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第5章  新春デスゲーム大会(クラスP2:重態級)

○第5章

 新春デスゲーム大会(クラスP2:重態級)


 1月2日、朝。

「じゃあ、気をつけて、頑張るんじゃよ?」

 古びたマンションのロビーの外まで、茅野の母は見送りに来ていた。

「う、うむ、大げさじゃよ」

「でも、たまには死んじゃったりするんでしょ? やっぱり見に行っちゃダメ?」

「デスゲームに観覧席はないし、P2じゃよ」

「じゃあ、参加者って事で」

「お母さん、訓練しとらんじゃろ。瞬殺じゃ瞬殺」

「えー、瞬殺なの? 半殺しぐらいに負からない?」

「それでも充分生活に支障出るじゃろ。安心してくれ、うちの同好会は人数は少ないが、デスゲームクレイジーが揃っているし、助け合いの動きもかなり仕込まれている」

「あっ、それでか」

 嬉しげに母は微笑む。

「?」

「入会前、抗議運動しとる時に命救われた時の相手が、今の人達じゃよね? 信頼もする訳じゃね」

「そ……まあ、そうじゃけど」

 茅野は口ごもりつつ、視線を逸らす。

「ひょっとして、運命とか感じちゃったり? ね、ねね!」

「そ、そんな事ないわ! ただの同好会メンバーじゃ!」

「でもー、お礼の山親爺持って行く時、すっごい可愛い格好してたじゃない? だからウチ、告白かデートか行くとばっかり思って、ウキウキしてたんじゃよ?」

「あのな、鶴じゃないんじゃ。1回命を助けられたぐらいで好きだの何だのなったら、どんなにチョロいんだよ。レスキュー隊員なんかハーレムじゃ」

「だってモテるでしょ、ああいう仕事の人、実際」

「マッチポンプのデスゲーマーと一緒にすな。デスゲーマーのカップル率は超低いんじゃ」

「でも、同じバイト先に短期で働きに来たって時も、すっごく嬉しそうで17時間もその話題だったじゃない」

「測ってたの!?」

「ううん、概算だけど、心当たりあるでしょ? きっかけはドラマチックだし、その後も逢えてるんだから、とっても順調でじゃね」

「だーかーらー、そんなんじゃないの! そりゃ、命を助けてもらったのは感謝しとるし、山親爺1箱で全部返せたとは思わんけど、でも、吊り橋効果みたいな勘違いって事もあるし、たった1回助けてもらったぐらいで。大体、あいつ、もう好きな人いると思うし」

「ああ、相棒の近藤さんとこのお嬢様?」

「あんな完璧超人と比べたって……」

「姫佳ちゃん」

「なん」

「性欲はね、性癖の相性が大きいの。単なるスペックだけで刺激されるものではないんじゃよ」

「生々しい!」

「かわいいなぁ、そういう隙の多いとこ、男の子は好物じゃよ? ガンバ!」

「知らん!」


「行って来ます」

 和服姿の両親の見送りに、制服姿の正岡は敬礼する。

「しかし……お前の力、デスゲームに本当に役に立つのか?」

 父が心配そうな顔をする。

「全力で当たります」

「あなた、戦いに赴く息子になんですか」

 母が父をキッと睨む。寸分の乱れなく着物を着こなしている。

「しかしなぁ」

「小さい頃の挫折から野球に逃げ込んでいたこの子が、ようやく自分を取り戻してデスゲームをやろうと決めたのです。信じて送り出さなくてどうします」

「デスゲームだしな。万が一にでも死んだり怪我をしたり」

「人は1歩外に出れば7人の敵と2種類の電磁波と1475種類の悪性ウイルス・菌類に曝されます。死よりも恐ろしいのは、自らに誇りを持てずに生き恥をさらし、それに慣れきってしまう事。門松は冥土の旅の一里塚、正に正月に相応しい1歩を踏み出す我が子を、祝福以外の何をしろというのです、恥を知りなさい!」

「分かっている」

 父は、正岡に向き直る。

「納得の行く、戦いをして来い」

「はい、ダディー!」


「行って来ます」

 四谷は玄関で靴を履く。

「あ、いてら、お兄ちゃん」

 妹の緒乃が、トイレから出て来ながら声をかける。

「おう。携帯酸素サンキュな」

「良いって。後輩ちゃん初参加でしょ。どうせ無茶して庇うなら、せめて呼吸ぐらいドーピングしないとね」

「助かるよ」

「ねえ、でも、本当に酸素だけで良かったの? この増加剤だったら、中心静脈注入だけで、ちょっぴりの発癌性と引き替えに、筋組織のエネルギー変換効率が2割」

「もしも死んだら、父さんと母さんには頼むぞ」

「あ……うん、左の引き出しね。O.K.だけど、死んだら泣くし、恥ずかしいポエムノートとかも公表するからね?」

「準備して無駄になるまでが一連のルーティーンだろ」

「まーね、気をつけて」

 四谷は玄関から出て行く。

 ドアが閉まるのを見届けて、緒乃はドアに鍵をかけ直すと、ドアに額を付ける。

「……この制度に感謝しない人はいない。盛り立てるべき。うちは特にそう。お兄ちゃんは、義務感の時期を乗り越えてやり甲斐を見つけた。それは分かる」

 いつもしているように、手を合わせ、目を閉じた。

「南無八幡大菩薩、東郷様、お地蔵様、妙な逆張りだけは勘弁して下さい。普通に生き残れる人は、生き残らせといて下さい。どうか」


「社長、車の準備が出来まシた」

 保安部長のルトアビブ・ボンバルダがリビングにやって来て声をかける。アフリカ系と思しき大柄な男だった。

「ありがとう、ルット」

 コタツに当たっていた近藤は、立ち上がりコートに袖を通し、バッグを担ぐ。

「気をつけてな」

『気をつけるのよ』

 コタツに入ったままの父と、リモートで団欒に加わっていたノートPC越しの母が見送る。

「父様、今日は、会員と打ち上げする予定なので、夕食はいりません」

「分かった。楽しんでおいで三令ちゃん」

「はい」

 近藤はルトアビブと廊下を歩く。

「正月からご苦労だな、ルット」

「お気遣いありがとうございます、社長」

 ルトアビブの日本語は流暢で、注意して聞いて、ややイントネーションの崩れがある程度だった。

「ご苦労ついでに、帰りの迎えもお願いして良いか?」

「はい。今日は元々残業予定で承っております」

 玄関で靴を履き替える。

「近々また遺言状を書き換えようと思うので、3が日が明けたら公証人事務所の予約を入れておいてくれ」

「承知致しまシた」


『――新春デスゲーム大会、第4戦目、地雷原de福笑い、開始!』

 号令と共に、参加者達は白い人工芝の地雷原を進み始める。

 電光表示300秒がカウントダウンを始める。

 勝ち残り参加出来たのは8チーム。1チーム2名の参加が可能だが、人員の足りないチームがあるため、参加人数は14名と特別枠の1名。

 福笑いの名の通り、フィールドはオカメの輪郭となっており、各所に大きな目鼻口のパーツを正しく置く事で、チームのポイントとなる。

 更に、リタイヤ前に外すと爆発するタイプの目隠し付きヘルメットをかぶる為、視界は全くない。

「うおおおおおおお!」

 プロテクターで指先まで覆ったプレイヤーの1人が、パーツ置き場に直進する。

「こういうものは、たじろいだら負けだぜ! モタモタしてたら地雷原マップなんて忘れちまう!」

 彼の足が、人工芝の隙間から覗くスイッチを踏んだ。

 合成音の爆発音を立て、M14対人地雷を模した電磁地雷が、鋼球を放射状に発射した。

「のぐおおおおっ!」

 プレイヤーは、吹き飛んで3メートルほど転がる。プロテクターにかなり深く鋼球がめり込んでいるが、致命傷には至っていない。

 が、そこにでもう1つ地雷が作動。今度は先ほどのものと色が違う。カラーバリエーションが豊富だった。

「うわあああっ!」

 立て続けに4回作動させてから、彼はギブアップのタップをした。

『特別枠・伏見雅君、リタイヤ』


 早々のリタイヤの後、トップに繰り上がった赤ゼッケンのプレイヤーが、パーツ置き場に到達する。

 パーツ置き場では、プレイヤーにパーツが配布される。配布順序は予めプレイヤーに知らされているが、視覚が使えないので次のパーツについては記憶しておくしかない。

 赤ゼッケンのプレイヤーが手にしたのは、鼻パーツだった。

 これに、後続の緑ゼッケンのプレイヤーが奪おうとナイフを抜いて飛びかかる。これを、赤ゼッケンのもう1人が反応し受け止める。

「見えてないっすか、あれ?」

 控え席から観戦しながら、正岡が言う。

「あれだけ大きな加撃行動では、衣擦れの音で気付く。初心者だな」

 赤ゼッケンの防御側は、ジャージと内側に着込んだプロテクターで、緑ゼッケンのナイフをいなす。

「そもそも競技型のデスゲームでは直接攻撃は悪手だからな」

 他のプレイヤーは、ほとんど対立はせずにパーツを選び、それぞれの定位置を狙って進んで行く。四谷と茅野は、目のパーツを取っていた。

「普通の発想ならやりそうですけど」

 デスゲ部会員相当で控え席に入っていた軍人将棋同好会の藤原が口を挟む。

「最近の動画は、その辺の事までは解説入れないからな」

 近藤が応える。

「あっ、茅野が」

 藤原が思わず声を上げる。

 地雷を踏んだ茅野を、四谷が飛びついてその場から離し、防護板を引っ張り出してガードする。

 四谷は茅野の手を引いて立たせるが、茅野はタップしてリタイヤを宣言する。

『茅野姫佳君、リタイヤ』

 電光表示で、茅野にリタイヤサインが付き、スコアが減算された。

「適切な判断だ、短期間でよく学んだ」

「そうなんでしょうか?」

「初心者は勘違いするが、このルールは、自分の場所をロストした時点で戦力外にしかならん」

「なるほど」

 藤原は、少し納得した風に頷く。

 先ほどの加撃した緑ゼッケンのプレイヤーは、2撃目の前に赤ゼッケンが走り去ってしまった為、取り残されている。

「リタイヤしなくても、ああいう風になると?」

「うむ、攻撃はどうしてもな。デスレーシングで砲塔付きが勝てない理屈だ」

「でも、中にはただ殺したい人もいるのでは?」

「殺人願望のある人間が最初に殺すのは小動物だ。彼らは一方的に殺したいのであって、殺し合いをしたいんじゃない」

「何となく分かる気はしますけど」

「紛れている可能性ぐらいはあるかも知れないが、積極的に殺しまわるプレイスタイルが主流だった事はない」

 先ほどの加撃した緑ゼッケンのプレイヤーは、追いすがろうとするが完全に見失い、集中力を欠いて方向感覚を狂わせたせいで、地雷を踏み、負傷リタイヤした。

「新春のご祝儀難度のP2で良かったな、春大会ならあの程度の受け身では死ぬ」

「ご祝儀の意味がバグってますが」


 目隠しをされた四谷は、福笑いパーツを持ったまま、人工芝の地雷原を歩く。

(残り80秒)

 事前に地雷原マップを見せられているので、安全なルートは分かっている。

 歩幅も把握済み。

 ルート通りに進んで100メートル。走れば20秒もかからない。しかし、視覚を遮断してその通りに進む事は困難を極める。

 他のプレイヤーと競走をしつつの進行は、デスゲーマーであっても容易ではない。

 人間は歩く時、その向きや位置を、ほぼ無意識に視覚によって微調整している。

 海を渡る鳥が星を目印にすると言えば何かもの凄い事のようであるが、無意識の領域に落とし込まれた行動は得てしてそのようなものである。鳥に言葉があったなら「空とか風景見ながらフツーに飛んでたら、目的地に着いていた」となるだろう。

 四谷は、しかし、地雷原をすたすたと歩いて進む。


「凄い空間認識能力ですね」

 モニタで観戦する、正岡が思わず声を上げる。

「それだけじゃないぞ」

 近藤が笑う。

「よく耳を澄ませてみろ」

「耳?」

 正岡は黙り込む。それから、意味のよく分かっていない顔で、自分の耳をいじる。

「なんか耳がおかしい……耳鳴り?」

「これが48のデスゲーム技の1つ、『蝙眼こうがん』」


 四谷は。

 断続的に叫んでいた。

 口内で声を反響させ、音波の波長を合わせる事で倍音と呼ばれる高い波長を合成し、1人の声で和音を奏でる。

 モンゴルに於いてホーミーと呼ばれる演奏技法であるが、ここから芸術的要素を取り払い、ただただ倍音を重ねていく事で、音波の周波数を突破させる。

 高周波は身体を震わせ、血液をふるわせ、下半身に至った時、空気全体を振動させ、そのまま壁に辿り着き、反射して四谷の鼓膜を圧迫する。

 その僅かな時間差を感知する事で、壁との距離を把握、脳内の地図との誤差を修正。

 これによって、迷い無く歩行を行い。


「やった、目標ポイントに到達した!」

 四谷は目のパーツを設置する。一度設置されたパーツは磁気で固定され、他のチームが動かしても得点に影響を与えない。

 四谷はパーツ置き場で、耳パーツを受け取る。

 これを置いて、そしてもう1つ。ボーナスのほくろ。持ちやすい上に、配置可能位置が5箇所ある。

「これでラスト!」

 四谷が駆け出そうとした瞬間、動きを止める。

 四谷の前に高速で何かが通り過ぎた。

 1歩踏み出していれば、それに頭を割られていたが、その勢い故に生じた風切り音が、四谷に足を停めさせたとも言える。

 四谷は目の前に手を伸ばすと、細いワイヤーが手に当たった。

 ワイヤーは、ハイパーカーボンナノチューブをより合わせたもので、引っ張り強度はダイヤモンドを遙かに超える。人間1人ぶら下げるのは容易い。

 1.5メートル程の高さに張られた形になったワイヤーを、1人の参加者が綱渡りの要領で走って来る。

「敢えてのインターセプト狙いで、点差を確実にするか」

 近藤は歯ぎしりする。

「樽手の軍神、高山理穂」

 非常識な程のバランス感覚で走って来たのは、樽手高校デスゲ部部長、高山理穂だった。

 飛び跳ねつつワイヤーの上を走る。義経の八艘跳びかくや。

「あれじゃ地雷も無意味だ」

 瞬く間に四谷との間を詰める。

 状況を理解した四谷は、ワイヤーをくぐって先に進もうとする。

 だが、1歩遅い。

 四谷は背後に飛びつかれ、そのままピースを奪われる。大きなアクションで生じる方向感覚の狂いは、ワイヤーから生じる風切り音で容易に補正される。

 そしてそのまま、高山は最後の配置地点にピースを置いて右手を挙げた。

『そこまで!』

 中継映像のカメラは切り替わり、天井からの画となる。

 福笑いのおかめの顔は、両目、鼻、口、モンローほくろの各パーツが、場所の間違いなく配置されていた。


『デス福笑い! 藍川高校、95ポイント!』

「95だと?」

 アナウンスに、四谷は目隠しを外し、自分の並べた目鼻を見直す。

「な!?」

 四谷の設置した左目が、裏面になっていた。


「お疲れー!」

 閉会式後、帰り支度を終えてロビーに出た四谷達に、樽手高校の岳辺が声をかけて来る。

「樽手校、優勝おめでとう」

 四谷は挨拶する。

「おめでとう、ございます」

「ありがとー! 茅野ちゃんも凄かったよ」

 岳辺は茅野の肩を叩く。

「いえ……四谷、君に助けられただけで」

「4回戦目の事? 四谷君が守り切った上で競技に戻れたって事は、作戦通りのムーブが出来てたって事でしょ。それって、初心者だと絶対無理だよ。本当は経験者でしょ?」

「動画、見てただけ、です。たまに」

「前途有望だね! 蒲りん」

「ああ。行動に思い切りがある。経験が伴えば武器になるだろう」

「だよねー、じゃまた! あっ、マサシさん、今日もナイスパフォーマンスでしたーー!」

 岳辺は別の知り合いを見つけて走り去った。

「……岳辺さん、試合の時と別人じゃな」

「凄いだろ」

「あの時は、ゾクッと来ました」

「経験じゃろ」

 四谷達は、ロビーから外に出る。

 雪のちらつく中、デスゲーム反対の立て札だけが、表の歩道に並べられているのを、施設の職員が撤去していた。

「反対デモ、正月は今年もやらないんだな」

「各々家庭の都合があるんじゃ」

「今も出入りしてるのか?」

「お前に助けられた時点で、除名されとるわ」

「除名? なんで」

「裏切り者扱いされた。それから『あんな些細な事故を大げさに訴訟沙汰にする恩知らずだ』とも言われた。録音して損害賠償に上乗せ出来たけど」

「でもあの団体、結構長くいたんだろ」

「……中学から」

「落ち込むなよ。オレ達はお前の仲間だぞ」

「そうっすね!」

「うむ、そうだぞ」

 四谷達は、良い笑顔を見せて、ぐっと親指を立てる。

「青春ものギャグか何かか!」

「いや、お前、どうせ活動にのめり込んで、友達作り損ねたクチだろ。軍人将棋同好会でも何だか馴染んでなかったし。オレ達は多少どうこうあったぐらいじゃ見捨てないから、辛いときは頼れよ」

「真顔で言うな、深刻になるわ! 大体そんな事」

 茅野は雪を掴んで投げつけ、怒鳴った。

「言われんでも分かっとるんじゃ、ドアホウ!」


 『回転寿司名越』は、夕食前の時刻にも関わらず満席だった。順番待ちの席にも、何団体か座っている。

「……第4ステージはどうにも、足を引っ張った」

 茅野はうつむく。

 大会の帰り道、四谷達は打ち上げとして『回転寿司名越』に来ていた。

「いや、防護姿勢がきちんと出来たから、完全に無傷なんだろ。むしろファインプレーだよ」

 四谷はにっと笑って見せる。

「評価基準低過ぎじゃろ、甘く見るな」

「だったら次に驚かせてくれよ」

「勿論じゃ、今度はお前を守って、マウント取ってやる!」

「ククク、それはこっちの台詞だ。お前のそのキレイな顔を、傷1つつけずに守り抜いてやるぜ」

「キ!?」

「頼もしいな、2人とも」

 ボックス席に四谷、茅野が並び、向かいに近藤、正岡が座り、隣のボックス席には応援に来ていた軍人将棋同好会のメンバーが座る。

「冬の名品お手頃セットです」

 大皿の寿司盛りを、店員が持って来る。

「ありがとう、天院さん」

 茅野が会釈する。

 店員はにっこり微笑んで立ち去る。

「バイト先で良かったのか?」

 近藤が尋ねつつ、タチポン軍艦を取る。タチとはこの地方でタラの白子を指す、つまりはタラの白子のポン酢和えだった。

 何故タラの白子をタチと呼ぶかについては諸説あるが、獣の膵臓を炙ると膨れて立つとか、弾が当たると怒る場所で腹が立つとか、占いに使い神が立ったりするので猟師言葉でタチと呼んでいて、それに似てたからという説があるが、事実は不明である。

「社割りが効くんで、この方が有り難いんじゃ」

「四谷も働いてたな?」

「明後日に1つ入っておしまいだな」

「四谷は覚えは遅いが忘れにくいから、そつなくやってくれて助かった」

 皆、食べ進め、あらかた手がゆっくりになりはじめたところで。

「――年末のテレビの事じゃが」

 思い切ったように、茅野が切り出す。

 無言で四谷達は視線を茅野に向ける。

「あれは、デスゲームとは違う、よな?」

「ああ。色々あるが、1番は終了後の罠だ」

 皆、近藤の言葉に黙って頷く。

「デスゲームにおいて、主催者側が伝える終了は、本当に終了だ。さもなければ、デスゲーマーは競技中のメンタルのままで施設外に放たれる事になる。ルールWIKIで明文化もされている」

「じゃよな」

「テレビ局の方は、『あっと驚く展開』とでも言いたかったんだろうが、それは既にデスゲーム界が敢えて捨てた方法って事だ」

「だとしたら」

 四谷は頷く。

「殺人だ」

 沈黙が流れる。

「……ウチは、オヤジをデスゲームに殺された、だから、デスゲームが悪いと思ってた。でも、『それ』は、デスゲームじゃなく、ただの殺人だって言うんか」

 四谷は頷き、近藤に目配せする。

「8年前の2042年」

 近藤はタブレットを取り出す。

「デスゲームで死んだ、茅野優夫の動画は、再生数1000にも満たないまま、2045年前に削除済みとなった。だが、デスゲ部連盟に投げかけたところ、保存していた者がいた」

「デスゲ連盟? そんなのあるんですか」

「学生デスゲって、PTA受け悪いんじゃろ?」

「正確には、PTAに声の超大きい少数派がいるというだけだが、こいつらのせいで非公認のままという学校も多い」

「だからこそ、横の繋がりが必要として結成された。実体としては、デスゲ代表者で作ったメッセージグループだがな」

 近藤はタブレットで、デスゲーム連盟のメッセージグループのトップページを表示させ、茅野らに見せる。

 「デスゲーム連盟」という、UBゴシックのタイトルロゴに、いらすとやの「デスゲームに興じる男女」「アイアンメイデン」「断頭台」「おべんとう」「努力・友情・勝利」などのカットで飾られていた。

「……なんか不安になるデザインじゃな」

 茅野は呟いて、寿司盛りの皿の玉子を取る。

 皿の上には、最後のエンガワ軍艦が残った。

「追加注文するか」

「そこまでは」

「ですね」

「家で晩飯食うんで」

 追加注文をしない。

 食べ盛りの彼らとしては、明らかに不自然な選択である。


 資産家の娘にして、自身も会社経営者である近藤には、他の会員より遙かに小遣いはある。あるが「奢るか」とは言わない。金による上下を伴う関係は、それ以外の感情を上塗りする。負の感情は麻痺させられていく。金の切れ目が縁の切れ目と言うが、むしろ切れていた関係が、金で辛うじて繋がって見えていたに等しい。

 関係の切れる瞬間が日常生活の中でなら、ただ、相手の薄情と使った金についてぶつくさ文句を言うだけの事だが。

 しかしデスゲーム中、特に命を天秤にかけた勝負をしている時。金への執着が急激に減少する。無論金の価値は厳然として存在する。生き残ったその後、金のある友人はともすればその後の命を繋ぐ立役者となり得る。だが、死の恐怖は、未来を忘れさせる。


 四谷もまた、奢る事はない。度重なる小山内の反射的暴力と、それに伴う示談金は、治療費を差し引いても累計で100万円を超える。だが、「お母さん貯金」によって管理されたそれは、引き落としが非常に困難な、単なる数字に過ぎない。

 小遣いやバイト料ならば?

 否である。

 デスゲームは、身につけられる範囲の装備品の制限がかなり緩い。

 ジョギングにも登坂にも使えるスニーカー、超鋼ファイバーを仕込み斬撃防御からロープ、硬鞭としての使用まで可能なジャージ、格闘時に陰部をガードするハイパーセラミックボーン入り冷却機能付きリアクティブガードシステムオプション付きファウルカップ。オフラインでもウィキペディアを参照し、物理計算を成し遂げるアップルウォッチ。肌と同化して、薄刃のナイフを隠し持てるテクスチャ樹脂。

 その全てが、大体35000円前後する。回転寿司名越の短期バイトの給料は、試合用ジャージ1枚に消えていた。


 正岡は、後輩なので、万一奢る事があったとしても、金と肩書きのある近藤でないと、面子が立たないだろうと思っていた。


 茅野は、ワリカン分しか金がなかった。故人である父が遺した財産は何もなかった。僅かな遺族年金と母の勤務で、生活保護レベルよりは上の生活をしているが、余裕がある訳ではない。


 各々が、各々の思惑で、追加注文は、しなかった。

「最後の1貫、誰が食う」

「無論、部長であるこの私だろう」

「ワリカンは平等なもんじゃ」

「どう決めましょうか」

 4人はにらみ合う。

 皿の上にあるのは、葉ワサビエンガワ軍艦。こってりしたエンガワの端切れをふんだんに盛り付けながら、葉山葵のツンと来るマイルドな辛さが、口をさっぱりと拭い涼風を届ける。満足とさっぱり、二律背反アンビバレントな味わいは、〆の1貫に相応しい。

「コインで勝負だ」

 近藤は10円玉を出す。

「レディーファースト、裏なら四谷と茅野君で決勝、表なら正岡君と茅野君で決勝。そしてそれ以外なら私。どうだ?」

「立たない限り部長は食べられないって事ですか? 何だかんだ、譲ってくれるとは、流石は先輩じゃな」

「ちょっと待て、茅野」

 四谷は近藤の手の10円玉をじっと見つめる。

「近藤が勝負と口にした以上、負けるつもりはさらさらない。毒が、盛られているぜ、この勝負」

「早くしないと海苔が湿気てしまうぞ? 回転寿司の軍艦がうまいのは、海苔のパリパリ感が4割だ」

「そのコイン、確認させてもらって良いっすか」

「それは駄目だ、正岡。それが、この非対称ゲームのポイントだからな」

(やはりな)

 四谷は心の中で呟く。

(部長はイカサマを仕込んでいる。だがどこだ? 実は寿司はすり替わっているとか、追加注文が出ていたとか? いや、タッチパネルの履歴は確認済みだ。ひょっとして、表と裏の概念が違う? そんな訳はない、日本の10円玉だ。平等院鳳凰堂が表でフィニッシュだ。先輩は何を仕込んだ――はっ!?)

 あくまで表情に動揺を見せずに、四谷は視線を近藤に向ける。

 彼女のテーブルの前には、小皿がある。そこに、ガリが盛られていた。ネタに醤油を付ける時と、最後の口直しにするガリ。

(ガリが多い。あそこに落とせば、10円玉は刺さる! ならば!)

「ルールを受け入れます。トスを」

「念のため、飛んでいる最中のコインをキャッチするインターセプト行為は裏も表も決まらなかった状態と見做す」

「部長、自分で取るのは反則じゃぞ」

「ああ、分かっているとも。じゃあ、トスだ」

(コインには触れない、コインにはなぁ!)

 四谷は落下地点にあるガリの入った小皿を奪おうと手を伸ばしかけて、止まった。

「え……」

「そないな……」

「馬鹿なッ!?」

 ごとり。

 音を立てて、テーブルに10円玉が落ちると、ゴロゴロと転がり、皿に引っかかって止まった。

「私の勝ちだ」

 10円玉は、複数枚貼りあわされて円柱状になっていた。これでは裏や表で立つ方が難しい。無論、近藤は偶然にも立つ事がないように投げている。

「1枚にしか見えんかったのに」

「いただきます!」

 もぐもぐやりながら、近藤は四谷を指さす。

「あいふぇの――んぐっ――相手の一方的なルールで勝負をするなと何度も言っている」

「でも、本当にそのコイン、つなぎ合わせているようには見えなかったぞ」

「3人とも」

 近藤はガリまで食べ終え、茶を啜る。

「私のコインをちゃーんと見ていたか?」

「はい、勿論」

「無論じゃ」

「見てたが、途中ガリの仕掛けと誤認して……ハッ!?」

「最初に1枚を提示してから、実際のトスをするまでの間は12秒。もしも3人が脇目も振らずにコインを凝視していたなら、すり替えの隙はなかったが、四谷がガリに気を散らしてしまえば、初心者2人、いかようにでもな。まあ、正岡君の動体視力は脅威ではあったが――」

「ひ、ひょっとして、暑いからって胸元を緩めた時!? それとも、醤油をこぼして胸元を拭いた時? それとも、胸元を閉じた後も透けブラしてた、あれですか!?」

「……正岡、お前、全然コイン見てねえじゃねえか」

「女性をまじまじと見つめるとか、恥ずかしいし」

「正岡、北欧のことわざを知っているか? 『パンチラが紳士を作った』」

 四谷がお茶を飲みつつ語る。

「どっかで聞いたが、北欧じゃなかった気がしますが」

「DQNっているよな? 目撃ドキュン由来の不良連中だ。傍若無人で、群れた時のコミュ強っぷりはすさまじく、路上ナンパ何のその、恥ずかしがって遠慮する事がない」

 2つほど離れたボックス席にいた集団が、女子店員に声をかけていた。混雑している時間、店長はフロアに出ていない。

 増長した彼らは、女子店員の手を引いて空いた隣の席に座らせようとしている。

「だが、奴らのそれは、勇気じゃねえ」

「えっ?」

「真の勇気とは、恥じらいを我が物とする事! 己の物怖じする気持ちを理解し、それによって生じる挙動の不自然さを推定し、キモくないよう振る舞う事! その時、お前の挙動はキモくなくなり、女子と見つめ合えないにしても素直におしゃべり出来るぐらいにはなる!」

 いつしか人の視線が集まっていく。

「だが、DQN共は恥じらいを知らない! ただ人数や攻撃的な容姿でマウントを取り、その精神的優位で落ち着いた姿を見せるだけ! 檻に入ったグリズリーを眺める人間の心境! だがひとたび、マウントが通用しない相手と対面した時、無防備な内面は押し潰される。故に、マウントが取れる関係の中でしか生きられず、結局地元でしか就職先が選べない。行き着く先は、田舎の消防団の4番手よ!」

 皆はわっと歓声をあげ、拍手をする。

「クビになった店の事は忘れた方が良いと思うぜ、貝斗先輩!」

 それまで女子店員にちょっかいを出していたDQNの集団は、図星を突かれてこそこそと店を出ていく。

「……四谷、覚えてろよ」

 その後、苛立ち紛れにゴミ箱でも蹴倒したのか、裏手で大きな音が聞こえた。

「フッ熱くなってしまったな」

 四谷は歓声に軽く手を振って答えながら座る。

「ありがとうございました、四谷君。こんな事しかできないですけど、お礼です」

 先ほどの女子店員が、ガリ入れを取り替える。中には新しいガリが一杯に詰まっていた。

「ヒョー,すげえ! 注ぎ足しじゃない、新ガリ箱じゃ!」

「なに、元同僚が困ってるのを、見逃せないさ」

「ありがとうございます。きゃっ」

 女子店員は、顔を真っ赤にして立ち去った。

「後40歳若かったら、ストライクゾーンなんだがな」

「僕はああいうおばさん和みますよ。太っているだけに胸もあるし」

「正岡、お前は……なんかもう偉いな」


「……ただいま」

 茅野はマンションに戻る。

「お帰り、姫佳ちゃん!」

 玄関を開けるなり、母が抱きついて来る。

「怪我してない? 大丈夫? 痛いとこない? 死んでない?」

「ウチはゾンビか何かかい」

 母はなおも姫佳を抱きしめる。

「……お母さん、やっぱり、ウチが参加するの、嫌じゃった?」

「分かんない」

「なんそれ」

「姫佳ちゃんが楽しんでるの、凄く嬉しいと思った。でも、死んじゃうかもって思うと、とっても怖くなった。でもこれって、小学校に上がって、1人で遊びに行くようになって、いっつも思ってた事じゃなって思って、それで、でも、やっぱり違うかな、ああ、じゃけど、帰りの道で交通事故に遭ったら、とか。色々考えるうちに、分かんなくなったけど」

 ぎゅっと力をこめる。

「姫佳ちゃんが、そんな幸せそうな顔して帰って来たから、もういいやって思ったりもした」

「大げさじゃよ。ちゃんと死なないように練習してたし」

「うん」

 ようやく母は離れる。

「晩ご飯、食べ終わったみたいだけど、お茶か牛乳でも飲む?」

「ミルクティー飲みたい」

「あ、良いね」

 茅野はコートをコートかけに引っかけ、制服のままダイニングの椅子に座る。

「はい」

 母はミルクティーの入ったマグカップと、メープルシロップのボトルを茅野の前に置き、自分の分のマグカップも置いて隣りに座る。

「今日、どうじゃった?」

「50校中の12位。ウチらが足引っ張らなかったら、もっと上に行けたかも」

「ふうん?」

 にこにこしながら、母は茅野を見る。

「……なに」

「鏡」

 言って、母は自分の顔を指す。

「……そんな顔しとらんもん」

「どうじゃったの?」

「知らん」

「また、助けられちゃったりした?」

 母の問いに僅かに頷いて、茅野はミルクティに口をつける。

「まだ、よく分からんのじゃ」

 雪の積もる冷たい外から帰って来て冷えた身体に温かいミルクティが流れ、顔に血が上って来る。

「ただ……実際にやってみて。デスゲーム、ちゃんと続けてみようかなって、それは思った」

 遠慮がちに母を見る。

「絶対無茶せんから、Pクラスメインにするから、良いじゃろ?」

「良いよ」

「軽っ」

「だって、姫佳ちゃん、楽しそうで、すっごく可愛くなってるもん。反対運動やってた時や、軍人将棋やってた時よりも、ずっと」

「ぐ、軍人将棋は、まだ続けるつもりじゃよ? 藤原部長、超可愛いし」

 茅野は1/3程残ったミルクティにメープルシロップを垂らし、ぐっと飲み干した。


 打ち上げを終え、近藤の送迎用リムジーンが同じ方向の会員らを送っていた。

「――じゃ、良い正月をお過ごし下さい」

 藤原を降ろし、後部座席は近藤と四谷だけになった。

「……四谷、どう思う」

 発車と同時に近藤が口を開く。

「茅野の親父さんの話か? それとも、今日の順位についてか?」

「前者に決まってる」

「うむ」

 四谷はシートにだらりと身体を預ける。

「調べはどこまで付いてるんだっけ?」

「少し整理するか。彼女のお父さんを死なせたデスゲームの制作会社『月栄』は、今回の年末特番のデスゲームの制作に関わっていた、下請の番組制作会社『ナナカマド』と関連性がある」

「月栄とナナカマド、間に何社か入ったっけ? 廃業と創業の日付が繋がる、札幌に本社を持つ事業者ってだけじゃ、薄くないか?」

「本社がビルのテナントやマンションの1室というのも共通している。実態をどこかに置いて、社名と本社所在地だけを替えた物である可能性が高い」

「その実態が置いてあるのが、彼らのデスゲーム施設か」

「だが札幌市内のデスゲーム施設に、ナナカマドが所有していたり、貸借関係のあるものはない」

「少面積の許可施設で脱法デスゲをやるパターンだと?」

「安楽死施設だな。札幌市内で約2000箇所ある。貸借なので推測も混じるが、結論として関わりはなかった」

「……市内?」

「市外については分析中だ」

「全くの無関係の線は?」

「今回の年末特番は、DTVの自社制作なのに、敢えてナナカマドを制作協力としてスタッフロールに明示した。デスゲームに関わる法的処理の為と考えない方が不自然だ」

「結局、ナナカマドって会社を直接叩いて埃を出すのが1番、か」

「さてさて、社外秘情報をどう引っ張るか。で、1つ、面白い手があるんだ」

「面白い手?」

「関ヶ原004だ」

「死んだコントグループか」

「全滅じゃあない。尾張社長からの情報だが、あれの生き残りを追っている記者がいる」

「……ジョン・スミスだろ」

「知っていたか」

「安楽死制度をずっと追っている有名カメラマンだ。秋大会も、デモ隊に紛れてたろ」

「うむ。で、彼からの情報によると、関ヶ原004の生き残り2名は、現在監禁状態のようだ」

「なんだ、答えが鼻先にぶら下がってるじゃないか」

「荒事はしたくないんだよ。特に、両親の会社の名前が出たりすると厄介だ」

「だな」

「四谷、このこと、茅野には伝えるなよ?」

「当たり前だ、なんでわざわざ言う?」

「お前、あいつの事特別気にかけてるだろう?」

「そう見えるか?」

「7回ほど致命的なダメージを防いでるだろ。デモ隊の時のフッ酸、入会前の交通事故、入会後あいつの自主練中の自爆3回、今回の地雷2回」

「まあ、ほっとけないんだよ。危なっかしくて」

「相棒の私をさしおいて、浮気とはけしからんな」

「思ってもねー事を」

 四谷は苦笑する。

「背中を預けられる相手なんて、自分の分身のようなものだ。自分と恋愛はできんだろ」

「理解しているなら忠告させてもらうが、そういう感情のある相手をデスゲ仲間にするな。相棒として不適格、貰い事故で死ぬぞ」

「あいつの父親の話がはっきりしたら、辞めさせるさ」

「デスゲームに父親を殺された、か」

 近藤は呟く。

「お前のとこと、逆パターンだな、四谷」

「そこまでは似てないと思うがな」


 翌日、1月3日。

 その日四谷は、前日の大会疲れもあり寝正月と洒落込んで、朝からゴロゴロしていた。動画を観たり、ゲームをしたり、雑煮を食べたり、なんか罪悪感が生まれて急に筋トレをするが4分で止めたりするうち、日は暮れていた。

 現象だけを見るのであれば、彼は駄目人間である。しかし、彼のヒーローたる資格は、失われるものではない。何となれば、彼は何かあれば本気を出すからである。口先だけではない、本当に本気を出すからである! その量が多い少ないは関係ない。少しでもやる気を出して動くと、後からやる気は続く事もあるのだ。あたかも、コタツに入っている時に、ほんの1歩外に出れば、いつしかトイレに辿り着いているが如く、最初の1歩を踏み出す力、それが彼にはあった。

 夕食後、四谷は自分の部屋の結露した窓から外を眺める。

 家々の屋根には、ケーキに塗ったクリームのように分厚く雪が積もっている。路面は踏み固められた雪に覆われ、除雪で押しのけられた雪が両側に積み上がった「雪山」と表現される状態になっている。

 ここで言う「山」は地形としての山というより、比喩で言う盛り上ったものに相当し、実態としては雪壁と言った方がやや近い。

 四谷は隣の窓に視線を向ける。遮光カーテンの隙間から、僅かに光が漏れる。

「小山内勧誘したままだったけど、押すかなぁ」

 スマホを手にとってから、離す。

「まあ良いか。無理に誘う必要もなくなったし」

 水滴が窓を伝う。

 四谷は窓の脇に置いた雑巾で結露した水を拭う。



 札幌はその気温から、結露が凍ると考える者もいるかも知れないが、建物は標準的に2重窓である為、室内向きのガラス面が凍結するほど冷える事は稀である。

 だがしかし、これはあくまで札幌の話である。

 札幌の最低気温は――と、ここでもまた誤認がある。

 札幌は吹きさらしの雪原となる北区から、ビルの建ち並ぶかと思えばスキー場もある中央区、山や温泉地から地下を通っていない地下鉄のある南区、小樽との境界線の西区など、バラエティに富んでおり、気温や積雪量は相当なばらつきがある(注意:手稲区を小樽扱いする、札幌市民の定番ギャグであるが、本作においては2040年に小樽市の市政維持の為に、手稲区が小樽市に割譲されている設定なので間違ってはいない)。

 結局のところ、多少寒さや何かの描写が、あなたの知っているそれと違ったとしても、実在するかも知れないのだ。

 例えば「生理の辛さはアメフトのタックル並」との主張について、とある有識者の分析によれば生理の重い者と軽い者との間には、痛覚にして2000kh(h=hanage)の差があり、アメフトの選手の力量差による打撃を痛覚換算したところ、1平方センチメートル当たりで150khの差があり、「イコールで結べるときもあれば、そうでない時もある」が答えであったという。



 いつの間にか寝入っていた四谷は、ふと目を覚ます。

 寝転がりながら使っていたスマホを身体の下から引っ張りだし、画面をオンにする。

 時刻表示は、午前2時丁度だった。

(変な時間に起きちゃったな)

 四谷は、スマホの画面を見ている時に、メッセージ通知が表示された。

「近藤?」

 メッセージを表示させる。

『みろ』

 1文だけのメールに、URLが貼ってある。

「スパムチェック」

『信頼出来る送信先です。本文中にリンクが存在します。リンク先は信頼出来るサイトです。詳細を確認しますか?』

 音声入力にスマホが処理を行う。

「充分だありがとう」

『お役に立てて、うれしいです、マスター』

 四谷はURLをタップすると、大手動画サイトに繋がり、動画が始まる。


 ――マスクとサングラスをかけた男が、厨房らしき場所にいた。回転寿司名越のロゴ入りの制服を身につけている。男は何度かカメラに近づいてアップで制服のロゴを映す。

 彼はカメラの角度を床に向ける。

 床にはまな板が置かれていた。

 一旦画面の外に出た男は、マグロの大きめなサクを手に掴んで再び現れ、床のまな板の上に置く。

 そして、マグロのサクの上にしゃがみ、排泄をし始めた。局部には小さいモザイクがかかっている。

 それから、それをそのまま切り分け、寿司のような形に握って回転寿司用の皿に置く。

 最後に、別撮りの回転寿司名越の店の看板が10秒ほど映されて終わった。


 通話の呼び出し音が鳴る。

「近藤か、なんだこれ」

『回転寿司名越を標的にした中傷映像、バイトテロだな。削除を手伝え』

「どういう事だ」

『覚醒練習はしているだろう。寝ぼけるな。名越フーズだよ』

「……あ」

『気付くのが遅い。名越フーズは、施設維持や大会運営など、東日本デスゲの要だ』

「デスゲ動画収益で補填は出来ないのか?」

『あの施設維持は、それだけで賄えるような規模じゃない。本業から補填をしながら、ギリギリやって来た赤字部門だ』

「名越フーズの経営がヤバいと、デスゲそのものが危ういって事か」

『今、名越フーズに連絡した。制服は中央店のもののようだが、明らかに店舗外で撮られた捏造というのが社長の見解だ。投稿者の身元含めウチの者に調べさせている。朝は何時に起きる?』

「必要な時に呼びに来い」

『おう!』


「あはははは、やるじゃない!」

 PCで動画を観ながら、ガウン姿のどさんTV社長は心から嬉しげに笑う。

「うわぁ、気持ち悪ーい」

 画面には、バイトテロ動画が流れている。

「……田津さんの手配したヤツ、早いが雑な仕事だな」

 同じくガウン姿のオーナーが、ブランデーグラスをテーブルに置く。

「こっちも全力でフォローするから大丈夫よ。視聴者に嫌な記憶が残れば飲食は終了でしょ」

「そう思うなら、逃亡の手助けをしてやれ。顔は隠していても、背格好は把握できる。知人なら個人特定されないとも限らんぞ」

「そういうの含めてナナカマドの仕事でしょ。何のために高い金支払ってるのよ」

「こいつが威力業務妨害で逮捕された後の費用はこっちに請求されるんだぞ」

「弁護士なんて国選で充分でしょ」

「大概にしろよ。今後、田津さんから請求が上がって来ても絶対に値切ったりするなよ。こと人脈に関わる事で、広告代理店を甘く見たら手痛い目に遭う」

「わ、分かってるわよ、言ってみただけ」

 社長は動画を止める。

「ふふ、これで流れが正常に戻る。素人の雑なデスゲーム動画が終わって、プロの仕事で作られたテレビ局のデスゲームこそが、1番広告費を稼ぐ。テレビ局のブランドが力を取り戻すのよ」


 翌朝、1月4日。

 テレビの情報番組では、バイトテロ動画の一部始終が、モザイクをかけられる事もなく、繰り返し再生されていた。

『ちょっとここ、拡大して下さい』

 コメンテーターが言った部分の動画が拡大される。

 回転寿司名越のロゴが大写しになった。

『こちらは、どういう店なんですか?』

『はい、札幌市のこの辺にある回転寿司名越、運営会社は名越フーズで――』

 情報が画面下に、会社の電話番号付きで表示される。

『これは実際に提供されたと考えるべきでしょうか?』

『何しろ制服を着ていますし、こんなに大きなマグロはスーパーには通常並びませんからね。絶対とは言い切れませんが信憑性は極めて高いと言えます』

『刺身に排泄をした場合、回転寿司名越において、食中毒の可能性はどれぐらいになるでしょうか』

『寿司を流すレーン自体が汚染されますからね。1年間消毒しても、雑菌はゼロにはならないでしょう』

『運営する株式会社名越フーズや、店舗の回転寿司名越からの声明はないんでしょうか』

『今のところ何もありません。無責任な責任逃れ体質なのかも知れません。不都合な真実を隠蔽している最中である可能性も高いですね』

『これが、回転寿司名越の通常の商品提供体制なのでしょうか?』

『可能性は充分あります。動画で見える限り、回転寿司名越と見られるこの厨房は、食品を扱う場所とは思えないぐらい汚いですし、冷蔵庫も家庭用の粗悪なもので、冷凍保存が半解凍になって腐敗する可能性もあります。まな板も包丁も粗悪で、回転寿司名越は極めて衛生観念や法律を守る意識の低い企業であったと言わざるを得ず、回転寿司名越は全てについて不充分であったと推測されます。株式会社名越フーズの回転寿司名越という店は』

 繰り返し繰り返し排泄物にまみれたサクと、それを切る部分の動画と企業ロゴが流れ、その下に企業情報と電話番号と株式コードが表示され続ける。

『お食事中の皆様お詫び致します。ですが、我々は真実をお伝えする報道の在り方から、敢えて情報操作に繋がるような恣意的な編集はせずに放送を行っております事をご了承下さい』

『今後の株式会社名越フーズの経営はどうなっていくのでしょう』

『いわゆるバイトテロが元で倒産する会社はあります。少なくとも経営不振になる事は間違いないでしょう。資産価値が低下して銀行融資を受けられない可能性も高くなります。恐らくは、今日の大発会で株価が下落、ストップ安となる可能性は高く、会社の資産価値は明日にはマイナスに割り込むかも知れません。株主としてはどんな安値でも売却せざるを得ないかも知れません。それが続けば、上場廃止、株式が紙くず同然になるかも知れません』

『回転寿司名越について、ファックスが寄せられています。『あの店は店内が汚くてハエやゴキブリが良く出ていました。前に食べた鮫もアンモニア臭かった気がしますから、多分同じ事をされていたに違いありません』とのことです』

『どうやら、回転寿司名越では常態化していたようですなぁ』

『まったくけしからん!』

『他にはこちらです『ここの魚って、デスゲーム施設で手に入った人肉をエサにしてるせいで臭いです。この前のイワシのにぎりなんか超マズくて吐きました』』

『ちょっと待って下さい、ここ、人殺し工場やってるんですか!?』

『そうみたいですよ。しかも、学生の大会も主催してるって』

『きゃあ怖い!』

『若者の死体は、臓器移植や漢方薬、呪術やネクロフェティアまで、幅広い需要がありますからね。でも高いんですよ、特に挿入可能な状態の死体は、死に方によっては入れる部分がどれだか分からなくなってしまいますからね』

 参考として、臓器売買で抜き取られ遺棄されたとする、海外のグロサイトの動画が流れる。

『この前も肛門かと思ったら刺し傷だったので、出る物も出なくなってしまいました。毒死した場合は形は崩れていないのは良いのですが、ゴムを使わないと化膿してしまい、何の商品価値も出ない本末転倒な有様です』

『これは大きな問題ではありませんか!? 脱法行為で人体売買をしているって事でしょう!?』

『そうですね、人身売買が常態化しているとすれば、勤務している職員も、技能実習などを利用して後進国の労働者が奴隷労働をさせられている可能性があります』

『ああっ、だからあの店の近くで、日本語じゃない言葉を喋る人が多かったんですね!』

『こんな事言うと人種差別みたいに聞こえるかも知れませんけど、日本人以外の人がお寿司を握るって嫌じゃありません? だって、素手で生の魚と米をベタベタ触って温まったのをそのまま消毒もせずに口に入れるんですよ?』

『そのような衛生観念の欠如の積み重ねが、氷山の一角として今回のような形で現れたのかも知れません』

『もう、ここで食べたくないです。ねえ、インフルエンサーの喰人さん?』

『そうねー、喰人も、ぜーんぜん食べたくないでーす』

『このような大きな問題を起こした株式会社名越フーズの回転寿司名越には、何らかの制裁が必要ではないかとの意見も多数出ています。ここで視聴者投票を行います、制裁が妥当だと思う方は赤いボタンを、犯罪行為を行った可能性の極めて高い株式会社名越フーズを放置して食中毒による生徒児童の殺害を見過ごす事になるが制裁は不要と考える方は黄色いボタンを押して下さい。尚、投票に利用されたデータは、犯罪捜査に関わる協力要請時にしか個人情報を捜査機関に開示する事はありませんのでご了承下さい』

『おお、もの凄い勢いで、制裁が必要との意見が寄せられています!』

『制裁不要との意見は全くありません! 皆さん、これが民意です! 国会はこの問題を直ちに検討すべきでしょう!』

 母と茅野は、コタツに入りながら、番組を食い入るように見つめていた。

「……お母さん、これ」

 母は、思い出したようにインターネット動画に画面を切り替えた。


 同日23時30分。

 近藤は片手にタブレット端末を提げて、父親の書斎のドアをノックする。

「入りなさい」

 ドアを開き、近藤は父の書斎に入る。

 自宅でも業務出来るように整えられた書斎は、リモートの社長室でもある為、PCや書類棚が詰まっており、趣味に関わるものはカメラの死角にしかない。

「名越フーズの動画の事、何か分かったかい、三令ちゃん」

「削除要請の反応は悪いです。デスゲ同好会の大半の会員から報告がありました。デスゲ連盟とも協働しています。更にインターネット上の情報と、住民情報をクラックしたものから、大体の事は割り出せています。後は、黒幕と思われる企業の本社を調査出来れば良いのですが、ご助力頂けませんか?」

「ふむ『調査』か」

 父はあごひげを撫でる。

「うちのグループはすしざんまいメソッドで、元暴力団員や出所者の雇用があり、『いいやくざ』呼ばわりされているが、あくまでまっとうな企業であって暴力組織ではない」

「尾張社長は小さい頃に私と遊んで下さった、優しいお兄さんでもあります。感情的にも、助けたいのです」

「それこそ、荒事は御法度だろう。火を消すのに火を使う者はいない」

「ある種の炎は火を吹き飛ばします」

「手段を固定して考えてはいけない。君子ならざる小人が尊重する情報は、正確さではなく、量だ。リスクのある真相より、連中の言葉で言うところの『真実』を雑にばらまいて押し流す方がよっぽど効果的だ」

「こちらも当然、カウンターの反論動画を流布させていますが、決定打に欠けます。あの動画が捏造であるという、幼児にでも分かる証拠が必要です。汚水を垂れ流したまま浄水をするより、汚水源を潰すのが早道でしょう」

 近藤はやや身を乗り出す。

「直接的な調査が出来ないのであれば、DTVに直接圧力をかけていただくと、話が早いのですが」

「三令ちゃん、君はこの話がDTVだけのものだと思っているのかい?」

「火付け役はDTVでしょう。これに、各テレビ局や新聞社など、レガシーメディアが積極的に同調し、デスゲーム動画批判にスライドさせる意図を感じます」

「で、あろうな。有力な現行媒体が弱まれば、自分達の時代が戻って来ると誤認している者、電気の時代に頑なにランプを磨く者達だ」

「はい」

「だが、一個人に介錯が出来るほど、その首は細くはない」

「断末魔の悪あがきに巻き込まれる、持たざる無辜の人々を守るのは、持つ者の使命と考えます」

「戦場は整えよう、兵は君が率いよ」

 父は、手元のマウスを操作する。タブレットがメール着信の振動をした。

「友人からたれ込みがあった。今回の件について、報道各社に流された依頼FAXだ。まわしておく」

「……やはり父様だけで片付く、舐めプというヤツでは? デスゲ施設も、うちのグループが買い取れば良いのでは?」

「マスコミはドガースのようなものだ。火がなくても煙をまき散らす。飲食業ほど醜聞に脆くはないが、無敵無傷という訳にはいかない」

「ドガースって何ですか?」

「頑張るのだぞ、三令ちゃん。今年もデスゲームを万人が楽しめる良い年にするのだ!」

「はい。私、頑張ります。尾張のお兄さんを守り、そしてデスゲームを存続させる為にも」

 退出した近藤は、スマホを見る。

 メッセージサービス、メール、通話。デスゲ同好会だけでなく、連盟を組んでいる他校のデスゲーム部員や、自社の社員など、様々な相手からの受信歴が並ぶ。

「やはり、茅野からはないな」

 近藤は電話をかける。

「四谷、手伝え」


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