第6章 昆虫大好きバイトくん
雪のちらつく中、茅野は市内のアパートの前に来ていた。
アパートは1階4室の2階建てで、まだ新しい。
防寒用の目出し帽に薄いサングラスをかけ、デスゲーム用ジャージを着た茅野は、敷地を回り込んで、裏の窓側に来る。除雪の手が回らない裏手は、雪が深く積もっている。
茅野は1番手前の部屋の窓の傍らに立ち、スマホを取り出す。画面には23時41分の表示があった。
外付けスピーカーを接続し、窓に近づけ、音声ファイルを再生する。
鈴をならすような音、鈴虫の声が鳴り始めた。
カーテンと内窓が開き、それから、外の窓が開きかけた。
瞬間、茅野は僅かに開きかけた外窓に指をかけ、一気に開く。
部屋の主の若い男は、声を上げる間もなく茅野が男の口に丸めた布を突っ込む。
そのまま茅野は部屋に転がり込む。
男が抵抗しようと身じろぎをした瞬間、目から上を平手で連打する。
奇襲から恐怖心を強くかき立てる目の近くへの攻撃に、男は戦意を喪失する。目をぎゅっと閉じたまま、両手を挙げた。
秩野はすかさず男の口許を掴んだまま引っ張りつつ膝裏を押して膝をつかせ、そのままつぶせさせた後、紙袋をかぶせて視界を奪う。
それから手を後ろ手に回させ、肘と手首を結束バンドで締め、足首も締める。
デスゲームで用いられる基本的な対人制圧術。流れるような手際だった。
茅野は男の紙袋を外して猿ぐつわをかけなおしてから、メモを男に見せる。
『大人しくしていれば、暴力を振るう気はない』
無論、既に充分暴力だった。
『貝斗輝男、回転寿司名越の元バイト。素行不良で退職』
メモを見て、男は俯せになったまま首を縦に動かす。口の中いっぱいに布が詰め込まれたままなので、声らしい声が出せていない。
2人がいるのは6畳の寝室で、隣の部屋との境目の壁に沿って、昆虫用の飼育ケースがある。
茅野は男に紙袋をかぶせ直してから、部屋の中を確認する。
隣の部屋と仕切るアコーディオンカーテンを開ける。4畳半ほどのダイニングキッチンになっている。
キッチンにスマホを向け、保存されていた動画を再生し、一時停止させる。
回転寿司名越で行われたとされたバイトテロの映像の背景と、完全に一致していた。
食器棚を開けるが、めぼしいものはない。
見回すと、まだ容量に余裕のありそうな指定ゴミ袋が、流し台の傍らにあった。開くと、汚物まみれの魚と米粒、皿、そして胸元に回転寿司名越のロゴが入った制服が出て来る。
秩野は5秒ほど動画撮影した後、押し入れを開ける。
収納ケースが並ぶ。衣類以外の物入れにも使われている。橋から引っ張り出して確認すると、その1つにビデオカメラが入っていた。
茅野が電源を入れ、再生リストを確認すると、例のバイトテロ動画の編集前映像が出て来た。
録画開始から、冷蔵庫から風呂場に移動しマグロのサクの上に排泄し、まな板の上で切り、寿司の形に握る。その後、使った衣類や道具をゴミ袋に捨てる。
それがアパートの1室であって、少なくとも回転寿司屋の厨房でないことは明かだった。
茅野はビデオカメラと自分のスマホを有線接続する。
袋をかぶせられたまま、男は何か言おうとしていたが、声にはならなかった。
カメラを元の位置に戻した茅野は、男の紙袋を外す。そしてワイヤーを、男を拘束した結束バンドに引っかける。
それから、茅野は窓から外に出た後に、ワイヤーをすっと引っ張る。
男を拘束していた腕の結束バンドが一瞬で外れ、茅野の手元に回収された。
肘や足は固定されたままだが、時間をかければ外す事が出来る筈だった。
茅野がそのままアパートの表にまわり、門から外に出ようとした瞬間。
後ろから誰かにしがみつかれた。同時に自動車が横付けになり、一気に車内に押し込まれた。
茅野を拉致した自動車は走り去った。
クラウンの後部座席で、茅野はサングラスとマスクで顔を隠した者に抑え込まれる。黒みがかったスエット姿で、身体のラインは男のようだった。
男は茅野の腕をねじ上げ、そのまま肩を外そうとするが外し切れない。デスゲ用ジャージの関節防護構造が、人間の限界を超えた変形を許さない。
折れないと見るなり、男は肘を胸に叩き込む。
茅野はジャージの内側にプロテクターを仕込んでいたが、男の肘はそれにヒビを入れた。
肺と心臓を圧迫され、茅野は悶絶する。
「ふざけた真似しやがって!」
男は茅野のバッグからスマホを取り出し、運転手に放る。
「おい、こいつ頼む」
もがく茅野をねじ伏せている間に、運転手はスマホを受け取り、操作をしようとするが、同時に雪道を運転する事は難しい。
運転手は一旦路肩に寄せ、停車させる。
「何停まってんだ!」
「仕方ねーだろ。そっち、さっさと気絶でも何でもさせちまえ!」
「殺さずに気絶だけなんて簡単に出来るか!」
言いながら、男は何度か茅野を殴りつけるが、茅野はもがくのを止めない。
「ガキ、死にたくなけりゃ、さっさと諦めろ!」
男は茅野の顔面を殴りつける。狭い後部座席で腰の入らない拳だが、体格差で頭を揺らすには充分だった。
「これだ、アップしてた動画。やっぱり監視カメラで見えた通りだ」
運転手が声を上げる。
「さっさと消せ!」
「パスワードが分からねえ」
「おい、ガキ!」
男は茅野の胸元を掴み、締め上げる。
「パスワードはなんだ」
言うなり、ナイフを取り出すと、茅野の頬に滑らせる。
ぱっくりと開いた傷口から血が滲み始める。
「喋れるうちに、話した方が良いぞ」
「おい! 血はやめてくれよ! 証拠が残るだろ!」
「黙ってろ、馬鹿!」
「大した手際だ」
照明を落とした部屋で、男は椅子に深く腰かけて、机の上のモニタの動画を眺める。
画面の中で、顔を隠した茅野が、窓から侵入後、カメラを発見するまでが流れている。
「体操か何か齧っているか、空き巣の常習か、デスゲプレイヤーか。本職には及びませんが、相手も相手なので、充分だったでしょう」
傍らに立つ女が応える。
「身元は」
男の問いに、女は手元の端末を操作する。
茅野の顔が斜め前からのアングルに切り替わった。それから画面が白黒に切り替わる。同時録画していた赤外線映像で、身体のラインがはっきり見える。
更に、複合的処理を施すと、映像は一切の着衣のないカラー映像となった。
「――茅野姫佳、地元の高校生です。母親と2人暮らし、非課税世帯です」
「ありがとう。ネットワーク上の探索を進めたら、残業付けて帰りなさい」
「了解いたしました」
女は一礼して、傍らのPCを操作する。
「メールでお送りしています」
「お疲れ」
「もう少しお手伝いが必要ですか?」
「自分でやる」
「では、お先に」
女が立ち去ってから、男は報告データを確認する前に固定電話の受話器を取る。
「――飯狗か……そうか、確保出来たか。よし、何としてもその動画消させろ。処理? 脅して消させたら解放するだけ――怪我? 馬鹿かお前ら! あ? デスゲーマー? 当たり前だろ、それぐらい予測しとけ、馬鹿! ったく、わーったよ、処理はするから、終わったら持って来い!」
(――痛い)
茅野は左の頬に生温かさとじわじわとやって来る痛みを感じつつ、目の前で光るナイフに視線を向ける。
(オヤジを、殺した奴らが)
茅野の脳裏に、父の思い出が流れる。
8歳になるまでの記憶。父が店長として働くコンビニに、自分が届け物をしに行くと、喜んで抱き上げてくれた。
その父が急激な売り上げ不振に陥った。きっかけは、バイトテロと通称される、不快動画の拡散だった。
(……編集でオヤジの店のように見せていたが、別の場所で撮られていた、バイト店員ではない、ただ同じコンビニの制服を入手しただけのヤツだった)
苦情対応と利用客低迷から売り上げは絶望的となり、閉店した父の手に残ったのは、フランチャイズ違約金の借金だけだった。
父は店を手放した直後に、賞金付きデスゲームと称されるものに参加した。優勝しながらも、最後の罠と称されるだまし討ちで死ぬ姿。
茅野は、削除される前に、保存していた。
何度も繰り返しみた。
父の死ぬ瞬間の、喜びの表情のまま、凍り付いたような死に顔。悪趣味、ルール違反として、ほとんど再生数は伸びず、悪評価ばかりが付いた動画。
(あれが、デスゲームだと思っていた。でも、そうじゃなかった。最低限のルールさえない、ただの人殺しの見世物だった。その後調べて、オヤジとほとんど同じルートで死んだ奴らが12件)
ナイフをちらつかせながら、男が怒鳴っている。
(こいつらが、あいつらと同一人物かどうかは知らない。でも、同じような事をしている奴ら。それは間違いない)
今度はナイフの柄で額を殴られる。
(何をどうすれば復讐になるのか、よく分からなくなっていた。でも、オヤジの顔は離れんし、お母さんは夜にいつも泣いている)
僅かに口の端で笑う。
(こいつらは、荒事をやらかす部隊だろうが、別に殺し屋って訳でもない。こいつらが、こうも焦って慌ててウチを責め立てるのは、あの動画が効いてるって事。パスワードを黙り切ってれば、勝ち確。命をチップにしたら必勝。楽な勝負じゃ)
男が再び刃を茅野に向けた時。
ガラスの砕ける音がした。
(あ)
ほぼ同時に男が昏倒する。
(1発で気絶って……漫画か)
「な、わっ!」
運転手の方も、もう1人に引っ張り出されていた。
全てのドアロックが開く。
「生きてるか」
ドアを開けたのは、四谷だった。
「四谷」
「馬鹿がっ」
歩道側にまわって、ドアを開け、茅野を抱き上げる。
「スマホは?」
「近藤が回収した、もう喋るな!」
茅野を抱えた四谷は、走って来たプリウスに滑り込む。
再加速するのとほとんど同時に、後ろの角から、エンブレムまで黒塗りにしたセダンが現れ、追跡を始めた。
照明を落とした部屋で、男は電話で話す。
「――逃走した車両のナンバーはこちらで解析しておく。後は随時報告しろ」
男は電話を切って、大きな溜息をつく。
「1度確保して逃がす、最悪だ」
遮光ブラインドをずらして、外を見る。
「またテレビの仕事でこれかよ」
雪は降り続け、吹雪になっていた。白く浮き上がる地面の先に、急に切り取ったように真っ黒い闇に切り替わる。
港湾だった。
「夜の海は、良いなぁ」
男は画面をデスクトップに切り替え、メールを送信して、固定電話の受話器を手に取る。
「――ああ、田津さん? まだお仕事でしたか。年の初めから広告代理店さんは本当に働き者ですね、いやぁ、とてもとても、ウチのような弱小制作会社には、とーてーも、真似が出来ない。頭が下がるばかりですなぁ!」
明るく言ってから、声を潜める。
「メールのURLの動画をご確認下さい。問題発生しました」
男は送付済みフォルダから、今し方送付したメールを開き、自分の方でも動画を再生する。
茅野の手によって動画サイトにアップされた、バイトテロの無編集動画だった。
「――はい、動画サイトに公表されています――いえ、物理侵入され、オリジナルをアップされました。いや、監視はしておりましたが」
電話を持ったまま何度も頷く。
「使った若いのが、コピーを残してやがりましてね。はあ?」
声のトーンが変わる。
「こちらもね、年末の掃除からこっち、働きづめなんですよ。あれを仕切っていた飯狗だって、休みなしだったんです。こんな事、やらせられるヤツがどれだけいると思ってんですか。半グレ連中なんて、黙らせておく事なんて出来ねえんですよ。そこまで丁寧な仕事をして欲しいなら、ウチに頼むべきじゃありませんね。まあ、死体処理まで、やってくれる業者が、どんだけ他にあるか知りませんが――おっと、口が滑りました。いやはや、簡単な仕事でしたよ。眠ってましたからね、ああ、眠ってましたよ、そうじゃないと駄目なんでしょう?」
やや長めの時間、男は黙る。
「――そう言っていただけるなら、こちらも甲斐があります。ええ、思ったよりすばしこくてね、現在追跡中です。拡散前にオリジナルを削除させれば……そうですかそちらでも対処を……心強いですがそれに甘えず、こちらも何とかやり遂げます」
男は笑いを浮かべる。
「いえいえ、我々は持ちつ持たれつ、長い付き合いの運命共同体ではありませんか。よろしくお願いしますよ」
広告代理店『株式会社日本電動通行』本社。
「下級がッ」
電話を切ってから、田津はオフィスのPCに向かったまま吐き捨てる。
画面には、茅野がアップした未編集のバイトテロの動画が、未だに流れている。
最初に貝斗がアップしたバイトテロ動画は、店内でない事が容易に推測出来る粗悪なものだった。これを「真実」に仕立て上げる為、テレビ局の印象操作を補助し、それ以外の局や新聞社等に働きかけた。
インターネットで誰もが発信出来る現代、当事者達の反証でこの「真実」は否定される。これは時間の問題である。
しかし、1度拡散させた情報は、余程の事がない限り完全には覆せない。
例えるなら、バケツでペンキをぶちまけた後に、別の色のペンキをぶちまけて覆い隠すようなもの。遙かに多量のペンキが必要だ。
1週間もインターバルがあれば、訂正情報を多少流したところで、一般視聴者はそれがいつのどの情報の訂正だか、具体的に結びつけて記憶する事は出来ない。
おぼろげな記憶は、感情に根付き、消費行動に影響を与える。外食事業者にとっては、致命的なダメージとなる。
『――確かに動画は捏造だったけど、なんか悪いデスゲームをやるような企業みたいだし、このくらいの制裁は必要。誰が作ったとも知れない悪いデスゲームは規制され、権威あるテレビ局が作った綺麗なデスゲームだけが許される』
ここまでの民意が出来上がれば、流れは変わらない。広告代理店としては、謝罪番組に関する仕事が増えるだけだ。
「しかし」
(ネタばらしがあまりに早すぎる。これでは、視聴者は結びつけてしまう)
デスクの傍らにある、海外のラベルが付いたドリンク剤の蓋を引きちぎるように開け、飲み干す。
年始のどさんTVの会議にリモート出席してから丸4日、家に帰ってもいなければ、横になって寝てもいない。睡眠時間を合計しても、6時間に満たない。
(実行犯の手元にオリジナルを残すとか、馬鹿か。監視カメラ仕掛ける前に、撮影したカメラとメモリーキューブを奪え、劣等国民の腐れ脳味噌野郎)
空になったドリンク剤を、ゴミ箱に投げつける。分厚く小さいガラス瓶同士のぶつかる、甲高い音がして、他の社員が迷惑そうに振り向く。
メディアがインターネットに集約され、動画サイトがメインになり、広告代理店の仕事は変容を遂げている。
レガシーメディア呼ばわりされるテレビ、ラジオ、新聞の担当は、左遷部署と言われる。
目標売り上げは遙か遠い。深夜残業を求められながら、残業を減らし売り上げを増やせとの指示が出る。
(そうだ、あいつら馬鹿だった。ケーキを2等分出来ず、言われたことの2割しか出来ず、余計な事を8割やらかす、一昔前なら手帳持ちになった最下級国民だ。10年前も、特番の『結果次第で』大量受注もあると言ったのに、フライングで20人も仕入れたらしいしな。あいつら潰す、これが終わったら絶対に潰す)
そこまで考えてから、表情を引き締め、席を立つ。
(よし、気分転換終わり! 大丈夫、まだ仕事できる)
「仕事楽しー!」
それから、次長室のドアをノックした。
『どうぞ』
田津は、次長室に入る。
「次長、例のバイトテロ動画、カウンターの動画が出ました」
「ん……ああ、あれか。炎上させれば良いだろう」
「カウンター動画は……オリジナルの未編集版です」
「ああそう」
次長は少し考えてから微笑む。
「動画サイトの方は任せておきなさい」
そのままの表情で、続ける。
「大変だね。疲れてるだろう、ひと休み、するかい? 代わるよ?」
「い、え。私の仕事ですので、やり遂げます。日付は変わりませんので」
「そうかい」
次長の笑みは変わらない。
「君の判断で、続けるんだね」
「はい、勿論です」
プリウスが、雪に覆われた夜の街を走る。
3人掛け後部座席に、右から四谷、茅野、近藤の順に座る。
無言で治療を終えた四谷が、医療用ウエットティッシュで手を拭く。
茅野の左頬の傷は、医療用接着剤で塞がれていた。
四谷が後ろの窓から追跡車を見る。
「4台ばかり連携して追っていまスね」
運転手は保安部長のルトアビブだった。
「ルット、大丈夫そう?」
「勿論です。社長」
「……部長」
四谷に膝枕されたまま、茅野は口を開く。
「助けてくれて、か、感謝しとる。ウチだけじゃ、逃、げ……」
震えと動機で言葉に詰まる。恐怖がようやく訪れていた。
「例え拉致られそうになっても、振り払えると、思ってたろ?」
四谷が、茅野の頭を軽く撫でつつ、穏やかに言う。
「無理なんだよ。全力で力を入れれば、少年漫画みたいに敵をバーンとはじき飛ばすとか、するりと抜けて逃げるとか、そういうのはな。2名対1名ってのは、2回攻撃をするヒットポイント2倍の敵と戦うのと一緒だ」
「ワタシなら、出来ますよ」
交差点をドリフトターンで曲がりながら、ルトアビブは親指を立ててニッと笑う。
「漫画時空の人は黙ってて下さい」
ルトアビブはもう1度、無言で笑う。
「……先走りすぎた、ごめん、なさい」
茅野は頭を起こそうとするが、やんわりと四谷に押し戻される。
「だが、この動画は大したものだ」
近藤はスマホで茅野がアップした動画を観る。
「拙速が功を奏したとも言える」
「じゃろ? 正直、貝斗があんなデータを遺しているとは思わなかった」
「ヤバいと分かりながら、嫌々やらされたんだろうし、身を守る為の保険のつもりだったんだろ」
「嫌々かは怪しいな。バイトしてた時も、パワハラセクハラのクズで、雇用更新されずに実質クビになったヤツじゃ」
「主犯にせよ共犯にせよ、民事で損害賠償7桁、刑事でも有罪確定、まったく犯罪は割に合わんな」
「執行猶予、付いたっけ、近藤?」
「バイトテロは2045年の法令改定で偽計業務妨害罪が改定されて懲役4年以下、最高刑が出たら1発で実刑だぞ」
「まあ……懲役喰らわせても、被害者側には足しにもならんよな」
「いや、気分はスッとするじゃろ」
「茅野」
じっと四谷は茅野を睨む。
「ごめん、本当に、反省しとる。じゃから、怒ってくれんか。その目は……辛い」
「この馬鹿。無茶な事すんじゃない、この馬鹿。どんだけ心配したか分かってんのか、この馬鹿。馬鹿を煮染めた馬鹿の佃煮か、この馬鹿」
「語彙力!」
「茅野、お前はオレ達が超カッコイイ完璧超人時空殺法ペアに見えているんだろうし、それはそこそこ合っているが、神ではないんだ」
「自己評価高いな!」
「お前の恐怖心を時間を操ってなかった事には出来ない、お前の馬鹿を呪文1つで治してやる事も出来ない、お前の傷を消してやる事すら出来ない」
「ん……」
「だから、オレの手の届くところにいてくれ、それなら、守ってやれるから」
「ほひぇっ!? ぁあ、ぅあ、え……と、うん、はひ」
四谷らの車はほとんどスピードを落とさずに路地を抜けていく。
カーブの度に距離が開いていく。追跡車が回り込もうとしても、枝道を巧みに使うので、完全に塞がれる事がない。
「それと茅野、後でちゃんと自首しろよ」
「えっ、警察!?」
「そりゃそうだ。不法侵入と傷害だぞ」
「……わ、分かった。でも、オヤジの仇が取れるまで、待ってくれ。1週間のうちにでも」
「分かってないな。明日の朝、皆が起きて観るもので全てが確定すんだよ。な、近藤」
「ああ。茅野君の考えるお父さんの仇を取る手段が、黒幕の悪事を白日の下にさらすという事なら、やっぱりバイトテロの印象が強い今しかないん」
「……ちょっと待て、ウチ、オヤジの事話したっけ?」
「なんで知らないと思うんだよ」
「我々は、今回の件と君の父親の件の類似が、偶然ではないという証拠の一端を掴んでいる」
車は急加速する。
「今のうち飲んどけ」
近藤は、2人に缶コーヒーを手渡す。
四谷と茅野は缶を開け、飲み干す。
「甘っ!」
「デスゲに必要なのは、第1に糖分だぞ」
近藤はサクマ式ドロップを手に一掴み取って、ルトアビブの口に入れる。
ルトアビブはそれをピーナッツか何かのように噛み砕いて呑み込む。
「オブリガード(ありがとう)。水と、しょっぱいものもちょっと下さい」
「エビアンとうまい棒で良いか」
「軟水ありまセん?」