第六話
「そういえば、カルはどうしたの?」
あのうるさい鳥がいない。カルはいるとうるさいのに、いないと寂しく感じる不思議な従者だ。
「先に謁見の間に入っています。俺の肩に乗ったまま王に会うのも失礼かと思ったので」
ルースが答えた時、謁見の間の大きな扉が開き始めた。
私とルースは並んで前を向いた。開かれた扉の先には玉座が鎮座している。そこに座るのはこの国の王アダマス。先ほどの農作業の格好とは打って変わって、宝石の散りばめられた王冠をいただき、大綬をかけている。その姿はどこからどうみても立派な王だった。
その横には女王フローレスが同じ形の玉座に腰かけている。このカリナン王国の王と女王に上下はない。占い師には女性が多いし、その才能に顕著な男女差はなかったからだ。
「──っっっ!」
隣から息がつかえたような音がした。ルースが悲鳴を押し殺したと分かった。なぜなら、王アダマスの後ろには、巨大な熊が立っていたから。
「大丈夫。あれは父の従者よ」
私は小声でルースに教えてあげた。ルースは小刻みに震えていたけど、なんとか声も上げず視線もそらさず、真っすぐ前を向いたまま、少しだけ頷いた。
私とルースは王の前まで進んだ。まず、ルースがカッと音を立てて軍靴を合わせた。そして胸の前に左手を当て、お辞儀をする。
「ご挨拶が遅れ、大変失礼致しました。私はベリル王国近衛師団所属、ルース・クリソベリルと申します。貴国カリナンへは、自国における仔細不明の事態について、ご助言、ご助力を頂きたく訪問した次第です。今、ベリル国内は混乱の事態におちいっております。我が祖国のため、そして私自身のために、偉大なる国王様のお力をお貸しください」
ルースは堂々と挨拶を終えたように見えたが、実はとなりで脚が小刻みに揺れているのが感じ取れた。なくなった勇気の穴埋めをするために、根性を総動員しているのかもしれない。
「よくぞ、我が国へいらしてくれた。歓迎致すぞ、クリソベリル大将。──さて、その祖国の混乱とやらだが、私たちの方でも不穏な様子を感じ取っていた」
驚いたのか、ルースが目を見開く。これは私も知らなかった。お父様は既にベリル王国の国難ともいえる事態を知っていたというのかしら。
「ベリル王国の事をいち早く感じ取ったのは町の占い師たちなのです。この国の民は他国の一般市民とのつながりが深い。占いを通じて、顧客の方たちから良くない噂を聞いたり、見たりしたのですよ」
そう言ったのは女王フローレスだった。町の占い師から、ということは、このことに王族で誰よりも早く知ったのはきっとお母さまなんだわ。
「そのこともあって、我が国の斎の姫巫女に宣託の儀式をしてもらった訳だが……。さて、アリシア。どんな卦が出たのだ?」
父に促され、私は跪いて頭を下げた。
「王アダマス、女王フローレスにご神託をお告げ致します。まず、市中に湧き出る妖魔について視ました。これはベリル王国に源があるとのお告げです。次に視えたのは公務員。ベリル王国首都ヘリオドールの税務署に勤める一般市民です。
名はハーテ。ハーテは魔法の力を使い、ベリル王国を混乱に陥れました。王の怒りは強く、ハーテは自らの危機を感じ取りました。そして小さきものと共に逃げてしまいました。逃げた場所は三千世界のひとつであるモッズです」
「──三千世界のひとつですって! なんてこと……この世界ではないのね」
母が押し殺した驚きの声をあげた。
「ハーテを捕まえるためには、モッズに行かなくてはなりません。そして──ご存じかと思いますが、モッズに行く方法はただひとつ。〝弦〟に入り塔を目指すことです」
「〝弦〟か……。確かにその通りだ……」
父が苦し気な声で言った。それは〝弦〟に入る事がいかに危険か、ということを知っているからだろう。
「〝弦〟……?」と隣で小さくつぶやくルースの声がする。分かっていることを説明してあげたいけど、今は儀式の途中でそれが出来ない。
「託宣、確かにこの耳と心で受け取った」
父が一応の締めくくりをする。色々と詳しい話をするのに、謁見の間ではやりにくいと判断したようだ。
「これより先は談話の時間としよう。はぁ、やれやれ。もう堅苦しいのはナシだぞ。ルース殿、適当に食事をしながらこれからの事を話してもよいか? それとベリルの話も聞かせてほしい」
「はい! もちろんです」
ルースもほっとしたようだった。父は玉座から降りると、従者である熊のテディに王冠と大綬を渡した。テディは見た目こそ二メートル近い大きさの熊だが、とても優しい性格で絶対に暴れたりはしない。私も姉弟たちも、小さい頃はこのテディに抱かれてお昼寝をしたものだった。
一同は迎賓館を出て自宅の屋敷へ移動した。迎賓館は美しい宮殿だが、くつろごうと思っても煌びやか過ぎて無理だった。
自宅の応接間では、それぞれ普段着に着替えて新ジャガの料理がてんこ盛りになったテーブルを囲んだ。ルースも軍服を脱ぎ、白のシャツと黒いズボンに着替えている。
その服は当家執事のオルロフが適当に見繕ってくれたものらしい。ルースが着ていた旅の服と着替えもろもろは、全部洗濯に出している。
「……ほうか……心を盗むとは……ほんでもはい……やつだな」
父はゆでジャガのバター乗せをほおばりながら、ルースの旅の理由を聞いていた。
「あなた、ほらもう! こぼれておりますよ」と母からたしなめられている。
「女王様、わたくしが片づけますゆえ、お気になさらず」
そう言ったのは母の従者である、白い狐のサンシ―だ。美しい毛並みを持つ小型の狐だが、母が危機に陥った時は命がけで戦う。
「サンシ―、あなたにそんな普通のペットみたいな事をやらせるなんて……」
母の言葉に、サンシ―は目を細めて微笑んでから、父のこぼしたジャガイモを食べて回った。
私の従者プリンは、私の膝に乗ったり肩に乗ったり、フワフワとみんなの周りを飛び回ったりと、楽しそうに過ごしている。
「あっしはね、ちゃんと見てきましたよ! まったく、うちの大将のタマと来たらそりゃあもう、アームストロング砲もかくやというほどのいかつさでしたわ!」
カルが隣に向けてしゃべっている。迎賓館では口をきくな、と固く言われていたらしく、儀式の間中スンとした顔で止まり木に止まっていた。その代わり屋敷に来たらしゃべりっぱなしだった。
アームストロング砲ってどんなのかしら。まぁ、ルースのタマとやらがどんなでも私には関係ないけど……アームストロング砲は気になるわ。