表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔のシェアハウス  作者: ユキマル02
【シェアハウス編】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/40

第25話『裏と表』☆


【登場人物】


まもる:主人公。友達思いの優しい高校生。現在の姿は小学生。家族が大好きで早く元の世界に戻りたいと思っている。冬美のことが好き。


冬美ふゆみ:元気で明るい美少女。現在の姿は小学生。家庭環境が複雑で、この空間に残ることを望んでいる。


孝志たかし:誠の親友。現在の姿は小学生。兄貴肌で面倒見がよくて優しい性格。父子家庭で幼少期は父親から暴力を振るわれていた。誠をいつも支えてくれる存在。


五十嵐:誠の親友。友達のことを大切する優しい高校生。医者の家系で裕福な家育ち。放課後の悪魔と契約して皆を閉じ込めた張本人。そこには“ある理由”が…。

悪魔が疲弊するくらいガチガチの追加契約を作った。



【登場する悪魔たち】


放課後の悪魔:この空間を創った存在。関西弁で話すが、ときどき標準語に戻るのが逆に怖い。常にテンションは軽く、距離も近い。見た目は人間のようだが、明らかに“異質”。誠たちを翻弄する存在。


宇佐美:誠専属の『コーディネーター』。時間や場所を問わず服を用意できる能力を持ち、寸分の狂いもなく時間を把握できるため、“時計”の役割も果たしている。

名前は『宇佐美』。白くふわふわした毛並みを持つウサギの姿をしている。


シェフ:この空間の専属『料理人』。無口で寡黙、人間があまり好きではなく、長話も嫌い。料理に対するこだわりは現実のプロと遜色なく、「料理に関しては嘘はつかない」という姿勢は本物。つい最近新しい契約者を得た。


清掃の悪魔:常にテンションが高くノリの軽い青年。この空間の『清掃員』

軽い口調からいきなり雰囲気がガラッと変わるため油断できない。

誠が苦手意識を持っている悪魔。シェフとは古い友達らしい。


メイド:丁寧な口調で微笑む、美しいメイド姿の悪魔。

冬美専属の「レディースメイド」として身の回りの世話を担う一方でその本性は冷酷かつ策略家。「性格は悪いです」と本人も公言している。

つい最近新しい契約者を得た。


整備士シンさん

部屋の整備や修理を担当する悪魔。

無骨だが気さくで、誰とでもすぐに打ち解ける

“面倒見のいいおじさん”のような存在。




(以降、悪魔たちは順次追加予定)








「えっ、一週間!?」


 僕の大きな声が室内にこだまする。


 目の前の孝志が慌てたように僕の口を両手で押さえた。


 一週間も、孝志がシェフと二人きりで?……胸の奥がざわついた。


「ばっ、お前、声デケーって!!おさえろ、おさえろ」


「あっ、ご、ごめん」


 不安な気持ちが残ったまま、昼食を食べ終えた僕は孝志の部屋に来ていた。


【では!僭越(せんえつ)ながら、この宇佐美が1階のご説明をさせて頂きますね!】


「お、おう。お手柔らかにお願いします?」


 僕は一階になにがあるのかを、宇佐美に説明させた。宇佐美の説明の合間に僕が、細かい補足情報を追加。


「なるほど?ゲーム部屋と映画の部屋が、なんだっけ融合?」


「違う違う。融合してるのは音楽の部屋だよ」


「なるほど?」


 当たり前だが、説明を聞いてる孝志の頭上にはハテナマークが沢山飛んでいた。一階の説明が終われば、次は孝志とシェフとの訓練報告だ。



「訓練に一週間かかるって、どういうこと?」


 僕たちには時間が無い。少しでも早く元の世界に帰らなければ、時間経過と事態が悪化するのなんて容易に想像できる。


 それに……疑いのあるシェフを孝志とあまり長く居させたくなかった。


「誠には悪いと思ってる……つーか、俺が慣れねぇから悪いんだ」


「慣れないって、そんなに大変なの?だって、その、黒いのに入るくらいだろ?」


 シェフには宇佐美たちは大丈夫だと言われたけど、なるべくシェフの能力を伏せたまま話を続ける。孝志は悔しそうな表情を浮かべながら下ろした拳をぎゅっと強く握った。


「どうしても慣れねぇんだ。く、黒いのに入ると……なんか、上手く言葉にできねぇんだけど、俺の体が『作り替えられる感覚』がして」


「体が作り替えられる?」


「うん。だから、黒いのに触れるだけで、情けねー声が出ちまうんだ。それで、シェフが訓練を一週間延長するって」


「シェフが言ったの?」


「あぁ」


「……」


 あの話を聞いてからシェフに関して僕の中の『疑いの影』が消えない。



「あのさ、それ……シェフが、ワザとやってるんじゃないの?」


 

 ――言うつもりのなかった言葉が吐き出された。



「は?誠、お前、なに言ってんだよ」


 孝志が僕に怪訝(けげん)な表情を向ける。


 孝志は人を疑わない。シェフを信じてるんだ。僕だって信じたい。でも、二人が盲目的に悪魔を信じてしまったら、何かあったとき――二人一緒に沈む。


「サポート役で、常に孝志の側にいるなら不正だってできるんだよ?本来の能力の使い方や感じ方だって、能力者のシェフなら操作できる」


「待てよ、誠。……シェフが、俺を騙してるって言いたいのか?」



「その可能性は捨てきれないよ。だって、アイツは悪魔なんだ。能力だって、本当はもっと簡単に使えるかもしれない」


 (本当は、僕だってこんなこと言いたくない)


「僕たちをココに長居させるために、何か仕掛けていても、おかしくないじゃないかっ」


「シェフは、そんなことしねぇよ」


 案の定、孝志は僕の言葉を真っ向から否定した。孝志は、清掃の悪魔の言葉を聞いてないから、そんなことが言えるんだ。


「なんで、そんな信じ切れるんだよ!僕たちがここに来てシェフと関わったのなんてっ、たった2日だよ!?」



 信じて欲しい気持ちが強くなって、自然と声も大きくなる。



「僕は、孝志が心配なだけなんだよっ!なんで、なんで……たった2日しか関わってない奴のことを信じて、友達の、僕のことは信じてくれないんだよ!?」



 考えることがいっぱいで、

 

 考えたくないこともいっぱいで


 頭が熱くなって、言いたくない言葉ばかりを孝志に浴びせてしまう。


 宇佐美を抱きしめる腕にも力が入って腕の中から宇佐美の少し苦しそうな声が聞こえる。熱くなる僕とは真逆は、僕を見る孝志の目は静かだった。


「誠、お前……誰かになんか言われたのか?シェフに話を聞こうって、シェフなら答えてくれるって、シェフを一番信じようとしてたのはお前だろ?」


「それは、あの時はっ」


 あの話を知らなかったから


 (僕だって、本当はシェフを信じたい)


 この、訳のわからない『悪魔との共同生活』で少しでも『安心できる存在』が欲しい。



 (だけど、疑わないで、信じて)



 ――裏切られたら?





「孝志は、シェフが優しいと思う?」


「えっ、まぁ」


「じゃあさ、優しいシェフが……今でも、悪魔なのは、どうしてか、考えたことある?」


「!それは……ない」


 孝志の答えに、僕の胸が少しだけ軽くなる。


「でしょう?僕が疑ってるのは、そこなんだよ」


「……」


「僕は、僕が契約して、犠牲になるなら、別にこんなこと考えないよ」


 今でも、鮮明に思い出す。あの契約の瞬間を……


 「僕のせいで、味覚だって、もう奪われた…」


 僕は一日だって、忘れることはできない。


 「僕は…ただ、友達が心配なだけなんだ。孝志に、悲しい思いも、辛い思いもして欲しくないだけなんだっ」


「誠……」


 うつむいて、噛み締めた唇が痛い。言葉を吐き出すたびに、息をするのが苦しくなる。









「いやぁ、男同士の友情ってのはいいもんだな!」


「へ?」


「あ、坊主。そこのレンチ取ってくれねーか?」


「!し、シンさん!?」


 つい数時間前に聞いたばかりの声に振り返る。そこには脚立に上って部屋の照明を付け替えているシンさんがいた。


 いや、いつからいたんだこの人!?


「れ、レンチって。これでいいのか?」


 困惑しながらも孝志が脚立の足元に置かれた工具箱からレンチを探して、シンさんに手渡した。


「おう、それよそれよ。ありがとな!」


「あの、なにしてるんすか?」


「あぁ、放課後の悪魔が部屋の照明が気にいらねーって新しいやつ注文してたんだよ。それの付け替え作業やってんだ」


「い、いつからここに?」


「え?いつだっけな。たぶん――一週間!?のところからだな!」


「最初からいたんかい!」


「ん?ははっ!安心しろって、作業に集中してたから、お前らの会話なんてほとんど、ホント、最後くらいしか聞こえてねーよ」



「聞こえてんじゃん!!」



 さっきまで険悪な雰囲気がシンさんの登場によりぶち壊された。



「……」


 キーコ、キーコと、静かになった室内にネジを回す音が響く。


「……あの」


 静寂を止めたのは、意外にも孝志だった。


「おっさんは、なんであの時、俺らのこと助けてくれたんですか?」


「!」


 シェフのことですっかり忘れていた。悪魔は損得を考えて行動するなら、シンさんのあの行動は、シンさんにとって『得』になるとは思えない。



「あの、お礼言うの遅くなってすいません!あの時は、本当に助かりました。ありがとうございます」


 孝志の隣に並んでお礼を言って頭を下げる。僕に続いて孝志も頭を下げた。


 僕たちの行動にシンさんが作業の手を止めて、少し目を見開くと、次の瞬間には大爆笑していた。


「はははっ!お前らすげぇな!悪魔相手に礼言うとか珍しい人間もいるもんだ。親の躾のたまものってやつか?お前ら二人とも、いい子だなぁ」


「良い子って」


「あの、俺ら見た目はこんなんですけど、中身は高校生――」





「ま、助けたつもりはねぇよ。俺は――『嘘を見破る能力』持ってるからよぉ」




「は?」



 ――ちょっと待て、今この人



 「お前らが友達の前で嘘つこうとしてんの、ははっ!すげぇ、必死だったからよぉ。見てらんなくて、助け船出したくなっちまったんだよ」




 さらっと『能力』のことバラさなかった!?



 「へ?あ、あの、え?え!?」



(えっ、待って……これって、僕たちヤバいんじゃないの!?)



 僕の脳裏に、シェフの言葉が思い起こされる。



「の、能力を、聞いてしまったら、け、け、契約確定!!」


 僕の言葉を聞いて、孝志が勢いよくこちらに振り返る。


「!?えっ、あぁー!!そうだった!!えっ、まま誠、このおっさん、い、いいま」


「僕たち能力聞いちゃった!!」


「あー、お前ら落ち着けって」


「俺だってねーよ!つか、おっさん!なに、勝手に能力バラしてんだよ!?こ、こんなんで契約とか。俺は納得できねーし!誠にだって契約させねぇからな!?」


「いや、だから話をな」


「僕だって、こんな騙し討ちなみたいな形で孝志と契約なんてさせないからなっ!?」



「あー、これ、どうすっかなぁ。あーめんどくせぇ、落ち着くまで待つか」



「めんどくさいとか言うなよ!?アンタのせいなんだから!」


「おっさんのせいだろうが!!」


「ちゃんと聞こえてんじゃねぇかよ…よし、じゃあ、ちゃんとシンさんの話聞けよー」


「はい!」


 二人同時にキレ気味に返事をすると、脚立の上にいたはずのシンさんが目の前に立っていた。


 (……デカい)


 はじめて見た時から思っていたけど、シンさんの身長はシェフよりも高くて、体格も大きかった。


 僕と孝志の顔にシンさんの影がかぶさる。


 笑っているのに、目の前の男にさっきまでの穏やかな雰囲気はない。


「俺の能力は、ほとんどの悪魔が知ってる。だから、お前らに話しても契約は発生しねぇ」


「えっ、能力ってバレたらダメなんじゃねぇの!?」


 驚く孝志にシンさんは人差し指を上げて「ちっち」と言いながら指を左右に揺らした。


「さっき俺の能力説明しただろ?はい!誠くん。言ってみて?」


「えっ、う、嘘を見破る能力?」


「正解!」


 僕の答えにシンさんはニッコリ笑って大きな拍手を送る。


(なんだ、これ?どういう状況??)


 悪魔には少しだけ慣れてきたと思っていた。でも、シンさんみたいな不穏な雰囲気を感じない悪魔は初めてだった。


 今までの悪魔には闇や狂気を感じたけど、この人は『普通の人間に近い悪魔』だ


「俺の能力は嘘を見破る。だから、能力の保証と引き換えにサタン専用の『うそ発見器』やってんだ」


「う、うそ発見器?」


「サタン専用って」


(確かに、雇い主が悪魔の長なら。誰もシンさんに手出しできない)


「元人間ってのもあって、どうやら俺は人間の嘘に『敏感』みてぇでな」


「!?おっさんも、元人間なのか?」


「おう。あ、言っておくが、サタンの近くにいるからと言って強い悪魔ってわけじゃねぇからな?」


 言いながらシンさんは僕たちに背を向けると、脚立に手をかけゆっくりと折りたたむ。


「えっ、そうなの?」


「まぁ、人間なら千人くらいは素手で殺せるが、それでも悪魔界じゃ並だ」


「こわっ」


「俺なんかよりずっとヤベェやつがゴロゴロいるからな」


「あ、悪魔の基準がわからねぇ」


「能力を聞いても、契約が発生しないパターンなんてあるのか」


「俺はちょっと特例だと思うぜ?」


 ははっと軽く笑いながらシンさんは工具箱の中に床に置いていた道具を丁寧に仕舞いはじめた。


 動きを見る限り、照明の取り付けはもう終わったのだろう。工具箱と脚立を持ってシンさんはゆっくりと立ち上がり、僕たちに体を向けた。

 

「基本的には悪魔全員、能力を隠してる……そこの坊主と契約した、シェフみてぇにな」


「!やっぱ、悪魔は契約者が誰かわかるんだな」


 孝志の言葉にシンさんがスッと目を細める。


「悪魔っつーのは独占欲が強くてなぁ、一度手に入れたら相手が死ぬまで手放さねぇ……それは、老若男女問わずだ」


「それは、シェフが言ってた『タグ付け』ってやつですか?」


「タグ?あぁ、それはどーでもいいポイント稼ぎ用の人間な」


「ポイントって」


 悪魔にとって人間は、数字でしかないのか?


「おいおい。難しく考えるなよ。簡単な話だよ、お前ら人間もやってること」


 まるで、僕の心を読んだようなタイミングでシンさんが声を上げる。


「お気に入りのアニメと、暇なときになんとな~く流して見るだけのアニメってねぇか?」


「!あ、ある」


 僕にとって馴染みのある例題に、つい答えてしまった。


 (というか、シンさん。オジサンなのに、アニメ見るの?)


「あ、今。おじさんなのにアニメとか見るの?って思っただろ?俺は、10年間ずっとアモプラの会員だぜ?」


「アモプラって確かアニメ見放題の?」


「転生アニメって面白いよなぁ!種類も豊富だから時間足りねぇや」


「わかる!一日が30時間欲しいくらいだよね!」


「そうそう!一日の時間って本当、あっという間なのよ」


 シンさんの会話はストレスがない。そのせいか、僕の頭からシンさんが悪魔であるという認識がどんどん薄れていく。


「おっと、脱線しちまったな。話し戻すぜ。タグ付け認定された人間の契約は軽い。


「だけど、『お気に入り』は別だ。いつでも、どこにいても探し出せるように、お気に入りのマークをつける。それが、今の、坊主の状態だ」


 シンさんは片手に持っていたレンチに孝志へと向ける。孝志の表情が一瞬だけ強張った。


「悪魔は表に見えるものよりも、人間の『本質』を見て、ソイツを気に入るんだよ」


「本質……」


 映画館で清掃の悪魔も同じようなことを言っていた気がする。


 いや、アイツだけじゃない。シンさんの話が本当なら、悪魔は外見を気にしない。常に人間の『本質』を見ているんだ。


「老いぼれたジジィでも頭がキレるからって飼いならしてる悪魔もいる。人間の女に惚れて――ソイツの人生めちゃくちゃにして心壊す悪魔も、男に惚れた悪魔もいる」


 孝志は宝石で、僕が世界で一番綺麗だと思ってる冬美は、ヘドロ……


 (ダメだ。人間の僕には、悪魔が見てる世界は理解できそうにない)


「人間には見えねぇと思うが、坊主からの体からシェフの魔力が微量だが見える」


「えっ、俺の体からシェフの魔力溢れてんの?」


「ちょっ、孝志言い方…」


 なんか、もう言い方エロい。


「!あの、じゃあ……冬美、あの、食堂にいた女の子はっ」


「誠!?お前、なに聞いて」


 シンさんの話を聞いてチャンスだと思った。この人は、今まで会った悪魔の中で『話しやすい人』だ。


 今の話が本当なら、孝志と同じように冬美の魔力も、この人なら見えてるはず……僕は少し緊張しながら、目の前にいる悪魔を見上げる。


「女の子?あぁ、あの子か……あの子もお前らの友達か?彼女か?」


「と、友達です!」


「あの子か、あの子なぁ、ちょっと『厄介』なもんつけてるよなぁ」


 シンさんは何かを思い出したかのように、眉間にしわを寄せた。常に柔らかい雰囲気のあるシンさんが初めて見せる表情に少し戸惑ってしまう。


(僕はなにか、聞いちゃいけないことを聞いてしまったのか?)


「厄介なものって、なんですか?……魔力じゃないんですか?」


 探るような僕の問いにシンさんは肩に担いでいた脚立を壁に立て掛ける。


「あぁ、魔力よりも、厄介なもんだよ。ああいうのは剥がすのが一番めんどくせえ。ただ、俺はアレを見て――この空間が作られた理由に『納得』したけどな」


「納得って」


(シンさんは一体、何を見たんだ?)


「おっと悪いな。契約の関係で、俺が見たものは教えられねぇんだ」


「契約の関係?」


「五十嵐様の契約だよ」


「五十嵐くんの?」


「あぁ、だから話せねぇんだ。……ここまで話したのに、悪いな」


 シンさんは顔の前で両手を合わせて、本当に申し訳なさそうに謝った。その姿に僕は少し笑ってしまう。


「け、契約なら仕方ないですよ」


 悪魔にとって契約が重要であることは知っている。必ず守らなければ、悪魔自身にペナルティーが科されるものだ。


(じゃあ、シンさんの能力を使えば)


 僕は考えながら、頭の中でシンさんの情報を整理した。


 シンさんの能力はほとんどの悪魔が知っている。だから、能力を知ったとしても契約は発生しない。なら、あとは対価だ――特例だって言ってたし……この人なら、教えてくれるかもしれない


「あの、シンさん」


 恐る恐るシンさんを見上げながら声をかける。


「ん?どした、なんか聞きたいことあるのか?」


 シンさんは僕を見下ろしながら、優しい笑みを返してくれた。





「シンさんの、対価は――」











「誠、待て!」



 言いかけたところで、孝志が僕の腕を強く掴んでシンさんから遠ざけた。


「痛っ!た、孝志?」


 驚いて孝志の方を見ると孝志は、尋常じゃないくらい額に汗をかいていた。


「ごめん。よくわかんねぇけど…それ以上、聞いちゃいけねぇような気がするんだ」



「聞いちゃいけないって」



(あれ、コレ。前にもあった気がする)



『なんか、よくわかんねぇけど。あの人見てると、背中がゾワゾワして気持ち悪いんだ』



(思い出した。優しいお兄さんの時だ!)



 誰ひとり、優しいお兄さんを疑っていない中で孝志だけがお兄さんの『本性』を見抜いていた。



 今、その時と同じように――シンさんを警戒している。



 ということは……そんな、まさか――





「あぁ、坊主、お前……」



 シンさんは孝志の行動に軽く目を見開いた。


 そして顎に手を添えると、孝志を興味深そうに見下ろした。





「なるほどなぁ」



「シンさん?」



「ソイツの言う通りだよ。能力も教えて、対価も聞かれたら―俺は、お前と『契約』するつもりだった」



「!?」


 シンさんの言葉を聞いて、僕の背筋に悪寒が走る。そんな僕をシンさんが少し呆れたような表情で見下ろした。


「おいおい、能力も対価も聞いて、なにもねぇなんてあり得ねぇだろ?お前の目の前にいるのは、悪魔だぜ?少し考えが甘くねぇか?」



「っ!!」



 僕は何も言い返せなかった。


 さっきまで同じ悪魔のシェフを疑って友達と言い争いまでしてたのに……僕は、たった数時間でシンさんという悪魔を気づかないうちに『信用』していた。


(こわい……)


 僕は改めて、悪魔という存在が怖くなった。


(無意識に気を許してた)


 なんで気づかなかった?どうして警戒できなかったんだ。


 悔しさに握りしめた拳は震えていた。




「ははっ、お友達に感謝するんだな。んじゃ、照明も付け替えたし帰るわ」



 シンさんは脚立を肩に担ぐと、工具箱を片手に持って部屋を出て行った。








「孝志は……どうしてシェフを信用できると思ったの?」


 目線を落としたまま、後ろにいる孝志につぶやくように言った。シェフを警戒していない理由を知りたかった。



「シェフが……あの人が元人間だからかもしれねぇけど、表情でわかるんだよ。シェフは、確かに裏で考えてるかもしれない。でも、そんなの—―俺たちだって同じだろ?」



「えっ」


「全部考えてることが表に出てる奴なんていねぇよ。……俺が、冬美や五十嵐に計画のこと黙ってるようにさ」


「孝志……」


 僕はゆっくり、孝志の方に体を向ける。僕を見る孝志の目は優しかった。


 シェフだけを疑って、シンさんには気を許す。

 

 『たった2日しか関わってない奴のことを信じて友達の、僕のことは信じてくれないんだよ!?』


(最悪だ、全部……僕が孝志に言った言葉が、自分に返ってきてる)


「裏とか、そんな見えねぇもんばっか考えるくらいなら、表に出てるもん見るしかねぇじゃん」


「表って、表情のこと?でも、シェフほとんど無表情じゃん」


「いや、そうじゃなくて」


 孝志は少し言い淀むと、緊張に乾いた唇を舐めて迷いながらも僕に目線を向けた。


「シェフとの訓練は確かに厳しかったし、大変だった。でも、厳しいのは俺らのためでもあるんだ」


「僕らのため?」


「だって、シェフの能力がメイドにバレたら、俺たちはまた作戦を考えなきゃならねぇ」


「あっ」


 確かに、言われてみればそうだ。僕の体も、孝志の体も一つ。


「シェフの能力が使えないってなれば俺たちはまた『対価』を払って悪魔と契約しなきゃならなくなるんだ」


 体のことを考えたら、そんな沢山の悪魔と契約なんてできない。


(シェフは、そこまで考えて訓練の延長をしてくれたのか?)


「訓練もさ、12時ギリギリまでやってくれたんだ。それってさ……シェフが大事にしてる料理より俺たちのこと優先してくれたってことだろ?」


「!シェフが、訓練を優先してくれたの?」


「うん。俺、12時近くなって「大丈夫か?」って何回も聞いたんだ。そしたら、シェフは――」




『俺は料理一つ、盛り付け一つ、すべての工程に拘りを持っている。手を抜くつもりはない。この時間なら、一人分抜かせば問題なく提供できる』


「!そ、その一人分って、まさか」


「シェフの分だって。全員が食べ終わった後に作れば問題ないって。だから俺は……そういう『表で見えたシェフの行動』を信じたいんだ」



「孝志……」



 孝志の言葉に、僕は何も言い返せなかった。


 ただ、胸の中に少しだけ、苦いけど温かいものが広がった。



「やっぱり、孝志はすごいなぁ」


 表情からだけじゃなくて、本人も気づかない無意識の行動で判断するなんて、普通ならできない。


「俺は、全然すごくねぇよ。ただ、裏を考えるのとか、苦手なだけ」


「それが凄いんだよ。普通の人は……僕とかは、表情を見て裏を探ってしまうから」


 だから、悪魔の言葉に惑わされた。自分で一番最初に「シェフを信じる」って言ったのに――



「じゃあさ、俺とお前でちょうどいいんじゃねぇの?」


「えっ」


「俺が表を見て、お前が裏を見る。俺だって間違えることはある。相手は悪魔だしな」


「孝志……」


「俺が間違えそうになったら、お前が助けろ。俺もちゃんと、お前に伝えるようにするから」


「孝志っ……うん。わかったよ!僕もちゃんと伝える」


 僕たちは沢山で話しているようで、裏に隠してしまった言葉が沢山ある。でも、隠してた言葉を口に出してしまえば、案外ちゃんと伝わるんだ。


「なんか、今日の朝といい。俺ら喧嘩して、仲直りしてばっかだな!」


「あははっ、ちゃんと最後は仲直りするあたりが僕たちらしいよね!」


「だな!」


 最初にあった険悪な空気などはじめからなかったかのように、僕たちは顔を見合わせて笑いあった。


(きっと孝志は気づいてないんだろうな。僕が間違えないのも、こうしてちゃんと話し合えるのも、ぜんぶ、孝志のおかげだってことに)


 僕は笑いを収めると、真面目な表情で孝志へと向き直る。伝えないといけない言葉があるからだ。


「シェフは、悪魔だ。完全に信じることなんて、僕には出来ない…」


「うん。それはわかってる」


「でも……孝志の言葉は信じることが出来るから」


「!……誠」


 だから少しだけ、ほんの少しだけなら……


「僕は、シェフを信じる孝志を、信じるよ」



 僕の出した答えに



「っありがとな、誠!」



 孝志は嬉しそうに笑った――。









◇◇◇









「シンさん、ありがとうございました」



 俺は厨房で会話を聞き終えると、シンさんが出てくるタイミングを狙って声をかけた。


 声をかけられてシンさんが振り返る。会話は全部、孝志の影を通して聞いていた。


「ん?お?…お前、シェフか?いつもと見た目ちげぇから反応しずれぇな。ははっ、礼言われるほどのことしてねぇよ。偶然だよ、偶然」


 シンさんは工具箱を足元に置いて、首の裏をかきながら豪快に笑った。


「偶然でも助かりました」


 偶然ではないことは知っている。この人の能力を考えれば、偶然であるわけがない。


「つか、さっきの会話。聞こえてたんだな」


「地獄耳ってやつですよ。俺、耳はいいんで」


「あぁ、そういえばお前、昔から耳はよかったもんな」


「アンタのおかげで二人からの疑いは晴れました」


 危機感は感じなかった。


 だが、あのまま誠が俺を疑い続けるなら





 ――『裏から支配してやるつもり』ではあった。



(シンさんのおかげでやらずに済んだ…めんどくせぇしな)


「おぉ、そりゃあよかったな!それにしても坊主のアレな、久しぶりに見たぜ、あんな魂……昔を思い出しちまったよ」


 シンさんが何かを思い出すかのように天井を見上げる。


「昔?あぁ、奥さんの」


「あぁ、今でも思い出すぜ。あの子がまだ小さいころに俺たちは出会ったんだ」


 最早、シンさんの十八番である『奥さんの話』だ。正直言って、シンさんの奥さんの話は精神的面を考えるとあまり、いや、聞きたくない。


「契約者はあの子の兄貴だったけどな。俺を見たあの子の第一声は今でも覚えてるぜ『おじさん、なんだか辛そうだね無理して笑わなくていいんだよ』って……」


(もう一万回以上は聞いてるんだよな、この話)


「悪魔が息をするように嘘をつくなら、俺は、息をするように嘘を見分けていたんだ。神経研ぎ澄ませて、言葉の中に嘘はねぇのか、探るのが癖になってた」


「奥さんは――あんたが人生めちゃくちゃにして手に入れた、その子は元気なんですか?」


 シンさんは、少女の魂が欲しいがために他の悪魔の能力を借りて、彼女の両親、契約者の兄も自殺に追い込んで彼女の職場までも火の海にした。


(まぁ、悪魔になる人間に、俺やアイツ(清掃の悪魔)も含めて。まともな奴なんていねぇよな)


 俺の言葉にシンさんは優越に浸るような、ゾッとするようなとろけた表情を浮かべる



「あぁ、元気だぜ……今も――俺の部屋に『20歳の姿のまま』で眠ってるよ」


「……」


「なにもかも失ったアイツを見た時は、驚いたよ。魂がな、濁ってなかったんだ。美しいままだった」


 彼女の話をするとき、シンさんは美しく笑う。その表情にきっと、誰もが見惚れてしまうだろう。


 (だが、悪魔が感じる美しさとは、『狂気』だ)


「屋上に立つ彼女は俺を見てこう言ったんだ『全部、おじさんの仕業だったんだね』ってさ」



「いつ聞いてもアンタと奥さんのエピソードは狂ってんな」


 嫌でもため息が出てくる。


「ははっ、そう言うなって!アンタが欲しくて殺したって言ったら、泣きながら「迎えに来たなら連れて行って」だとよ」


「そうですか」


「可愛いもんだろ?」


「……」


 人間の魂の中でも、悪魔が『宝石』と呼ぶ魂は特別だ。そして、宝石のように透き通った魂は悪意に『敏感』――さっき孝志が誠を止めたのも、シンさんの悪意を孝志が無意識に感じ取ったのだろう。


 シンさんの奥さんも『宝石』だ。


 シンさんの絶対に逃がすつもりはない『執着心』を見て逃げることを諦めたにすぎない。



「だがなぁ、魂は綺麗でも心は別さ。ちょっとだけ、壊しすぎた。」


 悪魔に目をつけられた人間ほど可哀想なものは無い。


「今じゃ1日10時間眠らねぇと心が持たねぇんだ」


 ……生き地獄だ。


「アンタが一日遅れてよかったですよ」


 俺よりも先に、この人が孝志を見つけていたなら恐らく、今頃孝志は、この空間にすらいなかっただろう。


「いや、本当になぁ。もっと早く来ればよかったぜ」


「シンさんでも、アイツは渡しませんよ」


「わーってるって。アイツいい子そうだし、俺のカミさんとも仲良くできそうだなって思ったんだけどなぁ………残念だ」



「じゃあ、俺は部屋に戻ります」



「おう、夕飯楽しみにしてるぜ!」



 シンさんは足元に置いた工具箱を拾い上げると階段を下りていく。


「……」


 俺はシンさんが下りていく姿を見届けると背を向けて、部屋の扉を開けて中に入った。







 さて、今日の夕飯のメニューは何にしようか。









最後まで読んで頂きありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ