第17話『悪魔とは……』
【登場人物】
誠:主人公。友達思いの優しい高校生。現在の姿は小学生。家族が大好きで早く元の世界に戻りたいと思っている。冬美のことが好き。
冬美:元気で明るい美少女。現在の姿は小学生。家庭環境が複雑で、この空間に残ることを望んでいる。
孝志:誠の親友。現在の姿は小学生。兄貴肌で面倒見がよくて優しい性格。父子家庭で幼少期は父親から暴力を振るわれていた。誠をいつも支えてくれる存在。
五十嵐:誠の親友。友達のことを大切する優しい高校生。医者の家系で裕福な家育ち。
放課後の悪魔と契約して皆を閉じ込めた張本人。そこには“ある理由”が…。
悪魔に騙されたことにキレている。
【登場する悪魔たち】
放課後の悪魔:この空間を創った存在。関西弁で話すが、ときどき標準語に戻るのが逆に怖い。常にテンションは軽く、距離も近い。見た目は人間のようだが、明らかに“異質”。誠たちを翻弄する存在。
宇佐美:誠専属の『コーディネーター』。時間や場所を問わず服を用意できる能力を持ち、寸分の狂いもなく時間を把握できるため、“時計”の役割も果たしている。
名前は『宇佐美』。白くふわふわした毛並みを持つウサギの姿をしている。
シェフ:この空間の専属『料理人』。無口で寡黙、人間があまり好きではなく、長話も嫌い。料理に対するこだわりは現実のプロと遜色なく、「料理に関しては嘘はつかない」という姿勢に、誠は“他の悪魔とは違う”ものを感じている。
(以降、悪魔たちは順次追加予定)
紅茶の匂いが香る室内、この匂いだけなら今から『お茶会』でもはじめそうな空気だ。
――でも、今から始めるのはお茶会なんかじゃない。
「シェフの……あなたの能力と対価、教えてください」
――悪魔との交渉だ。
テーブルを挟んで向かい合うように置かれたソファーには長い足を組んで、帽子の影から赤い瞳を覗かせる悪魔がいる。
たった一日しか関わっていない悪魔を信用することなんてできない。
だけど、僕たちには迷っている時間が無いのも事実。
(これは『賭け』だ……)
膝に置いた両手が、緊張して震えている。
ほのかに香ってくる紅茶の匂いに、酷く喉が渇いて早くシェフの紅茶が飲みたいと思った。
「……俺の能力は」
「ちょっと待ってくれ!」
「え!た、孝志?」
シェフが言いかけたところで、孝志が静止をかけた。
怪訝そうな目をシェフが孝志へと向ける。僕も驚いて孝志の方を見た。
「話をぶった切って悪い……シェフに、少し確認したいことがあるんだ」
「なんだ」
黒と赤、二つの異なる目を向けられた孝志は少し迷いながらもシェフの方を真っすぐ見た。
「の、能力を言った瞬間に対価が発動したりしねぇよな?」
「……」
「い、五十嵐みたいに腕取るとか」
「孝志?なに言ってるんだよ」
「万が一って可能性あるかもしれねぇだろ!?よく漫画とかでも見るじゃん。契約するって言った瞬間に「対価だ」とか言って、問答無用で腕とか心臓奪うやつ!」
「!?」
孝志の話を聞いて、背筋が震えた。
「で、でも、そ、それはマンガの話だろ」
「目の前にいるのは本物の悪魔なんだぞ!?今、この瞬間も俺らの心読んだりしてるかもしれねぇじゃん!」
「心を、読む……」
僕が知識で知っている悪魔は、人の思考を覗いたり、姿を変えたり
言葉ひとつで人を操ったりするものだ。
「勘違いしてるようだから教えてやるが……悪魔はそこまで『万能』ではないぞ?」
「えっ!?」
驚いて前を見ると、呆れたような表情を浮かべるシェフと目が合った。
「漫画やアニメで描かれている悪魔は幻想だと思え。まぁ、一部当てはまる悪魔はいるが……俺に人の思考を読む能力はない」
「えっ!?で、でも……」
「お前は『感情が表情に出るタイプの人間』だな」
「へ?」
突然、シェフの分析がはじまった。
「思考型と言った方がいいか。頭はそこまでよくないが、勘は鋭い」
シェフの言葉に反論の言葉が出てこない
「ただ、好きなものや信じたい相手には、理屈よりも先に感情が動く。一度心を許すと警戒心が下がる。顔も声も、全部に出るタイプだ」
「んなっ……!!」
代わりに、間抜けな声だけが出てしまった。
何個か当たってる。というか、心当たりしかない!
シェフは僕の動揺など気にした様子もなく、今度は孝志の方に顔を向ける。
「お前は『感情型』だな。自己犠牲的な傾向が強く「自分は後回し」が当たり前。怒りや不満は表情では隠せるが、嘘が破壊的に下手だ。顔に出てすぐにバレる」
「えっ!な、なんで知ってんの!?……あっ」
まさか自分も分析されると思っていなかったのか、不意打ちを食らって孝志は僕以上に驚いていた。
「悪魔が何年生きてると思っている?千年以上、いや万か?それ以上が通常だ。俺たちは生きてるだけの年数、様々な人間を見て、観察してきた」
「か、観察」
「初対面の人間でもソイツがどんな性格で何が好きか、何を望んでいるか、どうすれば騙し堕とせるか、仕草一つ見れば大体わかる……統計学みたいなものだな、心を読んでるわけではない」
「と、とうけいがく」
「長く生きてるから、できること……」
そうか。本当の悪魔は……『人間の癖』や『傾向』を見て
相手を信じさせる動きをするのか。
シェフの話を聞いて僕の額には汗が滲み出ていた。
下手に能力使われるより、長年の経験で性格を見極められる方が地味に怖い。
少し両親を思い出してしまった。
「悪魔の中にも心を読むことに特化したやつもいるが、稀だ。長く生きていれば器用にもなる。人の心を読んだかのような振る舞いもできるし、騙されたフリもできる」
両親よりも長い時を生きている悪魔が、人を見抜く目を持っていたとしても
不思議じゃないって、思ってしまった。
シェフは言葉の途中で、ティーポットに手を置くと「少し熱かったか?」と温度を確認していた。
そして、ティーポットからゆっくり手を離すと僕たちへと視線を戻す。
「ソイツを好きだという思わせぶりの演技もできる。悪魔とはそういう生き物だと思え」
砂時計の方をよく見ると、中の砂はもう半分以上落ちていた。
「じゃあ、ここにいる悪魔で心を読める悪魔はいないんですね?」
人の心は読めないと言っていたシェフの人間分析は怖いくらい当たっていた。
シェフでこれなら、もし、本当に心を読める悪魔がいるとしたら――
考えただけで、怖くなる。
「さぁな、悪魔は基本的に『互いの能力は知らない』」
「え!?お、お互いの能力知らないんですか!?」
「あぁ」
更なる衝撃的な事実に僕の声は自然と大きくなる。
放課後の悪魔の口ぶりからして、悪魔たちはお互いの能力を知ってるものだと思っていた。
(でも、それってつまり……悪魔は『仲間同士』じゃないってこと?)
「なんで知らないんだよ。……仲悪いのか?」
「悪魔にはソイツだけにしか持てない『固有能力』がある。もし、能力を知られた場合、能力によっては悪魔に奪われる可能性があるんだ」
「?悪魔の能力を、悪魔が奪うのか?」
シェフの話に腕を組んだ孝志が片眉を上げる。
「そうだ。このゲーム自体も、それが含まれている可能性が高いだろうな。俺の能力は今のところ、誰にも知られていない」
「えっ、僕たちに教えて大丈夫なんですか?」
「では聞くが。――『対価』はなぜ、あると思う?」
「へ?なんでって……」
シェフからの突然の質問に僕は戸惑った。
対価がどうしてあるかなんて、考えたこともないからだ。
『対価』それは、漫画やアニメでよくある設定だ。
僕はアニメを見てる時って基本的に何かを考えながら見ることはない。
契約に必要だからとしか、思えなかった。
(でも、なんで必要なんだろう?)
なんでもできる悪魔が人に、対価を求める理由ってなんだ?
「人が、苦しむ姿を見るのが好き?だから、とか?」
言った瞬間、隣で孝志が「お前、マジか?」といった表情で見ているのが、視線だけでわかる。
やめて見ないでくれ。自分でも、悪魔っぽい回答したことは自覚してるから。
「例えば、『目』を対価にしたとしよう。すると、契約者の一部が悪魔の手に渡る。悪魔の手に渡る以上、契約者は悪魔と『死後』も繋がり続ける」
「っ、死後も……」
『死後』その単語を聞いただけで、僕の体に緊張が走った。
ゴクリと、無意識に唾を飲みこんだ。
「繋がったら、どうなるんですか?」
「契約者が地獄での刑罰を終えて転生したとしても、どこにいても居場所がわかる」
「!?」
「つまり、お前が俺に対価を払った瞬間から、俺は常にお前を『監視』することができるということだ。お前の『体の一部』は、俺のものだからな」
シェフの赤く鋭い瞳が僕を真っすぐ見据えた。
「悪魔って、なんでもできるじゃないですか。そんな、人間を監視する意味ってあるんですか?」
僕は恐る恐る、シェフに聞いた。
対価の理由を聞いても、いまいち納得できなかったからだ。
「なるほど、やはりお前は少しだけ賢いようだな」
「ど、どうも」
「まぁ、合理的に言えば対価というのは、魂を回収するための『タグ付け』だ」
「タグ付け?」
「人間を堕落させることは一種の悪魔の仕事でもある。魂は有限だ、堕としやすくて使いやすい魂は何度でも使い回した方が、新しく探すより楽なんだ」
シェフの言い方に僕は少しだけムッとしてしまった。
「そんな、モノみたいな言い方しなくても」
「悪魔にとって興味のない人間の魂は【モノ】でしかない。悪魔と契約するというのは、魂ごと支配されるということだ……」
シェフはそこで一度言葉を切った。
そして、ティーポットに向けっていた目をスッと僕へと向けた。
「お前にその覚悟はあるのか?」
「っ、覚悟……」
シェフの言葉が終わるのを合図に砂時計の中の砂がサラッと全て落ち切った。
対価の話を聞いてから心臓の音がうるさい。
周りに聞こえるんじゃないかってくらいドキドキしている。
(魂の支配……死後も続く?契約ってそんなに重いものだったの?)
死んだら契約は解除されるものだと思っていた。
(生きてる間だけじゃないのか……死んでも、地獄に堕ちても、生まれ変わっても、ずっと悪魔と繋がってるなんて、それって、もう……)
――僕の人生に自由が無いってことだ。
『漫画やアニメで描かれている悪魔は幻想だと思え』
「……」
シェフの言ってることは正しいことなんだろう。
本物の悪魔と契約することは――『人生を対価』にするってことだ。
「……できたな」
シェフがティーポットの蓋を開ける。
さっきまでふんわり漂っていた紅茶の匂いが強くなった。
「砂糖は何個だ?ミルクはどれくらい入れる?」
「えっ、あー、じゃあ、3個で。誠は……誠?」
「えっ、に、2個で、おねがいします」
「誠?大丈夫か?顔色悪いぞ……?」
「だ、大丈夫。喉が、乾いてるだけだから」
「具合悪くなったらすぐに言えよ」
「うん……ありがとう」
「時間だ」
その言葉に僕と孝志、二人の体に緊張が走る。
「じ、時間って、悪魔の時間ですか?」
「そうだ」
【ただいまの時刻は0時でございます!】
隣に座る宇佐美が、場違いなほど元気な声で答える。
「はぁ……疑いの眼差しを向けるな。安心しろ、お前らがこの部屋を出るまで、俺は『シェフ』だ」
不安になって二人してシェフを凝視していたのか、紅茶を一口飲んだシェフは呆れたようにそう言った。
シェフの言葉を聞いてようやく安心できた僕たちは、シェフの淹れてくれた紅茶に口を付ける。
「!おいしい」
「すげぇイイ匂いだな」
紅茶の知識が無い僕でも、シェフが淹れてくれた紅茶はいいものだとわかる。
とにかく香りが良くて、味を楽しむよりも僕は香りの方に夢中だった。
「当たり前だ。茶葉も俺が厳選して選んでいるからな」
自慢するでもなく、常時と変わらない平坦な声でシェフは言った。
「紅茶もこだわってるのかよ、すげぇな」
「で?俺はいつ話の続きを言えばいいんだ?紅茶を飲みにきたわけじゃないだろ?」
けれど、やっぱり、シェフは逃がしてくれない。
シェフの話が本当なら、万が一、僕がシェフの能力のことを誰かに話したとしたら
――僕は……『殺される』
契約者を監視するというのは、そういうことだ。
支配するために、見張る……人なんて信用していないんだ。
「誠、大丈夫か?」
「っ大丈夫」
僕はカップを皿に戻すと、呼吸を一つして気持ちを落ち着かせた。
「……シェフの、能力を教えてください」
僕の言葉にシェフは、静かに頷いた。
「俺の能力は『影に潜む』ことだ。昼夜問わず、生物の影の中に気づかれることなく潜むことが出来る。そうだな……お前たちの使用用途を考えるとするなら『情報収集』ができること、影と影の間を気づかれることなく、移動できるということだな」
「影に潜む能力…」
影の中に入れる?この能力って使い方によっては、かなりいいんじゃないか?
――でも、なんだか、強い悪魔が使う能力だとは思えない。
「対価は『味覚』だ」
「!?み、味覚って」
考える時間など与えないように続けられた話に、頭が回らなくなる。
待ってくれ、味覚って、そんなの……かなりの代償じゃないか!?
「能力を知った以上、契約は免れんぞ」
「……っ」
まだ、他の悪魔の能力も知らない状態で、いきなりそんな代償を払うのか?
母さんのご飯の味も、買ってくるパンも、あの焼きたてパンの香ばしさも、冬美が作ってくれると約束したパンケーキの味も――
全部、感じることができなくなるのか?
カップを持つ手がカタカタと震えている。
目の前に座るシェフが静かに再び紅茶へと口を付ける。
ゆっくり立ち上る湯気の向こうから、赤い瞳がジッと僕を見つめている。
――赤い瞳は僕を逃さない。
紅茶の匂いが、手に感じる微かな重みと暖かさが……
逃げ場などないのだと、現実なんだと……
思い知らせてくる――。
最後まで読んで頂きありがとうございました!




