やり直しの権利
11才。さっきの授業で、へんな答えを言ってバカにされたのをやり直したかった。
13才。近所の一つ上の兄ちゃんに誘われて剣道部にはいった。書道部にはいりたかったのに。
15才。受験に失敗。もっと勉強しておけばよかった。
18才。鉄工場に就職。こんな油クサい仕事いやだ。楽な公務員になればよかった。
22才。彼女ができた。相手は高校受験勉強をみてくれた3歳上のお姉さん。勢いで結婚したけど、ほか女性ともつきあいたかった。
25才。子供が生まれた。もう離婚はできない。
28才。春。無理な姿勢がたたって腰痛。2人目が生まれた。会社が倒産。公務員になれるチャンスだけど家族を喰わせるため、すぐ働ける土木会社に就職。
32才。腰痛が悪化。でも仕事しないと。眠れない日が続く。これが定年まで続くのか。人生をやり直したい。
33才。上の子が中学生。こんなに金がかかるのか。副業しないと。
34才。趣味のPCのおかげで内業に回された。覚えることを覚えてしまえば、楽。空いた時間でネット起業だ。腰痛はあいかわらだが、カラダは楽になった。
36才。上の子が高校生。下が中学。金がいくらあっても足りない。内業は順調。ホームページ作りが楽しい。家でも時間の許す限り稼いでる。
38才。妻との関係が冷え込でる。しばらく抱いてない。PCばかりやってんのはお前らを食わせるためだっつーの。品行方正だった子供が不良になったのは、お前の性格がキツイせい。俺のせいじゃねーよ。ほかにやり方がなかったのか。
40才。上の子大学生。奨学金という名の借金に頼るが、毎月の学費が減って日々の生活は少し楽になった。
43才。下の子も大学生。さらに学費が減って楽に。いいのか。ネット起業はうまくいなかくなってきた。稼ぎ方の進化についていけない。
45才。また会社が倒産。ネットも稼げなくなって止めた。妻が離婚届をちらつかせる。仕事を探してると、以前の同僚が立ち上げた会社に誘われた。
47才。給料はいまより高くなった。子供たちは就職して経済的に自立。24時間、金に悩んだ苦労はなんだったんだいうくらい、悠々自適になった。妻の顔も明るい。
55才。腰痛との付き合いも長い。薬と整体で上手に舵をとる方法を覚えた。庭で小さな家庭菜園をはじめる。人生も悪くないと思えるように。
62才。長く勤めた仕事を止めた。これからは年金暮らし。気楽なバイトをしながら、好きな本を読んで老後を楽しんでいこう。妻との関係も悪いものじゃなくなった。時間は、どんなぎすぎすも解決してくれる万能薬だった。
72才。死の床についた。いや100年時代にしては早い死になるが、ふり返ってみれば悪くない人生だった。劇的でもなく、平凡以下のさりげない生き方をだったけど。それなりの紆余曲折。楽しい72年だっと言えよう。悔いなく眠れる…………
死んだと思った俺のなかに、女性の声が響いた。
『ぴんぽーん。おめでとうございます。人生をやり直す権利が与えられました』
なんだと……いまさら要らない! 俺は安らかに寝たいんだ!!
『拒否権はありません。11才からやり直してください。それでは良い人生を』
いやあああああーーーーーーーー!!!
11才。さっきの授業の変な答えだが、笑われたからどうだっていうんだ。やり直すのもバカバカしい……