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第十一話

「さぁさ、遊びはそれくらいにして。そろそろ日が暮れるわ。夕食の後、儀式に入りますよ」


母が庭のみんなに向かって言った。全員すぐに集まり、〝弦〟に行く前の最後の食事を取る。夕飯はフライドチキンとフライドポテト。たっぷり野菜の入ったスープで腹ごしらえする。〝弦〟に行ったら、こんなに暖かいお料理は食べられないかもしれない……。


その後私たちは、儀式に取り掛かった。今日は上弦の月。儀式は斎場である外庭で行われる。式が終わればすぐに出立のため、私とルースは旅装のまま儀式を受けることになった。


母が水を入れたガラスの平皿を持って、祭壇の前に置いた。水は父が清めた聖水だ。祭壇には半月の形をした鏡が置かれていた。


鏡はカリナンの象徴である金剛石の細かな屑で縁取られている。月の光をキラキラと反射して、とても美しい。鏡面は上弦の月の姿を静かに映し出している。


「さて……。〝弦〟では塔までの道を示す案内人が必要になる。この儀式で案内人を召喚するわけだが、どちらが血の契約をするかな?」


父の問いかけに「もちろん、私です」と前に進み出たのはルースだった。


「承知した。では剣で小指を切り、この水の中に血を落としなさい。大将が召喚の言葉を唱えると御魂と呼ばれる丸い珠が現れる。その色が〝白〟なら仙人か天使。〝黄〟なら修験者か剣士。〝黒〟なら魔物か怪物を召喚したことになる。案内人に会えるのは井戸の底となるぞ」


「承知しました」


ルースが緊張した面持ちで皿の上に左手を出した。腰に下げた短刀でその小指を切る。ポタポタと赤い血が水に向けて落ちて行った。


「天の為す使者、地の為す使者、冥の為す使者、我に力を与えたまえ」


ルースが唱えた途端、ギラリと月の鏡が光った。ゆらゆらと皿の水が波打ち、そこから青白い湯気が立ちのぼる。それが次第に丸く固まっていく。


ルースが片手を固まった湯気の下に出した。塊はポトリとルースの手の平に落ちる。みんなが見守る中、珠の湯気が薄くなっていく。色が見えた。それは黄色だった。


母がホ、と息を吐く。


「黄色で良かったわ。黒だったらどうしようかと思った」


安堵で震える声に、母がどれほど心配しているかが分かった。今になって、〝弦〟に行くことは大好きな家族をとても心配させる事になる、と自覚した。


暖かい家族……。今まで離れて暮らしたことはない。私がいなくてアルレイは夜眠りにつけるだろうか。リアンはずっと部屋から出ないかもしれない。私が誘わないと散歩も嫌がるのに……。


「アリシア。……今ならまだ、ここに残れます」


ルースの低い声が、すぐ近くで聞こえた。驚いて顔を上げると、気遣うような視線が私に注がれていた。


昨日会ったばかりの男性ひと。私はなぜ、このひとについて行きたいのだろうか。淡い恋心を抱いているのは自分でもわかる。でも全てを置いて危険な場所に行こうと思えるほど、強い気持ちになっているかは……分からない。


「──行くわ。あなたを支えたいの」


それは紛れもない本心だった。足手まといになるかもしれない、とは決して言えない。それを言ったら、この先どこにいても何も出来なくなる気がする。


とりあえず、一緒に行きたいという今の気持ちに正直に、ルースについて行こう。


自分の気持ちに、思いに、正直になること。そのことが自分を動かす原動力になるなら、それこそが本当の〝勇気〟といえるのではないかしら……と私は思った。


「……ありがとう」


それだけ、ルースは言ってから微笑んだ。なんだか泣きそうな顔をしている。ああ、私はこの人の笑顔が好きなんだ、と思った。


勇気がなかろうかヘタレだろうが関係ない。私を気遣い、優しい笑顔を見せてくれるルースに、どうしようもなく惹かれてしまうのだ。


「おい、クソベリル大将」


井戸の近くまで行き、いよいよ出発の段になってアルレイがルースに声をかけた。


「……クリソベリルです。リを抜かないで、頼むから」


「姉さまを──頼む」


アルレイは真っすぐルースを見て言った。悲痛なほど、真剣な表情だった。


「分かっております。この命に代えても、アリシアだけはこちらに無事お返しすると約束します」


「ふん、何を寝ぼけた事を言っているんだ。姉さまを無事に返すということは、貴様も無事でここまで送り届けなければならないだろ」


それはアルレイなりの、激励の言葉だったのだろう。ルースは一瞬目を見開き、すぐに笑みを返した。


「かしこまりました、王太子殿下。約束はお守り致します」


「無事に帰ったらぼくと決闘しろ。時期は二十五年後だ」


「──二十五年後? 半端ですね。十年後に今の俺と同じくらいの年になってから、ではなく?」


「フッ、そうさ。二十五年後、ぼくは三十半ばだ。剣の腕は熟練の域に達し、誰にも負けない自信がある。片やお前は初老の域。テストステロンは減少し、倦怠感に疲労感、気力、集中力の低下に性欲減退、腹は出て目はショボつき、髪は薄くなりマジ加齢臭キツくなる。そのデカい剣を振りまわす筋力も衰え、どんなにしゃれた動きを思い描いても実行不能となっている。負ける気が全くしない」


アルレイの口撃にルースは青くなって自分を抱きしめた。「実に卑怯で堅実な戦略です……」と一応褒め言葉? らしきことを返した。


「アリー、これを」


両親が私のそばに来た。母の開いた手のひらに、宝石が三つ付いたネックレスが乗っている。


「お守りよ。お父様と私、そしてアルレイの祈りを込めたダイヤモンドです。リアンは自分で用意すると言うので、三人で念を入れました」


母の目から、一筋の涙がこぼれた。「お母さま……」私は母を抱きしめた。


「何よりも気高く、世界一堅く美しい宝石の力がお前を守るだろう。どんなことがあっても、この場所に戻ることを諦めるな。力がないなら、知恵を使いなさい。お前の未来には愛で満たされた人生が待っているからな」


「お父さま……ありがとうございます」


私はネックレスを首につけた。そして父にもしっかり抱擁する。


「リアン、アルレイ。姉さまが戻るまで元気でいてね」


二人からの抱擁も受け取り、身体に刻み付けた。家族の従者たち、そしてオルロフ始め屋敷を支える使用人のみんなにも挨拶をした。


こんなにカッコ悪い男キャラを書いたのは初めてで、とっても楽しかったです。

読んで下さった方、ありがとうございましたm(__)m

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