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悪魔のシェアハウス  作者: ユキマル02
【シェアハウス編】

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31/40

第30話『銭湯だよ!全員集合!!』☆

【登場人物】


まもる:主人公。友達思いの優しい高校生。現在の姿は小学生。家族が大好きで早く元の世界に戻りたいと思っている。冬美のことが好き。


冬美ふゆみ:元気で明るい美少女。現在の姿は小学生。家庭環境が複雑で、この空間に残ることを望んでいる。


孝志たかし:誠の親友。現在の姿は小学生。兄貴肌で面倒見がよくて優しい性格。父子家庭で幼少期は父親から暴力を振るわれていた。誠をいつも支えてくれる存在。


五十嵐:誠の親友。友達のことを大切する優しい高校生。医者の家系で裕福な家育ち。放課後の悪魔と契約して皆を閉じ込めた張本人。そこには“ある理由”が…。

悪魔が疲弊するくらいガチガチの追加契約を作った。



【登場する悪魔たち】


放課後の悪魔:この空間を創った存在。関西弁で話すが、ときどき標準語に戻るのが逆に怖い。常にテンションは軽く、距離も近い。見た目は人間のようだが、明らかに“異質”。誠たちを翻弄する存在。


宇佐美:誠専属の『コーディネーター』。時間や場所を問わず服を用意できる能力を持ち、寸分の狂いもなく時間を把握できるため、“時計”の役割も果たしている。

名前は『宇佐美』。白くふわふわした毛並みを持つウサギの姿をしている。


シェフ:この空間の専属『料理人』。無口で寡黙、人間があまり好きではなく、長話も嫌い。料理に対するこだわりは現実のプロと遜色なく、「料理に関しては嘘はつかない」という姿勢は本物。つい最近新しい契約者を得た。…誠たちの味方?


清掃の悪魔:常にテンションが高くノリの軽い青年。この空間の『清掃員』

軽い口調からいきなり雰囲気がガラッと変わるため油断できない。

誠が苦手意識を持っている悪魔。シェフとは古い友達らしい。


メイド:丁寧な口調で微笑む、美しいメイド姿の悪魔。

冬美専属の「レディースメイド」として身の回りの世話を担う一方でその本性は冷酷かつ策略家。「性格は悪いです」と本人も公言している。つい最近新しい契約者を得た。


整備士シンさん

部屋の整備や修理を担当する悪魔。

無骨だが気さくで、誰とでもすぐに打ち解ける“面倒見のいいおじさん”のような存在。


「嘘を見破る能力」を持つ特例の悪魔 。

普段は豪快に笑う気のいい兄貴分だが

常軌を逸した執着と狂気がのぞく。

油断できない悪魔である。




(以降、悪魔たちは順次追加予定)








「タオル巻くのは1000歩譲って許したるわ。でもな、体洗わないで湯船に入ることは、この放課後の悪魔が絶対許さんからな!」


 大浴場のど真ん中、ドン!と背後に効果音がしそうなほどの仁王立ちをするのは、放課後の悪魔だ。悪魔は僕たちを監視するかのように真っ赤な富士山の絵を背後に立っている。


「はい!?」


「あはは!君たち、一週間お風呂入ってなくて不潔だから、髪もしっかり洗わないとね~」


「うっ」


 追い打ちをかけるかのような清掃の悪魔の『不潔』発言に僕たちの精神は抉られる。僕たち以外、悪魔は全員椅子に座って体を洗っていた。





 

 ……なんで僕は、悪魔と一緒に風呂入ってんだろ?






◇◇◇







 三階の探索を終えた帰りのことだった―――





「え?お風呂?」



 意外にもお風呂に入ることを提案してきたのは五十嵐くんだった。


「そ。三階の探索は不発に終わったようなもんだし、夕飯にはまだ時間あるし、その間に入ってみね?」


「それは別にいいけど……ん?ちょっと、待って五十嵐くん」


 五十嵐くんに言われてはじめて僕は『衝撃的な事実』に気づいてしまった。



(昨日がシェフと孝志の『一週間の訓練』が終わった日で、それはつまり――)



 軽快に動いていた足が重くなって、歩みが遅くなる。僕は顔を真っ青に、カタカタと震える唇をゆっくり開いた。



「……ぼ、ぼく、一週間以上も、お風呂に入ってない」



「……あ、俺もだわ。やべぇな」



「ヤバいどころじゃないよ!?えっ、ちょっと待って、今日、冬美、ぼくめちゃくちゃ密着してたよね!?」


(臭いって思われてるかもしれないっ!?)


「あぁ、あのおっさんと話してる時な。よかったじゃん」


「全然っよくない!?えっ、ぼぼぼく、どどどうしよう五十嵐くん!!僕、冬美に臭いって思われてたら、どうしよう!」


 僕はガバッと五十嵐くんの肩を掴んで、強く揺さぶる。パニックである、完全に取り乱していた。


「おお落ち着け、あと揺らすな」


「だって、だって、一週間も風呂入ってないとか男として終わってるよ!?」


「いや、たぶん人間としても終わってるだろ」


「冷静に返さないで!……よし、今すぐ入ろう!お風呂に!!」


「切り替え早いな。じゃあ、孝志も誘おうぜ?」


「え?」


 気づいたら五十嵐くんは僕の前から消えてトイレの扉を開けて中を確認していた。


「トイレにはいなさそうだし。部屋行ってみるか」


「!そ、そうだね…」


(え!?どうしよう、孝志はたぶん冬美か……メイド、どちらかの影の中だよね?)


 メイドが迎えにきたから冬美とは三階でそのまま別れた。


 僕と五十嵐くんで三階に残って鍵の悪魔について色々話はしていた。それでも、30分も話していない。


(シェフは一度入った影は『支配』できるって言ってたけど……メイドの影に入ったとして、どうやって二階にある孝志の部屋に戻ってくるんだ?)


 たぶん、いや……三十分だと戻ってきてない可能性が高い。メイドが来たから影の支配は完了しているとして――


 僕は孝志の部屋に向かう五十嵐くんへと目線を向ける。孝志が戻ってくるまで、この勘の鋭い友人相手にどうやって時間稼ぎをすればいい?


「誠?なにしてんだよ、早く行くぞ」


 廊下で立ち止まる僕に五十嵐くんが声をかける。


「えっ、う、うん。今行くよ」


 呼ばれて彼の方に駆け寄ると僕の目の前で、コンコンっと五十嵐くんが孝志の部屋を右手でノックする。ノックの音と同時に僕の心臓もドクンっと強く鳴った気がした。


(頼むっ孝志!戻ってきててくれ!)


「孝志!腹よくなったか?」


「……」


「孝志?……いないのか?」


 僕の願いも空しく、やはり孝志は戻ってきていなかった。背中に大量の汗がじっとりと滲み出ているのが嫌でもわかった。


「つ、疲れて泣てるんじゃない?無理に起こさない方がいいよ」


 僕は額にたっぷり汗をかきながら五十嵐くんに声をかける。五十嵐くんは僕の言葉にチラッと軽く目線を向けると、すぐに扉に目線を戻した。


 少し考えるような素振りを見せると、彼はノックをやめて、片耳を扉に押し当てた。


「い、五十嵐くん!?なにしてんの?」


「音を聞いてる」


「音?」


「孝志って寝るときすごい(いびき)かくんだろ?」


「えっ、よくそんな話覚えてたね」


 孝志は自分の(いびき)でよく飛び起きるって言ってた。扉に耳をつけたまま、五十嵐くんは少し寂しそうな表情で言葉を続ける。


「アイツって……基本的に自分の話しねぇじゃん。だから、この話は覚えてたんだよ」


 孝志は、自分の話をするのが嫌いだ。いつも「俺の話なんてつまんねぇから」ってはぐらかして逃げる。この話は僕たちが知ってる数少ない孝志のエピソードだった。


「確かに……僕も、覚えてるよ」


 友達の暦で言えば、一番最初に友達になったのは孝志だ。……今でも覚えてる、僕が孝志と友達になりたくて、勇気を振り絞って「友達になりたい」って言ったんだ。


 本当は友達のことを、孝志のこともっと知りたい。……でも、無理に聞いて孝志に嫌われるのが怖かった。だから、僕は今でも孝志のことで知ってることが少ない。

 

(いびき)が聞こえたら孝志は置いていく。でも、それ以外の声、うめき声が聞こえたら俺は――扉を蹴り破る」


「!」


 中からの情報を聞いて判断するあたりが彼らしい。


「えっと……な、何も聞こえなかったら?」


「は?探すに決まってんじゃん」


 ……それだと困る。孝志がトイレにも、部屋にもいないってなったら腹痛が『嘘』だとバレる!


「……中からは何も聞こえねぇな」


 五十嵐くんは呟くように言うと、扉から体を離した。


「誠、探しに行くぞ」


「あの、五十嵐くん、孝志は」


 なんて、ごまかせばいい?目の前にいるのは、悪魔と同じくらい頭の回る五十嵐くんだ。


「ん?誠、なんか知ってんのか?」


 僕の声に五十嵐くんが振り返る。その瞳には疑いの眼差しがハッキリと見える。


「えっと……」


(今のぼくが、真正面から五十嵐くん相手に堂々と嘘付ける自信なんてないよ。僕が何を言っても、疑いモード全開の彼に質問攻めにされる姿しか想像できない)



 でも、孝志が、一週間も頑張ってくれたんだ。その頑張りを僕が無駄にするわけにはいかない。


 

 僕は拳を強く握ると、うつむいていた顔を上げた時だった……







「なんだよお前ら、3階の探索終わったのか?」


「へ?」


 真後ろから声が聞こえて、僕は勢いよく振り返る。


「た、孝志……?」


 そこには孝志が「よ!」と片手を軽く上げて笑って立っていた。孝志の姿を見て、僕の肩から力が抜ける。


「孝志?お前、どこ行ってたんだよ。それに、後ろのソイツ」


 そこには当たり前だけどシェフもいた。


(どうやって、こんな短時間で戻ってきたんだ?)


 僕は五十嵐くんに動揺と驚きを悟られないように二人の方に少しだけ歩み寄った。


「た、孝志……その、大丈夫なの?」


 僕の言葉には2つの意味が込められている。腹痛に対しての『大丈夫なの?』と――メイドの影を上手く『支配』できたのか、という意味の『大丈夫なの?』だ。


 僕の言葉と強い眼差しに気づいた孝志は、一瞬真顔になると「わかってるよ」と言うように小さく頷いた。


「悪い悪い。腹痛いの、なかなか治らなくて、シェフからお茶貰いに行ってたんだ」


 孝志はいつもの笑顔を浮かべると、僕の肩を押しのけて五十嵐くんに近づいた。


「食堂にいたのか?」


「さっき、冬美たちともすれ違ったぜ?3階で風呂の話したって言ってたからさ。俺からお前らのこと、風呂に誘おうって思ってたんだ!」


 風呂の話は恐らく、僕か冬美、どちらかの影にいた時に聞いていたのだろう。あの短時間で孝志が冬美本人に会うのはまず不可能だ。


(作戦が始まってから、孝志は嘘をつくのが上手くなってるよな……)


 しょうがないとは言え、僕は正直言って嬉しくなかった。


 孝志は嘘をついたり、人を騙すことが嫌いだ。それなのに、孝志は僕のために、嫌いなことに『慣れてきている』


(ごめん孝志……)


 僕は孝志に心の中で謝った。孝志は契約に関しての謝罪の言葉なんて求めていない……だから僕は、ひたすらに心の中でしか謝ることが出来ない。


「そっか……なにも無いなら、良かった。安心した」


「んじゃ、早く風呂行こうぜ!」


 五十嵐くんが安心したように軽いため息をついた。そして、扉から離れると僕の前を通り過ぎてシェフの隣に並ぶ。


 彼の不可解な行動に僕と孝志は首を傾げる。シェフの方は、五十嵐くんの行動の意図がわかっているのか、少し疲れた表情で小さくため息をついていた。


「着替えるためには猫田が必要だろ?俺たち廊下で待ってるから早く連れて来いよ。……こいつは、俺が見張っておくから」


「……俺は犯罪者でもないんだがな」


「発言は許可してねぇぞ」


「………」


(いや、五十嵐くんどんだけシェフのこと嫌いなんだよ)


仕方ないとはいえ、ああまりにも五十嵐くんがシェフを敵視するから、シェフのことを知ってる側としては申し訳ないと思ってしまう。


「お、おう。じゃあ、頼むわ」


 苦笑いを浮かべながら孝志は部屋の扉を開けると「猫田。風呂行くぞ」と中には入らずに猫田を呼んだ。


【なんと!お風呂ですか!猫田はお風呂が大好きなのですよー!】


 猫田はベッドの上から飛び降りると、その勢いのまま孝志の顔面に飛びついた。その勢いに孝志が「うわっ」と言いながら後ろに倒れる。


「猫なのに風呂好き?」


「いや、アイツ悪魔だから」


「宇佐美はお風呂好き?」


 僕は猫とじゃれつく孝志から腕に抱いた宇佐美に目線を戻した。

 宇佐美は風呂に入ると決めてから連れてきたんだ。


【もちろんです!宇佐美は日本の温泉が大好きなのですよ!】


「お、温泉?……ウサギって、温泉入れたっけ?」


「だから悪魔な。見た目に騙されんなよ、誠」


「あっ」


「イテテッ…猫田、興奮しすぎだっての」


 顔面から子猫を引きはがすと、孝志はそのまま猫田を頭の上にヒョイっと乗せた。乗せた瞬間、孝志の服は新しい服に変わる。


「よし!猫田の準備完了だ。出発しようぜ!」


「ははっ、出発って遠足かよ」


「お風呂場って大きいのかな?」


「大きいよ!」


「へぇ、じゃあ男3人でも余裕だね」


「4人どころやないで~。10人は入れる」


「へ~、じゅう…んん?」




 おい、待て。会話に異物混入してない?



「……」


 僕たちは壊れた機械人形のように、静かに、ゆっくりと声のした方に振り返った。



「自分ら一週間も風呂入ってないとか、信じられんわ」



「わ~不潔だね~。僕でも一週間に3回は入るよ?」



 背後には、二人の悪魔が「面白いこと見つけた」と言わんばかりの満面の笑顔で、僕たち三人を見ていた。



 ――悪魔、神出鬼没すぎない……?


「悪魔となんか一緒に入らねぇからな」


 五十嵐くんが少し呆れた表情で楽しそうな悪魔たちにしっかりと釘を刺した。


「ぼ、僕もお断りします!」


 それに乗っかるように、僕もキッパリ断った。悪魔と一緒に風呂なんて入れるか!


「行くぞ、誠、孝志」


 五十嵐くんは僕たちに合図するかのように階段の方を顎で指した。


「う、うん。孝志も早く行こう」


「あ、あぁ」


 前を歩く五十嵐くんの後を追いかけるために、少しだけ早歩きしようと思ったときだった。



 

 スッ……と静かに、放課後の悪魔が左腕を上げる。







「もう遅いで。五十嵐くん」






 悪魔の声が聞こえた瞬間――








「へっ、ミックスジュース?」



 僕の視界にはガラス製の小さなボックスに入っている瓶ジュースが見えた。


 その瓶の表には大きく『ミックスジュース』と書かれている。


 というか、周りの風景が洋式から映画の中でしか見たことのない昭和館漂う『銭湯』の風景に変わっていた。



「は?誠、お前いきなり何言って…」



 僕の言葉に五十嵐くんが怪訝そうな表情を浮かべるも、すぐに周りの変化に気づいたのだろう


「……どこだよ、ここ」


 彼にしては本当に珍しく困った表情で周りを見渡していた。


「すげ~、銭湯だな。コレ」


 後ろにいた孝志が感心したようにポカンと口を開けて周りを見渡している。


「うわっ!なんだよ、コレ?」


 何かを見つけたのか、五十嵐くんの驚いたような声が脱衣所に響き渡った。僕と孝志が声のした方に振り向くと――


「え、なにこれ富士山?赤すぎない?こわっ」


「富士山ってこんな色してたか?」


 脱衣所の壁にはドン!とでかでかと描かれた真っ赤な富士山の壁画。


 三人横一列に並んで赤富士を眺めていると後ろから悪魔の声がした。



「これはな、『地獄富士』や」

 

 イントネーションからして声の主は、放課後の悪魔だろう。


「なんで富士山が赤い……って!?ちょっ、なんで全裸なんだよ!?」



 ――悪魔たちは全員全裸だった。



(え!?ちょっと待って、なんかもう色々『デカい』!!)


「じゃなくて!なんで全員全裸!?前くらい隠せよ!!」


 僕は目の前の凶器のブツを見ていられなくて、顔を真っ赤にして孝志と共に、五十嵐くんの背後に隠れた。



「はぁ?誠クン、湯船にはタオル厳禁やで?今どきの若いもんはそんなことも知らんのかい」


「開放的でいいよね~」


「……」



 契約を守るためなのか、悪魔は二人は全裸の状態でも挙手している。全裸だからものすごくシュールな光景だ。


 シェフも契約するときに見たような前髪で目を隠すスタイルになっている。……あと三人並ぶ悪魔の中でたぶん、アレが、一番デカい。凶器かよ……。


 張り合うつもりないのに、なぜか自然と自分の下半身を見てしまう。やっぱり、冬美も大きい方が好きなのだろうか……


「悪魔はいらねぇ、お前らだけ出て行け」


 五十嵐くんは悪魔と凶器を前にしても、毅然な態度だった。むしろソレを睨みつけている。


「そ、そうだよ!先に僕たちが入って、その後にお前らが入ればいいじゃないか」


「甘いなぁ、おじさんたちは、それでもええけど?シェフがなぁ~本当にええんかな?」


「シェフがなんだよ!あとフル〇ンで近づいてくんな。お前らのは、なんかエロい通り越して、怖いんだよ!」


 シェフという単語に孝志が反応する。無論、孝志も凶器から目線を外している。


 孝志の言葉に悪魔はニヤリと、勝利の笑みを口元に浮かべると全裸で腕組みをしているシェフの肩に腕を回した。


「今日はシェフの入浴日なんや。こいつはな、いつものルーティーンが崩れるとそれが、料理にも影響が出るんやで。な!シェフ!」


「ん?……あぁ、そうだな」


「!?りょ、料理に」


「影響……」


「自分ら、美味いシェフの料理、食べたくないんか?」


「っ!!」


 悪魔の言葉に僕たちの体に大きな衝撃が走った。


(な、なんてやつだ!悪魔か!?悪魔なのか!?シェフを、シェフの料理を!僕の大好きな焼きたてパンを、囮に使いやがった!)


「それは……くそ、まさかシェフを出してくるなんて」


 あの五十嵐くんも額に汗をかくほどに困っている。それもそのはず、僕たちはこの数週間でシェフの料理の虜になっているからだ


 決まったルーティーンがあるのには、彼の性格を考えれば納得してしまった。そして、そのルーティーンが崩れた時のことを考えると、怖くなった。


 シェフの料理は、この悪魔との共同生活というありえない状況の中で唯一の『やすらぎ』だ。


 それが、風呂に入れないだけで崩れる?シェフの美味しい料理が食べられないなんて、考えられない。


「じゃあ、シェフだけ入ればよくね?」


「それだ!孝志よく言った!!」


「ま、誠?勢いすごくて、なんか怖いんだけど」


 そうだ、シェフのルーティーンが崩れなければいい話だ。僕たちに悪魔と風呂に入る理由なんてない。


 希望の光が見えたと思った――。


 「甘いで、誠クン」


 けれど、その言葉を待ってましたと言わんばかりのタイミングで楽し気な関西弁が聞こえてくる。


「この空間は、誰が作ってると思っとんの?」


「!ま、まさか」


「おじさんたち仲間外れにしたら……『お湯』出さないよ?」



「なっ!!?」



 負けた。僕たち人間は、悪魔に完全に敗北した。


 この空間は目の前の悪魔が作り出している。それは、つまりお風呂のお湯一滴すらも、この悪魔次第。


 ――いや、待てよ



「……まだ、今は、悪魔の時間じゃないよね?」



 僕は腕に抱く宇佐美に静かに話かける。



【はい!まだ悪魔の時間ではございませんよ!】



「そうか、じゃあ――『命令権』を発動します!!」



 僕は声高々に初めて命令権を発動させた。



「今、この場で全裸の悪魔は速やかに腰にタオルを巻け!!!」



「はぁ!?こんの、クソガキっ!銭湯にタオル巻いて入るとか女子アナウンサーか!!」



「黙れ!目のやり場に困るんだよ!?童貞なめるなよ!?」



「いや、童貞は関係ないだろ」



「シェフは黙って!命令です!!」



「……承知した」



「ほら、みんな早くタオル巻いて!」



「ぐぬぬっ…悔しいけど、昼間の命令は絶対やからな、ホンマは嫌やけど!クソが。……従ったるわ。」


 悪魔は拗ねた子供のように唇をつきだしながら指をパチンっと鳴らした。


「わっ!?」


 ボフン!っというアニメみたいな効果音と煙が発生して、この場にいる全員が煙の中へと包まれる。


「ゲホッゲホッ……っなんだよ、この煙」


 あと、なんか寒い。


「これで完璧やろ?」


「ゲホッ!なに、が……」


 

 煙が晴れて、視界がクリアになる。


 さっきまで全裸だった悪魔たちの腰はしっかりとタオルが巻かれていた。そして、僕たちの服もいつの間にか消えて腰にタオルを巻いている。



「へ!?なんで!?」


「サービスやで!」


「いらんわ」


「どうせ一緒に入るんやから、全員やってしまったほうが楽やん?」


「そ、それはそうだけど…」


 僕はチラッと、隣に目線を向ける。 


「……」


 少し、『アレ』を見る……覚悟を決めるための時間が欲しかった。裸になったからこそ嫌でも目に入ってしまう。






 ――友達の『失われた左腕』



 二の腕の下、そこから下は……何も無い。



(いつもは服で隠れているから、実際に目にすると、キツイ……)

 

 切り落とされた傷口は縫われた糸もなく、残された骨の形に合わせて丸く新しい皮膚が作られていた。


「っい、五十嵐。それ……本当に、痛くないんだよな?」


 まるで自分が怪我をしたような、今にも泣きだしそうな表情で孝志が“左腕があった場所”を凝視していた。決して触れることは無くて、孝志の手は中途半端に上がった状態で止まっている。

 

 指先が、少しだけ震えていた。


「うん。痛くないよ……だからそんな泣きそうな顔すんなよ、孝志」


 五十嵐くんが困ったように笑う。心配しないなんて、無理だ。


(ここに飛ばされてくるまでは、ちゃんとあったんだ)


 卒業式、校門の前で卒業の記念写真を撮る時に肩に回された彼の左腕の温かさも、重さも……僕は全部、覚えている。




 三人の間に長い沈黙が流れる。




「調理の時間がある。全員早く風呂に入れ」


「!」


 長い沈黙を破ったのは、シェフだった。


「っそうだよ、二人とも。美味しいご飯食べられなくなっちゃうから、その、早く行こう」


「……そうだな。孝志、手伝い頼めるか?」


「っおう、任せろ!」


「僕も手伝おうか~?」


「悪魔は来んな」


「僕は?手伝ってもいい?」


「当たり前じゃん」


「じゃ、じゃあ孝志は手持って、僕は背中支えるから」


 僕と孝志はいつもの定位置につくと、それぞれが彼の体に触れた。手のひらから伝わってくる、温かさに、僕は強く唇を嚙み締めた。……絶対に、鍵の悪魔を見つけるんだ。


 最初は記憶が見れる悪魔を探すことが目的だった。でも、シンさんの話を聞いてふと思った。


 僕たちが本当に見なきゃいけないものは『記憶の部屋』にある。


 五十嵐くんが無意識に作り出して、無意識に『鍵』をかけた場所。



『自分が普通だと思ってても心は違うんだ。……俺は無意識に、自分の過去は見せられないものだと思ってる』


 誰だって知られたくない過去がある。


(鍵をかけてしまいたくなる過去なんて、きっと普通じゃない)


 ここから出るためには、僕の知らない五十嵐くんをもっと知らなければならないと思った。


 記憶の部屋を開けるためには、鍵の悪魔が必要だ。


 闇雲に探すよりも、鍵の悪魔を探した方がきっと早く答えにたどり着ける気がするんだ。



 新しく追加される悪魔……双子座……


 二つも手掛かりがあるなんて、僕はラッキーな方だ。







◇◇◇





「お~」


 浴室に入って、目の前に広がった光景に三人揃って声を上げる。


「僕、てっきり洋式だと思ってた!」


「俺もだ。冬美がけっこう詳しく説明してたから。これは、ちょっと嬉しい予想外かも」


「スゲ~!なんか、こういうの、ドラマで見たことあるわ」


 僕たち男湯の方は脱衣所だけでなく、浴室も昭和の雰囲気漂うザ!銭湯のような作りになっていた。


 流石というべきか、力の入れようが半端ない。


「あれ?あの赤い富士山の壁画って、さっきもあったよね?」


 大きな浴槽の後ろの壁には脱衣所に飾られていたものと同じ富士山が飾られていた。


「あれね、人間の血で塗ってるんだよ?」


「えっ」


 ポンと、恐ろしい言葉と同時に清掃の悪魔が僕の肩に手を置いた。


「ち、血って…」


(えっ、嘘でしょ?あの赤い部分、全部血なの!?)


「っていうのは、嘘でーす!ただの赤いペンキだよ~」


「この野郎」


「ちなみにアレね、僕描いたの!上手いでしょ?え?もしかして、本当に血だと思った?」


 僕の表情を見て清掃の悪魔はワザとらしく驚いた様子で口元に手を添える。


「血なんて使うわけないじゃーん!もし、本当の血だったらもっとどす黒いし、湿気で富士山の血、全部浴槽に落ちてるから」


「具体的に言うの、やめて」


 言葉を聞いただけで頭の中にグロテスクな映像が流れて背筋が震えた。


「フフン、なにごとにも、想像力は必要だよ?」


 バイバーイと悪魔は不穏な言葉を残して、去って行った。


「僕、本当にアイツだけは苦手」


「同感だな。追加契約できるなら、アイツを殴りたい」


「お前ら少し落ち着けって。……それにしても、本当にいいなココ。昭和の銭湯ってやつ?ちょっと憧れてたから入れると思わなかったわ」


「わかる」


「実は、僕もちょっとワクワクしてる」


 三人で少し冷たいタイルに足を踏み入れて、中に入る。


 ずらりと並んだ銀色の蛇口、曇りかけた小さな鏡に僕たちの姿が映った。一人ずつ区切られた低い洗い場には、プラスチックの丸椅子と、壁に備え付けられたシャワー。


 鏡の下には少し出っ張りがあってそこにはシャンプーやリンスが置かれていた。


 大きな浴槽にもうすぐたどり着くといったところで、目の前に仁王立ちの放課後の悪魔が立ちふさがった。


「タオル巻くのは1000歩譲って許したるわ。でもな、体洗わないで湯船に入ることは――この放課後の悪魔が絶対許さんからな!」


「はい!?」


「あはは!君たち、一週間お風呂入ってなくて不潔だから、髪もしっかり洗わないとね~」


「うっ」


 追い打ちをかけるかのような清掃の悪魔の『不潔』発言に僕たち三人の胸が抉られる。


 僕たち以外、悪魔は全員椅子に座って体を洗っていた。


「た、確かに、汚い体と髪で湯船に入るのは、僕としても嫌だ」


「と、とりあえず、まずは先に五十嵐から、体洗おうぜ」


「だね」


「悪い、頼むわ」


 僕たちは悪魔の指示に従い、大人しく椅子に座って五十嵐くんの体を洗うためボディーソープに手を伸ばした。



 その時だった――



『ガラガラッ』と湯気の向こうから扉の開く音が聞こえた。


 そして、ペタッペタ…と水気を含んだような足音がゆっくりと近づいてくる。



「えっ」



 音のした方に振り返る。白い煙の向こうから現れたのは―



「よう!さっきぶりだなお前ら」



「シンさん!?」



 腰にタオルを巻いたシンさんが現れた。


 シンさんの頭にいつもの帽子はない。黒髪の短髪が湯気で湿って額に張りついていた。容姿が整っているのもあって普段のおちゃらけた雰囲気はなく、シンさんが別人に見えた。

 

 「普通に、カッコいいな」と一瞬だけ思ってしまった自分が悔しい。


「あのよ、なんかココ入った瞬間に腰にタオル巻かれたんだけど、お前らなんかした?俺のヤツ、デケーからすげぇ、キツイんだよなぁ」


 そう言ってシンさんはシェフの隣に座るとシャンプーに手を伸ばした。


 ポトッと、僕の手から泡の付いたボディータオルがタイルの上に落ちる。



「さ、最悪だ……」








 悪魔が全員集合してしまった……。










最後まで読んで頂きありがとうございました!

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