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悪魔のシェアハウス  作者: ユキマル02
【シェアハウス編】

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第21話『賭けの被害者』☆

【登場人物】


まもる:主人公。友達思いの優しい高校生。現在の姿は小学生。家族が大好きで早く元の世界に戻りたいと思っている。冬美のことが好き。


冬美ふゆみ:元気で明るい美少女。現在の姿は小学生。家庭環境が複雑で、この空間に残ることを望んでいる。


孝志たかし:誠の親友。現在の姿は小学生。兄貴肌で面倒見がよくて優しい性格。父子家庭で幼少期は父親から暴力を振るわれていた。誠をいつも支えてくれる存在。


五十嵐:誠の親友。友達のことを大切する優しい高校生。医者の家系で裕福な家育ち。放課後の悪魔と契約して皆を閉じ込めた張本人。そこには“ある理由”が…。

悪魔が疲弊するくらいガチガチの追加契約を作った。



【登場する悪魔たち】


放課後の悪魔:この空間を創った存在。関西弁で話すが、ときどき標準語に戻るのが逆に怖い。常にテンションは軽く、距離も近い。見た目は人間のようだが、明らかに“異質”。誠たちを翻弄する存在。


宇佐美:誠専属の『コーディネーター』。時間や場所を問わず服を用意できる能力を持ち、寸分の狂いもなく時間を把握できるため、“時計”の役割も果たしている。

名前は『宇佐美』。白くふわふわした毛並みを持つウサギの姿をしている。


シェフ:この空間の専属『料理人』。無口で寡黙、人間があまり好きではなく、長話も嫌い。料理に対するこだわりは現実のプロと遜色なく、「料理に関しては嘘はつかない」という姿勢は本物。つい最近新しい契約者を得た。


清掃の悪魔:常にテンションが高くノリの軽い青年。この空間の『清掃員』

軽い口調からいきなり雰囲気がガラッと変わるため油断できない。誠が苦手意識を持っている悪魔。


メイド:丁寧な口調で微笑む、美しいメイド姿の悪魔。

冬美専属の「レディースメイド」として身の回りの世話を担う一方で

その本性は冷酷かつ策略家。「性格は悪いです」と本人も公言している。

つい最近新しい契約者を得た。



(以降、悪魔たちは順次追加予定)







「もう一人の契約者って……冬美ですか?」



 鎖に囲われた食卓のなか「ゴクリ」と自分の唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえたような気がした。


 シェフはさっきの険しい表情から一変して、いつもの無表情に戻ると食事を再開した。


「料理が冷める」


「っでも」


「安心しろ。話は続けてやる、これは俺にも被害が及ぶかもしれんことだ。とにかく、料理は温かいうちに食べろ」


「っわかったよ」


 僕は心に引っかかりを残したまま席に着くとバスケットに入ったパンを手に取った。


「孝志も食べろ」


「あ、あぁ。いただきます」


 孝志も続くように食事を再開する。二人ともナイフを使わない……いつもの食べ方に戻っていた。


 シェフも食べながら何かを考えているようで、食堂にはカチャカチャと食器に金属がぶつかる音だけが響いていた。僕も最後のベーコンを食べながら、さっきのシェフの話を頭の中で整理する。


 

 シェフの話が本当なら、あの時シェフは無意識に『嘘の対価』を五十嵐くんに言ったのだろう。むしろ、その『違う悪魔の能力』が発動していたから、タイミング的には助かったのかもしれないけど……



 ――問題は、その後だ。


 状況的に今回の能力を使った悪魔の契約者は、冬美で間違いない。




 (シェフに言われたときは混乱しちゃったけど)



 ここに来た時、冬美だけがはっきりと『現実世界を拒んでいた』



 「帰りたくない」と言ったのも冬美だ。認めたくはないけど……悪魔と契約しても、納得できてしまう。




『外の世界に、い゛きたくないよぉ……っ!!』


「……っ」


 冬美の、あの時の声を思い出すたびに……僕の胸は締め付けられる。


「シェフは、その……違う悪魔の能力はなんだと思いますか?」


 口に運んだ目玉焼きを飲み込んでから、シェフに質問を投げかけた。


「悪魔が悪魔から能力を奪うためには、相手の能力を『正確』に知らなければならない」


「奪うって、その能力を知ったとして、どうやって奪うんだよ」


 オレンジジュースの入ったコップを持ちながら、今度は孝志がシェフに質問をする。



「悪魔には名前がある。『真名』とも言うな……名前を奪えば、その悪魔はもう抵抗できない。ただ、命令に従うだけの存在になる」



「名前を奪う」


「なんか、漫画とかでよくある設定だよな、ソレ」


「うん。でも、メイドだって悪魔だよ。そんな簡単に名前を教えてくれるのかな?」


「確かに」


「女だから手を出さないとでも?……甘いな。言っておくが、悪魔にとって性別など関係はない。能力が判明した段階で――どんな非道な手を使っても奪うぞ」

 

「メイドが屈して、自ら名前を吐き出すまで、尊厳などを無視した行為が繰り返される」


 「……!」


 シェフの言葉を聞いて、僕はその状況を想像してしまった。悪魔の尊厳を無視した行為なんて……考えただけで背筋がぞわっとして鳥肌が立った。



 あれ?でも……



「ぼ、僕たち放課後の悪魔に名前知られてるけど、だ、大丈夫なのかな?」


「お、俺、ここに来てアイツに……フルネームで呼ばれた」


 孝志はコップを持ったまま硬直した。そして、青ざめた表情でゆっくりと僕の方を見る。


 「そ、そんげん……」


 ここに連れてこられた時、孝志は放課後の悪魔に「犬飼孝志くん」とフルネームで呼ばれていた。事実に気づいた僕も孝志と同じ顔色になる。



 ――あれ?これは、マズいのでは?



「そこは心配するな。見た感じ……アイツはお前たちの名前を使って何かするつもりはないだろう」


「ほ、本当かよ」


「あぁ、それに俺と契約したことで孝志の『支配権』は俺になった。名前を呼ばれても、支配されることはない」


「そっか、よかっ……のか?俺、喜んでいいのか?」


「うーん、たぶん、今は喜んでいいと思う」


「なんか、さっきの五十嵐の反応見ると素直に喜べねぇっつーか」


「お前との契約を解除するつもりは無いぞ」


 孝志の言葉に釘をさすように、シェフが帽子の影から鋭い目線を向けてくる。


「っそこは心配すんな、契約は、解除しねぇよ」


「まぁ、孝志が望んだとしても解除はできんがな」


「だったら聞くなよ!」


「……」


 再び食堂に長い沈黙の時間が流れる。三人とも食事の手は止めていない、会話だけが途切れた。



 (話を続けなきゃ、冬美が契約者なら契約した悪魔を知る必要がある)


 

 脅されて契約した可能性だってある。もし、そうなら悪魔から冬美を助けるんだ。でも……冬美が望んで悪魔と契約していたとしたら?その時は、どうすればいい?



 答えが見つからないまま食事を続けていると――




「あれ?扉開かないんだけど?え~?もしかして僕だけ朝ごはんなし?酷くない?」



「!?こ、この声って……っ」



 『清掃の悪魔』の声だ。色々あって忘れてた……この食堂に来た時に彼の姿はどこにもいなかった。


 清掃の悪魔だから、もしかしたらこの時間まで掃除をしていたのかもしれない。


「ん?これってシェフの魔力じゃん。あぁ、能力関連の話してるのか。おーい!シェフ~!!ご飯だけでも食べさせてよ!!僕、仕事してきてすげぇ腹減ってんだよ」


 ドンドンと扉が激しく叩かれるが、頑丈な鎖が巻き付いた扉が開くことは無い。


「な、なぁ、アイツ腹減ってるって」


 永遠と叩き続けられる扉の音に耐え切れなくなった孝志が、シェフの方を見ながら扉に向けて指を差した。


「あぁ、騒がしい声だ。さっきから嫌でも耳に入る」


「えっ」


「パンが冷めるぞ、早く食え。孝志」


「えっ、あれ無視すんのかよ?」


「シェフ!シェフってばー、腹減った腹減った腹減ったーー!!」


「少し焼きすぎたな。次から焼き時間をもう少し短くするか」


「すげぇ、完全無視だ」


「シェフのバーカー!アホー!鬼―!悪魔ー!!巨根!!性欲魔人!!」


 なんか扉の向こうで清掃の悪魔が凄いことを叫んでいる。


「ベーコンは、もう少し分厚く切ればよかったな」


「えっ、僕はこれくらいで丁度よかったけど」


「油はどうだ?もう少し取った方がいいか?」


「油も全然、パンにつけて食べた時にベーコンの油がバター代わりみたいで美味しかったよ」


「そうか」


「いや、お前らよくこの声聞いてフツーに会話できんな。すげぇわ」


「っグス……お腹減ったよぉ、シェフ~」


「あぁ、ホラ。泣いちゃったじゃん、飯くらい食わせてやれよ」


「はぁ、面倒だが仕方ない」


「面倒って……」


 シェフは鎖を出したときと同じように、指をパチンと鳴らした。


「わ!今日の朝ごはん、ベーコンエッグ?最高だね!!」


 扉を叩いていた悪魔が喜びの声を上げる。でも、廊下で地べたに座ってご飯食べてるって思うとなんだか申し訳ない気持ちになった。


 (清掃の悪魔、ごめん。明日の朝食の時に僕のパン一個分けてあげるよ)


 そんなことを考えながら、なんとなくシェフの方に目線を向けると、完全無視を決め込んで、扉にすら目を向けてなかったシェフが逆に真剣な表情で扉の方を見ていた。


「シェフ?」


「アイツなら……使えるかもしれないな」


「えっ」


 シェフはポツリとつぶやくように言うと、さっきと同じように指をパチンと鳴らした。




 すると―――



「えっ!?」


「うわっ!?」


「あれれ?作戦会議に僕、参加OK?」


 食堂のテーブルのど真ん中、扉の向こうにいた悪魔がベーコンを口からはみ出した状態で召喚される。……周りにあった影の鎖は綺麗に消えていた。


「えっ、なんで清掃の悪魔が」


「いいのかよ、話聞かれないために、あのわけわかんねぇ鎖?結界、貼ったんじゃねぇのかよ?」


 僕と孝志はいっせいに席を立ち悪魔から距離を取った。二人とも朝食はすべて食べ終えているから、シェフに怒られることはないだろう。



「おい、《†∴∅≠:γλ=》」



「ん? へぇ〜!お前から名前呼ぶとか珍し〜ね」



「お前、新しい能力、欲しくないか?」



「……朝のやつ? やっぱ、あれ能力なんだ」



「俺が考えただけでも3パターンある」



「へぇ〜、俺も何個か思いついたけど、確証まではいってない感じ」



「契約者は──あの少女で間違いない」



「だろうな。……ってことは、悪魔はメイドか」



「俺が能力を使って、メイドを調べる」



「え? お前の能力って探索系?」



「バカか。教えるわけねぇだろうが」



「あはは〜、知ってるって! 俺も教える気なんかさらっさら無いし──でも、能力は欲しいね。もっと強くなりたいし」


「なら、交渉は成立だな」


「で、俺は待ってればいいの?《∴λ†Ω=》」


「ああ。お前はどうしようもないクズで狂人だが、強いことは知ってる。……俺も、お前の能力には手を出さない」


「OK〜。じゃあ、楽しみに待ってるわ」


「あぁ」


「……」



 な、なんだったんだ。今の会話…?


 僕たちはテーブルの上で繰り広げられる会話についていけなかった。英語みたいな言葉も交じってたし、シェフも清掃の悪魔も気づいたら『友達』と話すような、砕けた口調になっていた。


 清掃の悪魔は会話しながらご飯を食べていたし、シェフも会話しながら食べ終わった食器を運びやすいようにまとめていた。


(悪魔って、本当に器用なんだな)


「な、なぁ……お前らって友達、なのか?」


 マナーもへったくれもなくテーブルの上に座る悪魔に警戒しながら、席に戻った孝志が恐る恐るといった様子で彼らに声をかける。


「そだよー!僕とシェフは悪魔になる前から友達だったんだ」


「えっ!?」


「あ、悪魔になる前って2人は最初から、悪魔じゃなかったのか?」


「まぁ、『常識の中で生きてる人間』には、悪魔になりたいって思う人間が存在してるなんて、考えたこともないよねー」


「悪魔になりたい人間って……」


 それはつまり、シェフも清掃の悪魔も――『元人間』ってことなのか?


「に、人間って、悪魔になれんのかよ」


 衝撃の事実に僕も孝志も驚きを隠せないでいた。


「なれるよ~、まぁ、僕はシェフが悪魔と契約するとき、面白そうだなって思って「俺も悪魔にして~」って勝手に割り込んだだけなんだけどねー」


「えっ!?あ、悪魔と契約したのってシェフの方なの?」


「あぁ」


「な、なんで」


 僕の質問に、片付けするシェフの手がピタリと止まった。シェフは何か苦いものを思い出したような表情を浮かべると、重い口を静かに開いた。



「神に、嫌われるためだ」



「嫌われるって…」


 神に嫌われたいってことは、前は神様を信仰していたのか?


「作戦会議は終了だ。俺は昼食の準備に入る。お前らも早く部屋に戻れ」


 シェフはそれだけ言うと積み重なった食器を片手に厨房の奥に消えて行った。遠ざかっていくシェフの背中を見送っていると――




「『ヨブ記』って知ってる?」



 清掃の悪魔に話しかけられた。



「えっ」



 いきなりこの悪魔は何を言い出すのか。ちなみに、僕は『ヨブ記』を知らない。



「えっ!?ヨブ記知らないの?」


「えっ、いやっ」


 (ヨブ記って何!?アブの仲間!?新種のハエの話?えっ?ゆ、有名な話なのか??)


「ま、知らなくても無理ないか!有名じゃないからね!」


「有名じゃないんかい」


「あはは~!!いい反応!最高だね!誠クン!」


「どうしよう。勝てないってわかってても殴りたい」


「誠、落ち着け。出てるから、心の声が」


 清掃の悪魔は僕の言葉にケラケラ笑うと、テーブルの真ん中に座ったまま持っていたフォークを空中でくるくると回転させた。


 

 そして、なにかを思い出すように、ゆっくりと語りはじめる……




「めっちゃ簡単に説明するとヨブ記は、神と悪魔が賭けをして、信仰深い人間(ヨブ)に苦しみを与えて、それでも信仰を貫けるか試す話なんだよね」


「し、信仰を試す?」


「ヨブの周囲の人たちは不幸になったり、謎の病気にかかったり、家族が死んだりする。まぁ、ヨブは最後まで信仰を貫いて神様からご褒美をもらうんだ。でもさぁ、やられ側はたまったもんじゃないよね?」


 言いながら悪魔はフォークで皿に残った目玉焼きを真上から突き刺した。


「最後に全部戻ったからOKでしょ?って言われてもさ、僕なら納得できないし、神様殺したくなっちゃう」


 そして、切れ目からあふれ出た黄身をぐちゃぐちゃとかき回す。


「えっ、家族が殺されるんですか?」


「うん。だって信仰を貫けるかの試練だからね。ヨブも、その周りの人間もみーんな不幸になって死ぬよ」


「そ、そんな、酷い……っ」


「か、神様は、助けてくれないのか?悪魔がやってるって知ってんだろ?」


「助けるわけないじゃーん。最初に言っただろ?この不幸も、家族の死も――『神と悪魔の賭け』なんだよ」


「賭けって…」


(人の人生を、なんだと思っているんだ……っ!)


 知らない物語なのに、僕は物語の全貌を聞くだけで怒りが込み上げてきた。孝志も酷く怒った表情で悪魔の話を聞いている。だって、こんな理不尽な話……あまりにも酷すぎる。



「でもさ、悪魔がヨブ一人だけにやると思う?悪魔は楽しいことが大好きなんだ。有名なのは信仰を貫いたヨブだけど、他にも――『賭けの犠牲者』がいても、可笑しくないよねぇ~」


 そう言って悪魔は、ぐちゃぐちゃになった目玉焼きを口の中に頬張った。口元からこぼれた黄色の液体を親指で拭って、舌で舐めとると、僕たちを見下ろしゾッとするような美しい笑みを浮かべる。



 ――僕には、清掃の悪魔が言いたいことが、わかってしまった。



 (悪魔が人間一人に満足なんてしない)



「ヨブの他にもいたんだよ、書物には残されていない、悪魔と神様の『賭けの被害者』がさ」


「それが—―シェフの親友の『テオ』だった。……僕の友達でもあったけどね。」



「…親友………」


 清掃の悪魔がさっき言った話が本当なら、たぶんシェフの親友は……


「亡くなった、の?」


 聞き返す声は震えていた。


「うん。ヨブみたいに全員が信仰を貫けるわけがない」


 清掃の悪魔の声は普通だった。長く生きているから、悲しみなど、とうの昔に乗り切ってしまったのかもしれない。


「まず一番最初に両親が不慮の事故で亡くなったよ。テオも、ヨブと同じように謎の病気になった」


「っ……ひどい」


 悪魔の話に僕は拳を強く握った。


「シェフも……アイツも神様を信じてた。祭りの日でもないのに、供物を用意して仕事も沢山して。満足に食事もできないなかで。アイツは毎日、毎日――」


 清掃の悪魔はそこで一度目を伏せ、ゆっくり続けた。


 「神様に、お願いしてたんだよ――『親友を助けてください』って”……」


「シェフが」


「テオは、神様を憎んだ。なんでかわかる?悪魔が楽しそうに『ネタばらし』してきたんだよ」


「ネタばらしって…」


「お前は『賭けに負けた』って、神様に見捨てられても、悪魔の遊びは――テオが死ぬまで続く」


「えっ、ちょっと待ってよ!死ぬまでって、なんで、見捨てるってっ」


 そんなの、テオには『選択肢がない』ようなものじゃないかっ……!


「テオは、残された兄弟を守るために……自ら、毒を飲んで自殺したんだ。」


「……なん、でっ」


 予想通りの結末に、僕は目を伏せることしかできなかった。


 過去の話なのに、もうシェフの親友はいないのに、僕はやるせない気持ちで胸がいっぱいになった。


 泣き出しそうな僕の顔を見て悪魔は「同情してくれるの?優しいねー」と言いながら、彼にしては珍しく優しい笑みを浮かべていた。


 「テオが死んだらさー……村に毎日のように降っていた雨も、作物を枯らすほどの日照りも、地震も――全部、止まったよ」



「……」



「親友を失って、シェフは神様を憎んだ。だって悪魔の所業を止められるのは神様しかいないのに……神は、何もしなかった」



 ……悪魔のしたことは酷い。でも、神様が見てたのに黙ってたって思うともっと苦しくなる。


 (シェフは優しいから、誰を恨んでいいのか迷ったはずだ。きっと、誰よりも苦しんだんだ)


「村の長老が『神様は私たちを見守ってくださる』ってよく言ってたからね。アイツはソレを信じてたんだ」


「神様に見られることすら嫌になったアイツは……どうすれば神に嫌われるか、見放されるか考えて――悪魔になりたいと願った」



「神様に、嫌われるために」


「悪魔になったのかよ……シェフは」



 僕は清掃の悪魔からシェフの過去を聞いて、シェフがどうして他の悪魔とは違うと感じたのか、あの『違和感』の正体がわかってしまった。



「だから、シェフは優しかったんだ」


 僕はきっと無意識に、シェフに『人間らしさ』を感じていた。だから、契約の話をするときも迷いなくシェフを選んだ……元人間だから。


 

 シェフは悪魔になりたくてなったんじゃない……神様に失望して、怒り……



 ――亡き親友のために悪魔になった。



「喋りすぎて疲れちゃったな!朝食ごちそうさまでした!シェフ~!僕、皿洗い手伝うよ~?」


 悪魔は食べ終わった皿を持つと、テーブルの上からぴょんっと降りてシェフが消えた厨房に走って行った。



「……僕たちも、部屋に戻ろうか」


「そうだな……」


「なんか、疲れたね」


「そう、だな」


 清掃の悪魔の口調が軽いせいで混乱してしまうけど、僕たちは『シェフの過去』を知ってしまった。


 なんだか、満腹とは違う意味でお腹いっぱいだ――。




 席を立ち、厨房の方に目線を少しだけ向けると、僕たちはそのまま食堂を出て行った。









最後まで読んで頂きありがとうございました!!

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