第四話
「ずっと野宿だったって、どうしてなの? まさか王様は路銀を持たせてくれなかったとか?」
屋敷に向けて歩きながらルースに訊いた。自宅の屋敷は斎場からさほど遠くない。
斎場ももちろん、王族であるカリナン一家の敷地だ。私が宣託を受ける時、町人が入ってこないように、厳重に管理されている。
「いえ。ビクスは──あ、王は名をビクスバイトといいます──きちんと路銀を持たせてくれました。ただ、途中でそれを盗られてしまって……」
「ルース様ってば、立ち寄った酒場でセクスィ~な美女に言い寄られて、たくさんお酒を飲まされちゃったんです。ほとんど下戸なのに。それで意識を失って、気づいた時は乗って来た馬と財布が無くなっていたと」
ゲヒヒ、と下品な笑い声をあげてカルか教えてくれた。
なんてこと。この勇者は勇気だけじゃなく財布まで盗まれたワケ? しかもセクシーな美女と一夜を共にした後に。
……まぁいいわ。私には関係ないもの。黙ってれば言い寄られるのも仕方ないくらいの美形だし、そういうことは今までだってたくさんあったはず。
でも何かしら……なんだか気持ちがモヤモヤする。
まだ会ったばかりで良く知らないけど、ルースが誠実で良い人だということは、話しぶりや行動から分かってきた。
だから意外だったのかも。私の裸くらいでオロオロしていた人が、色っぽい美女と行きずりの恋をした事が。きっと意外すぎて、それで気持ちが落ち着かないだけ。
──そう、多分それだけ。
なんとなく無言になってしまって、てくてくと歩いて行く。ルースはキョロキョロしながら、木々の奥に見えるカリナンの街並みを珍しそうに見ている。
「カリナン王国といえば、かの有名な『コンビニ』があるところですよね」
突然、ルースが訊いてきた。
「コンビニを知っているの?」
「もちろんです。世界にひとつしかない店でしょう?」
「そうよ。『混沌よろず屋第二別館。ないものはない雑貨店。ビニ本あり〼』、略してコンビニ」
「そこへ行ってみたいんです。俺の憧れなんだ」
「まさかとは思うけど、ビニ本がほしいわけ?」
「男のロマンです」
いけしゃあしゃあとよく言ったわね。カメムシも駄目なヘタレのくせに。
でもまぁ、やっぱり、ルースもちゃんとスケベ心を持ち合わせてるんだ。そうよね、だからセクシー美女とも関係持てちゃう。私がモヤモヤすることじゃない。
「あるわよ、すごいのが。規制でモザイクはかかってるけど、店主に多めに支払えば裏から消しナシをもって来てくれるわ」
「なんと……それはすごいな。伝説の巨大妖魔ヴイーヴルに勝った時、王から賜った報奨金を全て注ぎ込みます」
報奨金をそんなことに……。やっぱりとんでもないドスケベだったわ、この勇者。
「アリシアは詳しいですね。コンビニに行ったことがあるんですか?」
「自国だしね……。というか、企画提案したのは私なの」
これにはルースも目を丸くした。
「あの……あなたは純潔の処女、宣託の巫女アリシア姫ではなかったですか?」
「純潔だろうが、宣託だろうが、食べるのに事欠いたらなんでもするわ。ビニ本の売上はバカにできないほど凄いのよ」
「食うに困るって……仮にも一国の姫でしょう?」
「この国、ビンボーだってさっき言ったでしょ? この辺境の小さな国が、ずっと占いを生業にしてきたのは知ってるわよね?」
「はい、もちろんです。よく当たるので各国の王も重要な決定事項がある時は、カリナン王国の占い師を頼ると聞きます」
「そうね。そういう大きな物事を決める為にカリナンの占いはよく使われるわ。それと一緒に、もっと日常的な事──例えば新年にその年の運勢を見てもらうとか、いましてる恋愛が上手くいくかとか、ダンナが浮気してませんかとか、そういう良くある相談への占いも、今まではカリナンが一手に引き受けてきたの。それが最近はそっちがとんと減ってしまって……」
「どうしてですか?」
「それはね」
説明しようとしたところで「アリー、おかえり」と声を掛けられた。
「お父さま。ただいま戻りました。まぁ、たくさん 採れたのですね。良かったわ」
「おお、大収穫だよ。今年のジャガイモは出来がいい。後で王宮の畑を民に開放して、みんなで掘り起こそう」
ニコニコ笑いながら言う父王は、どこからどう見ても農家の親父だった。ジャガイモ掘りをしていたせいで、顔にまで泥がついている。
国庫が傾き始めた時、広大な王宮の裏庭をつぶして畑にしたのは父王アダマスだった。王宮もデカすぎて維持費が掛かると言って、客人をもてなす迎賓館以外を全部ぶっ壊した。
壊した建物を材料として売り出し、国庫の足しにした。おかげで民の税も一時的に下げられた。おおらかな人柄だが、そういう思い切ったことをやりだす大胆さも持ち合わせている。私の大好きな父だ。
しばらくは掘っ立て小屋に住まわされた私たちだったが、さすがに王族が住む場所がこれではあまりにも気の毒だと言って、今のお屋敷を建ててくれたのは当の国民だった。王宮とは言えないまでも、それなりに立派なお屋敷に住まわせてもらっている。
「夕食は新ジャガが食べられるぞ。おや、そちらは……」
父がルースに気づいた。私が答えようとしたところで、また横やりが入る。
「姉さま! 今度は何を拾って来たんですか? この前は野良猫で、その前は野良犬、ずっと前は野良牛ってこともありましたよね? 今度は何です。野良人間と野良鳥ですか?」
そう言って私の腕を引っ張って抱え込み、ルースに睨みをきかせたのは私の弟、アルレイだ。
御年十歳になるこの皇太子は、小生意気でとかく頭が回る。まだ子供のくせにさりげなく嫌みを利かせるのが得意で、極度のシスコンでもある。
「まぁ、野良人間なんて失礼よ、アルレイ。この方はベリル王国近衛師団、団長のルース・クリソベリル大将であらせられます。ご挨拶なさって」
「ふうん。ほんとにそうなの? 団長なのに馬に乗ってないし、お供もいないし、なんか薄汚れてるし、ちょっと臭いよ」
あらまったく。においの事はあえて口に出さなかったのにこの子ったら。