~ある作戦参謀の日々~
これは、とある時代のとある国、どこにでもありそうでどこにもない軍隊の、どこにでもいない、ある軍人の書いた、業務日誌である。
王国歴ユリウス12年1月8日
先月から定期の人事異動により王国陸軍憲兵司令部の作戦参謀部長としての勤務が始まったが、司令官が年頭のあいさつで「しっかり毎日記録をつけることが必要!」なんて言い始めたことから、業務日誌をつけることとなった。
部下の作戦班長と訓練班長は面倒臭そうにしていたが、私はこういうことは好きなほうだ。
せっかくなので、いろいろと記録していくのも良いだろう。
そういえば、10年ほど前に日記を個人的に書いていたが、あれは、どこにいったのだろうか。
王国歴ユリウス12年1月9日
ユリウス司令官が「今年は、王国憲兵隊の『ヴィジョン』を作りたい!」などと朝の司令部会議で発言。目を合わせないようにしていたが、こちらを見て「勉強会からはじめようか、カールス中佐」などと言ってくるので、曖昧に微笑みを返す。
多分、必要なのだろうが、そんなことをやる余裕は作戦部には無い。年末年始の休暇で作戦部の面々も多少は鋭気を得られただろうが、年明けからやることはいっぱいだ。彼らにさらに仕事を与えるのはもう無理だろう。
それならば、この統合作戦司令部や陸軍作戦司令部でも勤務した私自身で仕事をするのも良いのかもしれないが、もう、昇進の芽が絶たれた身、この組織の将来なんて考える意欲が根本から無い。正直言って、年収1000万ゲルドの収入があるからこんなブラックな中間管理職をやっているが、それ以外にもう興味はない。
私も、若いころは、外国との戦いや復興支援の現場で活躍していたのも過去の話、同期は出世して大佐となり、中央の作戦司令部の班長や現場の連隊長などにご栄転だが、私は、中途半端な司令部での参謀、階級の中佐のままで老人の相手とは…。もう、エリートコースからは外れてしまったようだ。
愚痴はさておき、放置するしか無いな。司令官が忘れてくれることを願うばかりだ。
王国暦ユリウス12年1月10日
司令官、しつこい。忘れてくれない。挙句の果てに、
「本件は、作戦班長の知見では到底できない。最高司令部勤務経験のある貴公にしかできない。」
などと私が直接考えることを強いてくる。
退路は断たれた。
とりあえず、酒でストレス緩和の妙薬を流し込みつつ、今日は寝る。
王国暦ユリウス12年1月11日
諦めることにした。
やるからには、プライドにかけてやらねばならない。
過去にやったやり方をベースに、人間関係で培った同期から情報を収集、進め方を整理する、が、早速取り掛かろうとした矢先、部下のミスの尻拭いで一日を浪費する。
部下のミスは私の指導のミスなので仕方がないのだが、司令官の勘所にヒットしたのは解せない。昨年末に、これでオーケーと言っていなかったか?全く、記憶力のない老人には困ったものだ。いつまで、我が国が繁栄していた時代の調子で続けるのか。ほとほと呆れる次第。
我が憲兵隊は、大丈夫なのか。私が防波堤になるしかないだろう。防波堤も、波が乗り越えたら無意味なのだが。
王国暦ユリウス12年1月12日
例のヴィジョン検討の進め方とアウトプットを整理して企画書類を作成、司令官に了解を受ける。あとは進めるだけ。休日前に、こんな日誌の記載に無駄な時間をかけるのはここまでにしよう。週末は、家族に会えるのだ。
王国暦ユリウス12年1月15日
家族に会うと、仕事スイッチが切れる。再起動には、かなりのストレスがかかる。だが、家族を養うには必要な儀式だ。タバコを吹かしながら、なんとかメンタルを戻す。
司令官から、若手将校の昇任試験の指導を指示されるが、そんなことよりも、我が娘の高等学院進学が気になる。部下も大切だが、娘も大切だ。妻に任せきりになっているのが心苦しい。
王国歴ユリウス12年1月16日
例のヴィジョンの企画書類ができあがる。外国の調査結果の翻訳までして作り上げたなかなかの代物だ。
これはいい仕事になったのではないか。
今日は、ちょっといい酒を飲もう。
王国歴ユリウス12年1月17日
火山噴火により壊滅した小国への海軍派遣をめぐり、なぜか、うちの陸軍憲兵隊の司令官がしゃしゃり出る。昇進のためのアピールを参謀総長にしたいのであろうが、こちらとしては迷惑な話だ。司令官の発言の火消しに回る。
王国歴ユリウス12年1月18日
海軍派遣に関する件は、海軍憲兵隊でやることとなった。それはそうだろう。
例のヴィジョンも副司令官は了解してくれた。明日は司令官だ。
こんなどうでも良い仕事は、さっさとかたをつけてしまいたい。
…そもそも、ほかの仕事全ても、俺にとってはどうでも良い仕事なのだが。
王国歴ユリウス12年1月19日
疲れた。
例のヴィジョンとやらを司令官に決済をもらいにいったところ、アウトプットが違うという。
この前、進め方とアウトプットを了解したのはなんだったのか。
疲れたので、忘れよう。
さて、最近、謎の病が流行っているようだ。この、首都都市オキトでもかなりの人数が病に侵されているようだが、昨年、流行した場合よりは死者は少ないようだ。また、感染性が高いことから、感染した場合はこの作戦室勤務員ごと10日間の自宅待機となる。
部下たちに、感染した場合は、家族も含めて速やかに報告するように、と話す。
昨年度の長期演習で疲労がピークに達しているはずなので、たまには病におかされてゆっくりするのもいいかもしれないが。




