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第1章  デスゲーム同好会最大の危機、部室を失う  か

 放課後、四谷公輝(よつやきみてる)は、昇降口から小走りに駆け出し、旧体育館と新体育館の間を抜け、2階立ての部室棟へやって来る。

 平均的な身長だが、鋼のような筋肉がバランス良く付いている。一方、顔立ちはよく言えば安心感を与える、悪く言えばときめかない印象で、眉は床屋で整えている程度、髪は黒の短髪、アクセサリー類は着けていない。

 外付けの階段を駆け上がると、角の部屋の戸に手をかける。

 耳障りな金属の引っかかる音を立てながら、引き戸が開いた。

 6畳ほどの広さの部室内、パイプ椅子に腰掛けていた女生徒が、スマホから顔を上げる。縁なしの眼鏡をかけ、目尻の下がり気味の整った顔立ちだった。

「近藤部長! お疲れっす!」

 四谷の挨拶の声量に、古いガラス窓がやや揺れる。

「なんだ四谷、改まって、気持ち悪いな。確かに役職も、社会的地位も、財力も権力も運動能力も容姿も私が上だが、同級生じゃないか。タメ口でも許容するよ」

「うわあ、超うれしい……」

「……お前が敬語使うってのは、厄介ごとを押しつけようとしてるって事だ」

 女学生――部長の近藤三令(こんどうみれ)は、立ち上がり、両手を挙げて軽く肩を伸ばす。ジャージ越しに、胸元の膨らみがはっきりと伺える。

「何があった」

「虎門先生が、デスゲ同好会フルメンで来いって」

「大会後なのに、空気を読むって事を知らんな」

「だよな。そんな事だから、50過ぎても独身なんだ」

 2人は部室から出て、校舎に向かう。

「いや四谷、現在の日本の未婚率は90パーセントじゃないか。むしろ結婚してる方がおかしいぞ」

「そうなの?」

「無論嘘だ。とりあえず数字を言っておけば、何か根拠があるように聞こえる。社会心理の権威、プロフェッサー山岸の信頼感理論研究から分派した、権威バイアス研究で明らかにされたものだ」

「へー、そういうのがちゃんとあるのか」

「当然、これも嘘だ」

 2人は、職員室をノックした。


「――廃部、ですか」

 近藤が呟く。

「まあ同好会だから、廃会かな? 閉会かも」

「そこはどーでも良いです」

 四谷と近藤の2人は、生徒指導室に来ていた。通常の教室の半分ほどの部屋で、テーブルと椅子以外のものはない。

「裏生徒会の圧力があって、全国大会で優勝しない限り、廃部だ」

 顧問の虎門(こもん)教諭が、深刻そうな顔で言う。中年の教師で、性別は個人情報のため明らかにされていない。

 沈黙が流れた後。

「先生」

 最初に口を開いたのは、近藤だった。

「古典的なギャグは良いですから」

「分かるか」

 虎門はウインクしてぺろりと舌を出してから、あごひげを撫でる。殴りたくなるような仕草だった。

「うちの学校、同好会は届け出制で許認可不要ですし、デスゲは私的な地方大会だけで、全国大会なんてありませんから」

「流石の洞察力だな。学年1の秀才にしてスポーツ万能、美少女でグラマー、環境セクハラとして数多の訴訟をされながら勝利し、家は金持ちで、自分もグループ企業の代表取締役だが、人当たりは良く、俗にまみれる事もない。札幌近辺じゃ知らない人はいないJKデスゲーマー、近藤三令だけの事はあるな」

「なんで今さら説明を?」

「さっきのは冗談だが、まあ実際のところ、危機的状況ではある」

 ずいと虎門が身を乗り出す。

「というと?」

 近藤も身を乗り出す。

「近い。良い匂いする、ちょっとヤバい」

「話のテンポを保って下さい」

「つまりは、君らの同好会を面白く思わない奴らがいるんだよ」

 虎門はびしりと2人を指さす。

「なんだって!?」

「馬鹿な、オラ達はにんきものの筈!」

「甘い。お前らは、敵視されている。明確に、確実に、見誤る事なく!」

「……オイオイ先生さんよぉ、オレたちゃデスゲーマーだぜ!? そのガチのゲーム性と、たまに出て来る嬉しいお宝グロ映像から、動画配信トップジャンルにして、100兆ドル市場と言われる、娯楽の頂点、コンテンツの覇者!」

「その学生トッププレイヤーである我々に、憧れこそすれ、嫌ったりする者がいるなんて、信じられないな」

「ぶわっかもおおおおおおん!」

「どぐぶふぁっ!」

 虎門の怒声に四谷は文字通り吹き飛ぶ。



 都々どどいつに、

「意見聞くときゃ頭を下げな、下げりゃ意見が上を越す」

 というものがある。

 音波攻撃の回避法を示す技術を端的に述べたものである。

 この回避法は、当然怒声にも応用される。しかし、比較的直線的トーンで浴びせられる意見(説教)と比して、怒声は爆発的エネルギーを持ち放射状に展開する為、単に頭を下げただけでは、後頭部の損傷を免れない。

 四谷は、敢えて正面から受けた。そして堪える事をせず、勢いのまま自ら吹き飛びそのダメージを相殺したのだった。

 デスゲームで頻出する、丸太に吹き飛ばされるトラップ回避技術の応用だった。

 尚、これ以降、※で括られる文章は解説や補足か何かのようなフリをしているが戯言の類なので、無駄な時間なんて1秒も割きたくないという真っ当な社会人は読み飛ばす事を推奨する。



「その奢りが! この事態を招いたと、何故気付かんのだ!」

「くっ。先生、目が覚めたぜ!」

 四谷は口の端の血を拭う。一体いつ何で出血したかは全く不明だった。

「オレ達が思い上がっていた! この状況に真摯に向き合って、問題解決するぜ! 教えてくれ、オレ達の敵は誰だ!」

「教えてやろう。貴様らデスゲーム同好会を憎み、その存在を消滅させようとまで考え、部室の奪取という形でそれを為そうとしている者。それは」

 虎門はびしりと四谷の鼻先に指を突きつける。

「それは?」

「それは!?」

「「そーれーはー♪♪」」

「それは軍人、軍人将棋同好会だ!」

「軍人……軍靴の音か!」

「リズミカルで、楽しい気分になるな。この前の映画で、軍靴タップが素敵だったな、四谷」

「ああ、近藤。流石は世界のナンノだったぜ。軍人将棋か……なるほど」

 四谷はにやりと笑う。

「つまり、軍人将棋同好会は、我らデスゲーム同好会と、読み合い欺し合いというゲーム性が似通っていて、ライバル関係として恨まれているのが1つ。それから、デスゲームで現れる『人間の本性』なんて、戦争もので散々描かれた事実を裏付けとする極限状態の人間の姿と比べたら、シュガーコートされた駄菓子みたいな薄っぺらいニセモノだ、という事で敵視してるんですね!」

「いや、部室の使用優先順位がデスゲ同好会は1番低いから、引きずり下ろせば部室が当たるって事」

「部室の優先順位!?」

「今のままでは、期末テスト後の職員会議で、部室の利用権を失う事はほぼ確定だ」

「妙ですね」

 近藤は両手を組んで肘をついて口許を隠して眼鏡を反射で白くする、一見カッコイイけれど相手と正面から本心を曝して向き合えないメタファーのポーズで虎門を見る。

「デスゲーム同好会は、空白期間があるとは言え、創立14年。存続2年が最頻である同好会群の中では老舗。片や、軍人将棋同好会は、確か昨年の設立だった筈」

「だよな。何か、決定的と言えるアドバンテージが存在するという事ですか?」

「簡単な事だ」

 虎門は笑って肩をすくめる。

「実に簡単、実に単純、であるが故に、盤石。覆すに困難な壁となる」

「それは一体!?」

「すなわち、会員数。デスゲーム同好会比、2倍!」

「まさか……」

「4名も!?」

「会員の数が絶対的な優位になるとは限らない。だが、会員の多い同好会は、すべからく存続させるべきと考える教師は多い。そしてこれに対抗するには、会員によって上回るしかない」

「会員数を……」

 近藤は唾を飲み込む。

「古今の戦の場を見渡せば、兵力の寡少を覆す例は確かにある。しかし、逆の例が目立たぬのは記録・引用する価値のない当然の出来事であるから。寡兵は負けるが定石なのだ」

「先生」

 四谷はニッタラと笑う。

「オレ達はデスゲーム部ですぜ。人の裏を掻き、極限状態にあって騙し騙される、そういう事ばかり四六時中考えている」

「だからお前の成績は悪いんだなぁ」

「熱血主人公が成績良かったら完璧超人過ぎるでしょうが!」

「四谷、お前成績良くても苦手項目あるし、全然完璧じゃないぞ。デスゲ用にウィキペディア丸暗記してると考えると、むしろ点数超低いまである」

「いや先生、完璧じゃ無くても愛されるオレって、逆に凄くないですか?」

「別に凄かぁない。愛されキャラってのは、欠点がプラスになったりするが、お前のはマイナスはそのままマイナスだ。そもそも四谷、お前は愛されキャラなのか?」

「気の持ちようだろう。まずは第1に、オレはオレを愛している」

「そうか、強いんだな。じゃあ、強いところで、会員の勧誘について、頑張れよ、近藤」

「はい」

「いやいやいや、オレのナイスなアイデアを聞くとこだったろ」

「ナイスって」

「昭和か」

「つまり、軍人将棋同好会の会員が多いなら、減らせば良い。軍人将棋部の悪評を流し、妨害工作を行い、場合によっては言葉巧みにデスゲームに引っかけて2人も死なせれば、うちの方が部室の利用順位は上がるぜ!」

「……ひどい事考えるなぁ、お前」

「見損なったとは言わんが、お前たまにそういうとこあるよな、四谷」

「あ、あれ?」

「怨みを買うような事をするより、普通に部員集めした方が良いに決まってる。勧誘頑張るぞ」

「頑張れよ。先生も、めぼしい生徒に声をかけておいてやる。活動を途切れてしまったとは言え、OBらしい事はさせてもらう」

「ありがとうございます、何から何まで。ちょっとうちの四谷に爪の垢を下さい。どこでも良いんで」

「足以外で」


 下校時刻よりも前だが、日はもうすっかり暗くなっていた。

 紅葉した白樺のオレンジ色の葉が、風に流され渡り廊下に引っかかる。

 部室棟に向かう2人の吐く息は、僅かに白かった。

「……また雪の季節か」

「初雪は好きだな、私は。山が羊の毛みたいにモコモコに見えるし、街の歩道は白い雪の上に街路樹の枯葉が散りばめられるし」

 部室棟の前まで来て、部活を終えた運動部員とすれ違う。

 誰もが、デスゲーム部の練習用ジャージを着ている四谷達を避けて行く。

「お疲れ」

「おつー」

「ひっ!」

 四谷達の挨拶に、皆がびくりと身震いしてもう半歩距離を取った。


「……デスゲ部だったな」

 四谷達が部室に入ったのを見届けてから、野球部員の1人が呟く。

「ああ、やっぱり現物見るとヤベえな」

「人殺しの練習してるヤツは、オーラが違うぜ」

「ああ。地獄をねぐらとし、悪魔を友とする、冷たい殺人者の目だぜ」

「それは言い過ぎじゃないか」

「まあ、言い過ぎなんだけど、編集の仕方しだいではそう見えるだろ」

「そりゃ恐ろしいロジックだな、デスゲ的だぜ」

「デスゲって毎年5人は死人が出てるって話だな」

「あ、デスゲ野球観たか?」

「ああ、あれな、凄えよな。デッドボール上等のギリギリを突いた投球と、一般ルールでは危険行為扱いされるクロスプレーの連続」

「ボールなんて砲弾と一緒だからな。1試合で18人全員が死んだ事もあるらしいぜ」

「すげー怖えー、マジかよ」

「ああ。出場したヤツに聞いたから間違いない」

「正直あれをやるヤツは、凄いというより、ネジがどっか外れてるよな」

「ああ、1割づつ死んだら、10試合やる時には競技人口半数以下になるもんな」

「デスゲサッカーなんて、接触しても試合続行するんだぜ」

「ちょ、ちょっと待て、じゃあ、転がってファウルなんか狙った日には……」

「ああ、プロ崩れが参戦すると、それで半分は踏み殺されるか、大怪我して終わるらしいぜ」

「……でも正岡、お前ならやれるんじゃね?」

「だよな。1年生レギュラーでエース兼控えキャッチャー兼4番、甲子園ベストエイトまで引っ張った立役者だしな」

「そんな、無理っすよ」

 正岡と呼ばれた部員が、苦笑いを浮かべる。長身で幅のある体型の男子生徒だった。

「大体、高校生デスゲって、申請通らないんでしょう? なんか特別な手続きとか推薦がないと」

「あれ、役所の水際戦術があるだけで、デスゲの方は16歳以上なら誰でも申請通るんだぜ」

「マジっすか!?」

「そうじゃなきゃおかしいだろ? デスゲと他の申請混ぜて考えてないか?」

「そっか……でも、いや、なるほど」

「お前ら、あんまり正岡を焚きつけるなよ」

 部員の1人が正岡の肩に腕をまわす。

「正岡、本格のデスゲーマーは人類の外れ値か、さもなきゃ詐欺師だ。我々人間は、動画で楽しむべきコンテンツだよ。なったって引かれるだけでモテないしな」

「ああ、未婚率9割だっけ」

「そりゃそうだろ。配偶者や恋人がやってたら普通辞めさせるもんな」

「ま、そういう事だ。憧れるなよ」

「部長……」

「デスゲってのは、『大局将棋をしながらバーリトゥードをする』とも称される、人類史上最も過酷な競技だ。唯一対抗出来るのは、eスポーツぐらいのもんだが、生身の人間の競技としてはやはりデスゲが最高峰だ。一介のベースボールプレイヤーの及ぶ範囲ではないよ」

「はい……」

「ま、デスゲ部部長のおっぱいについては、惹かれるものがあるのは認めるが」

「ですよね!?」

「食いつき良すぎだろ」

「むしろ吸い付きと言って頂きたいッ!!!」

「……お前は、馬鹿だなぁ」


 帰り支度をした四谷と近藤は、ランニングをしつつ校舎の間を抜け、校門にさしかかる。

 デスゲームの鍛錬としてのランニングは、持久力を重視する為、通常1分間180歩と言われるピッチよりも遙かに多い、1200歩を維持する。

 これに、自分で決めたルールに従ったバックステップを合わせる事で、踏む事で作動する毒矢やピットなどに瞬時に対応する肉体を作る事が出来るのである。

 校門に差し掛かると、軽自動車が停まっていた。ロゴに『回転寿司 名越』の文字がある。

 近藤に気付いた運転手が、一礼してニッと笑うと後部ドアを開く。

「いつものお迎えのリムジーーーーーーーン、事故にでも遭ったのか? 確かに確かにカーブとかでぶつけそうだけど」

「あ? 四谷、私の会社の社員が、そんな事故を起こすマヌケだと思うのか? 私を侮辱する事は絶対許さんが、社員を侮辱する事もまあまあ許さんぞ!」

「普通の事言ってるな」

「別件で使っているので、うちが懇意にしている名越フーズのものを借りた。乗って行くか?」

「いや。デスゲ初めまで3ヶ月切ってるしな」

「そうか。気をつけろよ。夜道はまだまだ物騒だ」

「おう」

 近藤がドアを閉めたのを見届け、四谷は走り出そうとする。

「四谷! ランニングならとっとけ」

 窓を開けた近藤が、小さい袋を投げる。

 四谷は反射的に袖で弾いて、上へ飛ばしてから人差し指と中指で掴む。電流トラップや、腐食性の毒物などのダメージを最小化する為の所作だった。

「ひょぉっ、こいつぁ」

 掴んだ手の中を見ると、それは小袋に入れたガリだった。

「――すっぱ」


「ただいまー」

 家に辿り着くまでランニングを続けた四谷は、汗だくになっていた。

「お帰りー、公輝」

 父の声がキッチンの方からする。

「父さん、晩飯なに?」

 四谷はキッチンに顔を出す。

 エプロン姿の父がフライパンを振り、母が皿を出している。

「パクチーの香りがするけど」

「ああ、それはさっきカメムシが出ただけだ」

 父は野菜炒めを母が用意した大皿に空ける。キャベツとピーマンとタマネギ、それと魚肉ソーセージの炒め物だった。

「シャワー浴びたら緒乃(おの)呼んで来て」

「分かった、母さん」

 四谷はバスルームに向かい、服を脱いでシャワーを浴びる。

 夜風に冷えた指先と、10キロ30分のジョギングで汗にまみれた衣服の下の身体を、熱い湯が洗い流しつつ温める。

 その身体は、16歳のしなやかさは残すが鋼のような筋肉に覆われ、肌は細かい傷痕と痣だらけだった。

「ふんふふふーん♪」

 鼻歌を歌う。



 2000年代初頭。

 異常気象による夏期の異常な高温により、その地域の農業に危機が訪れた。

 この事態に対抗すべく種苗会社はトウモロコシの品種改良を模索した。その中の1品種は、既存のピュアホワイト系を更に発展させ、黄熟期に至っても芯までサクサク食べられる、戦況を一変させる可能性を持っていたが、有機栽培を必須とする困難さやコスト高により、ペーパープランのまま据え置かれた。

 これに反発したプロジェクトリーダーである研究者は、試作段階にあった種を持ち出し、密かに開発を続行、栽培可能な試作種を完成させた。

 事態を察知した種苗会社の追跡を振り切り、研究者はJAに身柄の保護を要請。

 保護要請を承諾したJAは、研究者から試作種の提供を受けた。従来の作物不振に伴う余剰人員の集中的投入より、手間のかかる本種の量産に成功した。

 出荷後、本種はたちまち売り上げを伸ばした。実にその1/3のシェアを獲得、JAは自らの売り上げに恐怖した。

 未曾有の事態に、JAは様々な費用を使い、そのうちの1つとして開発されたのが、有機農法を讃える「ふんふん節」だった。地元の学校教育に導入されたものの、「食事時に歌われて食欲がなくなる」「言葉が遅くなる」「日本死ね」などのクレームが3件寄せられた為、封印された。

 しかし、人類の根源的旋律と、ハミングだけで大体歌えるという手軽さから、人々の鼻に度々挙がる曲となったのだった。尚、これ以前に同様の曲があったという記録があっても、文化盗用の捏造でしかないので、謝罪と賠償をするように。



 風呂場から出た四谷は、身体を拭きながら2階に上がり、ハート型に「緒乃」と文字が入った札の下がった戸をノックする。

「おい、緒乃、飯だぞ」

「あ、お帰り、兄ちゃん」

 ノータイムで戸が開く。

 ヘッドフォンを着けたままの妹の緒乃が、拡大装置の付いたゴーグルを額に上げる。ドアの奥に見える学習机の上には小さい回路と、無数の微小なチップ類が並んでいた。

 髪は後ろでおだんごにまとめている。四谷と大体同じ顔の作りだが、ずっと幼いせいか結構可愛らしく見えていた。

「ね、新しい装置作ったんだよ、使ってみてよ」

「先に飯だよ」

「もう、大発明なのに」

「腹が減っては戦は出来ん。最後に強いのは糖分が足りているヤツだぞ」

「はあい」

 不満げな顔をしながらも、ヘッドフォンを外して部屋から出る。ヘッドフォンから足音が、エコーのように響いていた。

「今日のご飯何?」

「野菜炒めまでは見た」

「あ、パクチーの匂い! 水餃子かな?」

「カメムシだって」

「えー、あれマズい」

「夕食とは別のとこで発生した臭いだよ」

「あ、そうなの」

「てか、お前、カメムシ喰った事あるの?」

「苫小牧の大会ん時。もちろん、食べてないよ? 噛み砕いただけ」

「ああ、あの時の相手、何で唾を吐きかけられただけで動揺したのかと思ったら、そういう事だったのか」

「使えるものは何でも使うのが、eスポーツのモットーだからね!」

 緒乃は、自分のこめかみの手術後を見せる。

「新しいRTA脳細胞、買っちゃった!」

「デスゲプレイヤーには辿り着けない境地だな。我が妹ながらアレな奴」

「そんな事ないよ、兄ちゃんなら、クラスC改造でもいい線行くって!」

「クラスDの時点でデスゲに戻れねえじゃねえか」

「いっそ、転換したり?」

「いや、そもそも、命が天秤に乗ってないと本気が出ねえんだ」

「もう! 兄ちゃんはカッコイイなぁ!」

「よせやい」

 妙に長い階段を降りて、2人はダイニングに向かう。

 四谷は座りながらリビング用PCモニタのリモコンに手を伸ばす。

「公輝、ご飯中にデスゲ動画はやめときなさい」

 母が言う。

「今日、人気配信者『デス。』の生配信なんだよ」

「ダメです。ご飯中は、デスゲ禁止」

「はあい」

 不満げながらも、四谷はチャンネルをアニメ配信に切り替えた。画面の中で、脚の綺麗な黄色い美少女の戦士が、星を飛ばして敵を攻撃したり、重たい物を持ち上げたりしている。

「じゃ、いただきます」

 4人は食卓を囲んで食べ始める。

 しばらく無言で箸が動く。

 モニタでは、青い戦士がピンクメッシュの戦士といちゃついていた。

「公輝、部活はどうだ?」

 父が尋ねる。

「同好会だよ。会員が足りないから、存続が危なくなって来たよ」

「それは大変だな。勧誘するのか?」

「そのつもりだけど、俺達の世界に踏み込む命知らずって、やっぱりそうそうはいないだろうからな。ガソリンの味とか知らない奴らばっかりだから」

「だろうな。一般人を迂闊に修羅の道に誘うのは、互いにとって良くない。心から信頼し合える、背中を許せると思った相手ですら、裏切る事があるのがこの世界だ。でも、こんな時代でも、人を信じる心は大事なものだ」

「分かってるよ」

「良いか、何があっても、デスゲームの評判を下げるような事はするなよ。我々が何故、ここに在るかを忘れるな」

「忘れた事なんてないさ」


 翌朝。

 四谷のベッドの枕元のデジタルの目覚まし時計が、午前6時29分を表示している。秒表示が58、59、

 そして、6時30分になる瞬間。

 四谷の手が、スイッチを押した。同時に枕の下から金属製のボールペンを取るなりベッドから飛び起きる。間髪入れず、ボールペンの尻側を突く形で、正確に3箇所繰り出す。仮想敵の両目と眉間だった。

 ペン先を突き刺す方が威力があると考えがちだが、実際にはその逆。尖っていないボールペンの尻側の方が、標的の表面で滑ったり、破損し力が減衰する事が少なく、結果としてストッピングパワーに勝る。

「体内時計は良いみたいだな」

 四谷は目覚まし時計のスヌーズ用スイッチをオフにしてから、パジャマを脱ぎ制服のワイシャツまで着てから、階下に降りる。

「おはよう、公輝」

 ダイニングにやって来た四谷に、母が挨拶する。

 既に父と緒乃が朝食を食べ始めている。

 四谷は顔を洗い、口をすすいでから、味噌汁とご飯をよそって席につく。

 テーブルには、糠ニシンとキャベツの漬け物、作り置きの野菜の煮転がし、大根の葉っぱと煮干しを炒めたものが並ぶ。

「いただきます」

「めしあがれ」

 母はコーヒーを飲みつつ、タブレットで今日のニュースを眺める。

「公輝、今日の帰りに牛乳買って来て。クリームシチューにするから」

「いいけど、勧誘の作業で遅くなると思うよ」

「調整なさい。これぐらいで予定が狂うようじゃ、イレギュラーに対応出来ないわよ」

「……最初から、分かって頼んだな?」

「さあ、どうかしらね」

 母は残忍な笑みを浮かべる。

「父さんは趣味が悪いんじゃあないかな」

 四谷はこそりと父に言う。

「かわいいだろ」

 父はお茶を啜った。

「この結婚も、もしもデスゲームや一連の――」

「行って来ます」


 ランニングで通学した四谷は、教室に辿り着く。帰りと違い、ペースをやや落としている為、周囲が見咎める程の汗はかいていない。

「おはよー、四谷」

「うぃーっす」

「おはよう!」

 クラスメイトの何人かと挨拶を交わしつつ席に着く。

「なあ四谷」

 クラスメイトが声をかけて来る。顔が長く、歯の白さが目立つ男子生徒だった。

「昨日の学級グループに送ったメッセージ、あれマジか?」

「おっ、デスゲ部興味あるか?」

「えっ、そんなメッセ来てたか?」

 別のクラスメイトが話に入って来る。茶髪でピアスがまぶたまで付いている。

「そういうのなら誘ってよ、四谷ちゃん! おれ、頭にフルスイングとか出来るタイプだし、活躍できちゃうぜ?」

「やめとけ良男、生きる世界が違う」

「んだと? ぶっ殺されてぇのか!」

 言葉が言い終わる前に、四谷は左手を一閃した。

 いつの間にか出したタブレットケースから、タブレットが1粒飛び出し、良男の口に入っていた。

「ん!?」

「特製タブレットだ。ガソリン、麻薬、青酸カリ、たわし、様々な味を常に知っておく為の、オレの超絶可愛い妹が開発した訓練アイテムだ。お前は何味が当たったかな?」

「……ひつまぶし、だった」

「良男、お前……」

 四谷は目を見開く。

「お前何故、鰻丼ではなくひつまぶしと判断した。薬味を入れる前のひつまぶし味だぞ!」

「え? ええと、俺、名古屋生まれで、食べ慣れてたから」

「フフッ……どうやらお前の事を見くびっていたようだな、良雄。デスゲームに必要なのは、細かな気づきと常識を覆し他者を出し抜く発想。お前の能力は、役に立つ。入らないか」

「無理、俺、テニス部だし」

「名前だけで良いから!」

「えー、どうしようかなぁ」

「5千円やるから」

「分かった」

「……堂々と買収したね」

「ん? 会員勧誘に、金銭的利益を供与してはならないなんて、どこのルールに書いてあったかな?」

「ないけど、そういう事やるとさ」

「やったぜ、名前だけ入部するつったら、四谷5千円くれたぜ」

「うわ、すげえ、おれも!」

「入ってやるぞ!」

「興味あったんだけどやめよ」

「そんなぐらいだったらやめとこ」

「……ほら、ろくな事にならない」

「フッ、オレがそんな事も考えてないと思うのか? さっきの5千円は、ニセモノだ!」

「こっ、これは偽円天札! 畜生、5千円札なんて滅多に見ないから、全然気付かなかった!」

「そうだろう。津田三蔵の顔を覚えているヤツなどまずおるまい」

「四谷君、君も大概だよ」

 買収がフェイクだと分かり、クラスメイト達は四谷の席の周りから立ち去り、最初に話しかけた男子生徒だけが残った。

「そんで、ジュースぐらいは奢るけど、どうだ?」

「興味が無いとは言わないけど、やっぱり怖いなぁ」

 話すうちに、始業前のチャイムが鳴り、担任の教師が入って来る。

「じゃ、出席を取るぞ。市ノ瀬――」

 1人ずつ生徒の名前を読み上げていく。

「――宇田川。小山内! 来てないか、小山内!」

 返事のなかった生徒の名を改めて呼ぶ。

 と。

 勢い良く戸が開いて、女子生徒が現れた。

 ツリ目でギザ歯だが、美少女と呼んで良い顔立ちをしている。この場合のギザ歯は、歯並びの悪さを表す乱杭歯とは異なる、心的表現に類するものだった。

「セーーーフ!!」

「アウトだ。小山内(おさない)パトリシア遅刻」

「なんでよ! まだ出欠取ってた最中でしょ! 朝の配信で関ヶ原004特集やってたのよ! ちょっとぐらい遅れても仕方ないじゃない!」

 無言で教師が睨む。

「あ、ハイ、すませんした……」

 ノリで押し切れないと察した小山内は、ぺこぺこ頭を下げながら四谷の隣りの席に着いた。


「あああーーーーもう、腹立つ!」

 1時間目が終わって、休み時間、小山内がわめく。

「ノリ悪すぎない? 理不尽暴力系美少女の傍若無人な言動に、皆生暖かい笑顔で受け入れるのが流行りでしょうが!」

「その時に生まれた人類は、もうアラフィフだぞ」

 四谷は、教科書とノートを揃える。

「歴史は繰り返すって言うでしょ」

「流行の半纏着ないのは馬鹿とも言う。繰り返しが来る前はやっぱり流行りに乗れてない残念なヤツだよ」

「ふん、そんな事言ってると、あんたご執心のデスゲームだってオワコンになるわよ」

「馬鹿を言え、デスゲームは竹取物語から続く物語の根本構造だ」

「かぐや姫にどんなデス要素あんのよ」

「創作を離れても、死を賭けたゲームや、プレイ中に死を伴うゲームは枚挙にいとまがない。古代スパルタの教育なんかは人権がアレな時代だったせいで、創作物より酷いぞ」

「分かった分かった。でもだとしたら、なんで会員不足で部室取り上げられそうになってんのよ」

「それは……その、うん、えへへ」

「そ、そんなに可愛く笑ったぐらいじゃごまかされないんだからね!」

「でも現実として人が入らないで困っているという事実はあるんだ。入ってくれないか、パティ?」

「ちゃんと頭を下げてお願いするなら、考慮しないでもないけど」

「お願いいたします」

 四谷は机の上で土下座する。

「ノータイム土下座ねぇ。確かに誠意があるみたいだけど、それだけじゃねぇ」

「焼き土下座でもしろってのか」

「あんなの出来なくて当たり前でしょ。ほんのちょっぴりの負荷、そう、これでどう?」

 小山内は自分の上履きを片方、土下座する四谷に差し出す。

「くっ……やるともさ!」

 1度頭を上げた後、小山内は脱ぎたての上履きを両手の間、丁度顔が降りる辺りに置く。

 そして、一気に頭を下げた。

「う……む、ぐ、げ、げほっ、むぐ、おぐおおおおおおお、ま、負けるか、畜生、鼻が、うごあああああ、ぬおおおおおお!」

「……そこまで臭がらなくても良いじゃない」

「まったくだ、酷いでやんすね!」

「そうとも、小山内殿の上履きだったら、拙者ならばペロペロでござるよ」

「フンガー!」

「出たな親衛隊。非現実存在め」

「どっちがでやんす。小山内殿を泣かせるようなヤツは、ヤツは、ヤツは、超うらやましいでやんす! 手の届かないアイドル的存在は、我らを認識もしてくれないのが当然。にも関わらず、上履きを! しかも、それに対して涙まで流させるなんて! うおおおおお、うらやまけしからんでやんす! かくなる上は、リョナ同人誌を書いて、せめて我らと同じストーリー外の存在が彼女に何らかの影響を与えたように錯覚するぶごあああああっ!」

 親衛隊の口に、丸めたティッシュが詰め込まれていた。

「お前らが親衛隊として小山内を神格化するのは良い。だが、リョナだけは妄想も許さん!」

「で、でふが、思想信条の自由がふああああっ!」

「口に出した時点で、戦争なんだよ。リョナとネトラレとショタおねなんてものはな!」

「うひいい、お、覚えていろでやんす」

「後で吠え面かくなでござるよ」

「フンガー」

「あなたたち」

 ティッシュで撃退された1人を支えて帰ろうとする親衛隊に、小山内は声をかける。

「復讐は何も生み出さないわ。憎しみを乗り越えるのよ」

「分かったでやんす!」

「今忘れたでござる」

「フンガー!」

 親衛隊は、スキップしながら帰って行った。

「口ほどにもない」

「お前はアホか」

 上履きを履きながら、小山内は四谷に言う。

「アホとはなんだ、おれはお前をリョナ妄想の脅威から救ってやったんだぞ」

「それは感謝するけど、危なかったのはあんた方だからね? 喧嘩になってたら、部活停止になったかもだよ?」

「あ」

「高校入って少しはクールになったって思ってたけど、そういうとこ変わってないのね。小さい頃も色々あったけど」

「回想入らないの?」

「何の事? 私がいじめられてるのをあんたが物を使った過剰な暴力で助けたせいで、訴訟問題になった事、忘れた訳じゃないでしょ?」

「まあ、そうだけど」

 チャイムが鳴り、教師が教室に入って来た。


「お疲れ!」

 放課後、四谷は部室にやって来る。

「おう四谷」

 近藤が机代わりにしているカラーボックスには、内蔵キーボードを引き出したタブレットが立ててある。

「勧誘はどうだ?」

「もう一押しが足りない」

「そんなところだろうな」

「近藤の方は?」

「なかなかハードルが高いようだ」

 四谷は頭を抱える。

「……畜生、高校に入ってやっとデスゲをやれるようになったのに!」

「子供会ではやらなかったのか?」

「あんなもの子供のお遊びだ。かすり傷ぐらいしかリスクがない」

「まあ子供の場合はもれなくモンペが付いて来るからな」

「昭和の時代なら、子供の遊びは常にデスゲだったのに! 伝説の回転遊具から、ブランコ、用水路、ため池、給食の時間! 様々なデスゲに溢れた油断のならない時代、クズが落ちて行く、あの時代なら、デスゲ部はどれほど規模が大きかった事か!」

「四谷、デスゲと事故死を混同するな。デスゲの死はゲームのスパイスだが、事故死はただの悲劇だ」

「馬鹿な、記録で見たぞ。どう見たって死ぬものを、どう見たって死ぬようにやっている。あれが事故死で通るなら、保険金か何かを騙し取ろうというビジネスが成り立ってしまう」

「保険の話なら、デスゲ施設、生命保険会社、家族の3店方式は今も無くはないだろ。いずれにせよ、今この時代、デスゲームが合法的にプレイ出来る環境に感謝する事だな」

 近藤は、エンターキーを高らかに打ち鳴らした。

「完成だ」

「何を作ってたんだ?」

「これだよ」

 タブレットを見せる。

 そこには、ワードで作られたチラシが表示されていた。

「近藤、行間は、段落からインデントと行間幅を選んで、最小値にした後、12ポイントってのをゼロにしないと反映されないぞ?」

「細かいレイアウトは良い」

「デスゲーム説明会……?」

 影付きのグラデーション塗りをされ、台形配置されたワードアート文字でタイトルが書かれ、いらすとやの「デスゲームで殺される人」の絵が挿入されている。

「論より証拠、説明会で実際のプレイなどをちょっと体験させつつ説明するのが1番だ」

「ちょっと待て、近藤」

「なんだ、いらすとやは商業利用でなければ無料だぞ」

「そうじゃなくて、役所に届けてない相手をデスゲをさせるのか? 傷害か殺人だぞ!」

「体験だよ。サバゲと一緒の、極めて死亡率の低いごっこ遊びだよ」

「そんなの何が面白いってんだよ!!」

「幽霊部員だろうが、クラスP0(ピースフル:軽傷級)の大会にしか参加出来なかろうが、会員は会員だ。部室存続には充分だろう」

「そういうヌルゲーマーが混ぜるとなんと言うかその、会としてのまとまりとか理念がそのぶれるっていうか、存続されたものが結局その」

「気に入らんようだな。我々の間で意見が分かれたら、やっぱりこれだな」

 近藤は棚から拳銃を取る。

 スミス&ウェッソンM29の4インチモデル、6連発リボルバー拳銃のレプリカだった。


「ロシアンルーレットか。模擬弾じゃやる気が出ねえぜ?」

 四谷は苦笑いをする。

「模擬弾を、甘く見ない事だ」

 近藤はケースからエアカートリッジを1発取って、弾頭を見せる。

「こ、これは……」

 弾頭には「肉」の文字が浮き出ていた。

「練習用羞恥弾だ。当たれば額に滑稽な肉の文字が残る。その後の恥ずかしさを考えなければならない分、死ぬより痛いとも言える」

 今時「肉」。

 四谷は戦慄した。

 額に「肉」と書く行為は、「セクシーコマンドー外伝 すごいよマサルさん」の時代ですら、「完全に賞味期限が切れたネタをわざわざやっている事が面白い」という意味のギャグにされていたもの。これが純粋にギャグとして成り立ったのは、原典である『キン肉マン』の1巻、つまり、70年以上昔であった。

(よもやこの現代に、人類が木星に着いた程の時代に、携帯電話が20Gになった時代に、サイボーグ技術により体調回復した6代目円楽が相変わらず笑点の司会を続けているこの時代に)

 心臓が早鐘のように打ち鳴らされる。

(喰らえば、クラスにおけるおれのクールガイのイメージが狂ってしまう。だがしかし、近藤にチキン野郎、具体的にはフライドチキンの脳味噌みたいでキモイと言われる腎臓部分として扱われる方が、おれは辛い! 何と言っても、うちのクラスの女子は、胸が発育途上だ!)

「……良い、だろう」

「ルールは順回転、打ち切り。どっちが先に引く?」

「うむ……」

 四谷は高速で思考を始める。

 それは常人がウィキペディアを参考にしながら30分は熟考する事を、1秒で済ませる程のスピードだった。デスゲ引退者が揃って将棋の大会で早指しで勝ちまくったのも、この技術によるところが大きい。

 ただし、経験による発想力は専門の者には及ばなかったので、AI羽生に5人差しで倒され、「マングース軍団全滅」と報道された事は記憶に新しい。

 それでもデスゲプレイヤーの総合的な暗算能力はすさまじく、カードゲームで捨てた枚数から残りの全てのカードの枚数を出すような事は、呼吸と変わらず行える。

 おおよそ、ウィキペディアや電卓程度で解ける謎かけは、その量の過多を問わずデスゲームプレイヤーにとって足止めにならない。

(ロシアンルーレットは、1発の弾丸が入った銃の銃口を自分の頭に向け、双方3回づつ引き金を引くというゲームだ。弾丸が出た時点で死亡または重傷となり負けが決定する。本来の作法では、最後の1発で負け確定となった参加者が自暴自棄にならないよう立会人がにらみを利かせるものだ)

 近藤は四谷をじっと見つめている。実際にはまだ0.2秒も経っていない。

(素朴な直観では引き金を最初に引く方が良いと思いがちだが、回し直しをしない限り、確率で言えばいつ引いても違いはない。そしてロシアンルーレット用拳銃のシリンダーにはカバーが付いて弾丸を覗く事は出来ない。つまり、100パーセント運任せの勝負になる。まともなデスゲームで運試しはない。そう見えるものは確実にイカサマが仕込まれる!)

 四谷の腕時計の秒針が、僅かずつ動いている。額から流れ落ちた汗が、アゴを伝って落ちる。何故か、汗だけもの凄いスピードだった。

(どんなイカサマが出来る?)

 拳銃は外見的には何のおかしいところもない。

 ガス機構がカートリッジで完結したシステムであり、発射薬が圧縮ガスに置き換わっているぐらいで実弾と構造はほぼ同じ。発射機である銃もその形状はほとんど変わらない。

(2043年の世界的デスゲプレイヤー、マイケル・デービスの動画では、相手は最後の1回が引けず、逃げようとした為、立会人の手で射殺されている。マイケルはあの時)

「引かないなら、私からやるぞ」

(え)

 言うなり、近藤は自分の額に銃口を押し当て、立て続けに3回引き金を引いた。

「お前の番だ」

「近藤」

 銃を受け取りながら、四谷は勝利を確信した笑みを浮かべる。

「マイケル・デービスの決闘。あの時、彼は、相手に最後の1発を引く心の強さがない事を見破り、最初から弾丸を壊し不発にしていた!」

 四谷は額に銃口を向ける。

「だが、オレにそれは通用しない!」

 引き金を引いた瞬間、四谷はのけぞって倒れた。

「――痛ったあああああああ!」

 瞬間的に近藤が投げたクッションが、四谷の後頭部を守る。

「ノオオオオオ!」

 四谷は額を押さえてのたうつ。

「な、何故!」

「私が選んだ銃に、私が装弾して私がシリンダーを回した後、私が先攻を選んだのに、負ける訳ないだろ」

「はっ!? 調整して?」

「銃器は、海外旅行回数の多い私に圧倒的なアドバンテージがある。お前がこの勝負に勝つ方法は、1番最初に『勝負方法はこっちに選ばせてくれ』と言う事だった訳だよ」

 近藤は四谷の額に浮かんでいく小さな「肉」の文字に、正方形型のサビオを貼る。

「敵の出した勝負や道具をそのまま受けるというのが、甘すぎる。命がかかってないから、調子が出なかった、なんて言うなよ?」

 近藤は、バンドエイドの上から指先で弾く。

「デスゲームは、命をかけない勝負の後に大勝負が控えているパターンも多い。そして小さな負けは疲労や負傷、道具の消耗などをもたらす。負け続けからの大逆転のファインプレーをする選手なんてのは、結局いずれは死ぬんだよ」


 芸能プロダクション『MKW』会議室。

「――デビューライブの配信、1万再生突破、おめでとうね」

 スーツ姿の若い男のマネージャーが、タブレットを操作し、動画を停止させる。

 テーブル越しにのぞき込んでいた4人も顔を上げる。高校生ぐらいの、少年と言って良い年齢に見えた。

「やっぱりピンの時より、ずっと伸びてますね、結城さん」

 坊主頭の少年が嬉しげに再生数を見る。

「で、この勢いで、次の仕事だよ」

 マネージャーは、タブレットの画面を切り替える。画面に「社外秘」のマークがついた番組台本の表紙が表示された。

「DTV本社制作の年末特番。デスゲームバラエティ『札幌トモダチ公園』だ」

「――テレビでデスゲーム?」

 少年達4人は互いに顔を見合わせる。

「そう。デビューの勢いを活かして、ドーンと人気者になっちゃおうって企画よ」

 マネージャーは答える。

「デスゲーム? やんの? 俺達が? 結城さん?」

 坊主頭の少年が聞き返す。

「幾つかの参加グループの1つだけど、1番若いし目立つと思うよ、小早川チャン」

「おれ、まだ死にたくねーんだけど」

「半年間は仕事を断らないって契約、命の危険があるなら無効ですよね」

 眼鏡をかけた少年がマネージャーを睨む。

「大丈夫、ジョブ! 石ちゃん、吉川クン。テレビだよ? 本当に死ぬようなものやらないって。プロレスよ、プロレス」

「でもマネージャー、だとしたら企画はネットの後追いで内容もヤラセって事でしょ? 視聴率取れるかなぁ。そんな事してるから、オワコン呼ばわりされんだよ」

 のんびりした調子の少年が呆れ顔をする。

「そうか小西? 俺ぁ好きだけどね、テレビ。どうやって青汁の宣伝ねじ込んでくるか、予想するゲームなとこあるじゃん」

「小早川君は好きなんだろうけど、僕はねぇ」

「小西チャン、やらせと言えば聞こえが悪いけどね。動画のデスゲだって、たまには死人が出ない事だってあるっしょ? 学生向けデスゲなんか特にさ」

「最初からその企画ありきで結成させましたね、このグループ」

 眼鏡をかけた少年は、眉をひそめるが、命の危険がないと言われたせいか、幾分表情は和らいでいた。

「別に良いじゃん、吉川。生き死になんて、デスゲの専売でもねえだろ?」

「ま、ね」

「そーかぁ?」

「小早川チャンの言う通りだよん、石ちゃん。台風レポートなんか、オフレコだけど毎年何人かは死んでるし、バラエティで事故ってお蔵入りなんてあるあるっしょ? 今回の特番が視聴率取れれば、レギュラー番組化の話もあるって言うし、頑張ってよ」

「レギュラー化した時に出演者一新されないと良いですけどね」

「んな先の事考えても仕方ねーだろ、吉川。チャンスさえ見送りで、一体いつヒット打つんだよ」

「やらないとは言ってませんよ」

「僕もまあそこまで嫌がる企画でもない気がしてきたよ」

「お前らもか」

「石田、お前、納得出来ねえか?」

「いや、まぁさ、ピンで売れねえおれらのチャンスだもんな。デスゲやってる友達も知ってるけど、足並みが揃ってれば変な事故にはなんねーかな」

「おっ、石ちゃんもOKね。じゃ、役所の時限付きでデスゲの申請ね。週末までに済ませて持って来て」

 マネージャーはA4サイズの書類を配る。

「マネージャ、これ代理人申請出来ねーの? 今週歯医者の予約入れてんだけど」

「デスゲ申請は本人申請が大前提で、代理申請が認められるのは主治医、弁護士、成年後見人だけですよ、石田君」

「日付と時間は、この鉛筆でうっすら書いてるのの通りー?」

「そ。12月31日の12時から23時59分まで、よろしく」

「へえ、半日しか効果ねーんだ」

「悪用されたら大変でしょうしからね」

「この時間内、別件で死んでもデスゲ扱いされかねないから、変な予定入れちゃダメよ?」

「……じゃあ今年の年越しはお前らと地味にやるしかないじゃん」

「いいんじゃない? そーいうの好きだよー」

「何か年越しパーティーの企画でもしておきますか。グダグダ過ごすと間が持たないでしょう」

「んじゃ頼まー、吉川」

「じゃ、頑張ろう、みんな。2051年は、関ヶ原004がテレビデスゲの代名詞だよん!」

「「「「はいっ!」」」」


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