3.出会って即、戦闘
魔王城の固く閉ざされた大扉を、助走つきの蹴り込みで跳ね開けた。
私の身長の何倍もある、巨大な金属扉であるはずなのだが、なぜか、鍵はかけられていなかったので、思いのほかすんなりと、入り口は開かれた。
その際、なにかが飛んでいくような感触があったような気がする。たぶん、気のせいだろう。
大きく口を開けた門前で、私は体制を整えた。
城内は、魔物の住まうところらしく、灯りの消えた薄暗いエントランスが広がっている。
みたところ、警備や守衛の魔物などはいないようだ。
「......ずいぶん、閑かな城だな」と思いつつも、念のため警戒はとかないでおこう。
ふと、暗い大広間の真ん中に、なにかの影が動いているのに気がついた。
大きさは、10歳の子供くらいだろうか。こちらに背を向ける形でうずくまっている。
まさか、大魔王に連れ去られた子だろうか? みたところ、それ以外に人影はない。一人寂しくこの城に閉じ込められていたのだろうか。
もしそうなら、私の中の正義が、見過ごしてはならないと声を上げる。助けてあげなければ!
ん?
何か小さいものを拾い上げて、ワナワナを肩をふるわせている。
お腹でも痛いのだろうか?
いや、待て。
こんな人の住めない僻地に、人間の子供が一人でいるだろうか? この地に人間が足を踏み入れたのは、もう半世紀も前のことだ。連れ去られたとしても、もう少し年をとっているはず。
そうなると、もう、考えることは一つ。
というか単純に。
魔王城に住まう存在は、ただ一人。
パンくずの盛られた皿を抱えたまま、倒れたネズミの前でうずくまっているこの影がーー
開かれた扉から、中に光が差し込んだ。
部屋が明るみを増していく中で、“それ”はスッと立ち上がった。
少しずつ、だが確実に、ゆっくりとこちら側へ振り返りつつある。高貴なその姿を見て確信する。
微かな闇のなかで、朱い眼が怪しく光る。
肌は、青みをおびるほどに白い。
耳は悪魔族などに特徴的なものと同じく、尖っている。
貴族のような服に身を包み、手には皿。
そして、頭には。
黒く小さいツノに挟まれ、王冠のようなものをつけている。
なるほど。
「貴様が大魔王か。ずいぶん小さいんだな......」
挑発を交えて口にだしてみた。
見た目に油断するような轍を、ふむ私ではない。
だが、荒野を歩いてきたこの両足は、魔の王を目前し、たしかに震えていた。
気丈に振る舞い。自分を鼓舞するのだ。
怖じ気づくな。
たとえ相手が、人類を脅かすかの強大な存在であっても、私は戦わなければならない。
たったひとりの女冒険者ごとき、簡単にひねり潰されるかもしれない。
かつての先人達のように、二度と帰らぬ者になるかもしれない。
体に恐怖が、少しずつ拡がっていくのを感じてると、大魔王はついにしゃべった。
「ーーろす。オ、オマエは絶対、この場で! ぼくが、ぶっ殺す~~!!」
なぜか涙目になっている大魔王は、ぶんぶん腕を振り回しながらこちらに突撃してきた。
戦闘開始のようだな。
どうして泣いているのだろう?
疑問をもちつつ、私は腰の剣に手を伸ばし、ぐっと力を込めた。
シュッ。
抜いた剣を、振りかざす。
いや、構えるに終わった。
時間にして、約5秒。
振りかざしてきた拳を、ひょいっと避け、体勢を崩した大魔王の頭を、柄頭でドンッと小突く。
「はぎゃっ?!!」
と思いがけない声を上げた後、その場に倒れ込んでしまった。
よく見れば、目を回して気を失っているようだ。
大魔王との初戦闘、終了。
......えっと。
ついうっかり小動物を傷つけてしまった時のように、心が痛い。
なんだろう、戦いに勝利したはずなのに、すっごいモヤモヤする。
あ、そうか。
これは、おそらく大魔王の使用する魔法なのだろう、精神攻撃系のジワジワ苦しめる呪いのようなものなのだろう。
そう言い聞かせることにした。
王都大図書館にいたときに、“強力な力を持った魔の存在は、呪いを扱う”とか聞いたこともあるし。
きっと間違いないだろう、というかそういうことにする。
とりあえず、今は。
風が肌寒いので、扉を閉めておこうとするかーー。
「......ん~」
「気がついたか?」
先の戦闘(と言っておきたい)からしばらく経った後、チビが目を覚ました。
それまで扉前で座り込み、とどめを刺さずに待っていたのは、私が優しい性格の持ち主だからではなく、これが目指していた大魔王との初戦闘であると、認められなかったからだ。
こいつには、聞きたいことがたくさんある。
「しばらく気絶していたぞ、お前。時間を潰している間、ヒマだし空腹だったので、少しいただいたぞ」
同じ階に食料庫があったので、良かった。干し肉を囓りながら待つことができた。
「・・・」
「ん? どうした」
のっそり体を起こした大魔王が、こちらをじっと見ている。
「ネズ太郎の恨みだ! 喰らえ!」
再び拳を繰り出してきた。
反応が遅れてしまい、大魔王の攻撃を食らってしまった。
胸で。
「......えっと。ど、どうだ! 思い知ったか、このニンゲ」
聞き終わるより前に、私は思いっきりビンタを喰らわした。