第51話『私の一番綺麗なところ』
【登場人物】
誠:主人公。友達思いの優しい高校生。現在の姿は小学生。家族が大好きで早く元の世界に戻りたいと思っている。冬美のことが好き。悪魔が嫌いなので悪魔に対して少しだけ口が悪くなる。
冬美:元気で明るい美少女。現在の姿は小学生。家庭環境が複雑で、この空間に残ることを望んでいる。
孝志:誠の親友。現在の姿は小学生。兄貴肌で面倒見がよくて優しい性格。父子家庭で幼少期は父親から暴力を振るわれていた。誠をいつも支えてくれる存在。誠の握るおにぎりが好き。
五十嵐:誠の親友。友達のことを大切する優しい高校生。医者の家系で裕福な家育ち。放課後の悪魔と契約して皆を閉じ込めた張本人。そこにはある理由が…。悪魔が疲弊するくらいガチガチの追加契約を作った。
【登場する悪魔たち】
放課後の悪魔:この空間を創った存在。関西弁で話すが、ときどき標準語に戻るのが逆に怖い。常にテンションは軽く、距離も近い。見た目は人間のようだが、明らかに異質。誠たちを翻弄する存在。
宇佐美:誠専属の『コーディネーター』。時間や場所を問わず服を用意できる能力を持ち、寸分の狂いもなく時間を把握できるため、【時計】の役割も果たしている。
名前は『宇佐美』。白くふわふわした毛並みを持つウサギの姿をしている。
シェフ:この空間の専属『料理人』。無口で寡黙、人間があまり好きではなく、長話も嫌い。料理に対するこだわりは現実のプロと遜色なく、「料理に関しては嘘はつかない」という姿勢は本物。つい最近新しい契約者を得た。…誠たちの味方?
清掃の悪魔:常にテンションが高くノリの軽い青年。この空間の『清掃員』
軽い口調からいきなり雰囲気がガラッと変わるため油断できない。
誠が苦手意識を持っている悪魔。シェフとは古い友達らしい。
メイド:丁寧な口調で微笑む、美しいメイド姿の悪魔。
冬美専属の「レディースメイド」として身の回りの世話を担う一方でその本性は冷酷かつ策略家。「性格は悪いです」と本人も公言している。つい最近新しい契約者を得た。
整備士
部屋の整備や修理を担当する悪魔。
無骨だが気さくで、誰とでもすぐに打ち解ける“面倒見のいいおじさん”のような存在。
「嘘を見破る能力」を持つ特例の悪魔
普段は豪快に笑う気のいい兄貴分だが常軌を逸した執着と狂気がのぞく、油断できない悪魔である。
最近新しい契約者を得た。
寝室清掃の悪魔
銀髪眼鏡のメイド服を着た少女の悪魔。
主人公誠が偶然にも遭遇した裏方の悪魔。
普段は清掃が終わるとシェフの用意した食事を厨房に設置されている
従業員休憩室で食べている。
かなりのネガティブ思考で一人で突っ走り結論が出るとすぐに手持ちのナイフで自害しようとするので困る。まだまだ謎の多い悪魔である。
(以降、悪魔たちは順次追加予定)
【※注意】本章は、冬美という人物の人生と過去を描くため、未成年への性的被害や家庭内での暴力を含みます。興奮を目的とした描写ではありません。読むことで辛くなる可能性がありますので、少しでも辛いと感じた場合は、読むのを中断してください。
――半年前まで、あの店は「安全」だった。少なくとも、私はそう思っていた。
店の中は、いつも明るかった。天井のライトは少し眩しくて、床はつるつるしていて、ヒールで歩くと小さな音がする。最初は慣れないヒールも、長く履いてると綺麗な音を鳴らして歩けるようになった。
ソファーはふかふかで、座ると少し体が沈む。背中にあるクッションは、店長が「お客様の姿勢が悪くならないように」って選んだものだ。
グラスがぶつかる音、お客さんの笑い声が重なって、店の中はいつも賑やかだった。
――でも、お店にはトラブルがつきものだ。
「ウチは接待はしますけど、本番はありません。キャストに手を出したお客様には罰金30万円をお支払いいただきます」
お手本のようにお客様の前でお辞儀をするのは、お母さんの新しい職場、高級キャバクラ『雫』の店長だ。お母さんを前の職場からスカウトしたのも店長だ。
未成年者の私は、容姿がいいという理由で働かされている。
お母さんは私の給料明細を見てすぐに見せに来なくなった。
理由は知ってる、私の稼いだお金でホスト通いをしているからだ。
「は、はぁ!?罰金30万って、まだ俺手ぇ出してねぇだろうが!?」
「彼女は当店でも人気のキャストですので、それに服を脱がそうとしている時点でアウトなんですよ、お客様」
政財界では有名と言われる人を前にしても店長は表情を変えない。
唾をまき散らし大声を上げても、眼鏡の奥の切れ長の瞳は真っすぐお客様を見据えていた。
「冬美ちゃん!こっちおいで、ほら早く」
「う、うん」
店長の後ろでどうすればいいか迷っていると、後ろから声をかけられた。
キャストの一人、真由美さんだ。
私は、そのまま真由美さんに腕を引かれてバックヤードに連れて行かれる。
真由美さんはこのお店でナンバー1のキャストだ。綺麗な茶髪の巻き髪にパッチリとした二重瞼、愛嬌のある顔立ちが男の人に人気らしい。真由美さんは、私も見惚れてしまうくらい優しくて美人な女性だった。
「怖い思いしたよね?大丈夫?」
真由美さんが少し屈んで私の顔を心配そうにのぞき込んでくる。
「は、はい。怖かったけど、すぐに店長が来てくれたから、大丈夫です!」
「そう、ならよかったわ。冬美ちゃん一人で接客はダメって言ったでしょう?アンタ可愛いからすぐ狙われるんだから」
「ごめんなさい」
「今日はもう帰りなさい。店長には私から言っておくから」
「えっ、い、いいんですか?」
まだ職場に来てから5時間くらいしか経ってない。
真由美さんはロッカーから私の制服を取り出すと私に手渡してくれた。
「いくら容姿が綺麗で可愛くても、アナタは未成年なのよ?まぁ、人気があるからって冬美ちゃんを働かせてるウチの店も終わってるけど」
私が着替え終わるのを待ちながら、真由美さんは乾いた笑い声を零してライターで煙草に火をつけた。
室内に、甘い匂いがふんわり漂って鼻を刺激する。真由美さんには悪いけど、正直言って、私はこの匂いが苦手だった。
「確かに、未成年を働かせてるのはダメだと思います……でも、自分の家にいるくらいなら、ココの方が安全だから」
「冬美ちゃん」
家にはお母さんがいる。そして、私に当たり前のように手を伸ばす恋人がいるんだ。
お母さんの性格は最悪だけど、顔はいいから新しいホストの恋人ができているかもしれない。
私は、そんな家に帰るくらいならここで働いてる方が、ずっといい。
「家に帰らない理由が出来て、私は嬉しいです。店長も、ちゃんと守ってくれるから」
(一番は安心できる場所は五十嵐くんのところだけど……)
お店で少しだけ嫌な気持ちになると、五十嵐くんのことを思い出す。
お店で働くようになってから、あの家には頻繁に行けなくなってしまった。
彼の家が好きだ。二人で好きな人の話をできる、あの空間が大好きだった。
「冬美ちゃん」
腕を組んでロッカーにもたれ掛かっていた真由美さんは、ゆっくりと体を起こすと私に近づいて頬に優しく触れた。
「私にも、娘がいるんだけどね。冬美ちゃんみたいに美人だったら、うんっと可愛がってお洒落させるのにね」
真由美さんの親指が、昨日お母さんの恋人に殴られて出来た傷に触れた。
さっき襲われそうになって激しく抵抗しているときにファンデーションが落ちてしまったようで、隠していた痣がうっすらと見えていた。
「冬美ちゃんは、ちゃんとお給料もらってる?」
「う、うん。でも、お給料日の日は家に絶対帰って来いってお母さんに言われてて」
「そっか……じゃあ、私が冬美ちゃんのために口座作っておいてあげるから」
「えっ」
「少額でもいいから、ここを再出発するための踏み台として使いなさい。高校卒業するまでに上京できるくらいはお金稼げると思うわ」
「っ真由美さん」
「ほら、早く帰りなさい。睡眠不足は美容の敵なのよ?」
そう言って真由美さんは裂けて汚れた私の服を拾い上げると、近くのゴミ箱に捨てた。
「は、はい!お疲れさまでした!」
「うん。また、明日ね」
「う、うん。また、明日」
「ちゃんとタクシー使いなよ?」
「はい!」
お店と契約しているタクシーを呼ぼうとスマホの電源を入れると、ホーム画面にメール通知のアイコンが表示されていた。
「誰だろ?……あっ、ま、誠くんからだっ」
メッセージの送り主は誠くんだった。私は誠くんからメールが来るだけで、体の体温が一気に上がって、顔が自然と緩んでしまう。指先でタップすると、メールには画像が添付されていた。
「わっ、可愛い~!黒猫ちゃんだ」
添付された画像には、目がクリクリした可愛い黒猫が表示されていた。今日学校は休みで、バイトが早く終わった孝志くんと合流した誠くんは猫カフェに行ってたらしい。
『孝志と猫カフェに挑戦!冬美が好きだって言ってた、黒猫もいたよ~』
二人にはここで働いていることは言っていない。嫌われたくなかったから、もっと料理を上手くなりたくて家に帰って練習してるって嘘をついた。咄嗟についた嘘だったけど、元々料理を作る練習は五十嵐くんの家でやっていたし、店のことを知ってる五十嵐くんの口添えもあって二人は納得してくれた。
「へへっ、誠くん、私の好きなネコ覚えてたんだ」
嬉しくなって、ニコニコしながら画像を眺めていた時だった――
「冬美ちゃん。その、誠くんって男の子ことが好きなんだね」
「へっ!?あっ、ま、真由美さん」
(そうだ、忘れてた!ここにいるのは、私だけじゃなかったんだった!)
確実に、今の反応で好きな人がバレている。
私は慌てて、後ろを振り返った。真由美さんの性格と言葉の感じからして、きっとニヤニヤした顔で、からかってくるって思っていたから。ずっと大切に仕舞いこんでる、誠くんのこと好きな気持ちを、おもちゃになんて、されたくない。
「あっ」
だけど、私の予想とは違って、振り返った見えたのは、母親のような優しい笑みを浮かべた真由美さんだった。
「好きなの?」
煙草の火を消して、真由美さんがゆっくり近づいてくる。
「えっと……」
「隠さないでよ。今、ここには私しかいないんだから」
真由美さんの表情も、声も、優しいから、スマホを握りしめる手の力が緩んだ。
「っ……う、うん。世界で、一番……大好き」
少し恥ずかしくなって、頬を赤らめて小さく頷いた。
はじめて、五十嵐くん以外の人に、好きな人を教えたかもしれない……
「そっか、冬美ちゃんすごくかわいい顔してるからさ、そうなんじゃないかな~って思ってたんだよね。好きな子は、同い年?」
「ど、同級生で、友達です……泣き虫だけど、すごく、すごく優しいの」
「そっか」
誰かに、好きな人の話をするのは楽しかった。
言葉にして、それを自分の耳で拾って、誠くんとの思い出が蘇る。
(全部が、冬美の宝物……)
「冬美ちゃん。誠くんが好きだっていう『恋心』は、絶対に捨てたらダメだからね」
「えっ」
聞こえてきた言葉に俯いていた顔を見上げると、真剣な表情で私を見つめる真由美さんの瞳と目が合った。真由美さんはトンっと、私の心臓部分に拳を軽く当てる。
「『恋心』は誰も触れることのできない、人間が持つ一番綺麗なものなの」
「綺麗……っ、それは、ありえないよ。だって、冬美は……私の体はっ」
「冬美ちゃん!」
「っ!」
力強く真由美さんが両手で私の肩を掴んだ。
「冬美ちゃんは容姿がいいから、アンタに手を出した男の中にもアンタに惚れてるやつもいたかもしれない。でもね、アンタの体にどれだけの男の手が触れようと、何度も汚されたって――アンタの、誠くんを想う『恋心』には誰も触れることができないの!」
「だれも、触れない……?」
真由美さんを見上げながら、私は胸元に手のひらで触れた。この服の下、肌に触れた男は数多くいた。
でも、このもっと奥にある――
『恋心』には、誰一人触れていない。
(知らなかった、私に綺麗なところなんて一つも無いと思っていたのに……私にも、少しだけ、綺麗なところがあったんだね)
「さっきのメールを見る冬美ちゃん、本当に可愛いくてさ、ただ好きな人に恋する女の子の顔してたよ」
「真由美さん……っ、じゃあ、真由美さんが、綺麗なのも、優しいのも、真由美さんも同じ、モノを持ってるからなんだね」
私は泣きながら、真由美さんの胸に触れた。
だって、こんな素敵な言葉を言えるのは、真由美さんが私と同じように恋心を持ってるからだ。
「冬美ちゃん……そうだね、私も……いたよ、ずっと好きな人」
「今の、旦那さんですか?」
「ううん。娘はね、襲われた時に出来た子供なの。だからね、娘は旦那と血は繋がってないの」
「えっ……!あの、ごめんなさいっ!私、なにも知らないで」
「ううん、大丈夫。冬美ちゃんにくらいしか、好きなやつの話できないし……私は、幼馴染が好きだったの」
言いながら、真由美さんは私の手の上に、自分の手を重ねた。好きな人を思い浮かべているのか、普段の大人の女性とは違う、柔らかな雰囲気が彼女の周りに漂っていた。
「今も、好きよ……だからね、生活のために体を売っても、私の、恋心だけは誰にも汚されてない」
「真由美さん」
「ふふっ、ま、暗示みたいなものだけどね……でもさ、こんな世界でも、少しだけでも綺麗だって思えるものがあってもいいじゃない」
真由美さんは私から離れると、テーブルに置かれた灰皿の中の吸い殻を一本選んで火をつけた。
「それを持ってる限り、冬美ちゃんは裏の世界に染まらないわ。……あなたのお母さんは、もう手遅れだけどね」
「お母さんが?」
「諦めてるって言うのかな、「自分は幸せになれない」って決めつけて、変わることを諦めた。それが、アンタの母親よ」
「……」
「冬美ちゃんは、諦めちゃダメよ。人はね、生きてる限り変わることができるんだから」
「っはい」
「引き留めてごめんなさいね。今日はもう帰りなさい」
「はい!お疲れ様でした!」
私は真由美さんに深く頭を下げると、バックヤードを出て行った――。
◇◇◇
着替えて裏の出口から外に出ると、真由美さんか店長が呼んでおいてくれたのか、そこには既にタクシーが停まってた。運転手に行先を告げて座席に乗り込むと、スマホが鳴った。送り主はお母さんだった。
「嘘、ついちゃおうかな」
真由美さんにお母さんのこと相談したら、早く帰る日でも営業時間までは居ることにしなさいってアドバイスをされていたから。
私は軽快にスマホをタップした――
『大事な話があるから、早く帰ってきなさい』
『今、お仕事中だから無理』
「っはぁ、嘘のメールって……すごく、緊張する~」
だけど、不思議と心は軽かった。
最初、お母さんにこの店で働きなさいと連れてこられた時は絶望しか感じなかった。
高級キャバクラ『雫』は富裕層や政財界御用達のお店で、ヤクザの密会にも使われているとか、そんな怪しい噂が囁かれているお店だった。まぁ、ヤクザは嘘で、政財界は本当だって真由美さん言ってたけど……。
予想に反して、この店で働いてる人は皆、本当に優しい人たちばかりだった。
仕事で失敗しても、頭ごなしに叱らないで丁寧に教えてくれた。
お客様からお酒を勧められた時も、自然にフォローして代わりにお酒を飲んだり、席を交換してくれた。この店は、きっと裏の世界と繋がっているヤバイ店なのは間違いない、でも……
「明日も、早く真由美さんに会いたいなぁ」
厳しくて優しい人がいる。
働いてる人をちゃんと守ってくれる店長がいる。
「五十嵐くんも、すごい反対してたんだよね」
迎えのタクシーを待ちながら思い出すのは、数週間前にした五十嵐くんとの会話だった――
◇◇◇
「その真由美さんって人、いい人だな」
最初は反対していた五十嵐くんも真由美さんや店長の話をしたら、辞めろと言わなくなった。
「まあ、店としては完全アウトだけどな」
軽く笑って五十嵐くんは持っていたカップを一口飲むと優しい眼差しで私の方を見た。
「冬美のことをちゃんと守ってくれる良識ある大人がいて。……ちょっと安心した」
「うん!みんな、とってもいい人!真由美さんは美人だし、優しいの!」
(あの人が、本当のお母さんだったら、いいのにな……)
「……学校を卒業したら、あの店で働くのも悪くないかも」
「ははっ、いいじゃん。そん時には、俺も車の免許取って毎日迎えに行ってやるよ」
「へへ、ありがとう」
お互いに顔見合わせて笑い合った。
私も五十嵐くんと同じようにゆっくりとカップに口を付ける。
そして、真由美さんと今日話した『恋心』の話を五十嵐くんに聞かせてあげた――。
今日、真由美さんと話して諦めていた普通の未来に少し、希望が見えた気がした……
はずだった。
◇◇◇
「えっ……!? 店長が自殺!?」
バックヤードに私の声が静かに響き渡る。私の目の前にいるのはツインテールが可愛い女の子。新人のユキちゃんだ。
「う、うん。昨日ね、店長がいつもの時間になっても来ないから、真由美さんが店長の家に行ったら、浴槽で手首、切って……っ」
「っユキちゃん。もういいよ、わかったから」
ユキちゃんの体は、かわいそうなくらい震えていた。
私はユキちゃんを安心させるようにそっと抱きしめた。
「ぐすっ、冬美ちゃん、ありがと」
「ううん。ユキちゃん、店長のこと好きだったもんね」
無表情で、不愛想。でも、従業員を大切にしてくれる店長がユキちゃんは好きだった。
「で、でもさ。店長が自殺したのは昨日なのに、もう次の店長が決まってるって、おかしくない?」
後ろから聞こえたキャストの女の子たちの不穏な会話に、私は驚いて振り返った。
「えっ、次の店長って決まってるんですか?」
「う、うん。今日、その新しい店長が来るんだって」
「今日って……」
(それって、絶対おかしいよ……!)
私の心には不安とも、怒りとも違う言葉にできないモヤモヤが広がった。ようやく、少しでも呼吸ができる場所を見つけたと思っていたのに……。
『生きてる限り、キミはずっと不幸でしかいられないんだ』
不安に押し潰されそうになって、頭に思い浮かんだのは『彼』の言葉だった。
「私の、せいなの……?」
「店長はね、殺されたのよ」
「真由美さん……!!」
真由美さんは腕組みをして、バックヤードの入り口の扉に寄りかかっていた。
その表情にはいつもの明るさはなく、疲れが見えて心配になった。
「殺されたって……」
室内には緊迫した空気が漂った。
「店長が言ってたのよ、この店を狙ってる後ろ暗い奴らがいるって……そいつらは何度もしつこく店に来ては、金の話をちらつかせて店を買いたいって言ってた」
「!ま、まさか、その人が」
「店長とは長い付き合いだから、アイツがこの店を開いた理由も知ってるの……」
真由美さんの唇を噛み締めて、目線を地面に向けた。
「ここはね、行き場を失った女の子たちのために『止まり木』なのよ」
「止まり木……」
「昔から裏世界なんてものは、女を泣かせて食い物にする世界だった。……店長がいた世界も同じよ。でもね、裏世界にいても馬鹿みたいに無口で優しくて……将来ある若者を助けたいって思ってる男がいたの」
「もしかして、それが」
「そう、アイツ。そりゃここはクリーンな店だって言えないけどさ。短い期間で、高いお金をキャストに渡すためには、裏の世界が手っ取り早いのよ。それに、アイツ、元ヤクザだからね。そういった裏の世界に詳しいのよ」
「や、ヤクザって」
見た目や雰囲気が怖いとは思っていたけど、まさか店長がヤクザだったなんて驚いた。
話を聞き身を寄せ合って、怯える女の子たちに真由美さんが慌てたように訂正を入れる。
「あぁ、勘違いしないで!この店は警察に捕まるようなことはしてない。賭博も、薬も、話が来ても店長が全部蹴ってたんだから」
「店長……」
「アンタたちも知ってるでしょ?店長はお金よりも魚を眺めることが好きな、変わった男なのよ」
「えっ、地下の水槽って店長の趣味だったんですか?」
ここのキャバクラには従業員だけしか行けない地下がある。キャバクラで地下っていうと、お金とか裏カジノのイメージが強いけど……この店の地下にあるのは小さな水槽だ。
水槽の中にいるのはクマノミといった小さな魚が優雅に泳いでいる。
その魚の世話も店長がせっせと一人でやっていた。
「私、あの空間が好きで。よく見てました」
ユキちゃんが頬を緩ませてそう言った。
きっとそこで店長とよく話すようになったのだろう。
店長は暇さえあれば、その水槽を眺めていたから……
「私も、あそこは好きだったなぁ」
思い出すのは、階段を下りた先に広がるキラキラと光る波の光。微かに鼻をくすぐった潮の香り……水槽の前には小さな椅子が何個か置かれていて、いつも手前の席には決まってユキちゃんと店長が座っていた。少し離れた席にも、ただ水槽を眺めている女の子がいた。
あの空間には言葉なんていらなかった。
時間を忘れて優雅に泳ぐ魚を、ただ、目で追っていた――。
(あの水槽は……あの魚たちは、どうなっちゃうのかな)
それはきっと、魚だけの話じゃない。
止まり木を切り倒された私たちは、これからどうなるのだろうか。
『ピロン!』
「!?」
誰もが次の言葉を発せられない空気の中で室内に機械音が大きく響いた。
全員の目線が音の出どころ……真由美さんへと集中する。
「っ新しい店長が来たみたい」
真由美さんは緊張した表情でスマホから送られたメッセージを目で追うと、静かに、覚悟を決めるように深く深呼吸をした。
「みんな、ホールに集まって」
最後まで読んで頂きありがとうございました。
Xでは【悪魔のシェアハウス】の自作の表紙を公開してます。
作画から色塗りまで全部ひとりでやってます。
こちらでお見せできればよかったのですが、なろうは表紙設定出来なので(^_^;)
もしご興味のある方は覗いて頂けると嬉しいです!
めっちゃ気合い入れて描いてるので!どの表紙も自信作です!




