第48話『冬美と放課後の悪魔のティーブレイクタイム』
【登場人物】
誠:主人公。友達思いの優しい高校生。現在の姿は小学生。家族が大好きで早く元の世界に戻りたいと思っている。冬美のことが好き。悪魔が嫌いなので悪魔に対して少しだけ口が悪くなる。
冬美:元気で明るい美少女。現在の姿は小学生。家庭環境が複雑で、この空間に残ることを望んでいる。
孝志:誠の親友。現在の姿は小学生。兄貴肌で面倒見がよくて優しい性格。父子家庭で幼少期は父親から暴力を振るわれていた。誠をいつも支えてくれる存在。誠の握るおにぎりが好き。
五十嵐:誠の親友。友達のことを大切する優しい高校生。医者の家系で裕福な家育ち。放課後の悪魔と契約して皆を閉じ込めた張本人。そこにはある理由が…。悪魔が疲弊するくらいガチガチの追加契約を作った。
【登場する悪魔たち】
放課後の悪魔:この空間を創った存在。関西弁で話すが、ときどき標準語に戻るのが逆に怖い。常にテンションは軽く、距離も近い。見た目は人間のようだが、明らかに異質。誠たちを翻弄する存在。
宇佐美:誠専属の『コーディネーター』。時間や場所を問わず服を用意できる能力を持ち、寸分の狂いもなく時間を把握できるため、【時計】の役割も果たしている。
名前は『宇佐美』。白くふわふわした毛並みを持つウサギの姿をしている。
シェフ:この空間の専属『料理人』。無口で寡黙、人間があまり好きではなく、長話も嫌い。料理に対するこだわりは現実のプロと遜色なく、「料理に関しては嘘はつかない」という姿勢は本物。つい最近新しい契約者を得た。…誠たちの味方?
清掃の悪魔:常にテンションが高くノリの軽い青年。この空間の『清掃員』
軽い口調からいきなり雰囲気がガラッと変わるため油断できない。
誠が苦手意識を持っている悪魔。シェフとは古い友達らしい。
メイド:丁寧な口調で微笑む、美しいメイド姿の悪魔。
冬美専属の「レディースメイド」として身の回りの世話を担う一方でその本性は冷酷かつ策略家。「性格は悪いです」と本人も公言している。つい最近新しい契約者を得た。
整備士
部屋の整備や修理を担当する悪魔。
無骨だが気さくで、誰とでもすぐに打ち解ける“面倒見のいいおじさん”のような存在。
「嘘を見破る能力」を持つ特例の悪魔
普段は豪快に笑う気のいい兄貴分だが常軌を逸した執着と狂気がのぞく、油断できない悪魔である。
最近新しい契約者を得た。
寝室清掃の悪魔
銀髪眼鏡のメイド服を着た少女の悪魔。
主人公誠が偶然にも遭遇した裏方の悪魔。
普段は清掃が終わるとシェフの用意した食事を厨房に設置されている
従業員休憩室で食べている。
かなりのネガティブ思考で一人で突っ走り結論が出るとすぐに手持ちのナイフで自害しようとするので困る。まだまだ謎の多い悪魔である。
(以降、悪魔たちは順次追加予定)
「あの、すいません。メイドさんを見ませんでしたか?」
その赤い髪を見た時に、声をかけることを躊躇った。
私たち四人を除いたら、あとこの空間にいるのは……
「ん?冬美ちゃんやん。メイドは、まだ今日は見てへんなぁ」
悪魔だけだから。
「そ、そうですか」
誠くんたち以外の男の人は苦手だ。それが、悪魔であろうと変わらない。廊下を歩くその背中に勇気を振り絞って声をかけたのに、私の求める答えは返って来なかった。
(メイドさん、どこに行っちゃったのかな……)
数時間前、私のメイドさんは清掃の悪魔に連れて行かれた。……いや、着いて行ったのが正しいかな。
二人のやり取りを見る限り、あの後行われている行為は容易に想像できる。あんなコト……なにが楽しいのか、私にはわからない。
「もしかして、メイド探しに2階まで来たん?」
「は、はい。すぐ戻ってくると思ってたんだけど、全然帰って来なくて」
自分でもわかるくらい、落胆した声が出てしまう。
私は、メイドさんに早く会って確認したいことがあるからだ。
「出かけた時、冬美ちゃんはメイドと一緒にいたんやろ?」
「は、はい。出かけた理由もわかってます。たぶん、その……っとにかく、流石に3時間はかかりすぎだと思うんですっ!」
「プレイの種類によるんやない?激しいヤツやったら5時間とか余裕やで」
首だけを私に向けていた放課後の悪魔は、今は正面を向いていて、とんでもない発言をしている。私は今までいろんな男の人に触れられてきたけど、やっぱり悪魔だからなのか、この人は顔がとても整っていた。
「ご、5時間とかあるんですか?……1時間とか、30分が、普通だって思ってた」
メイドさんの前なら平気で行為の話をできるのに、カッコいい男の人を前にすると緊張してしまう。
(だって、私の周りにこんなカッコいい人、いないから。緊張で顔が、見れないっ……)
頬を赤らめて目線を下に向けていると、「冬美ちゃん」と静かに名前を呼ばれた。
「知りたいのは、その――『指』のこと?」
「!? き、気づいてたんですか」
驚いて顔を上げると、目と鼻の先に見惚れてしまうくらい美しい笑みを浮かべる悪魔がいた。
そして、次に感じたのは肌に触れる……冷たい指先。
「あらら~、桃色で小さくて、整った綺麗な指先やねぇ」
放課後の悪魔は流れるような動作で紳士のように、私の手を取るともう片方の手でゆっくりと服の袖を上にあげた。そこには、対価により失われたはずの『指先』が綺麗に五本、戻っていた。
そう、私が必死にメイドを探している理由はコレだった。
「気づいたら、指が戻ってたんです……」
部屋でメイドの帰りを待っていた時、手に違和感を感じて、指先を隠している服の袖をまくって――驚いた。
「でも、そんなの、ありえない!だって、私は……私の目の前で、指を切ってもらったからっ」
気が遠くなる痛みも、床に滴り落ちる血だまりも、鉄の匂いも全部『現実』だった。
全部、罰として受け入れたものだった。
「おじさんにそんな話しても大丈夫なん?」
「悪魔さんは……これは、私の直感でしかないけど、全部知ってると思うから」
「……」
初めてちゃんと近くで話したことで、この悪魔に嘘は通じないと直感的に思った。
どうせ対価のことも知ってるだろうと、私は自分の不安を目の前の悪魔にぶつけた。
「おじさんは、ご主人様と違ってな。ネタバレ嫌いな悪魔やねん」
「ご主人様って、五十嵐くんのこと?」
「せやで。だからな、おじさんが冬美ちゃんに返す言葉は全部『曖昧』なもんやと思って、期待せんといてな」
放課後の悪魔は、私の手を離すとくるっと体を反転させて元来た道に引き返した。
そして、『104』というプレートの貼られている部屋のドアノブを回した。
――キィ……という少し木の軋んだ音が静かな廊下に響いた。
「立ったままやと足疲れるやろ?中でゆっくり紅茶でも飲みながら、おじさんと話そか」
放課後の悪魔はニッコリと笑いながら扉を開いて、私が入りやすいように体を扉に寄せる。
「えっ」
「冬美ちゃんはご主人様の大事なご友人やからね、おじさんがキミにナニかするってことは無いから、そこは安心してぇや」
「で、でも……」
開かれた扉の向こうに見えるのは、普通の部屋だ。……でも、この部屋に続く扉を開いているのが悪魔というだけでそこは、まるで『地獄の入口』のように見えてしまう。
「対価が戻った理由、教えてあげるよ?」
「えっ……」
「それに室内やったら、猫被らんと話せるからええんやないの?キャラ作るのって疲れるやろ?おじさんも、たまに面倒なるときあんねん」
「あの、それメイドさんにも言われたけど、私は……どっちが『素』なのか、なんてわかんないよ」
悪魔に怯えてる私も、強気な態度になってる私も、どれも全部、私だから――。
「うーん、そうやねぇ……」
俯いて、一歩が踏み出せない私を見下ろしながら、悪魔は顎に手を置いて考えるそぶりを見せる。
「人間が一番やったらアカンことって――『自覚』だと思うんだよね」
「自覚?」
流れを無視した、意味の分からない話に私は顔を上げて悪魔を見つめた。見上げた先にいつも浮かべている柔らかな雰囲気はない。冷たい赤い瞳と目が合った瞬間にぶわっと額から汗が溢れ出した。
(こわい……っ、それに、喋り方も変わってる)
放課後の悪魔はいつの間にか、流暢な関西弁から『標準語』に変わっていた。
「自覚しなきゃいけないこともあると思うけど。性格に関していえば、自覚しない方が幸せに生きられる。気づかない方が、人間ってのは案外、気楽に生きれるもんなんだよ」
「あの、なにを言ってるのかよくわからないんだけど」
得体の知れない恐怖と緊張で上手く声が出せない。
助けを求めるように、目線が左右に泳いでしまう。
「冬美ちゃんが言った「どっちも私」って、自覚してない人間がよく使う言葉だ。反対に、もう一人の自分を自覚して演じてる人間は「私ではない」って言う。なんでか、わかる?」
悪魔の質問に私は無言で首を横に振った。
目の前にいる悪魔の血のように赤い瞳がゆっくりと細められる。
「ソイツに自分の『罪』をなすり付けたいから」
「えっ」
「ここが人間の面白いところでな、おじさんが大好きな部分なんやけど。家族よりも近い距離にいる、もう一人の自分を『一番遠い他人』にできるのが、人間や」
「一番遠い、他人……」
「人間は無意識に、もう一人の人格を『この世に存在していない存在』って認識してるんだよ。だから、自分ではないと切り離した瞬間に、人間は平気で残酷になれる」
「わ、私は、自覚してない側の人間なんだよね。それって、いいことなの?」
自分の素がどちらかなんてわからない。でも、お母さんが殺されている姿を見た時、私の中の何かは確実に変わっていた。狂ったように笑って、笑って、でも……心がずっと、今も、痛い。
「少なくとも、悪魔に目つけられることは、あらへんかなぁ」
私の質問に悪魔は扉に寄りかかった状態で唇をゆっくり釣り上げて笑った。ゾッとするような笑みだった。足がすくんで前に進むことすら考えられない。
「こればかりはお友達に感謝するんやで?君、ただでさえ『面倒なモン』ついとるから、闇落ちなんて秒やで」
「えっ、誠くん?」
「ん~?おじさんはお友達って言うただけで、誠クンなんて一言も言うてへんよ?」
「あっ!いや、あのっ、ちがくてっ」
「冬美ちゃんは本当に誠クンのこと好きなんやねぇ~」
「~~っ」
(恥ずかしい!私、なんで、今の聞いて誠くんの名前出しちゃったの!?)
顔が熱くて、恥ずかしさを紛らわすように両手で顔にパタパタと風を送っていると「まぁ、間違ってないけどな」という、廊下を包む静寂な空気に溶け込むほど、静かな声が聞こえた――。
「もう一人の自分を『自覚』しながらも、ソイツと向き合って、自我を封じ込めてる。それはもう珍しい人間がおるんや……」
「もしかして、それって」
「小林 誠。君が大好きな人間や」
「!」
悪魔の言葉に私は驚き、目を見開いた。
「前は、『闇に気づかへんタイプ』って判断したけど……最近はちゃうみたいやなぁ」
放課後の悪魔は口元に手を当てる。
指の隙間から楽しそうに吊り上がった唇が見えていた。
「今は、そうやねぇ……俺の大好きな『ビックリ箱』」
「ビックリ箱?」
「予測不可能な人間って意味や」
「それは……なんか、わかるかも」
私は悪魔の言葉に納得してしまった。
誠くんは私が出会ってきた男の人の中で一番弱くて、泣き虫だ。でも、弱くても、泣き虫でも、私が出会ってきた男の人の中で一番強くて優しい男の子だった。
『僕のこと、守ってくれてありがとう。立花さん、すっごくかっこよかったよ』
誠くんは弱い、でも、みんなが当たり前に『言葉にしなくていいと思った言葉』をちゃんと音にして届けてくれる。
(ありがとうって、言われたの……はじめてだった)
そして、誠くんは友達でも無い私に『おにぎり』を作って食べさせてくれた。
野球ボールサイズのおにぎりは、握りたてで、温かかった。
『っあったかくて、やさしいあじがするんだね…っお米って、こんなに、美味しいんだね…っ』
食べたらわかった、このおにぎりには、ただ『喜んでほしい』という優しくてフワフワした気持ちが籠ってるって。あの温かな優しい味を知ったから――
『2人は、きっと嫌がるかもしれないけど…っぼくは、優しい人が好きなんだ。優しい人が、理不尽にいじめられて、お腹が減って、泣いておにぎりを食べる世界なんてっ、そんなの間違ってる』
誠くんが私たちを想ってくれてるって、知ってるから。
私は、あの地獄の日々を耐えることが出来た。
毎日が「ごめんなさい」の言葉で埋め尽くされていた私の日常に、誠くんはたくさんの「ありがとう」をくれた。
髪を切った時には「かわいい」って言葉をくれた。
私がテストでいい点取ったら「すごいね!」って言葉をくれた。
誠くんはいつだって、私の予想を超えた
『人を幸せにできる言葉』をくれるんだ。
「やっぱりすごいなぁ、誠くんは」
誠くんとの日々や言葉を思い出すだけで心が温かくなる。
だから、私は、誠くんが世界で一番大好きなんだ。
「冬美ちゃんが安心できる言葉、言ってあげよか?」
優しい思い出に浸っていると、悪魔が私の手を掴んで引き寄せた。
痛みはない、浮遊感に驚き目を瞑っていたら、私の小さな体は悪魔に抱きかかえられていた。
私のすぐ近くで、悪魔の楽しそうな声が聞こえる……
「正直言って、冬美ちゃんが一番興味ないねん。おじさんが今、一番興味あるのは誠クンや。手出すこともしないし、エッチなこともする気もあらへんから」
「っ、誠くんに、何かしたら許さないっ」
大好きな人の名前が悪魔の口から聞こえて、私はすぐ近くにある赤い髪を強く引っ張った。ブチブチっと何本か確実に髪の毛が抜けたのに、悪魔は笑顔を浮かべたまま私を抱えて部屋に入って行った。
(男の人に触られるのは、嫌なはずなのに……)
――不思議な感覚だった。
落ちないように抱きかかえられた体には、私の嫌いな角ばった男らしい手が触れているのに。不思議と恐怖心も、体が震えることもなかった。悔しいけど、悪魔は本当に私が安心できる言葉をくれたんだ……
『冬美ちゃんが一番興味ないねん』
(興味ないか、なら……メイドさんのことも気になるし、少しお茶飲むくらいなら、いいかな)
絶対に触れたくないと宙に浮かしていた手で、私はそっと悪魔の服を掴んだ。
◇◇◇
「ごめんなぁ、紅茶出す言うたけどパックの紅茶しかおじさん淹れられへんねん」
「えっ、大丈夫ですよ。パックの紅茶も美味しいから」
「ホンマに?ありがとうなぁ、今持ってくるからちょっとそこで待っててな」
そう言って悪魔は私をソファーの上に優しく下ろすと部屋の奥の扉に向かって行った。
(あの部屋、給湯室って言うんだよね)
お湯を沸かしたり、お茶を淹れたりする場所……メイドさんがそう教えてくれた。私は今まで名前なんて知らなかったし、そんな部屋が当たり前に存在することを、知らなかった。誠くんたちの部屋には、給湯室はないらしい。
「見てみたかったな、誠くんの部屋」
現実世界でも私たちが集まる場所は五十嵐くんの家だったから、私は誠くんの家は知ってても部屋に入ったことはない。
(どんな部屋だったのかな?ゲーム好きって言ってたから、いっぱいゲームあるのかな)
やっぱり好きな人の部屋は一度でいいから見てみたい。
「私に、もう少し勇気があればなぁ……」
「部屋に入って押し倒せば、冬美ちゃんの魅力で、童貞誠クンなんて一発で堕とせたと思うで?」
「っ!そ、そんなことしないもん!」
耳元で囁かれた声に反応して後ろを振り返れば、悪魔がニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべて私を見下ろしていた。メイドさんと一緒にいた時から思っていたけど、本当に悪魔は気配を消すのが上手い。いつも気づいたら後ろとかにいるから毎回驚いてしまう。
「せやなぁ、冬美ちゃんは押し倒したりせんよなぁ……冬美ちゃんは」
「?」
「あぁ、メイドのこと知りたいんやったなぁ。はっきり言って冬美ちゃんは幸運やで」
「幸運?」
私の言葉に悪魔は小さく頷くと、手に持っていたトレーをソファーの前のテーブルに置くと向かい側に座った。
「悪魔が対価戻すなんてこと、滅多にないからなぁ」
悪魔がカップにお湯を注ぐ。馴染みのある香りに少し緊張がほぐれた。
「まずは一杯飲みや」
「うん、ありがとう」
カップを受け取って、そこにミルクと角砂糖を一つ入れる。ふーっと息を吹きかけて、ゆっくりとした動作で口に含んだ。
「おいしい。……シェフさんの淹れてくれる本格的な紅茶も好きだけど、高い紅茶の味がして、私なんかが、飲んでいいのかなって」
「そんなん、気分次第でええやん。おじさんは本格的な紅茶も、パックもその日の気分でどっち飲むか決めてるんや」
私の小さな悩みなんて、くだらないとばかりに鼻で笑うと、悪魔もカップに口を付ける。パックの紅茶を飲んでるはずなのに、紅茶を飲む悪魔の姿は一枚絵みたいに様になっていた。
「あの、悪魔さん。対価って戻せるんですか?」
二、三口飲んで少し落ち着いたところで質問を投げかけた。体の中から体が温まったことで、少しだけ緊張もほぐれてきた気がする。
「戻せるで?」
「えっ」
あまりにもあっさり答えるから驚いてしまった。
「も、戻していいの?」
「対価の扱いは悪魔次第やねん。逆に聞くけど冬美ちゃん、メイドと契約するときに「対価は戻せません」って言われたか?」
「……あ!い、言われてないかも」
「滅多に無いっちゅうだけで、対価は戻すことできるで。まー、かなり珍しいけどな」
「じゃあその……対価が、戻ったら」
私はその先を言うのを躊躇った。
(答えを聞くのが、怖い……)
「願いがリセットされないか心配?」
――っえ?
聞こえてきた言葉にカップから視線を外して、目の前に座る悪魔を見た。
悪魔は笑っていた。私が、本当に知りたいことなんて、最初から気づいていたんだ。
私が対価が戻ったことが不安なんじゃない――
「……死んだ人が蘇ったりなんて、しないよね」
お母さんと私を傷つけた男たちが蘇らないか、不安なんだ――。
カップを持つ手が震えている。恐る恐る見上げた先では悪魔が優雅に足を組んで紅茶を一口飲んでいた。
「そこは安心して欲しいわ。悪魔は人間の死、リセットできないねん」
「そ、そうなんだ」
吐き出す息と同時に声が出た。それを見て、悪魔がまた笑ってカップを皿の上に置いた。
「できるやつもおるで?例えば、そうやねぇ……時間戻したり、他人の体に魂移植できる奴とかな。でもなぁ、強い能力持ってる悪魔って、おじさん含めて性格悪いやつ多いねん。せやから、簡単には叶えてくれん」
「できるやつって、つまり私の対価が戻ったのは、メイドさんの意思じゃないってことですか?」
「お、冬美ちゃん鋭いねぇ。でもなぁ、おじさんなネタバレ嫌いやから「その通りです」なんて言えんのや」
ごめんなぁ、そう言って悪魔は悪びれる様子もなく、紅茶と一緒に持ってきた缶の中に手を伸ばしてクッキーを頬張った。どっちなんだろ?悪魔の答えは、どちらにも取れる相手に判断をさせるタイプの返し方だった。本当に、曖昧な答えしか返さないんだ……。
持っていたカップを皿に置いて、戻ってきた五本の指を見下ろした。
指は……正直言って戻ってきて嬉しい。ご飯を食べるとき、毎回メイドの手を借りないと食べれないのがすごく、嫌だった。
不便だった。でも、メイドにお願いしたことや、誠くんを家族から引き離したことを考えたら受け入れられた。
「私の、罰だった」
失われた指を見ると、耐えられた。
(でも、それが戻ってきたら?)
私に残るのは『人殺し』という事実だけだ――
しばらくの間、長い沈黙が続いた。次の会話に繋げる話題が無いから、自然と目線は悪魔から外れて窓の方へと向けられた。
「えっ、雪?」
入った時は気づかなかったけど、ベッド近くにある巨大な窓の外には雪景色が広がっていた。
「す、すごい!私のとこは雪なんて降ってなかったのに……綺麗」
雪景色に惹かれたのか、気づいたら私は窓の前に立って外の景色を眺めていた。
部屋から見える景色は作られたものだと知っていたけど、四季を変えられるなんて驚いた。
「ええやろ、これも気分次第で変えてるんやで」
私の隣に並ぶように悪魔も窓の外を眺めている。
「変えられるの?」
「人間にはできひんよ?おじさんだけな。悪魔やから、そこは自由にできんねん」
言いながら悪魔は窓に向かって腕を伸ばすと、「パチンッ」と指を鳴らした。
次の瞬間、しんしんと降っていた雪は激しい土砂降りに変わった。
ザーザーと激しい雨が窓を叩いてバチバチと音を立てる。
耳が激しい雨の音を拾った瞬間……周りの音が消えた――。
ザーザー……
(私は、この音を知っている)
「こうやって、雪から雨に変える事もできる。どや?スゴいやろ?」
「……」
「?冬美ちゃん、どないしたん?」
ザーザー……ここに、来る前に、聞いていた。
音も声も消えて、断続的に思い出したのは――
◇◇◇
『はっ……っはっ、っ……助けてッ、誰か、助けて!!』
土砂降りの中、素足であの家から逃げ出した。
石やガラスが足の裏に刺さって痛かったけど、それでも逃げ続けた。
『本当にこっちに逃げたのか!?』
『わかんねぇよ!!』
『っくそが、誰だよ!部屋に鍵かけ忘れた奴!!あのガキがサツに行ったら面倒なことになる』
『鍵かけましたよ!っでも、まさか椅子で扉ぶっ壊して逃げ出すとか誰も予想できるわけないでしょう!?』
『で、でも俺たちは金田さんの女の指示でやっただけで、だ、大丈夫ですよね?』
『は?あの女は俺たちをすぐに売る。期待するだけ無駄だ!』
『いいから探せ!!金田さんが惚れてる女だ。見つからねぇと、あの餓鬼が自殺しようものなら――俺たちが殺される』
男たちの会話を雑居ビルに不法投棄されている悪臭の漂うゴミ溜めの中で震えながら聞いていた。
『っ、もし、神様が……本当に、いるならっ、私を、異世界でも、どこでも連れてってよぉっ』
冷たい雨に足の感覚も感じなくなって、逃げるように屋上に上って飛び降りた――
◇◇◇
ザーザーという土砂降りの音が部屋の中に静かに鳴り響く。
「……最初の頃は、色々混乱してて、忘れてたんだけど……思い出したの」
私は震える手に少しだけ目線を落とした。
今、生きているのが信じられないと思ったから。
(最初に目覚めた時、驚きよりも誠くんたちに会えたのが、嬉しかった)
「へぇ、何を思い出したん?」
「あの時、私の……」
『自殺』を止めたのは、アナタだったんだね。
廃墟ビルの屋上から飛び降りた時、飛んで、落ちて
私の目と鼻の先にアスファルトが見えた時――
『死んだら、アカンよ』
その声と同時に、腕が強く上に引かれたのを思い出した――。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
Xでは【悪魔のシェアハウス】の自作の表紙を公開してます。
作画から色塗りまで全部ひとりでやってます。
こちらでお見せできればよかったのですが、なろうは表紙設定出来なので(^_^;)
もしご興味のある方は覗いて頂けると嬉しいです!
めっちゃ気合い入れて描いてるので!どの表紙も自信作です!




