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第二話

プリンが頭の上までフワフワ浮いて、手に持ったたらいから水をかけてくれる。気持ち悪い青緑色の血も、灰と泥も流れて、やっと視界がクリアになった。


私が少し頭を後ろにそらすと、プリンが髪に水をかけて綺麗にしてくれる。腰まである長い金髪を軽く揺すって水を落とす。


「はぅっ! あわわ、ふぅうぅぅう〜」


変な息遣いが聴こえる。まったく、この団長様はさっきからほとんどまともな言葉を発してないわ。


「今度は何かしら? えーと、ルース様?」


「あっ……あの……だって、はだか……っ」


「女の裸くらいで何をオロオロしてるの? 仮にも世間に名を馳せた勇者様だもの。見慣れてるでしょ? 望みのままに何人もの美姫を侍らせてそうだし」


「そっ、そんなハレンチな事はしてません。大体そういう事には奥手な方で……」


そう言って恥ずかしそうに、両手で真っ赤な顔を覆ってるけど、指の隙間からしっかりこっちを見てる。私は呆れて大きくため息をついた。


我ながら立派に育ったバストがプルンと揺れる。ルースは「うごっ」と変な声を上げると地面にしゃがみこんだ。


「あああ……あなたは恥ずかしくないんですか!? こんな人前でっ」


今度は腕で顔を覆ってルースが言った。でも腕の間からガッツリ見てるわね。


「だって仕方ないじゃない。灰と泥はいつもの事だからまだしも、血は気持ち悪いし早く洗いたいもの。あ、そうだわ。股間が」


「こっ、股間!?」


「ええ。股間にも灰と泥がついてしまってるから、良く洗いたいの。出来れば後ろを向いてほしいわ、さすがに」


「はっ、はい! スミマセン……」


ルースは座ったままゾリゾリ音を立てて身体を回転させた。そのまま縮こまって下を向いている。案外いい人かも。


デリケートゾーンをしっかり洗ってから、私は泉から出た。カルがルースのそばで翼をバタバタ上下させる。


「おお、お美しい! 金の髪と玉のようなお肌が輝いている。まるで天女のようですぞ、ルース様!」


「くぅ! 見たい! 後でデータ送ってくれ。カル」


え、この二人そういうシステムなの? どんな能力なのかしら、一体。


私はプリンが運んでくれたタオルで身体を拭き、普段の服に着替えた。外出用の華美でないドレスと、足元は土の道を歩きやすいよう、低い靴を履いている。


「さ、もうこっちを見てもよろしくてよ」


私が言うと、ルースは立ち上がって、おずおずとこちらを振り返った。


クリアな視界で改めてルースをしっかり見ることができた。青灰色の髪は旅の間に伸びてしまったのかボサボサしている。顔立ちはまぁ……近衛師団につくことが出来るだけあってイケメンね。しかも超がつくほどの。


年はいくつなのか不明だけど、バツが悪そうに逸らされた目は青みがかったエメラルドグリーンだ。彼のミドルネームをつけた親の気持ちが分かる気がした。


身長は私より二十センチ以上高い。マントのせいで体形はよく分からない。


「まずはお礼を言わせてください。妖魔から助けてくださり、ありがとうございます」


私はルースに向かって深々と頭を下げた。小さいころから叩き込まれた、スカートを両手でつまんで持ち上げ、頭を深く下げる形の、最上級のお辞儀だ。


なんといってもこの方は命の恩人。心からの謝意を述べた。


「い、いえ。俺はそこまで大したことはしてません。どうせ俺なんて妖魔を切るくらいしか役に立たないし……」


肩をすぼめて、大きな体を小さくしながらルースが言う。もう、謙遜を通り越して卑屈にすら見えるんですけど。


「ところで、何の御用ですの? ルース様。はるばるベリル王国からこんなところまで私を訪ねて下さったのは、何か大きな戦いの宣託を受けたいとか?」


「あ、あの……俺の事はルースでいいです。こんなゴミみたいな人間は呼び捨てで充分だ」


私はもう、完全に呆れかえった。かの大国の近衛師団の団長、並ぶもの無き勇者ルースがまさかこんな陰キャとは。


「アリシア様、ルース様がそこまでビビりなのには理由があるんです」


カルがパタパタと飛び上がり、ルースの肩に止まって言う。まさかさっきの続きで、ルースの両親が出会ったところから語るつもりかしら……。


「カル様。できれば要点のみお話いただけませんか?」


先手を切って私が言うと、カルは不満そうに頭を傾けた。


「仕方ないですね。では理由のみお伝えします。ルース様には勇気がないんです」


「……? 勇気が? ない?」


「そうです。ルース様は勇気がスッカラカンなんです」


ほんとに要点のみだわ、この従者。


「どういうことですの? 師団長でいらっしゃる上、さきほども巨大な妖魔を倒したのに、勇気がないなんて信じられませんけど?」


私は目の前でしゅんとして下を向いているルースを見て、説明をうながした。


「そ、そのう……妖魔を倒したのは何というか……条件反射のようでして……。慣れちゃったからやっちゃった的な」


「はぁ……?」


「実は今、ベリル王国で変なことが起こっているんです」


「変なこと?」


「はい。……どうにも良く分からないのですが……端的に言うと、心の一部を盗まれる人が続出しているんです」


「心の一部を盗まれる? そんなことどうやって……」


「王は多分、魔術のひとつだろう、と。かくいう王も、勤勉さを盗まれて、祭事をサボるようになってしまったんです。それで最近各国にも妖魔があふれて来るようになって……」


「なんてこと! それでなんですね、さっきのトードも」


通常、妖魔は人のいる場所には出てこない。動物も人間に飼われるペット以外、人里に現れることがあまりないように、妖魔も己の居場所をわきまえている。


それは王が季節ごとの祭事を行い、日々祈っているためだと聞かされている。大国ベリルの王の祈りはこの辺の小国まで力を及ぼす。


そのおかげで、私たちも妖魔に脅かされることなく生活できていたのに……。


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