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第8章  白闇の襲撃

「やあ、ハニー。声が聞けて嬉しいよ」

 近藤三令の父、賢治は、オフィス兼用の書斎で妻に電話をかける。

「ああ、中間報告をね。なんだ、そっちの部下から連絡済みだったかい。夫婦の話題を減らすとは、無粋な事だ」

 部下達と話すのと、それほど言葉遣いに違いはない。だが、家族に対した時、声トーンや早さ、表情、身振り、それら端々から、親しみと愛情が表れる。

「名越フーズの中傷動画について、捏造の決定的証拠を上げたが凍結された。こちらから動画サイト運営会社幹部の1人に打診し、凍結解除を依頼しているが、それなりのスポンサーからの圧力だから、決定的な根拠がないと動けないとの事だ」

 PC画面には、部下からの報告文書がいくつも開かれている。

「うん、凍結。削除じゃない。そりゃそうさ、中傷動画の方は掲載継続しているのに、メイキングはNGじゃ、利用規約に矛盾する。そこまでのルール無視は、スポンサーやユーザーを押さえたとしても株主が騒ぐ」

 今も、部下からの報告が次々と上がっているが、取りまとめは秘書が行っている為、その1つ1つには目を通してはいない。

「動画凍結したサイバー部隊と、動画作成や茅野君の拉致をした実行部隊は、指示系統が別だろう。実行部隊は動画作成者を、ハワイでもシンガポールでも逃がしておくべきだったが、していない。気付かなかったとすればマヌケだし、依頼主が費用をケチった結果だとしたら救いようがない」

 皮肉っぽく笑う。

「愛人契約料を役員報酬として渡す、名ばかり社長なんかが、ありそうな依頼主像だね。会社資産を自分の財布と思っているから、金を使う事を極端に嫌がる。いやぁ、DTVとは言ってないさ」

 電話向こうの声に頷く。

「三令に確認させている。うん、三令自身に限って言えば、生還率は100パーセントさ」

 画面にフォントサイズの違う報告が表示される。

「周りの細々した事はこっちで処理済み。実行部隊は番組制作会社『ナナカマド』で特定。やっぱり汚れ仕事をする半グレ崩れの集団のようでね。一区切りついたら、全員警察にご案内だ。ま、ところどころ情報が固くて、調査費用で個人資産が空っぽになりそうなのは確かだよ。事後承諾で悪いけど、家族口座使って良いかい? そうかい、ありがとう。愛してる」

 電話越しにキスをする。

「世の中の問題はこいつらだけじゃないし、余裕もそうそうないが、三令の命を危険に曝したし、デスゲームが廃れるってのは、国の滅亡と同義だからね。日本円の使い所だよ」


 四谷達は、ジャージを裏返して雪原迷彩にし、フードをかぶると、吹雪に紛れて倉庫に駆け寄る。

 倉庫には、大型シャッターが湾側と駐車場側の2方にあり、各々の傍らに通用口のドアがある。

 四谷と近藤は2手に分かれてドアを確認し、また戻って来る。

「鍵なし、ナンバーロック1459に指紋跡、ドア自体に追加検知用システム確認出来ず、加撃用ギミック、電撃、バネ、ピット、タライなし」

「OK、こちらも同様だ。足跡は」

「2名。1名帰り。前後1時間推測」

「表から入る」

「OK」

 四谷達は、照明の当たっている方のドアの前に来る。

 近藤はナンバーロックのボタンの4桁を押す。試行23回目でロックが開いた。


 ドアを開けると、通路になっていた。

 通路の壁には壁紙で整えられており、倉庫というより室内のようだった。

 数メートル先に、もう1つドアがある。

「まだモジュール式フィールドなんか使ってるのか」

 四谷が呟く。

「モジュール?」

 茅野が聞き返す。

「デスゲームは、こういう海上コンテナ型パーツを自在に組み合わせてフィールドを作るシステムが市販されている。言ってみれば、ローグだ」

「不思議のダンジョンでええじゃろ。マニアか」

「そっちで例えると妹が怒るんだよ」

「さて、四谷、茅野」

 近藤は2人に顔を向ける。

「相手は籠城戦と洒落込んだようだ」

 四谷は頷く。

「援軍のない籠城など本来無意味だが、こちらはタイムリミットがある」

 茅野は時計に視線を向ける。

 午前0時47分。

・事実を明らかにした解説動画の編集、アップロードと拡散

・同時にこれを証拠として動画サイト運営に茅野の動画の妥当性を伝え凍結解除

・貝斗の動画を誹謗中傷する事実と異なるものとして凍結させる。

 そして、朝に人々が起きて最初に観る『お勧め動画』に、解説動画が現れる事。

 起床時刻午前5時頃とするなら、2時間の作業時間を差し引いて、攻略のタイムリミットは午前3時。

「これはデスゲームのギミックを使っているだけで、100パーセント殺しに来るただの罠だ。気をつけろ」

「はい」

「あの、部長」

「手短に、茅野。会話は全て傍受されている」

「こういう時は、お前達は帰れとか、今なら間に合うから帰れみたいなの、ないんですか」

「答えが決まっている質問は無意味だ」

「世の中のやり取りは、言わないでも通じる事が9割だぞ」

「そりゃ……」

 通路をのぞき込んで、茅野は小さく身震いする。

「ここは、火ぃ点けて炙り出すのがええじゃろ」

 瞬間、近藤が茅野の腕を取り、ねじ上げる。

「じょ、冗談じゃ、冗談!」

「近藤、今回だけは許してやれ」

 四谷に言われ、近藤は手を離す。

「行動中、味方に対して、事実と異なる事を口にするな。判断の遅れや混乱を生む」

「分かっ、た」

「良かったな。折られなくて」

「まーたまた、冗談……を」

「現住建造物放火は、1発懲役、最高刑は死刑だ。それに、今回のクリア目標は情報収集だ。殺したらそこでミッション失敗だ」

「……そうじゃったが、何か外からやりようはないんじゃろか」

「排気口に成分センサーがあった。催涙ガスなんかもカットされる。お前もう喋るな」

「少々優しさに欠けるんじゃが」

「本当の命がけだぞ、近藤だって緊張もする」

「うん……」

「安心のお守りだ、預かってろ」

 四谷は真鍮のロケットを手渡す。

「凄いだろ、アポロ13型ボールペンだ」

「……そっちのロケットかよというのと、縁起が悪いのと、死亡フラグごっこやめろ」


 3人は通路に入る。

 通路のブロックのサイズも、エントランスと同様、普通列車1両、海上コンテナサイズだった。

 突き当たりにドアが1つだけ。

 四谷がドアを開く。手前向きの開き戸だった。

 鍵はかかっておらず、再び通路が延びる。

 3ブロックほど直線、それから正面ではなく右にドアがある。

 四谷が真正面の壁をポケットナイフでひっかく。

 壁紙が破れ、ノブのないドアが現れる。

 四谷はドアを蹴飛ばすが、びくともしない。

「未接続か、四谷」

「だな」

「?」

 理解出来ない茅野を見て、近藤が補足する。

「モジュール型は、12箇所に開閉ギミックがあるが、他のモジュールと接続状態にないと作動しない」

「隠しドアの可能性はあるが、やはり壁紙を剥がす時間がかかり過ぎるな」

「ああ。詰まるまでは相手の誘いに乗る」

 見切りを付け、右のドアを開ける。

 通路は更にもう1度右へ曲がり、それから行き止まりになって、下りハシゴが現れる。

 地下に続くハシゴは、先が見えない。

「下がるんか」

 四谷が行き止まりの壁と天井を叩いて確認する。近藤と茅野は、その手前の壁を確認する。どこにも隠し扉はなかった。

「ここから先はモジュールじゃないな」

 四谷が降りていき、近藤達が続いた。


 地下室には、重厚な作りの椅子と机がひと組あり、デスクトップPCが置かれている。

 その他、コピー機や書類棚、テレビや給湯器なども置かれている。

「オフィス……社長室、か?」

 部屋の中を漁り始める。四谷達にとって、これはデスゲーム用の訓練で幾度も経験済みの動作だった。

「これは……」

 分厚いドッチファイルに、FAXの受信文書が綴じられている。

 近藤は書類棚に同じだけの隙間が出来ているのを確認しつつファイルを開く。

 書類は時系列順に雑多に綴じられている。四谷は昨年の10月頃まで見たところで手を止める。

『――石田、小西両名のデスゲ同意書類送付します』

『最終確認です。石田と小西です』

『当日の手順です。番組終了後、23時頃に合わせて運搬します。以降、お願いします』

 送信者名が空欄で、ヘッダにも送信者電話番号がない。

 近藤はそれらを写真撮影する。

 かなり前の日付は。社名がナナカマドとは異なっていた。

『23件、処理を依頼します』

『デスゲームにて処理お願いします』

『処罰対象者について、デスゲームにて処理をお願いします』

『制度変更は理解しました。法制度内で対応する方法について、こちらでやっておく事、具体的に教えて下さい』

 メッセージは簡潔で、これだけでは何を意味しているか断定はしにくい。

 四谷はPCを起動する。

 ディスプレイの傍らに付箋でアカウントIDとパスワードが貼られているが、接続しても空っぽのデスクトップ以外にアクセス権限がない。

「圏外じゃな」

 茅野はスマホを確認して言う。

「こっちもだ」

 近藤はスマホに表示された、

『アップロードに失敗しました。電波状況をご確認下さい』

 のメッセージを確認する。

「来る時に通信抑制装置の電波は検知出来なかった。電波吸収剤だな」


 その時。


 部屋に降りて来る為のハシゴが一気に引き上げられ、天井の蓋が閉まった。

 瞬時、四谷は予め手にかけていた微細な糸を張る。超鋼ファイバーをより合わせた直径1ミリにも満たない鋼糸は蓋との間に張られ、蓋が閉じ切るのを押し止める。

 四谷は、鋼糸を室内の机の脚に結びつける。天井の蓋の圧力に鋼糸がたわみ、切れそうになっている。

 近藤は、入って来たのと反対側の壁を探り始める。

「情報は手に入れたんじゃ、脱出した方が良いんじゃないか」

「超鋼ファイバーがいかに強力でも、限界はある」

「そうじゃろ、だから早く」

「なのに、耐えている」

「え」

 茅野は天井の蓋を見上げる。確かに、鋼糸は耐え続けている。

「ここで得られる情報が絶妙に薄い。推測が混じる」

 近藤は書類棚に手をかけ、スライドさせる。書類棚の後ろの壁には、小さなドアがあった。

「それっぽい獲物を手に入れさせて満足させ、危険を感じさせて追い払う。人返しの仕掛けだな」


 隠し通路は、突き当たりがドアになっている。

 茅野が2回、3回と体当たりをするが、ぴくりとも動かない。

「四谷、ここから先、テセウス法は無意味だ」

「はい」

 四谷が腕を軽く振る。

 元来た扉に噛ませていた鋼糸が外れ、隠し扉が完全に閉じ、ロックの音がする。その1秒後に、四谷らの目の前、突き当たりのドアのロックが外れる。

 後ろのドアを完全に閉めないと、先へは進めない仕組みだった。

「先に進むしかないんじゃろな」

 茅野が元の隠し扉が開くか試そうと、ノブに触れようとする。

「迂闊に触るな」

 近藤が、茅野を投げ落とす。

「のわっ!」

「お試死モブみたいな動きをすんな」



 お試死ためしモブ。

 デスゲームにおいて、「こんな事をしたら死んじゃいます」とか、「このゲームはちゃんとデスゲームです」という意味で配置されるキャラクタである(広辞苑によろしく)。


※※よろしくとは、パクる時の免罪符である。嘘、オマージュだから無罪である。


※通常、

「オイオイ、何を言ってんだよあんた、ドッキリか――あ」

「動くなと言った筈だ」

「……ま、まさか、本当に死んだ?」

 までが一続きである。

 デスゲームが浸透したこの世界において、そんなアホなリアクションをする者はいない(同時に、1人が裏切れば系ゲームも基本的に攻略される)が、動画のメリハリとしては必要な為、再生数を稼ぐデスゲーム動画には、大抵配置されている。

 彼らは参加者ではないサクラだが、たった1人、参加者のクセに説明モブのような動きをして、一見死んだと見せてリタイヤするが、本当は死んではいないという、通称「お試死モブのマサシ」と呼ばれる伝説のデスゲームプレイヤーがいる。

 彼が出る動画はそれだけで、再生数は20万上げ底される。

 彼が何故にこのような危険な事をするか、取材班はインタビューを試みた。

 以下は、その記録である。

「マサシさん! いるんでしょ、開けて下さい! インタビュー、答えて下さい、この野郎開けやがれ! そんなんじゃヒトシって呼ぶぞ、このスーパーヒトシ!」

 数時間粘ったが、結局彼の姿は見えなかった。

 我々は、彼の好物を罠を用意した。「さわるな」と書いてある箱である。生粋の「かかってみる」体質の彼がこれを無視出来る訳がない。

 そして翌日。

「うわぁあ、なんだ、こりゃああ!?」

 ついに、取材班はマサシの捕獲に成功したのだ。

 逃げられないと悟った彼は、ようやくその重い口を開いたのだった。

「――説明モブというのは、様式美です。私は、そこにこそ美しさを感じ、先祖譲りのタフさで、これを人々に広く知らしめたいのです。私のイノベーションが、ユニバーサルなリボリューションとなる事で、デスゲームは、ネクストステージに向かうのです。それによって、マイインカムは、ベリーベリー、アップするのです。ビューティフルワイフと、クレバーベイビーを手にし、ライフのセックスパーソンとなるのです!」

「……セックスじゃなくて、サクセスフルですよ」

 言葉少なに未知の言語を交えて語る彼の真意は完全には理解出来ないが、大体金目当てなので、案件が欲しいという意味とみられた。

「ツイッター、インスタ、ニフティーサーブもやってます! 高評価、チャンネル登録、投げ銭もよろー! 毎週土曜に生配信やってまーす!」



「文明人なら言葉を使って欲しかった」

 起き上がりながら、茅野がぼやく。

「現代人だろ、迂闊に触るな」

 近藤がハンカチを取り出すと、端をつまんでくるくると回し始める。

 回転が安定したハンカチを、ドアノブに少しずつ近づけていく。もう5ミリほどで触れるというタイミングで。

 鋭い空気の噴出音がした。

「のあっ!?」

 やや後ろの天井から細い鉄骨が4本射出され、床にぶつかり跳ね転がった。ドアの前に立っていたらウナギの蒲焼きか何かのように刺さる位置だった。

「センサー型自動ドアと大体同じものだ。ドアノブに触る場所まで近づいただけで反応する。競技型ではランダム要素が増え過ぎて使わない方法だが、安楽死型の場合はたまに出て来る」

「ランダム要素?」

「自動ドアは、変な時に開く事があるだろ」

「北海道では大体、雪跳ねが不充分な時が多いが、センサー部分が汚れていたり、ドアマットの厚みがありすぎたりする場合も発生する。詳しくは、ナブコに問い合わせるのが良いだろう」

「と……ともかく、迂闊に動くなって事は分かった」

「茅野」

 四谷は茅野の頭をくしゃりと撫でる。

「なっ!?」

「浮き足立っているぞ、自覚しておけ。全て練習で経験済みの筈だ」

「……おう」

 3人は次のブロックに移動する。

 また何もない通路で、今度は右にドアがある。やはり、来たドアを閉める事で、開いた。

 その時。

『ようこそ、石狩デスゲームパークへ』

 不意に声が響き渡った。


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