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悪魔のシェアハウス――悪魔は人を騙すけど嘘はつかない。《友情》《裏切り》《契約》《願い》すべてを賭けた選択の脱出劇  作者: ユキマル02
【メイドの能力を奪っちゃうぞ編】

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第46話『袖についた米粒』



【登場人物】


まもる:主人公。友達思いの優しい高校生。現在の姿は小学生。家族が大好きで早く元の世界に戻りたいと思っている。冬美のことが好き。悪魔が嫌いなので悪魔に対して少しだけ口が悪くなる。


冬美ふゆみ:元気で明るい美少女。現在の姿は小学生。家庭環境が複雑で、この空間に残ることを望んでいる。


孝志たかし:誠の親友。現在の姿は小学生。兄貴肌で面倒見がよくて優しい性格。父子家庭で幼少期は父親から暴力を振るわれていた。誠をいつも支えてくれる存在。誠の握るおにぎりが好き。


五十嵐:誠の親友。友達のことを大切する優しい高校生。医者の家系で裕福な家育ち。放課後の悪魔と契約して皆を閉じ込めた張本人。そこにはある理由が…。悪魔が疲弊するくらいガチガチの追加契約を作った。



【登場する悪魔たち】


放課後の悪魔:この空間を創った存在。関西弁で話すが、ときどき標準語に戻るのが逆に怖い。常にテンションは軽く、距離も近い。見た目は人間のようだが、明らかに異質。誠たちを翻弄する存在。


宇佐美:誠専属の『コーディネーター』。時間や場所を問わず服を用意できる能力を持ち、寸分の狂いもなく時間を把握できるため、【時計】の役割も果たしている。

名前は『宇佐美』。白くふわふわした毛並みを持つウサギの姿をしている。


シェフ:この空間の専属『料理人』。無口で寡黙、人間があまり好きではなく、長話も嫌い。料理に対するこだわりは現実のプロと遜色なく、「料理に関しては嘘はつかない」という姿勢は本物。つい最近新しい契約者を得た。…誠たちの味方?


清掃の悪魔:常にテンションが高くノリの軽い青年。この空間の『清掃員』

軽い口調からいきなり雰囲気がガラッと変わるため油断できない。

誠が苦手意識を持っている悪魔。シェフとは古い友達らしい。


メイド:丁寧な口調で微笑む、美しいメイド姿の悪魔。

冬美専属の「レディースメイド」として身の回りの世話を担う一方でその本性は冷酷かつ策略家。「性格は悪いです」と本人も公言している。つい最近新しい契約者を得た。


整備士シンさん

部屋の整備や修理を担当する悪魔。

無骨だが気さくで、誰とでもすぐに打ち解ける“面倒見のいいおじさん”のような存在。


「嘘を見破る能力」を持つ特例の悪魔


普段は豪快に笑う気のいい兄貴分だが常軌を逸した執着と狂気がのぞく、油断できない悪魔である。


最近新しい契約者を得た。



寝室清掃の悪魔


銀髪眼鏡のメイド服を着た少女の悪魔。

主人公誠が偶然にも遭遇した裏方の悪魔。


普段は清掃が終わるとシェフの用意した食事を厨房に設置されている

従業員休憩室で食べている。


かなりのネガティブ思考で一人で突っ走り結論が出るとすぐに手持ちのナイフで自害しようとするので困る。まだまだ謎の多い悪魔である。




(以降、悪魔たちは順次追加予定)




「じゃー、ご主人様になったわけだし。最初の命令しよっかな!」


 異臭が漂う空間に場違いに明るい声が響き渡る。この場所がなんの部屋になるのかはわからないけど……もし、ここに部屋が作られたとしても、僕は絶対に入らないと断言できる。


「承知致しました。ご主人様」


 戦いが終わって骨と皮だったメイドは美しい女性の姿に戻っていた。

 これに関していえば、僕も一瞬すぎて、何が起こったのかわからない。


「パンケーキ!!」と清掃の悪魔がシェフに注文した時、後ろを向いた時にはメイドは元の姿に戻っていたんだ。いや、戻ったのは姿だけじゃない、折れた指も、服についていた血も綺麗になくなっていた。


 彼女自身も、元に戻ってからずっと自分の両手を不思議そうな表情で見下ろしている。


「えっ、どうして元に」


 僕の声に孝志が振り返って、メイドの姿を見て目を見開いた。


「あれ!?さっきまで、ガイコツだったよな!?」


 メイドから目線を清掃の悪魔に向けると、悪魔はニンマリと静かに笑って人差し指を唇に当てた。恐らく『秘密』ということなのだろう。本来の能力か、奪った能力か、どちらにしてもこの悪魔の持つ能力が強いことだけはわかった。


 機嫌の良くなった清掃の悪魔はゆっくりとメイドへと歩み寄り、冒頭の命令を下したのだ。


「お前の契約者である、立花冬美の命令を教えろ」


「承知いたしました」


 メイドは地面に正座をすると、三つ指をついて、静かに新しい主人に向かって頭を下げた。


「冬美様……いえ、冬美ちゃんが願ったことは――」


 そうして、メイドはあの日あったことを静かに語り始めた――






『メイドさんの能力で、対価を間違えさせることってできる?』


『えぇ、可能ですよ』


『そっか、じゃあ……ここにいる悪魔さん全員に『間違った対価』を言っちゃうように、言葉で操ってくれる?』


『承知致しました。ご主人様』




「……冬美が、そんなことを」


「対価を間違えると、本来の力が発揮できないことを冬美はメイドから聞いてたのか…」


 隣で孝志が呟くように言うと、シェフが補足するように言葉を続けた。


「対価と契約の説明は大体決まっているが、対価の力の話は基本的に悪魔側からすることはない」


「えっ!つまり、それって……聞かれない限りは教えてくれないってこと?」


「あぁ。悪魔から無駄に情報を与えることはしない、お前が悪魔を信用していないように、悪魔も人間を信用していないからな」


 相変わらずシェフはサラッと痛いところを突いてくる。シェフの言うように、僕も詳しく聞かれない限りは、悪魔に自分の情報を与えることはしないだろう。


「しかし、今のメイドの話で彼女の性格は把握した。やはりというか、立花冬美という人間は、表面上では計り知れない『慎重な性格』のようだな」


「慎重な性格?……いや、冬美はどちらかというと、天然で」


「天然はありえないな」


 僕の言葉をシェフが容赦なく一刀両断する。好きな子のことだから最後まで言わせて欲しかったけど、血のように赤い瞳に射抜かれて、僕は大人しく口を閉じた。


「おい、メイド。お前は、最初の段階でどこまで契約について説明をした」


 腕を組んだ状態でシェフが鋭い眼光をメイドに向ける。


「最初……いえ、冬美ちゃんの場合、契約は、願いの後でした」


「なに?それは、本当か?」


 メイドの答えが予想外だったのか、シェフが少し目を開いて驚いたような声を出す。


「契約の後って、どういうこと?」


 シェフに続くように僕もメイドに質問をした。


「はい、冬美ちゃんは「契約は願いを叶えてからでいい」と……」


「へぇ、なかなか、見た目と違ってかなり度胸のある女の子だったんだねぇ」


 清掃の悪魔が感心した声をあげてシェフの隣に並んだ。


「対価を聞かずに契約するなど……無謀すぎる」


 シェフは理解できないといった表情でため息をはいた。

 その反応を見てメイドは口を堅く結ぶと眉を下げて、目線を下に向けた。


「私の対価はもうご存じかと思いますが、『指』です」


「やっぱり、そうなんだ」


 孝志からメイドの能力と同時に対価の話は聞いていた。冬美の服装は対価を隠すためのものでしかなかった。その話を聞いた時、僕は「萌え袖可愛い」なんて言っていた過去の自分を殴りたくなった。


 今思えば、冬美はシェアハウスに来てからずっと「萌え袖」だった。

 いくらその服がお気に入りだからといって着過ぎだ。……違和感を覚えるべきだった。


「私の場合、対価を奪う際は、基本的には痛みを感じさせないようにします。……甘いと、言われるでしょうが、過去の私が『小指を失う痛み』を知っているので、やりたくなかったんです。冬美ちゃんも同じように痛覚なしでやるつもりでした」


「つもりでしたって、まさか……」


 歯切れの悪いメイドの言葉に、僕は嫌なことを考えてしまった。いや、きっとこの考えは、メイドの顔を見れば正しいものだろう。間違って欲しい、そんな僕の願いも空しくメイドが残酷な真実を告げる……


「冬美ちゃんは、言いました「痛覚は切らないで欲しい」……と」


「っ!冬美、なんで」


 やっぱり、僕の予想は当たっていた。そして、心の何処かで、彼女ならその選択を選ぶだろうと、妙に納得している自分がいたことに驚いている。


「冬美ちゃんは言っていました、これは私の『罪』だと」


『これはね、この痛みは、友達を裏切る私の『罰』なの。私なんかが、他人の人生を奪うんだから、甘えたことなんて言ってられない』


 メイドは言いずらそうに、目線を下げたまま、冬美の覚悟を伝えてくれた。


「冬美っ」


「私の対価の仕組みは『猿の手』と同じです。願いを叶えると、指を折るように……私の場合は指を切ります」


「ね、願いの数だけってっ」


 孝志が言っていた、冬美の手には『全ての指が無かった』って、それってつまり――


「ふ、冬美は、何を願ったんですか?」


「それは……教えることはできません」


「なんでっ」


 全ての指が無いってことは冬美の願いは『五つ』

 焦る気持ちが強くなって、僕はズルいとわかっていて清掃の悪魔を見てしまった。


 僕の視線に気づいたアイツは目をパチパチすると、口角をゆっくり上げて僕に微笑んだ。


「清掃の悪魔、メイドから話を」


「誠、落ち着け」


「!た、孝志?なんで、止めるんだよっ」


 もう一度、清掃の悪魔に命令しようとした僕を止めたのは孝志だった。


「もうメイドの能力は無効になったんだろ?なら、それ以上……アイツが隠したいことを知る必要は、俺は無いと思う」


「っでも」


「メイドの能力が発動する前に俺たちはシェフから正しい対価を聞けたんだ。俺たちが困る事あったか?」


「えっ」


 僕は孝志の質問に答えを返すことができなかった。僕の反応を見て孝志は真剣な表情で言葉を続けた。どうして、孝志は冷静なのだろう。僕なんて、畳みかけるような残酷な情報に頭が回らないのに。


「冬美が願った5つの願いが、俺たちのやりたいこと邪魔してるなら、聞いてもいいと思う。でもさ、今のところは対価以外は俺たちの邪魔してないだろ?」


「それはっ、聞いてみないと……わかんないじゃないか」


 苦し紛れの言葉だった。……孝志の言うように僕たちはタイミングがよかったのか、シェフから正しい対価を聞いて契約することができた。これ以上の詮索は、冬美個人の情報に他ならない。


「知らなきゃいけないことと、知らなくてもいい境界線は間違えたらダメだ。冬美のことが好きなら、それ以上は踏み込むな」


「っ!孝志……」


 冬美のことは知らなくてもいい情報なのか。

 それとも、僕が知りたいだけなのか――


「うわっ、ちょっ、重い!!」


 意外なことに、僕の願いを叶えたのは清掃の悪魔だった。さっきまでシェフの隣にいた清掃の悪魔が孝志の肩に腕を回している。全体重を乗せているのか、孝志は苦しそうだった。


「メイド命令だ。立花冬美の願いを、すべて、教えろ」


「!?」


「ちょっ、待てっ……んぐっ」


 清掃の悪魔はニコニコ笑顔で激しい抵抗をものともせずに孝志の口を片手で塞ぎながら、メイドに命令を下した。メイドは一瞬、大きく目を見開くと唇を噛み締めて「承知しました」と言って言葉を続けた。


「冬美ちゃんが願ったのは、契約の際に「間違った対価」を教えること……それ以外は、過去、自分を苦しめた」


 メイドはそこで不自然に言葉を切った。その先は言いたくないのだろう、張り詰めた空気の中で「続けろ」という、清掃の悪魔の無情な命令が響いた。


「……承知致しました。冬美ちゃんが願ったのは、現在に渡り自分を苦しめた母親の『殺害』……そして、過去、無体を強いて……『妊娠』させた、3人の男たちへの報復です」


「えっ……に、妊娠って」


 冬美が、いつ……3人って、3人ってことは――


「さ、3回も……冬美は、妊娠、したの?」


 あまりの衝撃的な真実に、僕の周りの音が消えた。

 いつ?冬美は、いつから一人苦しんでいた?


 脳裏に過ぎるのは、このシェアハウスに来た時に冬美が言っていた言葉だった――



『学校の外は『地獄』なんだよ。冬美は、誠くんと孝志くんと五十嵐くん以外のね、男の人に触られるとね……体の震えが止まらなくなるの』


 冬美は、そんな地獄にいたのか……僕は、本当に、何も知らなかった。


「っ冬美……」


 帰りたくないと思うのは、当たり前だ。彼女の背景も知らずに、僕は家族のところに帰りたいなんて……瞳から涙が溢れ出して、顎から伝い落ちた涙が地面にゆっくりと吸収されていった。


「冬美ぃ……ごめんっ、ごめんっ」


 僕が謝っても、なんの意味も無いのに……謝ったところで、冬美の過去は過ぎてしまった。唇からは、流れる涙と同じ数の「ごめんなさい」が止めどなく、あふれ出る。


「気づいて、あげられなくてっ……ごめんっ」


「キミが謝ったところで、あの子の過去は変わらないよ」


 当たり前のことを言われて、僕は清掃の悪魔を睨みつけて声を荒げた。


「っわかってるよ、そんなこと……っ一番、ぼくがっ、わかってるんだ!黙ってろよ!!」


「え~、逆ギレ?こわっ」


 八つ当たりだって、わかってる。それでも、悲しみも、自分に対する怒りも収まる気配がない。だから、みっともなく、僕の言葉を軽く受け流してくれるであろう、清掃の悪魔を選んで、八つ当たりすることしかできなかった。


「冬美の……願いは、叶えられたの?」


 涙も鼻水も流した状態でメイドに聞けば、メイドは静かに頷いた。


「契約は絶対です。悪魔が契約を破ることは決してありません」


「っそう、なんだ……冬美に、酷いことした男の人たちも?」


「滞りなく。仕事は完了しております」


「っそっか」


 悪魔を経由しているとはいえ、冬美は……


「人を、殺したのか」


「誠っ!」


 清掃の悪魔の拘束から逃れたのか、孝志が心配そうな表情で僕の肩に触れた。

 僕は孝志の方にゆっくり振り返った。


「孝志は……見たんだね」


「!いや、俺が見たのは……母親が、殺されるとこ」


「!?そ、そんなとこ、見てたの?」


(それをずっと知ってて、今まで僕に黙って、ずっと一人で抱えていたの?)


「孝志は、大丈夫なの?」


「えっ」


 僕の言葉に孝志が驚いた声を上げる。


「だって、僕なら、そんなの見たら……っ耐えられないよ。でも、孝志は……僕が、冬美のこと好きだから、僕のことを考えて黙っててくれたんだろ?」


「!お、怒らないのか?だって、俺は、知ってて今まで黙ってたんだぞ?」


 孝志は叱られた子供のような、今にも泣きそうに眉を下げて口を強く結んでいる。


「僕が親友の性格わかんないわけないじゃん。確かに、今の話を聞いた時は、驚いたよ。でも、孝志は優しいから……冬美のこと、僕に教えたら、僕が傷つくって思ってさ、黙っててくれたんでしょ?怒るわけないよ」


 僕は涙を袖で拭って、無理やり作った下手くそな笑顔を親友に向ける。

 孝志の告白を聞いて、涙もまだ乾いてないのに、頭だけは冷静だった。


「っごめん、本当は早く話すつもりだった……。でも、お前が耐えられるわけないって、勝手に決めたんだ」


 孝志の言う通りだ。きっと、少し前の僕なら耐え切れなかっただろう。


「孝志、ありがとう」


「えっ」


「孝志が今まで僕の分まで抱えてくれたから、今はこうして、冷静に言葉を受け止めることができたんだ」


 冬美のやったことは到底、受け入れられるものじゃない。

 きっと、まだ時間が必要だ。でも、僕は――


「冬美の気持ちが少しだけわかるんだ」


「わかるって」


「僕も人を殺すことを、考えたことがあるから」


 僕の言葉に孝志の目が大きく見開かれる。静かになった空間に、「ゴクリ」と唾を飲みこむ音が響いた。この音は、孝志の方から聞こえたものだ。雑談していた悪魔たちも、今は僕たちの動向を静かに見ている。


「いじめられている時、僕は何度も考えた『殺してやりたい』って、僕が受けた痛み以上のもの与えたいって何度も、何度も……」


(だって、そう思ってないと、心が保てなかった)


「誠……っ」


 目の前にある孝志の顔がくしゃくしゃに歪んだ。孝志は、言葉に迷っているのか、唇を何度も開いては閉じてを繰り返していた。友達のために言葉を選んでくれるのが、孝志のいいところだ。


「お前はさ、なんつーか……正直に話し過ぎなんだよ。でも、ありがと」


「えっ」


「そうやってお前が、本当なら隠したいこと話してくれるの、俺は嬉しい」


「孝志……」


 孝志は首の後ろをかくと、眉をひそめてゆっくり瞼を閉じた。


「俺は、聖人君主じゃない」


 そして、瞼と重い口をゆっくり開いた。


「俺も、あるんだよ……殺したいって、思ったこと」


「!?それはっ」


 僕はその先を言うのをためらった。孝志は見た目でよく勘違いされるけど、友達は僕たちだけでそれ以外に親しい人はいなかった。僕たち以外に、殺意を向けるとしたら―― 一人しかいない。


「っおとうさん、なの?」


 孝志の父親だ。


「うん。そうだよ」


 孝志はさっきまでのためらいが嘘のように淡々と答えた。そこに言葉の温かさはない。

 一瞬、目の前にいるのが本当に孝志なのか不安になった。



「お前が初めて、俺と冬美におにぎりを握ってくれた日だったかな。帰ったら、酒に酔った父さんがソファーから落ちて……飲みかけの缶ビールが、父さんの服に零れてた」


 孝志は感情の見えない表情で静かに振り返って、その先の地面を見下ろした。そこは、さっきまでメイドが倒れていた場所で異臭と共にそこには生々しい血痕が残されていた。


「たぶん、あれが良く言う『魔が差した』ってやつだったんだと思う……父さんの姿を見てさ――」



 今 な ら 殺 せ る



「――って思ったんだ」



「っ……」


 温度を感じさせない冷たい声に僕の背筋が粟立った。

 僕は、今きっと……はじめて、親友の『心の闇』を見ているんだ。


(僕が覚悟を決めたからこそ、孝志は秘密にしたかったことを言葉に出して教えてくれているんだ)


 孝志は自分の過去を語ることはしない、孝志の性格を考えるなら「もういいよ」って言うべきなのだろう。きっと、悪魔たちの戦いを見届ける前の僕なら迷わず『楽』な方に逃げていた。


「その、あとは……どうしたの?」


 震えてしまいそうな手足に力を入れて孝志に目を向ける。変わらないと、これから先、僕は大切な人を守れない。いつも自分のこと話さない孝志が、僕にはじめて自分の暗い部分を教えてくれようとしている。逃げるわけにはいかない。


「正直言って、あんま覚えてないんだよ……手足は緊張で震えてんのにさ、足だけは真っすぐキッチンに向かってたんだ」


「き、キッチンって」


 孝志は、お父さんを『包丁』で刺し殺すつもりだったのか?


「っそれで、そのあとは、どうしたの?」


「そのあとは……っはは」


「えっ」


 孝志は何かを思い出したかのように、優しい表情で軽く笑った。

 そして、僕の方に顔を向ける。


「戸棚から包丁を取り出そうとした時に、気づいたんだ」


 孝志は優しい笑顔を浮かべたまま、片方の腕の肘を曲げると、服の袖部分を指差した。


「袖のところにさ、乾いた『米粒』がついてたんだよ」


「へ?こ、米粒?」


「うん。おにぎり食ってた時についたんだと思う。でもさ、そのカピカピに乾いた米粒のおかげで俺は、踏み止まれたんだ」


「踏み止まれた?」


「うん、友達が悲しむようなことしちゃいけねぇなってさ。頭の中に、お前の顔が出てきたんだ」


「ぼ、ぼくが?」


「俺が父さんのこと殺さなかったのは、『誠のおにぎり』のおかげなんだよ」


「ぼくの、おにぎりが……?」


 知らなかった。


「お礼言うの遅くなっちまってごめん。ありがとうな、誠」


 孝志がお父さんを殺そうとしたことも、僕のおにぎりが孝志を止めてくれたことも、何も知らなかった。


「お前が俺たちを想って握ってくれたおにぎりのおかげで、俺は道を踏み外さなかった」


「想い……」


 僕の脳裏に母さんの言葉が蘇る――。



『料理はね、想いを込めれば、込めるほど、美味しくなるのよ。それはちゃんと、食べた人にしっかり伝わるから。母さんが握ったら意味ないのよ』


(母さんはやっぱり、すごいや)


「でも……それなら、どうして」


 孝志と同じように僕のおにぎりを食べた冬美は踏み止まれなかったの?


「冬美ちゃんは、恐らく。孝志サマよりも虐げられていた年数が長いのだと思います」


「!め、メイドさん?」


 聞こえた声に振り返ると、メイドがすぐ後ろに立っていた。


「ご友人の話に割り込んでしまい申し訳ございません」


「そ、それは、別にいいけど……冬美が言ってたの?」


「いえ、私たち悪魔は長く生きてますので。そういった家庭に問題のある人間は、それこそ腐るほど見てきましたので」


 なるほど、悪魔から見ても冬美の家庭の闇は深いってことか。


「俺もそう思うよ。アイツとは小1から一緒だけど、その前に何があったのとかは知らねぇから」


「そ、そうなんだ……僕は、途中から転校してきたから。冬美の家は普通じゃないってことくらいしか」


 そうだ、よく考えたら、僕は小学生の前の彼女を知らない。

 冬美は、いつから『壊れて』いた?


「あの子はさー、踏みとどまるとか、そういう次元にいなかっただけなんじゃない?」


 メイドの隣に清掃の悪魔が並んだ。清掃の悪魔の言葉にメイドが神妙な顔つきで小さく頷いている。


「悪魔と契約する、イコール、人を殺すって考えてる人間が多いんだよね~。案外、その一線超えられる人間って少ないんだよ」


 言いながら清掃の悪魔はめんどくさそうに頭をかいて、欠伸をする。

 目はトロンとしてて、眠そうだ。


「そ、そうなんだ」


 冬美がいつ妊娠していたのかは知らない。男の僕には冬美の苦しみも辛さも、一生理解することはできないだろう。だけど、それは、孝志も同じだ。


「2人の苦しみを比べるわけじゃないけど、一線を越えるほどの『地獄』をまだ知らないから、孝志は踏み止まれたのかな?」


「誠……俺には、迷いがあった。でも、きっと冬美に……迷いはなかったんだ」


 理解はできる、でも、冬美のしたことは『正しい』ことではない。ここには、それを裁く資格のある人間がいないから。正しい答えなんて出せないんだ。


(僕にはもう、冬美にしてあげられることって……ないのかな。)


「てか、ここでもう終わったこと話してても時間の無駄なんじゃない?」


 静寂が続く室内に、いつもと変わらない軽い声が現実を突き付けてくる。


「えっ」


「立花冬美が人を殺したことは……そうだなぁ、時間を巻き戻さない限りは変えられないことなんじゃない?」


「時間を戻す?」


「あ、流石に僕もそんな強い能力持ってないからねー、期待してもムダだよぉ?」


 軽薄な笑みを浮かべながら清掃の悪魔がひらひらと手を振った。僕は、考えながら清掃の悪魔をじっと見据える。


「あれ?どした?今日は、なんか大人しいね?」


「あのさ、まだ……僕の命令権は使えるの?」


「ん~?夜じゃないから使えるよ」


 僕の質問に清掃の悪魔がいつものような軽い言葉を返す。

 金色に輝く瞳だけは、静かに僕の動向を見据えているようだった。



「じゃあ……メイドの頭から、今日の記憶を消してくれ」


「は?」



 僕の言葉に、たれ目の瞳が大きく見開かれた――。




最後まで読んで頂き、ありがとうございました。



本作『悪魔のシェアハウス』は、オーバーラップWEB小説大賞に参加しています。

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