1.荒野に一人
暗雲立ちこめる、大荒野。
冷たく不穏な風が、私の白い髪をさらう。
この地に降り立ってから、まだ数分だけど、すでに肌で感じている。
このあたりは、人の住めるような環境ではない。
土はどこもぬかるみ、地震でもあったような地割れが所々にみられる。
草や花はほとんど枯れている。なんとか倒れずに生えている木も、燻り焦げたように変質している。
王都で聞いていたよりも、実際に目でみた光景は悲惨だった。
魔王城と、その周辺ーー
およそ半世紀前。
王都が大騎士団と魔術師を率いて、史上最大の遠征に赴いた。
その戦闘は激しく、多くの人間達が倒れた。帰ってきたのは“たった一人”の若き騎士のみ。
彼の語った内容が、今の時代にも伝えている。
かつて、この世を支配しようとした大魔王と、それに立ち向かった人類がいたことを。
いま、踏みしめているこの泥道も、きっと、かつて国のために戦った先人達の血でぬかるんでいるのだろう。
彼らが成し遂げられなかった無念は、“私”が必ず果たしてみせるーー
荒れた古戦場に、一人たたずみ、改めてそう誓ったのだった。
「レイン」
それが私の名だ。
王都の名のある魔術師の一族に生まれ、高貴の娘として育てられた。
代々わが家系は、王都に仕える魔術師たちを統率してる「王都大図書館」に務めてきた。
そこの長である魔術師は、『賢者』の名で呼ばれる。
祖父は、かつての魔王城襲撃に参戦し、戦いの中で倒れた偉大な『賢者』だった。それも昔の話で、先代が亡くなってから『賢者』の肩書きをは父が継いだ。
そんな血族にあった私にも、生まれつき、魔力の才があった。
人間が作り出した魔力を扱う技術である“魔術”。
自然が作りだした魔力を操り、その力を用いる“魔法”。
難解なこの二つの能力を、我が一族は代々、生まれたときから授かりえるのだった。
父は私によく目を掛けてくれていた。
幼少期から魔術の英才教育をすすめ、「賢者」である父が自ら指導にあたった。
ふつう、10年の修行により得られる程度の魔力を、私は5歳のときすでに獲得できていた。
また、読み書きが出来るようになってからは、王都大図書館の講義を紹介された。
そんな日々の中で、父はよく言っていた。
「レインも、この王都のために、立派な『賢者』になるんだよ」、と。
魔術師の一族は、この国のために、また国を治める王のために、その力を遺憾なく発揮できるようにしておくのだ、と。
父は、一族の使命を大切に思っている。
私にも、自分と同じような考えで人生を送って欲しいのだろう。
そんな日々が、大嫌いだった。
私が生まれたのは、一族の使命を引き継ぐためじゃない。
王都に閉じこもって、大図書館の本に囲まれていたいわけじゃない。
父のように、お偉い『賢者』様なんて呼ばれたいわけではない。
生まれ持ってのこの魔力を、この力を、「自分」のために使いたい。
王や父のためではなく、自分の意志で人を救いたい。
自分の意志で国を守りたい。
誰かが命じなければ動けないような、国の鎖に縛られるなんて御免だ。
私は、自分の力で、生きていく。
それが私の望みだった。
だからこそ私は、
かつての大魔王を「討伐」しなくてはならない。
その命を、この手で完全に絶つまでは、この鎖からは逃れられない。
私を『賢者』にしようとする父からも、王のために仕えることを要請する国も、大魔王の脅威におびえるこの世界も。
「大魔王の“完全な”討伐」。
この事実を引っさげることができれば、文句をいったりはしてこない。
王都にとって、強大な敵がいなくなってしまえば、軍備は騎士団らで事足りるので、大図書館は研究機関として主に働くだろう。
また、誰も成し遂げられなかった大魔王討伐を王に報告したなら、その手柄はこの国一番のものだ。
戦いのために命を落とした偉大な祖父と異なり、『賢者』の職にあぐらを掻いているような父に文句は言えないだろう。
私は、レイン。
誰も成し遂げられなかった、大魔王の完全なる討伐。
そのために、ここに来た。
名誉のためでなく、使命のためでなく、平和のためでもない。
目的は、ただひとつ。
私は、「自由」になるために、大魔王を討つーー
道が険しくなってきた。
だんだんあちこちに、風化した矢や剣が、突き刺さっているのが目につく。
たしかここは、魔王軍の防衛線である、要塞であったはず。
魔王城は、もうじきだ。