仲良し男女六人グループのうち四人が付き合い始めたので、余った俺たち二人で恋人のフリをすることにした
「みんな、実は大事な話があるんだ、聞いてほしい」
「……?」
とある昼休み。
いつもの六人で弁当を食べていると、武士を彷彿とさせる厳つい風貌の健が、不意に真剣な表情で口を開いた。
何だそんな改まって?
「俺と藻代美は――付き合うことになった」
「えへへー、そうなんだー」
「――!?」
健は隣に座る、小動物を彷彿とさせる癒し系美少女の藻代美とチラリと目を合わせ、互いにはにかんだ。
はあああああああ!?!?
た、確かに健と藻代美は、見てるこっちが恥ずかしくなるレベルで明らかに両想いだったが……、そうか、遂にこの日がきたのか……。
「おお! おめでとー、健、藻代美! いやあ、偶然だなぁ、実はオレたちも報告があんだよねー」
「――!!」
今日もチャラさ全開の亮が、ニヤニヤしながらそう言う。
ま、まさか……!?
「オレと康子も、このたびめでたく付き合うことになっりまっしたー」
「ちょっと、暑苦しいから離れなさいよ」
「――!?!?」
亮は隣に座るメガネの学級委員長、康子の肩を抱きながらピースを向けてくる。
康子も口調こそ厳しいものの、その表情は満更でもなさそうだ。
ああ、この二人もいつも言い争いばかりしてるけど、所謂痴話喧嘩だったもんなぁ……。
遅かれ早かれ、こうなることは必然だったろう。
――だが、これは非常にマズいことになったな。
「……ねえ修二、放課後一緒に帰らない?」
「――!」
ラブラブオーラ満載で胸焼けしそうになる二組のカップルをよそに、隣に座る春亜が、眉間に皺を寄せながらこそっと耳打ちしてきた。
「ああ、俺もそうしたいと思ってたとこだよ」
「よし、じゃあ決まりね」
俺と春亜は互いに、無言で頷き合った。
「ぬああああああ!! 何よあれ!! 何でよりにもよって、同じタイミングで付き合っちゃうかなー!」
「ホントにな」
そして迎えた放課後の帰り道。
俺と春亜の足取りは、まるで猛吹雪の中を歩いているかの如く重かった。
「せめてどっちか一組だけだったらまだしも、これじゃ余ったアタシたちが超惨めじゃんかッ!」
「……ホントにな」
そうなのだ。
俺たち六人は中学の頃からの親友で、いつも一緒に過ごしてきた家族のような関係だ。
――それなのに、その内四人が付き合い始めたとなると、必然的に俺と春亜だけがカースト最下位の非リアということに……!
嗚呼、一歳上の兄貴に、彼女ができた時のトラウマが蘇る……!
あの残飯を漁る野良犬を見るかのような、憐れむような兄貴の目……!
彼女がいるのがそんなに偉いのかよッ!!
非リアに人権はないんですか……?
もうイヤだ……。
あんな思いだけは、二度としたくない……。
「どうやら修二も思いはアタシと同じみたいだね」
「……!」
春亜が不敵に、ニヤリと笑みを浮かべた。
春亜……。
「そうだな。あの四人が俺たちを下に見てくるようなことはないとは思うが、これはそういう問題じゃない」
「うん、その通ぉり。この気持ちは、リア充の連中には絶対わかんないことだもんね。――そこで修二に相談なんだけどさ」
「ん?」
相談?
「アタシと修二も、実は前から付き合ってたってことにしない?」
「――!」
な、何だと!?
「あ! も、もちろんフリねフリ! そうしとけばさ、ホラ、お互いあいつらに対して引け目を感じなくて済むじゃん?」
「あ、ああ、そうか、付き合ってるフリってことか」
なるほど、それは妙案かもしれないな。
「わかった。それでいこう」
「フフ、協定成立だね。――じゃあ、これからよろしくね、修二」
「ああ、春亜」
俺と春亜は、固い握手を交わした。
「ねえ修二、そろそろ、ね?」
「わ、わかったよ」
翌日の昼休み。
どうみんなに切り出そうか、二の足を踏んでいた俺に痺れを切らした春亜が、肘で俺を小突いてきた。
ふぅ、覚悟を決めるしかないか。
「あー、みんな、ちょっと大事な話があるんだけど、聞いてくれるか?」
「ん? 何だ大事な話って?」
「オイオイオイ~修二~、何だよ真面目な顔してよ~。らしくないゾッ!」
相変わらずウゼェな亮は。
……まあ、ここは無視だ無視。
「実はさ、昨日言いそびれてたんだけど――俺と春亜も、ちょっと前から付き合ってたんだよねー。……なんて」
「へっへーん、黙っててゴメンねみんなー」
「――!」
その瞬間、俺の腕に春亜がむぎゅっと抱きついてきた。
ぬ、ぬおおおおおおお!?!?
俺の腕に、謎の柔らかい物体が当たっている……!!
いくらリアリティを出すためとはいえ、随分大胆だな春亜!?
「おお! そうなのか、おめでとう二人とも」
「何だやっとかよ~。まぁ、お前らが両想いだったのは、とっくの昔に気付いてたけどさ~」
「「…………え?」」
りょ、亮!?!?
「わぁ、ホントおめでとー。よかったね春亜ちゃん、修二くんに想いが通じて」
「まったくよ。私も藻代美も、ずっとやきもきしてたんだから」
「「――!?」」
藻代美!?
康子!?
それは、どういう……。
「ちょ、ちょっと! 二人とも!」
「えー? 今更そんな照れなくたっていいじゃーん。だって春亜ちゃん、いっつも修二くんのこと、目で追ってたもんねー」
「そうね。完全にあれは恋する乙女の目だったわ」
そうだったの!?!?
慌てて横にいる春亜を見ると、春亜は目をグルグルさせながら、真っ赤になってあわあわしていた。
春亜……!
「それを言うなら修二だっていっつも春亜のこと見てたぜ? なあ健」
「ああ、あれぞ思春期男子の顔といったところだったな」
「「…………え?」」
亮!?!?
健!?!?
お前らまで何を!?!?
「そ、そうだったの!?」
「いや、その……!」
春亜はただでさえ大きい瞳を更に見開き、俺をガン見してきた。
ええ??
俺ってそんなに春亜のこといつも見てた??
全然自覚なかったんだけど……。
「こないだ三人で女子会した時も春亜ちゃん言ってたもんねー。『いつもゲームばっかやっててペシミストの厨二っぽいところがあるけど、意外と面倒見がいいところがあって、春亜ちゃんがテスト勉強で困ってたら、わかるまで何度でも根気よく教えてくれる優しい男の子がタイプ』だって」
「ええ、完全にあれは修二のことだったわ」
「「――!?!?」」
そうなの!?!?
今度は俺が春亜をガン見すると、春亜はさっき以上に耳まで赤くしながら、トビウオの如く目を泳がせていた。
春亜……!!
「それを言うならオレたちが三人で男子会した時もよー、修二、『いつも元気でポニーテールと八重歯が可愛い、ちょっとおバカなところはあるけど意外と根性はあって、何があろうと最後まで諦めない芯の強い女の子がタイプ』だって言ってたぜ。あれって百パー春亜のことだよな?」
「ああ、間違いない」
「「――!?!?」」
俺そんなこと言ったっけ!?!?
……うん、言ったなそういえば。
隣から春亜の刺すような視線を感じるが、怖くてそっちが見れない。
「先月の修二くんの誕生日の時もさー、春亜ちゃん編み物苦手なのに、私に編み物教えてって凄い勢いで迫ってきてさー。何度も失敗しながらも、やっと手編みのマフラー作って修二くんにプレゼントしてたもんねー」
「ええ、愛の力って偉大よね」
「にゃああああ!?!?」
あのマフラーにそんな裏エピソードが!?!?
春亜は適当にちゃちゃっと作ったって言ってたのに……。
チラリと春亜の様子を窺うと、恥ずかしさが天元突破したのか、頭を抱えて悶絶していた。
春亜……。
「でもでもそれを言うならよー、先々月の春亜の誕生日の時もさー、修二、本場大間のマグロを春亜に食べさせたいからって、青森の親戚のオジサンに頼み込んでわざわざ大間まで行って、徹夜でマグロ漁手伝ってマグロ釣ってきたんだぜ」
「ああ、あれぞ男の生き様だったな」
「うおおおおい!?!?」
お前ら人の恥ずかしエピソード全部言うじゃんッ!!!
「そ、そうだったんだ……。あの大間の本マグロ、近所のスーパーで買ったって言ってたのに」
春亜が潤んだ瞳で俺を見つめてくる。
大間の本マグロが千葉県のスーパーに売ってるわけねーだろ。
まったく、相変わらずおバカなんだからなこいつは……。
「……お前マグロ大好きだろ? だから、さ……」
どうしても食べさせてやりたかったんだよ。
「にひひ、ありがと、修二」
春亜はヒマワリみたいな満面の笑みを浮かべた。
「いや、こっちこそ、マフラーありがとな。スゲェ温かいよ」
俺は鞄の中に仕舞ってある、不格好なマフラーに思いを馳せる。
俺たち二人は、互いに無言で暫し見つめ合った。
まったく、まさかこんな形で、自分の気持ちに気付かされるとはな。
……いや、本当は心の底ではとっくの昔に気付いてたけど、認めるのが怖くて目を逸らしてただけなのかもしれない。
――多分それは、春亜も一緒で。
「改めて祝福させてもらう。おめでとう、二人とも」
「ホントによかったねー、春亜ちゃん、修二くん」
「じゃあさじゃあさ、今度みんなでトリプルデート行かねえ?」
「あら、亮にしてはいいアイデアじゃない」
「あはは」
「へへへ」
俺と春亜は再度無言で見つめ合うと、みんなに見えないように、そっと机の下で手を握り合った。
――それは昨日した握手ではなく、指と指を絡め合う、恋人繋ぎだった。
お読みいただきありがとうございました。
普段は本作と同じ世界観の、以下のラブコメを連載しております。
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