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悪魔のシェアハウス――悪魔は人を騙すけど嘘はつかない。《友情》《裏切り》《契約》《願い》すべてを賭けた選択の脱出劇  作者: ユキマル02
【シェアハウス編】

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第23話『悪魔との映画鑑賞』

【登場人物】


誠(まもる):主人公。友達思いの優しい高校生。現在の姿は小学生。家族が大好きで早く元の世界に戻りたいと思っている。冬美のことが好き。


冬美(ふゆみ):元気で明るい美少女。現在の姿は小学生。家庭環境が複雑で、この空間に残ることを望んでいる。


孝志(たかし):誠の親友。現在の姿は小学生。兄貴肌で面倒見がよくて優しい性格。父子家庭で幼少期は父親から暴力を振るわれていた。誠をいつも支えてくれる存在。


五十嵐:誠の親友。友達のことを大切する優しい高校生。医者の家系で裕福な家育ち。放課後の悪魔と契約して皆を閉じ込めた張本人。そこには“ある理由”が…。

悪魔が疲弊するくらいガチガチの追加契約を作った。



【登場する悪魔たち】


放課後の悪魔:この空間を創った存在。関西弁で話すが、ときどき標準語に戻るのが逆に怖い。常にテンションは軽く、距離も近い。見た目は人間のようだが、明らかに“異質”。誠たちを翻弄する存在。


宇佐美:誠専属の『コーディネーター』。時間や場所を問わず服を用意できる能力を持ち、寸分の狂いもなく時間を把握できるため、“時計”の役割も果たしている。

名前は『宇佐美』。白くふわふわした毛並みを持つウサギの姿をしている。


シェフ:この空間の専属『料理人』。無口で寡黙、人間があまり好きではなく、長話も嫌い。料理に対するこだわりは現実のプロと遜色なく、「料理に関しては嘘はつかない」という姿勢は本物。つい最近新しい契約者を得た。


清掃の悪魔:常にテンションが高くノリの軽い青年。この空間の『清掃員』

軽い口調からいきなり雰囲気がガラッと変わるため油断できない。

誠が苦手意識を持っている悪魔。シェフとは古い友達らしい。


メイド:丁寧な口調で微笑む、美しいメイド姿の悪魔。

冬美専属の「レディースメイド」として身の回りの世話を担う一方でその本性は冷酷かつ策略家。「性格は悪いです」と本人も公言している。

つい最近新しい契約者を得た。



(以降、悪魔たちは順次追加予定)





「あの女優さん演技は初挑戦らしいけど」

「……」

「あれ、たぶんあの子、ビッチだよ。キスが演技とは思えないくらいエロい」

「……」

「相手役の俳優は、ありゃ童貞だね~まぁ、早けりゃいいってもんじゃないし、今なら女の子じゃなくても男とでもイケー」


「あの、もっと映画は静かに見ませんか!!?」


 僕は今、なぜか『清掃の悪魔』と一緒に映画を見ている。



 ――数時間前



「3階も気になるけど、まずは1階の探索だな」


 僕は部屋に戻り、時計役の宇佐美を腕に抱いて食堂に向かった。

 宇佐美曰く、他の部屋や娯楽施設は、食堂を中心にそれぞれの部屋へと繋がる扉があるらしい。


「……誰もいない」


 食堂に行くと、そこは無人だった。


 食堂が大きなホールの扱いになっているのだろうか。

 僕たちの拠点となる部屋を除けば、扉は全部で『三つ』あった。


 暖炉の隣に一つ、その向かい側、本棚の隣に並んで二つ、同じ模様の扉がある。


 そして――


「これって……確か、サタン?」


 扉には全て『頭に星のマークの描かれた羊』の彫刻が施されている。


【そうでございますよ、我々の頂点であり何者にも負けない強さを持つ最強のお方でございます!】


 腕の中で宇佐美が元気よく答える。


「最強、強い悪魔ってことか」


(……もし、放課後の悪魔を殺すとするなら、サタンくらい強い奴じゃないとダメなのだろうか?)


「いや、そんな都合よくサタンがいるわけないよなぁ」


 頭に浮かんだ考えをすぐに否定する。


 だって、もしいたとしたらアイツは絶対『ゲーム』をやらない。

 シェフの言葉を使うなら、何の『得』にもならないからだ。


「ね、ねぇ。宇佐美」

【はい!なんでしょうか誠サマ】

「こ、ここにサタンが遊びにきたりとかはー」

【ないですね!あの方はお忙しい方なので!】

「ですよねー……ははっ……はぁ」


 宇佐美の清々しいまでの即答に肩を落とす。


 それに、もしサタンがここに来たとして、僕は悪魔の頂点ある悪魔に「ここから出たいので放課後の悪魔を殺してください」なんて言えるか?


 いや、絶対無理だよ。言えたら、ただのサイコパスだ。


「扉が3つか……どこに行こうか迷うな。……あのさ、宇佐美。3つの扉の向こうには何があるの?」


 迷ってる時間が勿体ない。

 孝志に習って僕も悪魔に素直に聞くことにした。


【では誠サマ、お部屋についてご説明させて頂きますね!】

「うん、お願い。あと、もう少し声小さくしてね」

【実際に見て頂いた方が誠サマも理解しやすいと思いますので、この宇佐美の指示に従いお部屋に移動して頂いてもよろしいですか?】

「うん。いいよ」

【ありがとうございます!では、まずは暖炉の隣の扉に入ってください!】

「わかった。暖炉の隣だね」


 宇佐美に言われた通り、暖炉の隣にある扉に向かって歩いていく。

 そして、金色のドアノブを回して部屋の中へと入る。


【こちらのお部屋は『お風呂場』でございます!こちらは洗い場、湯船、脱衣所、全てが揃っている大浴場でございます!】

 

 室内に入るなり、宇佐美は説明を始める。

 しかし、宇佐美が言うようなものは、僕の目に一切映らなかった。


「扉の向こうに……と、とびらが二つ??」


 自分で何を言ってるのか、わからなくなりそうだ。


 でも、実際目の前に見えるものが広い空間でも、大きな風呂場でもなく『二つの扉』なのだから仕方ない。


 白くて金色の装飾が施された扉にはトイレでよく見る男女を示すマークが記されていた。


【人間仕様でお部屋を男女分けてご用意しております!】

「?……分けるのは、当たり前じゃないの?」

【悪魔には性別の無い方がおられますので!】

「あぁ、な、なるほど……?」


(悪魔に性別ってないのか?)


【女湯の方は入ることはできませんが、男湯の方の中を覗いて行かれますか?】

「うーん。とくに気になることも無いし、いいよ」

【放課後の悪魔サマがお風呂好きなので、お風呂のみ『悪魔の時間』は通用しません!】

「えっ、あの見た目で??」


 どう見てもシャワー派だろ――と言いかけて、アイツの姿を思い浮かべる。


「なんか、悔しいけど。アイツなら「ありえるな」って思ってしまうのが、くっ、すっごく腹立つ」


『誠クン。おじさんのこと、だいぶわかってきたみたいやねぇ?嬉しいわぁ』


 放課後の悪魔の声が余裕で脳内再生されるのも腹が立った。

 振り払うように頭を激しく左右に振った。


【放課後の悪魔サマはとくに日本の温泉が大好きらしいですよ!地獄温泉巡りもよくしてるとか】

「悪魔が地獄温泉巡りって……悪魔だから成り立つギャグだろ」


 これも容易に想像できた。しかも、やはり絵になるのが腹が立つ。


【こちらの部屋の奥の方に冬美サマご専用のお部屋がご用意されてます】


 宇佐美が短い手を右の方へと必死に伸ばした。

 その方向に目を向けると宇佐美が言うように、そこには小さな白い扉があった。


「あ、あの扉の向こうが、冬美の、部屋……」


 体温が一気に上がった。

 気づけばキョロキョロと周りに目を配っている。


「ふゆ、冬美は、今って部屋にいるの?」


 寒くも無いのに、極寒の中にいる時のように声が震えている。

 天井や床を見ている目線は、最後には必ず冬美の部屋の扉へと戻る。

 

「お、お風呂場が近いのは、女の子なら嬉しいんじゃないかな?」

 

 取り繕うような言葉を言いながら、僕は扉からさっと目線を外した。


「つ、次。行こうか」

【承知いたしました。誠サマ!】


 再び食堂へと戻ってくると、腕の中の宇佐美が説明を再開する。


【本棚の隣のお部屋には『映画館』がございます!】

「映画館もあるの!?ご、豪華だね」


 本棚の隣、二つ並んだ扉に目を向ける。

 二つある扉のうち、どちらが映画館なのだろう?


 ――と思っていたら、すぐに宇佐美が【左の方でございます!】と教えてくれた。

 

 ……もしかして顔に出てた?


【大きなスクリーン、複数の座席、ポップコーンやジュースも買える無料の売店もご用意しております!】

「自宅に映画館あるの、すごいな」

【おや、自宅と思ってくださるのですか!嬉しいですね~!】

「!ちがっ、つ、次!次!!」

【お次は【図書館】です。こちらも左のお部屋ですね!】

「え?映画館と図書館が一緒の場所にあるの?」


 映画と図書館なんて、静と動のようなものだ。

 普通に考えたら、同じ空間に一緒にすることは無いだろう。


【そこはご安心ください!図書館の方は完全防音で地下室に設置しております。映画館からの音が聞こえてくることはございません!】

「えっ、地下室まであるの?」

【はい!地下室には同じように『bar』がございます!】

「バーって、お酒飲むとこ?僕、お酒飲めないんだけど」


(でも、ちょっと興味はある……)


【barは主に悪魔たちが使いますね!カウンター、ソファー席、控えめな照明、酒瓶が並ぶ棚。落ち着いて会話するには最適です】

「くっ、なんか悔しいけど。アイツらがバーで酒飲んだら、絵になるんだろうな」

【はい!悪魔はみな容姿の美しい方が多いですから!】

「……それは認める」


 悔しいけど、僕はたまに見せる悪魔たちの表情や仕草に目を奪われる瞬間がある。


【おや、お話が少し脱線してしまいましたね!図書館のお話に戻りましょう】

「う、うん」


 宇佐美は説明するのが好きなのだろう。

 さっきから嬉々として宇佐美が話を続けるものだから、移動するタイミングがない。


 風呂場の部屋から出てきてからずっと食堂の真ん中で、宇佐美の怒涛の説明を黙って聞いてることしかできない。


(これ、僕が孝志に全部説明するのか?)


 ――うん、無理だな。

 最悪、宇佐美に説明させよう。


 いや、説明させる。


【こちらの図書館には世界にあるすべての本がございます!】

「せ、世界中って、すごいな」

【そして、残った最後のお部屋には『音楽室&ゲームルーム』がございます!これは2つの娯楽を融合させた間取りです】

「音楽室とゲームって、なんか煩そうだね」

【いえ!それぞれが完全個室であり防音設備も完璧ですから、そこはご安心ください!】


 悪魔が言う防音と、インターネットでよく見る好評レビューなら

 僕は悪魔の方を信じてしまいそうになる。


【ピアノや楽器、ボードゲームやカード、最新のゲーム機に加えて世界中にある全てのゲームで遊ぶことが出来ます!】

「えっ、全部のゲーム遊べるの!?……悪魔って、すごいね」

【悪魔ですから!契約は絶対です。我々は契約者サマとそのご友人を飽きさせない『一生涯設計』をしておりますので!】

「い、一生涯って」

【人間サマが退屈して「帰りたい」なんて思わないよう、工夫してございますので!お部屋もまだまだ増やす予定ございます!!】

 

 なんか、牢屋の快適さを自慢されてる気がする。


【もちろんすべての部屋は悪魔も出入り自由ですから。交渉、取引、契約を迫るためにお使いしてくれて構いませんよ?】

「つ、使うとしたら、悪魔の時間以外かな?」

【以上でお部屋のご説明は終了とさせていただきますね!!】

「えっ?これで終わり?あ、ありがとうね。宇佐美」

【いえいえ、誠サマのためですから!】


 長い説明だったけど、なんとなく大体の部屋の間取りはわかった。

 気になるのは――


「映画館かな」


 沢山気になる場所はあるけど、好奇心に勝るものは無いというやつで、僕は純粋に映画館が気になった。


 宇佐美を抱え直すと僕は、映画館のある扉に向かって歩き出した――。




◇◇◇



「わ!スゴイ!本当に映画館だ!」


 扉を開いて一番最初に見えたのは『FOOD&DRINK』の看板だ。


 映画館に行ったことがある人ならわかると思うけど、映画館の売店はファストフード店と似てるようで違う。


 言葉にするのが難しいけど、僕の目の前に見える売店はどう見ても、映画館の売店だとわかるんだ。

 売店は無人のはずなのにポップコーンメーカーは動いている。


「レジが無い。無料ってのは本当だったんだ」


 店の奥の方からはパチパチと何かを揚げる音が聞こえてくる。

 12時にはシェフの昼食があるとわかっていても、ポップコーンやチュロスを買ってしまいたくなる。


「あれ?でも、この映画館……」


 見覚えがある。たぶん、ココはあの日、四人で行った映画館だ。

 なんの映画を見たのかは、いろいろあって覚えてないけど――。


(あの日は、恋心を自覚して……映画を楽しむ余裕なんてなかったから)


「作られる部屋は、五十嵐くんの思い出が反映されるのかな……」

【お!鋭いでございますね誠サマ!】

「え?」

【誠サマのおっしゃる通りでございます!この空間は五十嵐様の記憶をもとに作られているのです!】

「五十嵐くんの記憶」


 宇佐美に言われて僕はなんとなく売店とシアタールームに繋がる扉に目を向ける。


「そういえば」


 あの日、僕たちは――『はじめて四人で映画を見に行った』


 母さんが「有料配信見ればいいでしょ」って見たい映画は自宅で見ていた。

 だから、いつも憧れるだけで、映画館は日常にある背景のようなものになっていた。


 少し憧れている部分もあったのに、どうして僕たちは、一回しか映画を見に行かなかったんだろうか……


「もっと、みんなで、映画見たかったな」


 僕がポツリと、つぶやくように言えば


【五十嵐様も同じことを思ったんじゃないですか?】


 腕の中の宇佐美が、僕の言葉に答える。


「え?」

【強く記憶に残っておられるから、本来よくある映画館で形成されるものが、誠サマの知っている映画館になったのです】

「それは……五十嵐くんも僕たちと、もっと映画が見たかって思ってくれてるってこと?」

【その通りです!】

「そっか……なんか、嬉しいな」


 特別でもない、学校帰りに行った、たった一回の映画。

 五十嵐くんの記憶に残るくらい大切ものだと思われていたのは、素直に嬉しい。


「今ってなんの映画やってるのかな?」


 現実世界のことを考えれば、のんびりしてる時間はない。

 でも、抑えきれない好奇心が勝ってしまう。


 普通の映画館なら公開中の映画のポスターやパネルがあるはずなのに、この空間にはそれらは一切ない。


【上映されている映画も現実世界のものが反映されております!】

「へ~、悪魔ってほんとうになんでもできるんだな」


 改めて悪魔の恐ろしいまでの便利過ぎる能力に少しだけ感心しているときだった……


「あれ?誠クンじゃん!さっきぶりだね~」


 空になったポップコーンの容器とジュースが乗ったトレーを持って、清掃の悪魔がシアタールームから出てきた。


「うわ、せ、清掃の悪魔、さん」

「え?今、うわって言った?」

「いえ、なにも。あなたこそ、こんなところで何してるんですか?」

「え?ここは映画館だよ?することなんて決まってるじゃーん」


 清掃の悪魔は扉を出たところに設置されている箱にゴミを捨てると軽い足取りで売店に向かった。


「ポップコーンと、あとチュロス2本ちょうだい。揚げたてでお願いね!」

「え、映画の途中で、おかわりする人初めて見た」

 

 シアタールームでは何かの映画が上映されていたのか、清掃の悪魔が扉から出てきたときに隙間から光と大きな音が漏れていた。


(まぁ、ここには僕たちと悪魔しかいないから。ルールなんて守らなくてもいいのか?)


「いや、ダメだろ」


 一瞬だけ邪心な考えが過ぎって振り払う。


 ただでさえ異空間、人間界のルールを忘れてしまうのは『絶対にやってはいけない』と思った。


 清掃の悪魔の注文を受けて再びパチパチと油のはねる音が店の奥から聞こえてくる。

 館内に衣を揚げる甘く香ばしい匂いが漂って、僕のお腹が少しだけ音を鳴らした。


 この匂いは反則だ!お腹減っちゃうよ……。


「映画っていいよね、僕ポップコーンは醤油バター派でさぁ」


 清掃の悪魔は当たり前のように売店のカウンターを飛び越えると、積み重なっている容器を取って、ポップコーンを山盛りに入れていく。


「……」


 ポップコーンってセルフサービスだっけ?


 その姿を見て、僕は少し前に流行ってたとある事件を思い出す。


 ――バイト中に馬鹿なことする若者の動画。


 売店に入って自分の食べたいだけポップコーンを取る清掃の悪魔。

 SNSで見た迷惑系の動画に出てくる人たちと同じように見えた。


 動画でしか見たことが無い無神経な光景に僕は不快感を覚えた。


 「僕、はじめて、あの動画に怒りを感じている人たちの気持ちがわかった気がする」


 店を閉めて清掃業者入れるのも納得だ。


「はい。これ、誠クンのぶんね!!」

「へ?」


 売店のポップコーンを盗んでいた清掃の悪魔は僕の目の前にいた。


 そして、僕の手にはアイツがシアタールームから出てきたときに持っていたものと同じものが持たされている。


「映画見に行こう!恋愛映画!!」

「へ?は?いや、僕は映画みな」

「はいはいー!レッツゴー!!」

「だからっ、って力強っ!?」


 どう見ても高校生の孝志よりも華奢な体に手首も細い。

 それなのに、僕は悪魔に掴まれた腕を振りほどくことが出来なかった。


 そして、僕はズルズルと引っ張られる形で悪魔にシアタールームへと連れて行かれてしまった――。



◇◇◇



「あの、もっと映画は静かに見ませんか!?」



 ――そして、冒頭の場面に戻るのである。



「なんで僕は悪魔と一緒に映画見てるんだよ……っ」


 ワイン色の座席に座りながら僕は頭を抱えた。

 宇佐美がいるのが唯一の救いだろう。


「あれ?ポップコーン減ってないじゃん。食べないの?できたてが美味しいのに」


 悪魔が宇佐美にポップコーンを差し出しながら、減っていない僕のポップコーンを顎で指した。


「じゅ、12時にはシェフのご飯があるので」


 そっけなく答えながら僕は、スクリーンに目を向けてストローに口をつける。

 中身はコーラだ。口の中に馴染みのある味と刺激を感じて少しだけ安心してしまう。


「ずいぶんとまぁ、アイツを信用してんだね。僕と同じ悪魔だよ?」


 流れている映画はアニメだった。


 最近よく見る、似たり寄ったりの見た目の少年少女が魔法を使って戦っていた。

 途中から見ているので、内容はサッパリだ。面白い思う方が無理だ


「別に、信用しているわけじゃ」


 他の悪魔よりマシに見えただけ、そう言おうとして振り向くと――


「人間ってさぁ、面白いよね。例えばさぁ、僕みたいなお喋りで煩いやつが家に帰れば虐待されまくって、殴られてるとかって――想像しないよね?」

「……っ」


 近い距離に金色の瞳が見えて、体が動かなくなった。


 清掃の悪魔が淡々と話している間、体を一切動かすことが出来なかった。

 似ている、この覚えのある感覚は――


 シェフが孝志と、契約した時の状態と一緒だ。


 「逆に、シェフみたいな寡黙で無口なやつには、『勝手な考察』をする。過去があって、アイツは本当はこんな性格なんじゃないかって、ドラマとか、漫画がそうだよね~」


「い、いきなり、なんの話ですか」


 手が痛い。


 僕の手は逃げられないように悪魔が爪を立てて強く握っている。

 視界の端で映画のエンドロールが流れているのが見えた。


 黄色い瞳から目を逸らすことが出来ない。

 悪魔が喋るたびに、ほのかな油とバターの香りを感じる。


 ここは、僕の知ってる世界じゃない。

 それなのに、目の前に悪魔がいるのに――


「案外、漫画もドラマも、そこまで考えて作ってないのに作者がただ書かない部分を、勝手に『想像』するんだ。それは物語だけじゃない。人間もそうなんだよね~」


 馴染みのある匂い、漫画やドラマといったワードが「ここは現実世界なんじゃないか?」と錯覚させてくる。


 僕が一番、現実世界じゃないってわかっているのに、微かな希望にすがってしまう。


「シェフは無口で寡黙で、まぁ、僕よりかは優しいよ?でもさぁ、無口で寡黙で優しいシェフは――」


【今でも『悪魔』なんだよ?なんで悪魔なのか、考えないのはどうしてなのかなぁ?】


「そ、それはっ」


 言われて、初めて気づいた。


 確かに、シェフは他の悪魔と違うだけで『悪魔』であることに変わりはない。


 今でも悪魔なのは――どうして?


「あいつ、僕よりスゲー頭いいよ。悪魔には頭いいやつが沢山いるんだよね。んで、頭いい奴は総じて

 『計算高い性格』の奴が多いんだよ?知ってた?」


「計算高い」


「あいつなら、意図的に、相手に気づかれることなく……孝志クンと契約するまでの流れを作ることが出来るんだよ」


「それは、シェフは……っ孝志と最初から、契約するつもりだったの?」


 動かせない体の代わりに、視線だけを悪魔へと向ける。

 僕と目が合うと悪魔はニヤリと笑った。


「つーか、僕はあいつは狙ってやってたと思うわ。友達だからわかんだよね~」

「狙って……」

「アイツ、昔から綺麗なものが好きなんだよ」

「綺麗なモノ?孝志が?……孝志は、男だよ?」


(冬美ならわかるけど。冬美は、綺麗だから)


 僕の言葉に金色の瞳が、スッと細められる。

 そこに、さっきまで浮かべていた笑顔はない。


 出会ってから清掃の悪魔はいつもヘラヘラと笑っていた。


 その顔しか知らない僕が抱いたのは、得体の知れない『恐怖』

 目の前にいるのが、悪魔だという『自覚』だ。


 食い込んでいた爪が、さらに皮膚を突き破った。

 血が流れ落ちているのに不思議と痛みはない。


 僕の膝に置かれたトレーの白い紙が赤く染まっていく。

 膝に乗る宇佐美の白い毛に赤い斑点模様ができていた。


「人間の価値は見た目じゃない。お前が綺麗だと思っている者は、僕の目から見れば……真っ黒な『ヘドロ』のような形をしてるんだよ」

「それは、誰のことを言ってるんだ」


 真っ黒なヘドロが、誰を指して言ってるのがすぐに理解した僕は清掃の悪魔を睨みつけた。

 体も動かない。このまま清掃の悪魔が突然契約の話を言い出す可能性だってある。

 

 それでも、冬美に対しての言葉だけは見過ごせなかった。


『みんなが優しいのは、五十嵐くんが優しいからだよ!冬美たちは数えきれないほど、五十嵐くんにずっと助けてもらってきたから』


 朝食の時、冬美が五十嵐くんに言った言葉には、優しさがあった。


 冬美の家は普通じゃない。

 僕たちに隠している裏の顔があっても不思議じゃない。


 公園ではじめて見た顔が、彼女の本当の姿なのかもしれない。

 でも、すべてが……僕が見てきた冬美が全部『作り物』だなんて思えない。


「っ僕は、まだ冬美の全部は知らないっでも、お前なんかより、冬美もっ、孝志のことも、僕の方が……っ知ってるんだ!」


 冬美は少しガサツだけど……


「泣いてる子供がいれば、優しく頭を撫でてなぐさめるんだ。お母さんとはぐれて泣いてる子を見つけたら、真っ先に駆け寄って一緒に探してくれる」


 僕が風邪で寝込んだときは、台風の中、びしょ濡れになりながら「私がもらって嬉しいもの作ってきた!」と、きれいな三角のおにぎりを届けてくれた。

 

 普通の女の子と少しズレてるところはある。

 だけど、あの日、心細くてたまらなかった僕は、その笑顔と温かさに救われたんだ。


「孝志が不良だって噂されれば、その相手のところに行って『孝志くんは不良じゃない!』って怒るんだよ。自分だって酷い噂をされるのにっ」


 孝志が彼女の頭を撫でながら「気にするな」と言っても、ふてくされた顔をするだけで「わかった」なんて絶対に言わない。


 他人のために涙を流せる人、怒れる人は『心が優しい人』だと、母さんが言っていた。


「黒いヘドロなんかじゃない!冬美は、優しい女の子だ!」


 裏の顔があっても、本当は性格が悪くてもいい。

 これから少しずつ知って、一緒に直していけばいい。


 だって、僕は、冬美と一緒にいたいから。

 僕も、冬美も……まだ子供で、『足りないもの同士』なんだから。


 「ははっ!いいね、青春ってやつ?」


 悪魔は、ふっと笑って、ゆっくり席を立ちあがった。


「映画楽しかったねー!また時間があれば、今度はお友達と一緒に見ようね!」


「……」


 さっきまでの雰囲気が嘘のように悪魔は軽い足取りでシアタールームを出て行った。


「っ……傷が、ない」



 悪魔に爪を立てられ、血を流していた拳は傷一つ残ってなかった。




ここまで毎日の更新を読んでくださった皆さま

本当にありがとうございました!


少し前にお知らせしていた通り

現在公開中の最新話に追いつきましたので


『金曜日更新』 になります。


なろうでは『0時』を予定しております。

のんびり待ってもらえると嬉しいです!

これからも「悪魔のシェアハウス」をよろしくお願いします!


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