第43話『メイド誘い出し作戦!』
【登場人物】
誠:主人公。友達思いの優しい高校生。現在の姿は小学生。家族が大好きで早く元の世界に戻りたいと思っている。冬美のことが好き。悪魔が嫌いなので悪魔に対して少しだけ口が悪くなる。
冬美:元気で明るい美少女。現在の姿は小学生。家庭環境が複雑で、この空間に残ることを望んでいる。
孝志:誠の親友。現在の姿は小学生。兄貴肌で面倒見がよくて優しい性格。父子家庭で幼少期は父親から暴力を振るわれていた。誠をいつも支えてくれる存在。誠の握るおにぎりが好き。
五十嵐:誠の親友。友達のことを大切する優しい高校生。医者の家系で裕福な家育ち。放課後の悪魔と契約して皆を閉じ込めた張本人。そこにはある理由が…。悪魔が疲弊するくらいガチガチの追加契約を作った。
【登場する悪魔たち】
放課後の悪魔:この空間を創った存在。関西弁で話すが、ときどき標準語に戻るのが逆に怖い。常にテンションは軽く、距離も近い。見た目は人間のようだが、明らかに異質。誠たちを翻弄する存在。
宇佐美:誠専属の『コーディネーター』。時間や場所を問わず服を用意できる能力を持ち、寸分の狂いもなく時間を把握できるため、【時計】の役割も果たしている。
名前は『宇佐美』。白くふわふわした毛並みを持つウサギの姿をしている。
シェフ:この空間の専属『料理人』。無口で寡黙、人間があまり好きではなく、長話も嫌い。料理に対するこだわりは現実のプロと遜色なく、「料理に関しては嘘はつかない」という姿勢は本物。つい最近新しい契約者を得た。…誠たちの味方?
清掃の悪魔:常にテンションが高くノリの軽い青年。この空間の『清掃員』
軽い口調からいきなり雰囲気がガラッと変わるため油断できない。
誠が苦手意識を持っている悪魔。シェフとは古い友達らしい。
メイド:丁寧な口調で微笑む、美しいメイド姿の悪魔。
冬美専属の「レディースメイド」として身の回りの世話を担う一方でその本性は冷酷かつ策略家。「性格は悪いです」と本人も公言している。つい最近新しい契約者を得た。
整備士
部屋の整備や修理を担当する悪魔。
無骨だが気さくで、誰とでもすぐに打ち解ける“面倒見のいいおじさん”のような存在。
「嘘を見破る能力」を持つ特例の悪魔
普段は豪快に笑う気のいい兄貴分だが常軌を逸した執着と狂気がのぞく、油断できない悪魔である。
最近新しい契約者を得た。
寝室清掃の悪魔
銀髪眼鏡のメイド服を着た少女の悪魔。
主人公誠が偶然にも遭遇した裏方の悪魔。
普段は清掃が終わるとシェフの用意した食事を厨房に設置されている
従業員休憩室で食べている。
かなりのネガティブ思考で一人で突っ走り結論が出るとすぐに手持ちのナイフで自害しようとするので困る。まだまだ謎の多い悪魔である。
(以降、悪魔たちは順次追加予定)
――今、僕の目の前には美男美女がいる。
一人は街ですれ違ったら数人の女子は振り返るほどの美少年だ。
もう一人の女性は雑誌に使われていたら、僕でも手に取ってしまうような美人である。
「一発ヤらない?」
──しん……空気が止まった。
美少年のほうは容姿端麗だが、言動が美しくない。
メイドの笑顔が数秒遅れて真顔になる。その顔には若干、呆れの色が見えた。
冬美に至っては、瞬き一つしない。時計の秒針すら止まった気がした。
(い、言ったー!!)
「言ったよ、あのバカ!!」
「流石のメイドも表情固まってんぞ。冬美なんて微動だにしてねぇ!」
アイツは馬鹿なのか!?
◇◇◇
「はいはーい!メイドを誘き出すいい方法、今思いついたよ~!!」
食堂から移動したシェフの部屋、清掃の悪魔が元気よく右手を上げた。
「……本当にちゃんと考えたの?」
孝志と二人、ソファーに座っていた僕は後ろを振り返った。そして、ベッドに寝そべり手を上げる悪魔へと疑いの眼差しを向ける。なんでかって?この悪魔の発言は風船のように軽い、信用できないからだ。
「え~?信用ないなぁ、ちゃんと考えたよ。10秒くらい」
「それは考えたとは言えないので却下!!」
「まぁ、落ち着けって。少し話くらい聞いてやろうぜ?」
苦笑いを浮かべながら孝志が僕の肩に手を置いた。
「俺たちだって今のところ、いい作戦思いついてないんだし」
「それは、そうだけど……」
僕たちは今、作戦の最大の『難関』にぶち当たっていた。食堂から移動したのも、話し合いが長くなると見越したシェフからの提案だ。メイドの能力を奪う上での問題は――
「聞くだけ聞いてやる。それで?お前は、立花冬美からどうやってメイドを引き離すというんだ?」
メイドを呼び出す方法である。
入口の扉に背を預けて、腕を組みながらシェフが清掃の悪魔へとゆっくり目線を向けた。
「え?僕の作戦聞いてくれるの?」
「俺もこれといった作戦が思いついてないのでな」
「え?マジで?アイツを呼び出す方法なんてすごい簡単じゃん」
「簡単って、メイドは常に冬美の側にいるんだよ?どうやって、冬美に気づかれずに呼び出すっていうんだ」
このシェアハウスに来てから冬美の側には常にメイドがいる。離れるとしたらトイレの時くらいだろう。正直言って、冬美の近くにいるってだけで僕には羨ましい、羨ましすぎる。
「俺、冬美にバレないようにアイツの行動ちょっと見てたんだけど……二人セットかってくらい、常にメイドが側にいたぜ?」
言いながら孝志はテーブルの上にあるクッキーに手を伸ばした。クッキーはシェフの部屋にあったもので、真ん中に様々なジャムが塗られている固めのクッキーだ、普通に美味しい。
「やっぱり契約が関係してるのかな」
「たぶんな、監視って目的もあるかもしれねぇけど……」
孝志はクッキーを一口食べると、それをゆっくりと咀嚼した。僕も孝志が話し出すのを待ちながらシェフが新しく淹れてくれた紅茶を一口飲んだ。
「冬美が、不安だからってのもあると思う」
「不安?」
「うん。契約したからわかるんだけど、やっぱり契約した側も、悪魔の側から離れたら「バレる」んじゃないかって、不安になるんだ」
「そ、そうなんだ……孝志も、今まで不安だったの?」
孝志の話を聞いて、紅茶を持つ手が罪悪感に震えた。だって、僕は契約してないから、その不安をわかってあげることができないから。
「俺?俺は、誠のおかげで冬美ほど不安にならなかった」
「へ?僕のおかげ?」
僕のおかげなんて、ありえない。孝志は僕の代わりに契約した――僕が、弱かったから。
「誠!」
―――!?
脳裏に、あの日の記憶がリプレイされそうになったところで孝志に強く名前を呼ばれた。驚いて、顔を上げると、そこには真剣な表情を浮かべた孝志がいた。
「俺は、あの日、お前が一緒にいてくれたから……シェフから離れても不安にならなかったんだ」
「孝志……」
「契約した日に誠が隣にいたから、一人じゃないって、一人で背負わなくていいって……」
僕に語り掛ける孝志の表情は真剣なのに、その瞳は今にも涙が零れ落ちるんじゃないかってくらい、表面が光って揺れていた。
「俺は、きっと運がいいんだ。俺を、一人にしない友達がいてくれたから」
「っ孝志……」
孝志の言葉はいつだって僕の不安もトラウマも消してくれる。僕はいつか、孝志みたいに人の心を照らせるような人間になりたいと思っているけど、孝志と話すたびに思う。僕では到底敵わない相手なんだ。
「孝志、ありがとう。僕なんかがいるだけで、孝志の負担を減らせたなら、嬉しいよ」
「なんかって言うなよ。誠はさ、自覚してないだけでスゲー奴なんだからさ」
「スゴイのは孝志の方だろ?」
僕たちは互いの顔を見合わせると、同時に小さく笑った。
「でも、そうか……冬美は契約した時一人だったんだ。不安になるのも、無理ないね」
僕たちは、冬美のメイドに対する甘えたような行動は、彼女の家庭環境から来るものだと思っていた。
「あの時、五十嵐くんを止めなきゃよかったのかな」
悪魔に弱みを見せるなと何度も注意していた五十嵐くんを説得したのは僕と孝志だった。
「いや、あの時点で冬美がメイドと契約してるって考える方が無理だろ?」
「そうだけど」
「恐らく、立花冬美を甘やかす行為もメイドの作戦のうちだろうな」
僕たちの会話にシェフが自然と参加してくる。
「てか、初日から悪魔と契約するとか度胸あるよね~」
続くように清掃の悪魔も会話に加わった。そして「僕もクッキー食べようっと」言いながらベッドからソファーの方に移動してくる。
「話脱線しちゃったけど、さっき言ってた作戦教えてくれる?」
バリバリとクッキーを食べる清掃の悪魔を見上げながら言えば、悪魔は口元についたクッキーのカスを指で拭って舌で舐めながら、不思議そうな表情を僕に向ける。
「メイドが初日に言ってたこと忘れたの?」
「初日に言ってたこと?」
清掃の悪魔に質問されて、腕を組んで少し考える。初日は、色々ありすぎてほとんど覚えてないというのが正直な答えだ。
「うーん……」
「なんだっけ?メイドが冬美に、なんか言ってた気がすんだよなぁ」
隣では同じように孝志が上を見上げながら、何かを思い出そうとしている。
「人間は俺たちほど耳が良くない。こいつらに聞いても無駄だ」
少しの間があって、シェフがため息をはきながら、扉から離れて僕たちに歩み寄ってきた。僕と孝志、二人の目線はシェフへと向けられる。
「僕たちには聞こえないって」
「あぁ、そっか。人間はヒソヒソ声の音量調節できないんだっけ?忘れてたよ、ごめんごめん~」
ヒソヒソ声の音量調整とは……?
「じゃあ、もう正解言っちゃうね~アイツは『淫魔』なんだよ」
「いんま?」
どこかで聞いたことのある単語だ。たぶん、漫画だろうか?これなら思い出せるかもしれない。
「あれ?わかんない?アイツを誘き出す方法は――性行為に誘うこと!!」
「せいこっ、はぁ!!?」
コイツはいきなり何言ってんだ!?
清掃の悪魔の言葉を理解したと同時に変な声が出た。清掃の悪魔は腹が立つほど満面の笑顔である。誰か、コイツのコンプライアンスというものを教えてやってくれ。
「なるほど、盲点だったな」
清掃の悪魔のめちゃくちゃな作戦に賛同したのは意外にもシェフだった。シェフは感心したような声を上げると、何かを考えるように顎へと手を添える。
「え?シェフ?」
「メイドは常に立花冬美の側にいる。それは、つまり欲を発散してないということだ」
「その通り!たぶん、僕が「一発ヤらせて」って言えばすぐ来ると思うよ」
コンプライアンスも真っ青な直球発言やめろ。
「来るだろうな。なにせ、アイツは淫魔でありながら、地獄では定期的にサタン様の夜の相手をしている」
「な?いい作戦だろ?」
清掃の悪魔は勝ち誇ったような表情で僕たちを見下ろした。
「あ、本当にヤらないからそこは安心してね~」
僕たちを小馬鹿にしたような声を出しながら、清掃の悪魔が手をひらひらと振った。放課後の悪魔もよく手をひらひらさせていたけど、今なら理由がわかった。単純に人間に対しての煽りだ、強者の余裕ともいえる。
「餌で誘い出すだけ。人間が虫相手に仕掛けてるやつと同じことをするんだよ」
そして、なんでもないように悪魔は笑いながら物騒な言葉を口にする。コイツはエロと恐怖がシェアハウスしてるかな?少し前の僕なら、その言葉にビビって怯えていたかもしれない。でも―――
『このシェアハウスのはじまりは五十嵐様だけど、この物語はキミが始めた、物語だ』
僕は、すべてを見届けると決めたんだ。
「その、やる?ってのは、わかったけど。誘き出す部屋とかあるの?」
目の前の悪魔二人を見据えて言えば、シェフは少し驚いた表情で僕を見た。清掃の悪魔は口元を緩く上げて笑っている。
「あるよ。これから新しく作られる部屋」
「新しく作られる部屋?」
「そう。放課後の悪魔が部屋は作ってるけど、まだシンさんが手つかずの部屋が沢山あるんだ」
「そっか……じゃあ、あとでシンさんには謝らないとね」
「誠……?ど、どうしたんだよ。お前、なんか変わった?」
孝志が不安そうな表情を浮かべながら僕に声をかける。
「孝志が席を外してる間に、清掃の悪魔に言われたんだ」
『あのさ、なんか他人事みたいな感じに言ってるけど、これ、キミのための作戦なの、わかってる?』
メイドの能力を奪う作戦は、ここから出るためのものだ。孝志も、シェフも、清掃の悪魔も、力の無い僕のために、こうして時間と知恵を割いてくれている。
「これは、僕がはじめた物語だ」
「っ違うだろ。お前だけじゃねぇ!俺だって、元の世界に戻りたいって」
「孝志はもうシェフと契約した。でも、僕は、何もしてないんだ」
「っ……」
僕は肩に置かれた孝志の手に触れるとゆっくりと引き離した。
「何も失ってない僕が、ビビって、メイドの行く末すら見送れなかったら、僕は、これから先……っ何もできない、何も守れない……!!」
「誠……」
そして、ソファーから立ち上がり清掃の悪魔の前へと立った。
「メイドを部屋まで誘い出すことができたら、僕を呼んでくれ」
「……いいよ」
「っ待てよ誠!!お前、まさか一人で行くつもりか!?」
僕の行動が読めたのか、孝志が立ち上がり僕の手を強く掴んだ。
「ダメだ!何があるかわかんねぇ!!俺もついて行く!」
「それこそダメなんだよ!僕は、孝志がいたら、また甘えちゃうから!」
「それは甘えじゃねぇ!!頼ってるって言うんだよ!!」
「っちがう、ぼくは、僕は強くなりたいだけなんだっ!」
「お前の覚悟は伝わったよ。でも、お前のは覚悟なんかじゃねぇ。ただの無鉄砲だ!」
「五十嵐くんの契約で悪魔は僕たちに手が出せない!死ぬわけないだろう!?」
「死ぬとか死なねぇとかじゃねぇんだよ!!お前が傷つくのが嫌なんだよ!!」
「まぁ、精神的なショックはあるかもね~」
いつものように清掃の悪魔が軽口を言うが、そんな悪魔の言葉さえ入らないほどに僕たちの言い合いは激しくなっていく。お互いのことしか考えてないのに、言葉がただすれ違っていく。
「これから何が起こるかわからないのに、今心配したって意味ないだろ!?」
「どうしたんだよ、誠。いつもの冷静なお前はどこいったんだよ!」
「僕は冷静だ!ちゃんと考えてるから、一人で行くって言ってるんだよ!」
僕は孝志を納得させるために頭の中に沢山の言葉を浮かべてはぶつけていった。だけど、これは悪口とは違うから、互いを心配するための言葉は相手に刺さることは無い。
二人とも、叫びながら気づいていた。──これ以上ぶつけても、決着はつかないって。
少しの沈黙が落ちた、その時。
「誠、お前が望むことはなんだ?」
少し離れたところで僕たちを見ていたシェフが静かに、ゆっくりと問いかける。
「っえ、ぼくの、望むこと……?」
「そうだ。お前もわかってるだろう?お前が孝志を無視して一人行動したとしても、孝志はついてくる」
シェフの言う通りだ。孝志は僕の反対など押し切って無理やりにでも付いてくる。沢山の人を見てきたシェフだから孝志の性格など把握済みなのだろう。
「お前は馬鹿ではない。むしろ、勘が鋭く頭も回る。何かを予測しているから、一人を望んでいるのだろう?」
「……それは」
言われて孝志へと目線を向ける。僕を見る孝志の瞳には心配の色が見えていた。
「お前が孝志に何を見せたくないのか、言葉にしろ。言葉にしなければ、何も伝わらない、俺に協力できることがあるなら、手を貸してやる」
「シェフ……」
「終わりの見えない口喧嘩をしている方が時間の無駄だ」
「!そうだね、シェフの言う通りだ……」
「っ俺は、意見を変えるつもりはねぇぞ」
――僕が、望むこと
僕は、清掃の悪魔の全てを知ってるわけではない。でも、コイツと何度か会話をした時から『狂気』を感じていた。コイツは『話し合い』なんて、優しい手段はとらない。
「……わかった。孝志もついてきていいよ」
「本当か?」
「うん。ただし、『条件』がある」
「条件?」
「清掃の悪魔とメイドの話し合いがはじまったら――シェフに体を明け渡して」
僕の言葉に孝志の目が見開かれる。
「は!?それって、シェフに俺のっ、俺を支配しろって言ってんのか!?」
「これから先、現実世界では見ることのない残酷で、慈悲なんて一つも無い、無情な光景を見ることになるんだ」
「っ!!」
「その条件が飲めないなら、孝志は連れて行かない」
「承知した」
「ちょっ、シェフ!?なに勝手に了承してんだよ!」
孝志が信じられないといったような表情でシェフの方を見た。たぶん、シェフなら味方になってくれると思っていたんだろう。でも、僕だってシェフを近くで見てきた。この悪魔はどんな時でも冷静で中立で、話を聞いてくれる悪魔なんだ。
「これ以上の話し合いを続けるようなら、孝志。今、お前を支配してもいいんだぞ」
シェフは腕を組みながら横目で孝志を見ると、すぐに目線を前に戻した。
「っでも、それじゃあ。仲間外れみてぇなもんじゃん!俺たちが、メイドの情報盗んできたのに」
味方が居なくなった孝志は悲し気な表情を浮かべると唇を強く噛んだ。僕は心の中で孝志に謝りながら、言葉を続けた。
「……孝志は、最初から強い主人公が嫌いなんだよね?」
「えっ、なんでいきなり、そんな関係ない話してんだよ」
孝志が顔を上げて困惑した表情で僕を見る。
(関係ない話なんかじゃないんだよ……)
「修行して、強くなるのがいいって。もし、僕が漫画の登場人なら――今が、成長するときなんだ」
「……」
「孝志は、僕の成長を邪魔するの?」
「っ!ここは、漫画の世界じゃねぇだろ」
ズルいことを言ってる自覚はあった。
孝志の言うようにここは漫画の世界じゃない。
「そうだね。だけど、現実の世界でもないんだ。修行する場所も、強くなる術を教えてくれる師匠がいないなら、自分の持てる知識と覚悟で、強くならなきゃいけない」
僕はいつだって気づくのが遅い。
でも、それは悪いことじゃないんだ。
「誠……」
「僕は……」
一番ダメなのは、気づいたときに行動しないこと……そして――
「友達を守るために、もっと強くなりたいんだ」
変わろうとしないことだ。
「今が、この時なんだ!」
僕の覚悟のような叫びは室内に大きく響き渡った。……長い静寂が続いた、人も、悪魔も、誰も声を発しない中で、とても小さくて、でも、一番聞きたい答えが聞こえた。
「……わか、た」
今の言葉が決定打となったのか、孝志は納得してないと言った表情で俯きながら僕の条件を飲んでくれた。シェフはゆっくりと孝志に近づいてぐしゃぐしゃと頭を撫でる。
「良い判断だね~。たぶん、キミが予測していることは合ってるよ」
いつもよりも黄色い瞳を怪しく光らせて、悪魔は僕の方を見て笑った――。
◇◇◇
――コンコン
「メイドちゃんいる~?」
僕たちは一階に飾られた観葉植物の影に隠れながら軽い声で扉をノックする清掃の悪魔を見ていた。
シェフは体が大きいので部屋で待機だ。話し合いの時に影から移動してもらう予定だ。
「なにか御用でしょうか?」
三回目のノックで、ようやくメイドが部屋から出てくる。部屋の奥から「誰が来たのー?」という冬美の声も聞こえて僕の体に緊張が走った。
「清掃の悪魔がいらっしゃいました」
「え?清掃の悪魔さんが?」
トトっという軽い足音を鳴らして小さな冬美がメイドの隣に並ぶ。今日も冬美の服の袖はダボっとしていてて指先が見えない。真実を知らなければ、いつもみたいに「可愛いなぁ」って言えたのに、僕はもうあの可愛い服装は対価を隠すため姿にしか見えなかった。
「ど、どうしよう、冬美まできちゃったよ!」
物陰に隠れながら孝志にだけ聞こえる声で話しかける。僕たちが今いる場所は、正面の扉から少しズレた位置にある植木鉢で、メイドの隣に冬美が並んだことで二人の姿がはっきり見える。
「ありえねぇとは思うけど、アイツ……冬美の前で堂々と誘ったりしねぇよな?」
隣にいる孝志が呆れた表情を清掃の悪魔の背中へと向ける。
「いやいや、それは……」
「……」
「……」
あり得そうで怖い。というか、アイツなら気にせずに言うだろ、絶対。
「一発ヤらない?」
──しん……。
喉がひくりと鳴って、息の仕方を忘れた。
(言ったー!!)
「言ったよ、あのバカ!!」
「流石のメイドも表情固まってんぞ。冬美なんて微動だにしてねぇ!」
やはり馬鹿だった。
あまりにも予想通り過ぎる清掃の悪魔の言動に呆れているとアイツは真顔になってるメイドの顎に手をかけると、そのまま流れるように『キス』をした。しかもエロ漫画でしか見ないような大人のやつだ。
「!!??!?」
僕と孝志はいきなりの展開に驚きながら交互に互いの手で目を隠した。アイツ本当、なにやってんの!?子供が見てるでしょうが……!?
静かになった空間には生々しい水音が響き渡った。
「っ……ふ、ぁ……」
――とメイドの艶のある声が聞こえるたびに、体温が百度くらい上がった気がする。心臓がどきどきして、汗も酷くかいていた。
(は、早く終わってくれ……!!)
そう強く願いながら、薄目を開けて見れば、メイドの方からも手を伸ばし互いの頬を掴みながら、二人はまるで恋人のように激しいキスをしていた。メイドの手は器用に冬美の両眼を隠していた。いや、音!音は聞こえてるから!!
どれくらい経っただろうか、やらしい水音が止まった。静まり返った廊下に二人の悪魔の少し欲の含んだ掠れた声が聞こえる。
「……ん、ね?しよ?」
お前、どっからそんな声出してんだよ。
清掃の悪魔は唇を湿らせながら互いの額を合わせてメイドに優しく微笑んだ。
「ふふ、わかったわ。……冬美ちゃん」
メイドは唾液に光る唇を釣り上げると冬美に声をかけた。
「少し、お出かけしてきてもよろしいですか?」
「えっ、あ、う、うん。いいよ」
バッチリ音を聞いていたのだろう、僕たちほどではないけど、少し頬を赤らめて冬美はメイドの外出を許可すると、部屋の奥に走って行ってしまった。
「それじゃあ、行きましょうか。部屋は用意してるの?」
「もちろん!まだ作られてる途中の部屋なんだけどねぇ、防音設備はばっちりだよ~」
「ふふ、それは最高ね。久しぶりだから、一回じゃあ満足できないかもしれないから」
「僕も回数多い方だから、五時間以上はしたいんだよね~」
卑猥な会話をしながら清掃の悪魔とメイドが僕たちの隠れている観葉植物の前に近づいてくる。
「シェフ、頼んだ」
鉢植えの後ろに隠れながら隣の孝志がそう呟くと、僕の視界は一瞬にして真っ暗になった。……影の中に入ったんだ。
「人間と違って、置物の影は誠でも影響はないんだ」
薄暗い空間に孝志の声だけが響く
「人間の影は、そうじゃないの?」
「……うん。入ると、すげぇ気持ち悪いんだ」
「そうなんだ……」
「よし、2人が通り過ぎた。上に上がるぞ、シェフもそのまま合流して来い」
『承知した』
暗闇全体にシェフの声が響き渡る。そこまで大きな声ではないけど、普通の声とは違う声の感じに肩がびくりと跳ねる。相変わらず悪魔の声は苦手だ。
普通の人とは異なる発音と日本語が組み合わさってようやく聞こえる『音』
この音に僕が慣れることは一生ないだろう。
孝志の手を引かれて影の中を出る。影に入った時とは反対で、一瞬にして視界が明るくなった。近くに悪魔二人の姿はない。どうやらバレずに上手く隠れられたようだ。
「アイツ等の近くで能力使って大丈夫だったの?シェフ」
影からの浮上と同時に孝志の隣に現れたシェフに声をかける。
「問題ない。俺の能力は影に入った時点で気配も魔力も消えるからな」
「改めて思うけど、シェフの能力ってすごいよね」
僕の言葉を聞いてシェフは目線だけを僕の方に向けると「当たり前だろ?」と言わんばかりに口元に笑みを浮かべた。
「シェフ、作られてる途中の部屋ってどこだ?」
「地下だ。barの隣を貯蔵庫にする予定なんだ」
「貯蔵庫って、え?えっと、今から2人はスる予定なんだよね?よくメイドがOKしたね」
僕の質問にシェフは少しの間を置いて、帽子に手をかけるとそれを少し下げた
「悪魔の行為に対する知識は豊富だ。室内、野外、それ以外の方法など腐るほどある」
「?どゆこと」
「詳しく聞きたいなら話してもいいが。エグイぞ」
「いやいやいや!遠慮しときます!!」
「2人とも何してんだよ、早く追わないと見失っちまうぞ?」
前に進んでいた孝志が振り返り僕たちに声をかける。
「あ、ごめん。今、行くよ!」
「誠」
走りかけたところで後ろからシェフに声をかけられる。
振り返ると、シェフが真剣な表情で僕を見ていた。
「お前がさっき孝志に言った言葉だが……概ね、合っていると思っていい」
やっぱりそうなんだ。
僕の予想はシェフの言葉で確信へと変わる。
(シェフは昔から、それこそ悪魔になってからのアイツの性格を知っている)
握りしめた拳が恐怖に少しだけ震える。僕は、自分が言葉に出した通りの光景を見るんだ
――怖い。
でも、今、ここで僕が強くならなきゃ……
僕はきっと、何もできない、周りの優しさに甘えた弱い人間のままだ。
「……わかってる」
友達を、大切な人を守るために強くならなきゃ
「乗り越えて見せろ」
「……っもちろん」
シェフらしい、とても短い言葉だった。けれど、その言葉は僕の心に強く響き勇気を与えてくれた。
(やっぱり、シェフは優しいな……)
「話はそれだけだ。早く行くぞ」
シェフは組んでいた腕を解くと、通り過ぎる際に僕の頭にぽんっと手を置いた。
「っよし!行こう!!」
この先、何を見ても、何があっても耐えて見せる
僕が全部、見届けるんだ……!!
僕は決意を新たに、前を進む二人に駆け寄った――。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
本作『悪魔のシェアハウス』は、オーバーラップWEB小説大賞に参加しています。
もし物語を楽しんで頂けましたら、コメントや評価で応援して頂けると励みになります。




