第42話『僕がはじめた物語』
【登場人物】
誠:主人公。友達思いの優しい高校生。現在の姿は小学生。家族が大好きで早く元の世界に戻りたいと思っている。冬美のことが好き。悪魔が嫌いなので悪魔に対して少しだけ口が悪くなる。
冬美:元気で明るい美少女。現在の姿は小学生。家庭環境が複雑で、この空間に残ることを望んでいる。
孝志:誠の親友。現在の姿は小学生。兄貴肌で面倒見がよくて優しい性格。父子家庭で幼少期は父親から暴力を振るわれていた。誠をいつも支えてくれる存在。誠の握るおにぎりが好き。
五十嵐:誠の親友。友達のことを大切する優しい高校生。医者の家系で裕福な家育ち。放課後の悪魔と契約して皆を閉じ込めた張本人。そこにはある理由が…。悪魔が疲弊するくらいガチガチの追加契約を作った。
【登場する悪魔たち】
放課後の悪魔:この空間を創った存在。関西弁で話すが、ときどき標準語に戻るのが逆に怖い。常にテンションは軽く、距離も近い。見た目は人間のようだが、明らかに異質。誠たちを翻弄する存在。
宇佐美:誠専属の『コーディネーター』。時間や場所を問わず服を用意できる能力を持ち、寸分の狂いもなく時間を把握できるため、【時計】の役割も果たしている。
名前は『宇佐美』。白くふわふわした毛並みを持つウサギの姿をしている。
シェフ:この空間の専属『料理人』。無口で寡黙、人間があまり好きではなく、長話も嫌い。料理に対するこだわりは現実のプロと遜色なく、「料理に関しては嘘はつかない」という姿勢は本物。つい最近新しい契約者を得た。…誠たちの味方?
清掃の悪魔:常にテンションが高くノリの軽い青年。この空間の『清掃員』
軽い口調からいきなり雰囲気がガラッと変わるため油断できない。
誠が苦手意識を持っている悪魔。シェフとは古い友達らしい。
メイド:丁寧な口調で微笑む、美しいメイド姿の悪魔。
冬美専属の「レディースメイド」として身の回りの世話を担う一方でその本性は冷酷かつ策略家。「性格は悪いです」と本人も公言している。つい最近新しい契約者を得た。
整備士
部屋の整備や修理を担当する悪魔。
無骨だが気さくで、誰とでもすぐに打ち解ける“面倒見のいいおじさん”のような存在。
「嘘を見破る能力」を持つ特例の悪魔
普段は豪快に笑う気のいい兄貴分だが常軌を逸した執着と狂気がのぞく、油断できない悪魔である。
最近新しい契約者を得た。
寝室清掃の悪魔
銀髪眼鏡のメイド服を着た少女の悪魔。
主人公誠が偶然にも遭遇した裏方の悪魔。
普段は清掃が終わるとシェフの用意した食事を厨房に設置されている
従業員休憩室で食べている。
かなりのネガティブ思考で一人で突っ走り結論が出るとすぐに手持ちのナイフで自害しようとするので困る。まだまだ謎の多い悪魔である。
(以降、悪魔たちは順次追加予定)
「目を逸らしちゃダメだからね?目の前でメイドが凌辱されても泣き叫ぼうと――お前は、最後まで見届けるんだよ」
「っ」
悪魔の言葉に、僕の呼吸が一瞬だけ止まる。
僕の表情を見て悪魔は美しい笑みを唇に浮かべていた――
◇◇◇
「あれ?」
謎の銀髪メイドと遭遇した後、僕はすぐに着替えて食堂に戻った。
食堂に残っていたのは三人。
冬美や五十嵐くん、他の悪魔の姿はなかった。
「お前、着替えにどんだけ時間かかってんだよ~」
「まったくだ。冷めた朝食は俺が食った。お前には、今新しい食事を提供するから待ってろ」
「おかえり~。遅かったねぇ」
孝志とシェフはまだわかる。そこに普段は絶対にいない、清掃の悪魔がいることに違和感を感じた。
(いつも食べ終わって、食堂を一番に出て行くのがコイツだ)
歩きながら悪魔を凝視していると、目が合ってニッコリ微笑まれた。その笑みはいつもの軽い笑顔とは違う。どこか不穏な雰囲気を感じて背筋が冷たくなった。
僕は「遅くなってごめん」と言いながら椅子に座る。座ったタイミングで湯気の立つエッグベネディクトが目の前に置かれた。どう見ても出来立てだ。空腹のお腹を刺激する香りに口内に涎が溜まった。
「あ、ありがとうシェフ」
まさか温かい朝食を食べれるとは思わなかった。でも、料理に拘りを持っているシェフならこの行動に納得できた。シェフの顔を見ながらお礼を言うとシェフは僕の方に少し目線を向けるだけで、何も言わずに孝志の隣に座った。
僕はシェフの背中から、目の前の朝食に視線を戻すとナイフとフォークを手に取って食事を再開する。
「ん~っ、食べるのは2回目なのに、やっぱ美味しい~」
シェフのご飯は変わらずに美味しい。けれど、視界の端に見える悪魔が気になってどうにも食事に集中できない。
「そ、それにしても朝食の後に清掃の悪魔が残ってるの珍しいよね」
口元にフォークを運びながら、緊張しながらそんなことを言っていると、呆れたような表情が二人から向けられる。一人は、半笑いだ。
「誠。お前、このメンバー見て気づかないのかよ」
「へ?メンバー?」
言われて残ったメンツを見渡して、ハッと気づいた。
「……もしかして、これって『作戦会議』?」
「おっ、ようやく気付いたんだね~。大当たりだよ」
悪魔がよくできましたと言わんばかりにパチパチと僕に拍手を送る。馬鹿にされてる気がして腹が立ったけど、今回は僕が悪いのでグッと堪えた。
「まぁ、誠クンがお着替えタイムしてる間に大体の話は2人から聞いたけどね~」
「話って」
「メイドの能力は『言霊』対価は『指』」
僕の言葉を遮ったのは普段の陽気な声から想像できない冷たく、低い声だった。聞いてるだけで背筋が震えた。持っていたナイフが手から離れて、絨毯の上に堕ちる。
「あっ」
「あっ、もう何やってんだよ。誠」
「ご、ごめん」
「お前は座ってろ。今、新しいのを持ってくる」
シェフは立ち上がろうとした孝志を手で制すと、静かに席を立ち厨房に向かった。手持ち無沙汰になった僕は朝食から、清掃の悪魔に顔を向ける。
「僕ってこう見えて実力主義者なんだよね」
声はいつものように飄々としているのに、そこにいつもの笑顔はなかった。
「実力主義者って、どういうことですか?」
主語が無いから、話の意図がわからない。少し悩みながらも聞き返すと、悪魔は小さな笑みを口元に浮かべた。
「メイドは僕より『弱い』けど、僕より地位は『上』なんだよ」
「弱いのに、地位は上?」
「なんか、それ矛盾してね?」
腕を組んで真剣に話を聞いていた孝志が、悪魔の話を聞いて首をかしげる。それよりも悪魔世界の地位ってなんだ?
「メイドはサタン様の『性欲処理』の相手なんだよ」
「せいよっ、は?」
「あぁ、童貞だからわかんないかぁ。簡単に説明するとセック、痛ってぇ!?」
含みのある笑みを浮かべて何かを説明しようとする悪魔の後頭部を戻って来たシェフがパン!と叩いた。
「いってぇ~っ、いきなり何すんのさ」
「いい機会だ。お前も『オブラートに包んで話す』というのをやってみろ」
「オブラートって、薬包むやつ?」
叩かれた後頭部を手でさすりながら、清掃の悪魔はシェフの方に顔を向ける。かなりいい音が鳴っていたけど、清掃の悪魔は気にしている様子もない。確か、二人は人間の頃から友達だって言ってたから、じゃれ合いみたいなものなのか?
「……そのオブラートじゃない。こいつらに直接的な単語は使うな。いちいち恥ずかしがって、話が進まねぇんだよ」
「あぁ、なるほどね~。了解~」
シェフと話したからなのか、清掃の悪魔のさっきまで冷たい雰囲気はなくなっていた。シェフは逆に口調がいつもより緩くて、親しみやすさを少しだけ感じてしまう。
「そうだなぁ……」と珍しく真剣な表情で言葉を考えている清掃の悪魔の姿は新鮮だった。
僕は清掃の悪魔が考えている間に目の前の朝食をさっさと食べてしまおうと、シェフから新しいナイフを受け取って、食事を再開した。
「虎の威を借りる狐って、わかる?」
少しの間、静かになった食堂に清掃の悪魔の声が響く。
朝食は既に食べ終わって、僕たちは食後の紅茶を飲んでいた。
「確か、ことわざ?だよね」
まさか悪魔の口から日本の有名なことわざが出てくるとは思わなかった。少し驚いたせいで返答に時間がかかってしまったが、悪魔は気にした様子もなく言葉を続ける。
「そう。メイドは『狐』なんだよ」
「悪魔じゃなくて?」
「さっきメイドが弱いって言ったでしょ?でも、アイツはサタンがストックしているセっ……よ、夜の相手だから、地位が僕より上の扱いになってるんだよ」
「えっ、それってつまり……あ、愛人の一人ってことですか?」
紅茶に砂糖を入れながら、少し言葉を選んで答えると悪魔の目がカッと大きく見開かれる。
「そう!それ!愛人!!あーっ、僕もその言葉使えばよかった!愛人で一発で説明できたじゃん~」
「ちょっ、愛人連呼すんな!!」
向かい側に座っていた悪魔は勢いよくテーブルに手をついて立ち上がると僕の方を指差し、そして、激しく頭をガリガリと搔きむしると、僕をジト目で睨みつけた。
「僕より短く生きて童貞のくせに、なんで、そんな簡単に的確な言葉が出てくるんだよ!」
「いや、そこで悔しがる意味がわからん」
「頭の違いだろ」
僕の後に続くようにしてシェフがサラッと正解を答える。あ、なるほど。
「ちょっとシェフ~?遠回しに僕のことバカって言ってない?」
「これがオブラートだ」
「な、なるほど??」
(なんだかんだでこの二人仲良しだよなぁ……)
僕が呆れた表情で悪魔を見ていると、隣から何かつぶやく様な声が聞こえてくる。カップに口を付けながら、目線だけを隣に向けると、顎に手をやり、真剣な表情で何かを考える孝志の姿が目に入った。
「愛人……狐、そうか。虎はサタンで、メイドが狐だから、メイドは弱くてもサタンの権力で守られる。能力に個人の強さは関係無いってことか!」
「えっ、孝志、今のでわかったの?」
僕は驚いて孝志の方を見た。普段の孝志なら、きっと僕に「どういう意味だ?」と聞いてくると思ったからだ。
「えっ?いや、さっきのことわざの意味くらい、馬鹿な俺でもわかるっつーか」
「あぁ、確かに。結構耳にすることわざだもんね」
(うわっ、今のは孝志を馬鹿にしたような言い方だったよな。孝志は気にしてないみたいだけど……)
悪魔との共同生活という、まるで漫画や小説のような設定の『現実』で成長しない人間なんていない。孝志も僕と同じように、少しづつ変わっているんだ。……と、少し納得しかけたところで僕はやっぱり首を傾げる。
(だとしても、最近の孝志は察しがいいというか……良すぎる気がするんだよな)
僕は心に感じる違和感を残したまま、目の前の悪魔に向き直る。予期せぬトラブルで結構時間を使ってしまった。今は、時間を一秒でも無駄にしない方がいいと思ったからだ。
「つまり、清掃の悪魔の言葉を要約すると、実力がなくても後ろ盾次第で強さの基準が決まるってことなんだね」
僕の出した答えに「その通り!」と言って清掃の悪魔は笑顔を浮かべながら拍手をした。
「じゃあ、メイドの能力が発動してたのはシェフだけじゃないのか」
考えながら、僕は紅茶を一口飲んだ。そして、ゆっくりと持ち上げたカップを皿の上に置いた。
「もし、僕が今ここで清掃の悪魔に能力のこと聞いたとしたら、シェフの時と同じように違う対価が出てくるってことなんだね」
シェフは清掃の悪魔を「俺より強い」と言っていた。でも、メイドの後ろ盾が最強の悪魔であるならば、清掃の悪魔にも能力は効いているということだ。この言葉を発していた時には、悪魔から笑顔は消えていた。
「ハッキリ言ってメイドはシェフよりも弱い、雑魚だよ。おまけにメイドは『嫁候補』でもなく『愛人』」
「嫁?」
「サタンには悪魔界と人間界、それぞれに『嫁候補』――つまり、後継ぎとなる子供の母親候補が沢山いるんだよ」
「!に、人間って……」
僕の驚いた様子を見て、悪魔はニヤリと笑った。その笑顔からは得体の知れない不快感を感じて、僕は眉をひそめた。
「特に人間は未知数、可能性の塊だ。……サタンの魔力を注いだ時、どんな魔物が生まれるのか。まぁ、それも、サタンにとっては、実験でしかないけどね~」
「実験って……っ」
「おい」
清掃の悪魔の話に引っかかりを感じて、聞き返そうとした言葉は「無駄話はそこまでだ」というシェフの冷静な言葉に遮られた。さっきまで立って話を聞いていたシェフの手には紅茶の入ったカップがあった。
「それで?メイドの能力、対価は判明した。どうやって奪うつもりなんだ?」
シェフは立ちながら紅茶を一口飲むと、清掃の悪魔に鋭い目線を向ける。
「実力主義派って言っただろ?」
シェフの言葉に悪魔は目を細めて、口角を上げた。
「メイドに、己がいかに弱いか思い知らせたうえで、名前も、能力も……【奪ってやるよ】
「っ!」
聞いてるだけで心が凍ってしまいそうな、低く重たい声だった。持っていたカップを落としそうになって、僕は慌ててカップを皿に戻した。すると、隣から「ガシャンッ」という、何かを落としたような音が聞こえて振り返って、見えた光景に目を見張る。
「孝志!?」
「~熱っ!」
孝志の体はガタガタと可哀想なほどに震えていた。持っていたカップを落としたのか、孝志の膝は濡れて湯気を立てている。
「!?な、なにやってんだよっ、シェフ孝志の膝をすぐに冷水で冷やして!」
「いや、このままシャワー室に連れて行った方が早い」
シェフは僕の意図がわかっていたのかすぐに孝志を持ち上げると、食堂を出て行った。着いていこうと立ち上がりかけた時に、視界にクッキーを頬張る清掃の悪魔の姿が見えて、体を元の位置に戻した。これ以上、時間を無駄にすると戻って来たシェフに怒られそうだ。……あと、コイツが飽きて勝手に帰る可能性もある。
「孝志のヤツ、どうしたんだろ……」
孝志の顔は真っ青だった。何かに怯えたような、信じられないものを見るような目で清掃の悪魔を見ていた。青ざめるどころじゃない、両手で口元を覆って今にも吐きそうな状態だった。
(確かに、さっきの言葉は聞いてるだけで恐怖や不安を感じたけど)
「ん~、少し驚かせちゃったかなぁ?」
「は?やっぱり何かしたのか?」
「え?僕は何もしてないよ?」
「でも、孝志のあの怯え方は……異常だよ」
清掃の悪魔の「奪ってやる」と言った言葉から、孝志はそれ以上の何かを感じたか、あるいは――
「あのさ。孝志に、どうやってメイドの能力を奪うのか話したの?」
僕の着替えは予想外の悪魔の登場で遅くなった。
僕がいない間に、孝志にだけ話していてもおかしくはない。
考えながら清掃の悪魔の方を見ると、悪魔は珍しく真剣な表情で孝志が出て行った扉をジッと見つめていた。
「ん~?話してないよ。孝志クンが話すのは誠が来てからだって言うから、キミが知らない話は今のところゼロ!それに、これから僕のすることは、たぶん地上波じゃ放送できないことだからね~」
「ち、地上波って」
「エロじゃないよ~?どっちかっていうと、グロの方かなぁ」
「ぐ、ぐろ……?」
「僕の世界じゃあグロなんて「おはよう」と同じくらいの日常なんだけどさ、人間って苦手じゃん?これでも気を使ってるんだよ?偉いでしょう~?」
いや、どんな日常だよ。またしても、知りたくない悪魔の情報を聞いて気分が悪い。少し猫背になりながら、紅茶をすすっていると、扉を静かに見つめていた悪魔の黄色い瞳が更にスッと細くなる。
「でも、あの反応は僕も少し気になるね。シェフは何か知ってるだろうね、驚いた様子もなかったし」
「気になるって……じゃあ、清掃の悪魔が何かしたわけじゃないのか」
「も~しつこいなぁ。僕はなにもしてないってば」
悪魔は興味を無くしたように扉から目を離すと、今度はテーブルの上で頬杖をつきながら、僕の方に顔を向ける。
「あのさ、なんか他人事みたいな感じに言ってるけど、これ、キミのための作戦なのわかってる?」
「えっ……」
声は普通なのに、僕を見るその瞳はとても冷たい。目を逸らしたいのに、顔が固定されたかのように動かすことが出来なかった。口元に運んだカップが不自然な位置で止まる。
「グロでも、エロでも、キミにはちゃんとメイドの行く末を見届けてもらうつもりだから」
「っ……わ、わかってるよ」
「本当に?」
僕の答えに間髪入れずに悪魔が問い詰める。
わかっているのに、聞きたくない。
「目を逸らしちゃダメだからね?目の前でメイドが凌辱されても泣き叫ぼうと――お前は、最後まで見届けるんだよ」
「っ」
悪魔の言葉に、僕は呼吸をするのを忘れてしまった、体に一気に重力がかかったのかってくらい重くて指一本動かすことが出来ない。僕の反応を見て気をよくしたのか、悪魔は美しい笑みを唇に浮かべる。
「怖い?覚悟なんて持たなくていいよ。キミが見届けることは決定事項だ。逃げるなよ」
――怖い。
僕は、目の前にいる悪魔が怖くて、逃げだしてしまいたかった。
「このシェアハウスのはじまりは五十嵐様だけど、この物語はキミが始めた物語だ」
「っ……!」
わかっていても、言葉にされるだけで今まで感じていた空気が重く苦しいものに感じてしまう。呼吸が上手くできなくて、次に吐き出す言葉が見つからない。唯一動く目線に見えるのは、震える自分の手だけ、中の紅茶がゆらゆらと揺れていた。
(……清掃の悪魔の、言う通りだ)
力を持たない僕は、見届けることしかできない。それが最低だとわかっていても、僕は――少し、ホッとしていたんだ。
(だって、直接的にも、間接的にも、自分の手を汚したくなかったから)
「……アンタの、言う通りだよ」
僕は持っていたカップを静かに皿の上に戻した。
親友が、孝志が僕の代わりに悪魔と契約した。僕はそれを後悔しながらも、無意識に自分が悪魔と関わらないように……『楽』をしようと考えていた。
「そうだよね、孝志の契約も、メイドのことも……全部、僕のためのことなんだ」
悔しさに嚙み締めた唇が痛い。膝の上で強く握りしめた拳の内側に伸びた爪が刺さって、痛かった。
(この作戦が終わったら、爪も切らなきゃな……あれ?)
なんだ、意外と冷静じゃないか。僕。
「覚悟が足りなかった。……ごめん」
僕は俯いていた顔を上げると、立ち上がり悪魔に深く頭を下げた。
悪魔はそれを優しいほほ笑みを浮かべながら見下ろしている。
「僕のために、メイドから能力を奪ってくれ。僕は、それを―――」
僕はそこで言葉を切って、緊張に震える両手で頬をパシン!っと叩いた。
突然の行動に少しだけ悪魔は驚いた様子を見せる。
「ちゃんと、最後まで見届ける」
体の震えは止まっていた。
強く叩いた頬はジンジンとして痛かった。
「へぇ、いい顔するようになったじゃん」
僕の答えに満足したのか清掃の悪魔はニヤッと笑って側まで来ると、頭を乱暴に撫でた。
「ちょっ、痛い!いきなり何するんだよ!」
「え~?人間っていいことしたら褒めて頭撫でるんでしょ?」
「そ、だけど」
慣れてないのか、悪魔の撫で方は猫とかそれにやる撫で方だ。
撫で終わった髪の毛は酷いことになっていた。
「少し目を離したすきにずいぶんと仲良くなってるじゃないか」
手櫛で髪を直していると、シェフと孝志が戻って来た。僕はぐちゃぐちゃの髪をそのままに二人に駆け寄った。
「孝志っ!や、火傷してなかった?大丈夫?」
「あぁ、シェフが薬草を調合して火傷によく効く軟膏作ってくれたんだよ」
そう言って孝志は太ももに巻かれた包帯を見せた。
「調合って……料理だけじゃなくて、調合も出来るの?え?シェフにできないことはないの?」
「俺も思った」
「悪魔は万能じゃないって言ってたの、アレ絶対嘘だよね」
「シェフには当てはまらねーよな」
「俺にもできないことはあるぞ」
僕たちの会話を聞きながらシェフが呆れたような声を出す。
「え?シェフのできないことってなに?」
二人揃ってシェフに顔を向けながら聞けば、シェフは少しの間をおいて、帽子のつばに手をかけると
それを少し下げて、小さな声でポツリと呟くように言った。
「………秘密だ」
「なんで!!?」
「おい。声が大きい。なんでもいいだろ、別に。それより、会議の続きだ」
(あ、ごまかした)
「おい。それ以上追及するようなら、誠……朝食のパンは無いと思え」
「誠に申し訳ございませんでした」
「許す」
僕はシェフに深く頭を下げた。僕の隣で清掃の悪魔が「僕の時より深く下げてない?」と文句を言ってるが、パンのために無視した。朝の焼きたてパンを食べられないのは僕の精神に関わる。
「いや、切り替え早くね?」
「あははっ、作戦会議なのに締まらないね~」
僕たちの会話を聞きながらケラケラと清掃の悪魔は笑う。そこにさっきまでの異様な雰囲気は無い。いつものノリと言動の軽い悪魔に戻っていた。うん、コイツは軽い方がいいな。
「そういえば、孝志。さっき、すごく具合悪そうだったけど、どうしたの?」
「えっ、あぁ。心配かけたよな、ごめん」
突然話を振られて、孝志は驚いたように僕に顔を向ける。
「心配したよ。だって、さっきの孝志は具合悪い通り越して、なんか吐きそうだったし」
「……」
「孝志?」
「あぁ。たぶん、能力の副作用か、なんかだと思う」
「副作用?」
能力に副作用があるなんて初耳だ。
それにしてもさっきの妙な間はなんだろう?
「シェフの能力使ってから、なんか調子悪くて。俺が慣れてないってのも、あるけど、たまによくわかんねータイミングで具合悪くなるんだよ」
「そうなんだ」
「能力は人によっては、感じ方が変わる。体質ともいえるな」
少し困ったように笑う孝志の隣に並ぶようにシェフが立った。僕は、その行動がなんだか『孝志を守ってる』ように見えて、少し違和感を覚える。
「体質?」
「あぁ、恐らく孝志の体質的に俺の能力が合わないのだろう」
「えっ、それって大丈夫なの?」
「能力は長く使い続ければ体が慣れるから、合わない場合は使い続けるしかないと思うよ~」
背後から忍び寄って会話に参加した悪魔は僕の頭に顎を乗せていた。
「うっ、あの……人の頭を顎置きにするの、やめてくれます?」
「ちょうどいい高さだし、いいじゃん」
「僕が嫌なんだよ」
さっきの頭撫でから思っていたけど、今日の清掃の悪魔は僕に対していつもより妙に距離が近い。……正直言ってめんどうくさい。
「質疑、応答はここまでだ。まったく、お前たちは二人揃うと雑談しかしないから話が進まん」
副作用のことについて聞こうとしたら「ぱん!」とシェフが手を叩いた。―――どうやら雑談はここまでのようだ。
「副作用の話、あとでちゃんと詳しく教えてよ」
シェフを少し睨みつけるように言えば「あぁ」と短い返事が返ってくる。孝志の体に関わる事だから、本当ならもっと聞きたかった。でも、これ以上話を続けたら今日が終わってしまう。
僕は心に少し引っかかりを感じながらも、悪魔二人に向き直る
「メイドを襲撃する時間を決めよう」
残酷で地獄のような、僕の物語がはじまる――。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
本作『悪魔のシェアハウス』は、オーバーラップWEB小説大賞に参加しています。
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