた切れ長の目が印象的だった。

 そんな女性が着ているものが地味なチェック柄の割烹着だということだけが現実感をここに繋ぎ留めている。


 カウンター席とテーブル席があったが、誰もいないので俺はテーブル席を選んで座った。

 座ってしまってから、「あ。カウンター席のほうがいいですかね? もし団体客とか入ってきたら……」と遠慮がちに聞くと、水とおしぼりを運んできてくれた彼女は有り難そうに笑い、「そんなのきませんから、大丈夫」と言ってくれた。


 間近で顔を見ると、さらに美しさが増す。

 年齢は不詳だった。俺よりも年上なのは確かだが、40歳前後にも見えれば100歳を超えていると言われても信じてしまう。

 べったりと顔にひっついているようなショートの黒髪も、なんだかイタチ科の動物が身体から立ち昇らせているかのような、お日様に干された土のような匂いも、すべてが魅力的だった。


 その頃の俺はまだ女性経験がなかった。

 それゆえか、食事をしに入ったということも忘れ、すっかり彼女の虜になってしまった。

 そんな心の内を悟られまいと、急いで彼女から目をそらし、テーブルの上のメニューを見る。


 メニューには普通の料理名が並んでいた。


 定食類、丼もの、カレー、うどん、ラーメン……


 その中にひとつだけ、謎の料理名を見つけた。

 

 『しっぽ(一日一食限定)時価』


「あの……」

 

「はい。お決まりでしょうか?」


 咄嗟に声をかけた俺に、注文票とボールペンを持って彼女が近づいてきた。


「これ……なんですか?」


 俺がしっぽの文字を指さして聞くと、彼女が「ああ」と笑う。


「お客さん、初めてなのね」


 クスクスと、ちょっと俺のことを小馬鹿にして笑うような彼女も魅力的だった。てのひらの上で転がされているような心地よさを覚えてしまう。


 俺はうっとりしながら、聞いた。


「何か動物のしっぽ?」


「食べてみます? 幸い最後にお出ししたのは三日前ですから、もうギンギンになってると思う」


「な……なんなんですか?」


「あたしのしっぽですよ」


 彼女が割烹着の下のスカートを捲った。

 下着を穿いていなかった。白いお尻が丸出しになり、そこからタコの足のような、血の色に白が混ざったような、太いしっぽが生えていた。


 呆気にとられる俺に、彼女が解説をしてくれる。


「これには滋養強壮なんてもんじゃない栄養があるらしいんですよ。特に人間が食べるとしばらくは潜在能力が開花しまくって、とんでもないことになることもあるらしいから、滅多にこれを食べて今でも生きてらっしゃるお客さんはいません」


 かわいくうねうねとくねるしっぽの、先っちょの尖り具合、そして太くてぬるっとした付け根の淫靡さに、俺は激しく食欲をかきたてられた。


「こ、このまま齧るんですか?」


「ええ。生で」


「齧っても──いいですか!?」


「ええ、どうぞ。ガブッといっちゃっておくんなさい」


 手で握ると、しっぽがイヤイヤをするように身をよじった。

 先っちょを舐めると全身に電流が走った。

 止まらなくなった。俺は先っちょを噛んで食いちぎると、手をしっぽの根元に移し、犬のように貪った。

 中に血液は通ってないようで、その代わりというように、温かい肉汁が次から次へと迸った。

 甘く、しょっぱく、素材の味は母のうまみを思わせた。


 気がつくと俺は20年タイムスリップしていた。


「社長──」


 俺を叱責した部長が20歳老けた顔をヘラヘラ笑わせて、揉み手をしながら近づいてきた。


「今度の社員旅行、天狗山で紅葉狩りに決まりそうなのですが──よろしいでしょうか?」


 どうやら俺はしっぽを食べて潜在能力がバチクソ開花してしまい、会社を乗っ取ってしまったようだった。


 天狗山といえば、あの店がある場所だ。

 俺は即答した。


「却下」


 あの店には一人で行きたい。

 あの甘美な思い出は、俺だけのものにしたかった。


  


 休日に黄色いスポーツカーを走らせて、あの店を訪ねたが、そこには秋の涼風が吹いているだけで、ただすすきがクスクスと音を立てながら揺れていた。




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