第8話『嘘とイチゴミルク』
【前回のあらすじ】
五十嵐の違和感、そして儀式のあとに起きた“異変”。
そんな誠に追い打ちをかけるように地元を離れての誠の就職が決まる。
心を置き去りに大人の人生が近づいてくる。
不安に押しつぶされそうになった誠は友達の孝志に電話をする。
孝志は誠の就職を心から喜んでくれた。
『辛くなったら、いつでも戻ってこい。“優しい泣き虫の誠”に俺がいつだって戻してやるから』
ーその言葉に勇気をもらった誠は
冬美と五十嵐にメールを送るのであった…
夕焼けに照らされた公園はどこか寂しくて、でも落ち着く場所だった。
静かな風とブランコのきしむ音だけが残る公園に足を踏み入れる。
小学、中学まで、学校帰りは必ず4人でこの公園に寄ってから五十嵐くんの家に遊びに行っていた。
だけど、高校生になってから、僕らは集まることも少なくなった。
この公園には僕たち4人の思い出が沢山つまっている。
冬美と孝志がおにぎりを食べていたブランコ。
雑談しながら、僕は2人が食べ終わるのを座って待っていたんだっけ。
3人に五十嵐くんが加わってから、公園はおにぎりを食べる場所ではなくなった。
学校帰りや休みの日とか、この公園は僕たちの遊び場になっていた。
休みの日に3人と遊べるのが嬉しかった。
でも、一番嬉しかったのは――
二人の傷を暖かい室内で治療できることだった。
風邪を引いてアクエリしか飲まなかった五十嵐くんは、元々頭がいいこともあってすぐにいろんな治療の処方を調べて、2人がどんな怪我をしても対処できるようになっていた。
「…今もカッコいいけど。あの時から、五十嵐くんはやること全部、カッコよかったよなぁ…」
無人のブランコに座るとキィ…という鉄の軋む音が、静かな公園に響いた。
会話する相手もいない。
だから…自然と考えるのは過去のことだ。
思い出すのは――
放課後の悪魔の儀式をした次の日のこと…
◇◇◇
「昨日は、なんか悪かったな…俺…ははっ、思ってた以上にオカルトとか無理だったみたい」
学校に来た五十嵐くんは“いつもの五十嵐くん”に戻っていた。
顔色もよくなっている。
恥ずかしそうに笑う彼から昨日、感じた不穏な空気も感じない。
ポケットの中に片手を突っ込むスタイルも健在だ。
「意外だな、お前…幽霊とか平気なタイプだと思ってた」
昨日のこともあって、今日は珍しく孝志の方が僕よりも早く教室に来ていた。
きっと、五十嵐くんのことが心配だったんだろう。
「うん、俺も。…だから、あんなにビビってたの正直、一番…俺がビックリしてる」
「昨日なんて、お前にしては珍しくデカい声あげてたもんな。俺は、あれが一番ビビった」
「ははっ、マジで?俺、怪異じゃねーって」
孝志と談笑する五十嵐くんは普通だ。
だけど、その表情がどこか…
“吹っ切れたように”見えるのは、気のせいだろうか?
「ごめんなさいっ!!」
僕たちを置いて帰った生徒たちは全員休み時間に、僕たちに謝りに来てくれた。
そこには都市伝説オタクの藤沢先輩の姿もある…
この人が、一番深く頭を下げていた気がする。
人としての常識は持っている人たちで、少し安心した。
「気にすんなよ。たぶん儀式やってなかったら俺も、お前らみたいにビビって逃げてたと思うし…
——ありがとな」
「へ?」
五十嵐くんの予想外の言葉に頭を下げていた女の子たちが唖然とした表情で彼を顔を上げる。
僕も五十嵐くんの言葉に一瞬、耳を疑った…
(ありがとう?)
腕組みをして聞いていた孝志も怪訝な表情で五十嵐くんを見ている。
(なんで、ありがとうなんだ…?)
開かれた窓から入りこんだ風がカーテンをふわりと揺らす。
窓の淵に座って、僕たちにほほ笑む五十嵐くんは——
どこか不気味に見えた。
◇◇◇
五十嵐くんに対しての“違和感”は意外な人からの情報で明らかになった。
「こ、小林くん、だよね?僕のこと、覚えてる?」
「!美術部の、藤沢先輩…?」
放課後の悪魔以降、廊下でも会うことのなかった…
3年の藤沢先輩だ。
場所は、1階の休憩所。
休憩所は昼食の時間になると、おもに陽キャグループのたまり場となる。
テスト期間中だからいつもより人数は少ないけど、教科書やノートを広げる生徒がまばらに座っていた。
休憩所には自販機の隣にカップジュースも置かれているので、僕はお昼ご飯を食べるときに飲み物は必ずそこで買っている。
他の生徒はさっさと帰ってしまったけど、僕は家に帰ってから昼ご飯を食べるのが面倒で、いつもの癖で4人教室に残って昼食を食べてから帰ることにした。
突然、後ろから先輩に声をかけられたことで自販機のボタンを押そうとした手が止まる。
先輩も変なタイミンで声をかけたことに気づいたのか、手が中途半端な位置で止まってる。
「…えっと…先輩も、何か、飲みますか?」
「……えっ、じゃあ…イチゴミルクで」
(あ、そこは言っちゃうんだ…)
小銭が無くて千円札を入れていたからいいけど…。
僕はいつも飲んでるパックジュースと、イチゴミルクのボタンを押した。
そして、出てきたイチゴミルクを先輩に差し出した。
「ありがとう。その、中庭で話せるかな?」
「えっ、中庭って行けるんですか?」
「あぁ、もしかして行ったことない?玄関から出れば普通に行けるよ?…まぁ、僕たちのような陰キャが安易に行ける場所ではないけど」
「……」
「ホラ、あそこのベンチが珍しく空いてる。座って話すくらいはできるだろ?」
先輩の陰キャ仲間発言には目を瞑り、
僕は先輩の指差す方に目を向けた。
…確かに、いつもはカップルか、派手な髪色をした女子たちで埋まっているベンチは珍しく誰も座ってない。
「あ、でも。僕、まだお昼の途中で…友達も待たせちゃってるので」
藤沢先輩の話が何かはわからない。
…けど、放課後の悪魔みたいに面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだ。
「あっ、そうか昼だもんね…あのさ、鍵ありがとう。助かったよ。
実は、僕…一週間後に心霊スポット行く予定だったんだけどさ…やめたんだ。」
「え?やめたって、どうしてですか?」
「怖くなったんだよ…やっぱり、僕は雑誌とか動画で見てる方がいいなって…あの準備室での怪異を目の当たりにして、気づかされたんだ」
「藤沢先輩…」
藤沢先輩の落ち込んだような声に、教室に戻ろうとした足が止まる。
「怖かったですよね、あんなの…誰だって怖いですよ!
あの、僕の友達に五十嵐くんっていう普段クールな友達がいるんですけど、
“鏡の前に立ってた男の子”覚えてます?
その、五十嵐くんが「ビビった」って言ってたくらいー」
「それ、本当…?」
「えっ…?」
「…もし、キミの言う五十嵐くんが一か月前
僕に…
“準備室の鍵を借りに来た五十嵐くん”なら
君の友達は…
怪異になどビビっていないよ」
「えっ…?鍵を、借りる…?」
藤沢先輩の言葉に、
僕の周りの騒音が…消えた。
五十嵐くんは―——
『俺も、ビビった…』
『昨日は、なんか悪かったな…俺…ははっ、思ってた以上にオカルトとか無理だったみたい』
『それじゃあっ…ダメなんだよ…っ!!』
やっぱり“あの日”なにかを見たんだ…
でも、どうして…
五十嵐くんは僕たちに“嘘をついた?”
「あの…藤沢先輩」
僕は制服のポケットからスマホを取り出した。
『自販機の前、人いっぱいでちょっと遅れる』
——と彼に、嘘のメールを送る。
そして、イチゴミルクのキャップを開ける先輩にそっと視線を戻す。
「その話、詳しく聞かせてください」
最後まで読んで頂きありがとうございました!