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悪魔のシェアハウス――悪魔は人を騙すけど嘘はつかない。《友情》《裏切り》《契約》《願い》すべてを賭けた選択の脱出劇  作者: ユキマル02
【冬美編】

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52話『シェアハウスにようこそ』



【登場人物】


まもる:主人公。友達思いの優しい高校生。現在の姿は小学生。家族が大好きで早く元の世界に戻りたいと思っている。冬美のことが好き。悪魔が嫌いなので悪魔に対して少しだけ口が悪くなる。


冬美ふゆみ:元気で明るい美少女。現在の姿は小学生。家庭環境が複雑で、この空間に残ることを望んでいる。


孝志たかし:誠の親友。現在の姿は小学生。兄貴肌で面倒見がよくて優しい性格。父子家庭で幼少期は父親から暴力を振るわれていた。誠をいつも支えてくれる存在。誠の握るおにぎりが好き。


五十嵐:誠の親友。友達のことを大切する優しい高校生。医者の家系で裕福な家育ち。放課後の悪魔と契約して皆を閉じ込めた張本人。そこにはある理由が…。悪魔が疲弊するくらいガチガチの追加契約を作った。



【登場する悪魔たち】


放課後の悪魔:この空間を創った存在。関西弁で話すが、ときどき標準語に戻るのが逆に怖い。常にテンションは軽く、距離も近い。見た目は人間のようだが、明らかに異質。誠たちを翻弄する存在。


宇佐美:誠専属の『コーディネーター』。時間や場所を問わず服を用意できる能力を持ち、寸分の狂いもなく時間を把握できるため、【時計】の役割も果たしている。

名前は『宇佐美』。白くふわふわした毛並みを持つウサギの姿をしている。


シェフ:この空間の専属『料理人』。無口で寡黙、人間があまり好きではなく、長話も嫌い。料理に対するこだわりは現実のプロと遜色なく、「料理に関しては嘘はつかない」という姿勢は本物。つい最近新しい契約者を得た。…誠たちの味方?


清掃の悪魔:常にテンションが高くノリの軽い青年。この空間の『清掃員』

軽い口調からいきなり雰囲気がガラッと変わるため油断できない。

誠が苦手意識を持っている悪魔。シェフとは古い友達らしい。


メイド:丁寧な口調で微笑む、美しいメイド姿の悪魔。

冬美専属の「レディースメイド」として身の回りの世話を担う一方でその本性は冷酷かつ策略家。「性格は悪いです」と本人も公言している。つい最近新しい契約者を得た。


整備士シンさん

部屋の整備や修理を担当する悪魔。

無骨だが気さくで、誰とでもすぐに打ち解ける“面倒見のいいおじさん”のような存在。


「嘘を見破る能力」を持つ特例の悪魔


普段は豪快に笑う気のいい兄貴分だが常軌を逸した執着と狂気がのぞく、油断できない悪魔である。


最近新しい契約者を得た。



寝室清掃の悪魔


銀髪眼鏡のメイド服を着た少女の悪魔。

主人公誠が偶然にも遭遇した裏方の悪魔。


普段は清掃が終わるとシェフの用意した食事を厨房に設置されている

従業員休憩室で食べている。


かなりのネガティブ思考で一人で突っ走り結論が出るとすぐに手持ちのナイフで自害しようとするので困る。まだまだ謎の多い悪魔である。




(以降、悪魔たちは順次追加予定)


【※注意】本章は、冬美という人物の人生と過去を描くため、未成年への性的被害や家庭内での暴力を含みます。興奮を目的とした描写ではありません。読むことで辛くなる可能性がありますので、少しでも辛いと感じた場合は、読むのを中断してください。








 私には自慢できることが一つも無かった。


 容姿も、両親も、家庭環境も、全部が最悪な人生で……私にも唯一自慢できることができた。


 ――それは、小学生の時にできた3人の友達だった。


 『2人は、きっと嫌がるかもしれないけど、ぼくは、優しい人が好きなんだっ!優しい人が、理不尽にいじめられて、お腹が減って、泣いておにぎりを食べる世界なんてっ、そんなの間違ってる』


 この言葉は私の好きな人が言ってくれた、世界で一番優しい言葉だ。

 きっと他の人が聞いたら、ありきたりで、平凡で、特別じゃないって言うかもしれない。


 でも、産まれてからずっと優しい言葉を知らない私から見ると、あったかくて、キラキラしてて宝物みたいな言葉――




「……そうだよね誠くん。優しい人が、理不尽にいじめられる世界なんて、間違ってるよね……」


「冬美ちゃん?」


 私の独り言に近い言葉は隣にいたユキちゃんに聞こえたみたいで、ユキちゃんが不安そうな目線を私に向けた。いや、もしかしたら目の前に見えるものから意識を逸らしたかったからかもしれない。


「女が俺に口答えしてんじゃねぇよっ!!」


 今、私たちキャストの目の前で真由美さんが新しい店長に髪を鷲掴みされて、殴られている。口と鼻からは血が流れ出ていて、瞼は赤黒く腫れあがっていた。――そこに、美しい真由美さんの姿はない。


 新しい店長は、お母さんが好きになりそうな――いや、好きになりそうとか、そんなんじゃない。

 浅黒い肌に、黒いジャケット。太い指には金色の指輪がいくつもはめられていた。その男は……


 お母さんの新しい恋人だった。


「……っ」


 私はそっと、傷のあった口元に触れた。思い出すだけで、痛みが蘇ってくる。体が震えて、この場から逃げ出したいと思った。あの男の、暴力性は、私が一番よく知っている。


 コイツが店長を殺した――そう思った。


 お母さんが付き合う相手は、性格がクズで暴力的な男ばかりだった。そのほとんどが裏社会の人間だ。

 店の情報は、お母さんがコイツに流したのかもしれない。……いや、違う。コイツは最初から、この店を奪うつもりでお母さんに近づいたのかもしれない。


「もう前の店長は死んだんだよ!俺がルール!!今日から、この店は本番も、賭博も、薬も有りのお店になるんだよっ!」


 男が叫ぶたびに、照明を反射するほどの綺麗な床に唾が飛び散った。

 床はいつも、店長が朝早く来て綺麗に磨いたのに、汚れてしまった。

 

 店長が作ってくれた、女の子たちの止まり木が、目の前で壊れていく――



『あなたは目を付けられる可能性があるから、皆の後ろに隠れてなさい』



 そう言って真由美さんは、亡くなった店長のように、女の子たちを守ろうと前に出た。


「ほ、本番はっ……私が、せ、成人のきゃふと、だけに……して、ください」


 真由美さんは痛みで立つことも辛いはずなのに、床に手をついて体制を立て直すと、新しい店長に向かって床に頭をこすりつけた……土下座だ。


「っ真由美さん」


 真由美さんは、私が出会った大人の人で一番優しい人だった。


『恋心は誰も触れることのできない、人間が待つ一番綺麗なものなの』



 私に大切なことを教えてくれた



『私は、幼馴染が好きだったの』



 きっと誰にも言うつもりのなかったことを教えてくれた――秘密を共有する大人のお友達。



「あぁ!?まだ、言ってんのかよ。金持ちも、政財界のジジイも好きなのは若い女!若ければ若いほど、アイツ等は金を落としてくれる」


 新しい店長は真由美さんの方にめんどくさそうに振り向くと、しゃがんで真由美さんの顎を掴んで顔を覗き込んだ。


「お前、綺麗だけどさ……賞味期限近いだろ?」


「えっ」


「一人娘いるんだっけ?よく見ると小皺、メイクで隠してんじゃん」


「っ!……ふっ、うぅ」


(酷い……っ)


 屈辱的な言葉と、体に与えられた痛みに、真由美さんの瞳からは悲しみの涙があふれ出る。それを見た店長は同情するどころか、めんどくさそうにため息を吐いて立ち上がり、真由美さんを蹴った。


「あ゛ぁッ…!!」


 キラキラしてて、いつもお客様の楽しそうな声が溢れる店内に不釣り合いな苦し気な悲鳴が響いた。いつも明るくて、笑顔が可愛いと評判のユキちゃんは口元に手をやりながら大粒の涙を流している。


 店長が生きていたころは、働いている人間が涙を流すことなんてなかった。


「真由美さん!」


「ひどいっ」


 真由美さんと仲の良いキャストの何人かが小さく抗議の声を上げると、蛇みたいに細くて鋭い目線が彼女たちに向けられる。私も、アイツの目が嫌いだった。女を見下して、殴って、泣いてる姿を見るといつも笑って興奮してる。可哀想な男。


「あ?なんだよ、なんか文句あるなら前に出てこいよ。ほら、早く来いよ!」


「ひっ……!」


「あの、血っ、真由美さんっ、病院に」


「あぁ!?話すり替えてんじゃねぇよ!?ほら、俺に文句あんなら来いよ?」


 男の怒鳴り声が店内に響きわたる。キャストも、ボーイも、誰一人動けなくなった。

 その反応に満足したのか、男は真由美さんに近づくと彼女の髪を掴んで自分の顔まで引っ張り上げる。


「っ痛い!痛い!!」


 真由美さんの悲鳴が静かな店内に響き渡った。


「新しいルールってのはよぉ、実際に見せるのが口が説明するよりわかりやすいんだよなぁ、女の子たちを守りたいんだろ?本番有りの接客を、今、お前がここで実践しろよ」


「っえ?」


「一番客は、俺だ」


 一瞬にして空気が、時間が止まった。誰もが、言葉にしなくても同じことを思っているのだろう。


 この男は、何を言ってる?


「っふざけんな」


 握りしめた拳からは、血が流れていた。たぶん、強く握ったせいで爪が皮膚を突き破ったんだ。

 だけど、今は、これくらいの痛みが丁度いい。


「えっ、ふ、冬美ちゃん!?どこいくの!?前に出たらっ」


「大丈夫」


 引き留めようとするユキちゃんの言葉に背中を向けたまま答える。

 一歩、一歩と、前に進んで行くと声だけしか想像してなかった、現実が見えてくる。


 VIPが座る革張りのソファーに男は座っていた。そして、その前に座る真由美さんの顔は青あざができてパンパンに腫れあがっていた。胸糞悪い、眉間にしわが寄っているのが自分でもわかった。


「!?ふ、ふゆみ、ひゃん」


「あ?おぉ、冬美じゃねぇか。ここで働いてることは知ってたけどよぉ、やっぱお前はアイツより美人」


「本番は、私がやる」


 これ以上コイツの声を聞きたくなくて、遮るように声を出してやる。

 男はわかりやすく顔を歪めると「あ?」と低い声を出した。


「!?冬美っ!あんた、何言って」


 男を無視して、真由美さんの肩を掴んでゆっくり立ち上がらせた。

 一体……何発殴られたのだろう。真由美さんの口や鼻からは大量に血が流れていて、瞼は目が潰れてしまうほど腫れあがっていた。


「誰でもいいから、手を貸して!真由美さんを病院に連れて行ってあげてください!」


 私の声に一番に反応したのはユキちゃんだった。ユキちゃんが走り出すと続くように数名のキャストとボーイが真由美さんの元に駆け寄る。複数の人間に連れられて真由美さんがバックヤードの奥に消えていく。


 もう、声を出せる元気も無いのか、真由美さんは私のことを心配そうな目で見ると苦しそうな表情を浮かべて小さく頭を下げていた。……謝る必要なんてないよ。


「おい。てめぇ、何勝手なことしてんだよ」


 私のすぐ後ろで、私が大嫌いな男の声がした。

 肩に置かれた手を振り払って、感情を殺した表情で振り返る。


「本番は、真由美さんより私の方が向いてると思うけど?母さんから、私のこと聞いてるでしょう?それに、毎日アンタの相手してんの、誰だと思ってんの?」


 私が怯えて泣くと思っていたのか、男は私の言葉に目を見開くと、次の瞬間には鋭い瞳を緩めて興奮したように顔を赤らめた。


(気持ち悪い)


 お母さんのせいで沢山の男を知った、顔も覚えてないそいつ等の中にはこの男と似たような性格の奴もいた。だから、どうすれば満足するのか、どう演技すればいいのか学んだ。


 見て盗むことは、私が生きて行くうえで必要なことだ。

 私が演技をしなくていいのは、あの3人の前だけなんだ。


「はっ!いいなぁ、その強気な態度!お前の言うことも一理ある。わかった、デモンストレーションはお前だ、冬美」


(大丈夫……私の、恋心は……だれにも触れさせない、誰も汚すことなんて、できないんだ)


 私は、何度も心にこの言葉を言い聞かせると、震える体を無視して男に一歩近づいた――。



◇◇◇



 ――その日は、激しい雨が降っていた。


 お店は改装で休みだった。


 久しぶりのお休みに、久しぶりの五十嵐くんの家にコンビニで買った傘を差して向かった。

 嬉しい気持ちよりも先に、体の疲れが酷くて、早く私の家族に会いたいと思った。


 玄関を開けると、すぐ目の前に五十嵐くんがいた。……でも、様子が変だ。


「い、五十嵐くん?」


 真っ暗な玄関で、彼はただ静かに暗闇に溶け込むように立っていた。


「俺が、お前が邪魔だと思うもの、全部殺してやろうか?」


「えっ……な、なに、言ってるの?五十嵐くん」


 暗くて五十嵐くんの表情は見えない。それでも、声を聞けばわかる。

 一瞬だけ、『彼』が出てきてるのかと思った。でも、口調から雰囲気は私の知るもので……


「今の俺なら、殺せるよ?」


「っ!」


 知らないのはこの声だ。優しいのに聞いてるだけ背筋が震えるような、低くて、冷たくて、無機質な――


(この人は、誰?)


 得体の知れない恐怖、不安を感じて気づいたら土足のまま玄関に上がって五十嵐くんを抱きしめていた。家の中にいたはずの彼の方が体が氷のように冷たくて驚いた。


「っダメだよっ、絶対っ……私は、冬美は、まだ、大丈夫だからっ」


 嘘だ。新しいルールに、連日の特別接待に心も体もボロボロだった。


「冬美……でも」


「っあ!ご、ごめんなさいっ」


 雨に濡れた体が触れたところから彼の服に、ジワジワと染み込んでいって慌てて体を離した。


(今の私は汚いから。五十嵐くんに触れたら、ダメ)


「冬美……」


 雨に当たって冷たくなった手で服の上から片腕を強く掴んだ。


「っ!」


 触れられただけでビクッと肩が揺れた。

 だって、そこは、名前も知らない男の人たちが触れていた場所だ。


 店にいるときは大丈夫なのに、五十嵐くんを前にすると体の震えが止まらない。


(どうして、こんな事になったんだろう……)


 本当はいつもみたいに毎日、この一番安心できる場所に帰りたかった。

 でも、あの男の独占欲は異常で、アイツは私が五十嵐くんといることを許さなかった。


「い、五十嵐くんは、冬美の……あんな『世界』に、来たらダメだよ!!」


 今でも思い出す。気持ち悪い笑みを浮かべる男の表情が、私の大切な人たちの隠し撮り写真が写るスマホが、幽霊なんかよりも怖かった――



◇◇◇



『最近は男同士ってのもいいらしくてなぁ。地下は賭博場にするか、男専用にするかで、迷ってたんだよ』


 その写真を見た瞬間に体が恐怖で震えた。

 全身から体温が消えて、声も上手く出せなかった。

 

「やだっ、やだ……やめてっ、誠くんたちにはなにもしないでっ!!」


 自宅のソファーに座る男の前で私は迷うことなく土下座した。


(自分が不幸だなんて思わない。だって、不幸は当たり前にあるから)


 でも、誠くんたちは違う、最初からある『普通』を私のせいで、『不幸』になんて、したくない。

 彼らが普通でいられるなら、私はどんなことにも耐えてられるから――


『お願いしますっ……っ誠くんたちには、なにもしないでくださいっ、なんでもするからっ……っなんでもしますからっ』



『そうか、そうかあ。そんなにお友達が大事かぁ。だったら、俺が言いたいことわかるよな?』


 そう言って男は笑いながら飲みかけのビールを土下座する私の頭にかけた。酒臭い。それでも私は頭を下げ続けた。


『お前、五十嵐ってやつの家に入り浸ってるんだって?お前の母親から聞いたよ』


 男は空になったビールの缶を床に投げ捨てると、テーブルの上に置いてる灰皿から吸いかけの煙草を取ると火をつけて、煙を吐き出した。


『今日から俺の許可なくソイツの家に行くな』


『えっ……っど、どうして、あの、わ、私と五十嵐くんはただの友達でっ』


『はぁ!?なに馬鹿なこと言ってんだよ?男と女が屋根のある家で2人きりでなにもねぇなんてありえねぇんだよ。どうせその五十嵐ってやつともヤリまくってんだろ?』


(そんなの決めつけだ!本当に、五十嵐くんとはなにも無いのに……お兄ちゃんみたいなものなのに)


 悔しかった。本当は言い返したいのに、今言い返したら機嫌を損ねることは知ってる。この土下座が意味のないものになる。


 だから、私はただ黙って耐え続けて――アイツの要求に応えた。


◇◇◇



「ほ、本当はね。もっと沢山、五十嵐くんの家に行きたかったよ?だって、ここが、冬美の一番安心できる場所だからっ」


「冬美……最近、ここに来なくなったのには理由があったんだな」


「っうん。でも、理由は聞かないで……だって、きっと今言ったら……耐えられなくなるっ」


 あの男が新しい店長になってから沢山の人が辞めていった。


 そして、新しく入ってくる人はみんなアイツの知り合いで、性格が悪くて、手が早くて、店はもう原型を留めてはいない。真由美さんも……。



「……わかった。でも、もうダメだって、限界が来たときは言ってくれ」


 五十嵐くんが俯いていた顔を上げる。そこには私の知ってる五十嵐くんがいた。私は、その顔を見ただけで泣きたくなった。ようやく、私の家族が戻って来たって思ったんだ。


「っうん」


「寒いだろ。中入れよ。あったかいミルクティー淹れてやるから」


 そう言って五十嵐くんが私の手を優しく握ってくれた。


「手、冷たいな。ガサガサだし……あのさ、俺はお前のこと汚いなんて思わないから。この手は、汚いんじゃなくて、お前が生きるために、誰かを守るために頑張った手なんだよ」


「っいがらし、くんっ……」


 優しい言葉に気づいたら瞳からは涙があふれ出ていた。

 店で何をされても泣いたことなんてなかった。


 泣いたら負けだって思っていたから、でも、ここには勝ち負けなんてない。

 あるのは、見返りを求めない苦しいほどに温かな優しさだった――。


(ここにいる時は、自分を人間だって思える……)



◇◇◇



「はい、コレ、タオルな。今、毛布取ってくるから座ってて待ってろ」


「う、うん。ありがとう」


 私は五十嵐くんからタオルを受け取るとソファーに座ってテレビをつけた。

 テレビもなんだか久しぶりに見た気がする。


(懐かしい……五十嵐くんの家だ)


「えっ、親子で無理心中って」


 テレビでは最近話題になっていたらしい事件が取り上げられていた。

 母親が助手席にまだ小学生にも満たない幼い子供を乗せたまま海に落ちたらしい。


「……自殺するほど、辛かったんだね」


(気持ちわかるよ。私も、きっと……誠くんたちがいなかったら、こんな人生捨てていたから)


 タオルで髪を拭きながらニュースを見ていると、自殺した女性の身元が判明したらしく、テレビ画面に母親の名前が表示されて――



 持っていたタオルが床に落ちた。


「えっ……宮本って、宮本真弓って……っそんな」



『真由美は源氏名よ。私の本名はね、宮本真弓っていうの。冬美ちゃんだけに特別に教えてあげるね?』



「あっ……あぁ……っ嘘だっ、嘘だっ……っ」


 そのとき、頭の奥に、別の光景が重なった。


 駆け出した時に放り投げた、玄関に置きっぱなしのかばんの中には、数日前に真由美さんから受け取った通帳と銀行カードがある。



 真由美さんは約束を守ってくれた。

 でも、その真由美さんは――今、行方不明だ。



 あの日の光景が、まるで答え合わせをするかのように蘇る――




◇◇◇




『真由美、さん?これ、多すぎるよ?私、そんなに稼いでないっ』


 口座に入ってるお金は3500万……どう見ても、多すぎる。受け取った時に違和感と恐怖を感じた。


 震える手で受け取ったものを返そうとしたら、その手に彼女の手が優しく重なった。真由美さんは服も、髪もぐちゃぐちゃだった。彼女は厄介な客を常に相手してるから、もちろんあの男の嫌がらせ。だから、きっと限界が来てたんだ。


『気にしないで冬美ちゃん。これは、もう……私に必要ないものだから』


『!いやだ、ダメだよ真由美さっ!!っやだ、っ……やだぁ!一人にしないでっ!』


 真由美さんの言葉を聞いて、私はわかってしまった。だから、必死で引き留めた。でも、私が泣いても縋っても、真由美さんはニコニコ笑うだけだった。貼り付けたような、作った笑顔。


『私もう上がりだから、先に帰るね』


 そう言って店を出て行った。

 ……次の日、真由美さんは出勤してこなかった。


 今も、あの男が知り合いを使って必死に探している。



◇◇◇



「あああああっ……っ!!!!」


 リビングに私の悲鳴が大きく響き渡った。


「冬美!?大丈夫かっ!?」


 私の悲鳴を聞いて五十嵐くんが駆け寄ってくる。

 視界の端に、温かそうな毛布が見えた。


(真由美さんに、届けてあげたいな。だって、海の中は、きっと寒くて、寂しかったよね)


「かひゅっ……っぁ、あぁっ……」


 息が苦しい、呼吸のやり方を忘れてしまった。


「っ!過呼吸か」


 私、どうやって息をしてたっけ?ここは、外?海?私は――どこにいるの?


「ひっ……ひっひっあ、あ゛……っ」


「いいか、冬美。吸わなくていい。今は、吐け」


 五十嵐くんの声が、すぐ近くでする。


「ほら、俺と一緒に。……ゆっくり、吐く」


 肩を掴まれて、無理やり視線を合わせられた。五十嵐くんは真剣な表情だった。

 私のことを心配してるってわかる顔に、ぼやけていた視界がハッキリ見えてくる。


「よし、見えてるな。俺に合わせて、ゆっくり呼吸しろ。ここは外じゃない。海でもない。俺の家だ。誰も来ないし、誰もお前を傷つけない」


 息を吸おうとすると、余計に苦しくなる。

 だから言われた通り、細く、長く、息を吐いた。


「そうだ。それだけでいい」


 何度か繰り返すうちに、胸の奥で暴れていた空気が少しずつ静かになっていった。


「落ち着いたか?」


 ボロボロと流れ落ちる涙を五十嵐くんの指先が優しくぬぐった。


「っう、うん。ありがと、五十嵐くん」


 呼吸は安定したけど、胸の痛みは消えない。

 涙も壊れたみたいに流れ続けた。


「ねぇ、五十嵐くん……」


「ん?どうした」


 真由美さんのことを思い出してから、ずっと『彼』の言葉が何度も何度も、頭の中に響いていた。



『生きてる限り、キミはずっと不幸でしかいられないんだ』


「わたしはっ、生きてる限り……っ幸せになれないの、かなぁ?」



「!?お前っ、何言って」



「っだって、私は、生きてるだけで、存在してるだけでっ……五十嵐くんや、誠くんたちに迷惑かけてるっ」


「そんなこと」


「あるよ!っわたし、美人って言われる顔なんかに産まれたくなかったっ!普通の女の子みたいにっ、好きな人っ、ま、誠くんに告白したかった!」


「冬美……」



 本当はこんな八つ当たりみたいなこと言いたくないのに、私の言葉はテレビの音をかき消すほど大きくリビングに響き渡る。



「お店なんて嫌い!わたし、未成年なんだよ!?普通にコンビニとか、ハンバーガー屋さんでバイトしたかった!!みんなと、毎日っ学校の帰り道でコンビニ寄って、買い食いとかしたかったっ!」


 私の世界に『普通』はない。産まれた時から、暴力と飢えが常に隣にいた。

 でも、珍しくもない普通が私の世界だった。


「……そうか。わかった、その普通。俺が叶えるよ」


「っえ?」


 その声はとても静かなのに、私の耳にはハッキリ聞こえた。


「だから、冬美。もし、お前がこれから先辛くて、死にたいと思っても……自分の選択を後悔しなくていい」


「ど、どういうこと?」


「それは、その時になればわかる」


「その時って……」


「普通は、違う形でも作れるんだよ。俺は、それをずっと考えて、迷って、踏み出せなかったんだ。でも、もう迷わない」


「五十嵐くん……」


 五十嵐くんは無言で立ち上がるとテレビを消して、足元に落ちていた毛布を拾って私の体に優しくかけた。毛布は温かいのに、部屋の空気が驚くほど冷え切っていて、私はかけられた毛布を顔の半分まで持ち上げた。


「今、あったいミルクティー持ってくるから。待ってて」


「う、うん」


 そのあとの五十嵐くんは、いつもと変わらない冬美の知ってる五十嵐くんだった。私は心に違和感を残したまま、五十嵐くんの家でミルクティーを飲み終わるとあの男が待つ家に帰った――







最後まで読んで頂きありがとうございました。


Xでは【悪魔のシェアハウス】の自作の表紙を公開してます。

作画から色塗りまで全部ひとりでやってます。

こちらでお見せできればよかったのですが、なろうは表紙設定出来なので(^_^;)


もしご興味のある方は覗いて頂けると嬉しいです!

めっちゃ気合い入れて描いてるので!どの表紙も自信作です!

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