2.魔王城に一人
すぅぅぅぅぅ......
ハァァァ~~......
魔王城の中層階。
いつものごとく大広間の窓を開け、深呼吸をする。
若き魔王の朝は、こうして始まる。
魔力を帯びた冷たい空気が、ジワジワと体に染みる。
今日も、見える景色は変わらない。
錆色じみた曇天。
遠くの方には、針のような山脈が並んでいる。
目を落とせば、枯れ木と岩ばかりのゴツゴツした大地。
一昨日降った雨のせいで、点々と水たまりができている。
よく見ると、オオトカゲがのっそりのっそりと這っている。たまにこうした魔物の姿が見えると嬉しい。
「きっとあちこち、ぬかるんで歩きづらいだろうな。外に出たことないから分かんないけど」
窓台に頬杖をつきながら、独り言。
これもまた、いつものこと。
退屈な時間が、また今日も流れるのかと思うと、せっかくのモーニングルーティンにも気が滅入る。
もう一度、深く息を吸い込んで、気持ちを切り替える。
「ふー。よし! 今日もげんきです!」
おっきい声をだしてみた。
大広間に声が反響してうるさかった。
空元気を出しても、何もすることがないので、本当に空を切っておしまいだ。
なんだろう、泣きたくなってくる。
退屈は、魔物の王も殺すのだろうか。
「べ、別に、寂しくなんか、ないぞーーー!! 一人でだって、楽しいもんねーー!! 誰にも文句言われないし、世間の目も気にならない。なんて自由なんでしょう! あ、どんくらい自由か言ってみよ。はい、まずひと~つ! 昨日、お風呂に入ったあと、そのままベッドにダイビングしてみました! もう廊下からなにまでビッチョビチョになりました! でも怒られませんでした! だって誰もいないんだもーん!」
もう、なんか楽しくなってきた。
「そのあと濡れたままだとやっぱり気持ち悪かったので、ベッドを乾かそうと思いました! 炎の呪文を唱えてみました! はりきって唱えましたら勢い強すぎて、火炎球が飛び出し、ベッドは消し炭になりました! どころか、壁に大穴まで空いちゃいました! 通気性まで確保した魔王の新・ベッドルーム。絶賛、魔法で修理中です! 同情するなら壁をくれ!」
と叫んでいたら、さっきのオオトカゲがこちらをじ~と見つめているのに気がついた。
......。
大丈夫。こんなとき、どうすればいいかは知っている。
そのまま、何も言わずに窓を閉めます。
大広間の端に座り込んで、両手で顔を覆います。
そして、ボソッと。
「......死にたい。」
もしかしたら、次期魔王の称号はあのオオトカゲが引き継ぐかもしれない。
その折には、「おめでとう! せっかくだから、カッコイイ名前に変えてあげる! 今日から君は『キングサラマンダー』だ!」と公言したあと、こっそり申請書類には『王トカゲ』と記入してやろう。
魔王はひとり、企むのであった。
あ、そういえば。
今日は、1年前に台所で出会った、ペットのネズ太郎との“はじめて捕まえられた記念日”だったことを思い出した。
「いけない、いけない。あまりに傷ついたせいで、せっかくの記念日、忘れちゃうところだった」
いまはもう、魔王ただ一人だけになってしまった魔王城には、数少ない交流相手だった。
すぐさま、台所に向かい、愛玩しているペットのご飯であるパンくずを用意してあげる。
お皿にきちんと、並べてあげる。
「よし、オッケー!」となるのはいいが、肝心のネズ太郎がどこかにいってしまっていた。
小さい体であっちこっち動き回るので、見失ってしまうのはよくある。
だが以前、隠れんぼをしたときに三日三晩の大勝負になったことを考えると、ちとマズイ。
「んー、どこいったんだろうなぁ。アイツすぐどっか行くから......。一階の食料庫のほうかな?」
魔王はお皿をもったまま、一階のエントランスに向かった。
螺旋階段をゆっくり降りていく。
「お~い、ネズ太郎、ご飯だよー。今日は大事な記念日なんだから、一緒にいてくれよー。いなくなっちゃったら、寂しいぞー。寂しくなった魔王様がどうなるかは知ってるでしょ。また一週間泣き続けちゃうぞ、城中にある壁のヒビを数えつづけるモードに入っちゃうぞ、あとてっぺんの屋根に上って、『アララララッ?!』って言いながら別の屋根に飛び移る、泥棒さんごっこしちゃうぞ」
愚痴を重ねつつエントランスを歩いていると、城の入り口扉の前で「ちゅーちゅー」と鳴いているネズ太郎がいた。見ると、チーズのかけらを囓っている最中だ。
「ここにいたのか。よかった、案外早く見つかって。ほら、パンもってきたからお食べ」
そっと、ネズ太郎の前に皿を置いてあげて、
「まったく、チーズのかけら盗んで食べなくても、台所からもってくるのに。ネズ太郎はよっぽど泥棒さんだよ、実際、ぼくもいろいろ盗られているし。ん? 何かって。それは、わたしのこころで......」
と、言い終わるが早いか。
バァンッ!!
後ろの扉が、勢いよく跳ね開けられ、1匹のネズミはチーズのかけらもろとも、後ろの壁に吹き飛ばされた。
「ちゅ~~~~~~っ??!!!」
「ぎゃ~~~~っ!!! ネズ太郎が飛んだ~~~~~~!!!」
ぎゅふっと地面に倒れ込んだネズ太郎に、魔王は唖然とする。
急な出来事に頭が追いつかず、言葉も出てこず、パニック状態である。
その向こうで開け放たれた扉のまえで、一人の人間が口を開いた。
「貴様が“大魔王”か? ずいぶん、小さいんだな。入り口前にいたオオトカゲのほうが大きいような......」
よし、こいつをぶっ殺す。
魔王は決めた。