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プロローグ デスゲーム狂時代


「ウソついたらハリセンボンのますよ」

「いいもん、ほんとだもん!」

「こら、あなたたち!」

「あっ」

「せんせい……」

「デスゲームは、大きくなってからになさいって言ったでしょ!」

「ほんとうにのむわけじゃないよ」

「そうだよ」

「それじゃあ嘘でしょ。約束守らないで嘘つく悪い子は、閻魔様に舌を抜かれちゃうのよ!」

「えんまさまなんて、ほんとうにはいないじゃん」

「います! いなかったら、閻魔様に舌を切られてもいいわ!」


■無慈悲に奪われる人生最初のデスゲーム機会■

 天井の低い、薄暗い通路に足音が響く。

 ジャージ姿の男と女が、通路を走っていた。

「残り時間は」

 男は首にはめたリングに指を触れつつ尋ねる。少年と大人の中間のような顔つきをしていた。

「12分」

 女が自分の腕時計を確認し答える。男と同じぐらいの年代で、首に同じリングがはまっている。

 通路の先は行き止まりになっていた。

 男は側面の壁を一定間隔で叩き始める。女は行き止まりの正面の壁の方を叩く。

 4メートル程叩き進めたところで、音が変わった。

「ここだ」

 女が戻って来ると同時に、男は壁の右を押す。

 僅かに壁が奥に押し込まれ、左側が開きかける。

 隠しドアだった。

 隠しドアは、右側を押している間だけ開き、力を緩めると、強力なスプリングが効いて、すぐ閉まる。

 左側は押してもビクともしない。把手がないので引く事は出来ない。隠しドアの軸は右に大きく偏っており、押し通る事は出来ない。

 つまり1人が押し開けている間に、もう1人が通る構造。どちらか1人しか先へ進めない。

 だが、2人の動きに躊躇いはない。

 男は足元を整え、一気に隠しドアの右側を押す。女は開きかけた隠しドアの左縁に手をかけ引っ張る。

 女がドアを支える間に、男は手を離し同じく左縁を掴む。

 今度は女が手を離し、ドアの内側にまわり込みざま、ドアに体当たりをする。ドアの閉まる速度が弛んだ一瞬、男もドアの開いた先に飛び込む。

 隠しドアをくぐる事に成功した2人の足元には。

 何もなかった。

 正面の暗闇にLED灯で「GAME OVER」の文字が浮かんだ。


 2人は虚空に放り出された形になった。

 ドアは出窓のように張り出していた。どこにも足場がない。前方左右、掴まられる出っ張りもない。

 しかし、2人は落下していなかった。

 男が脱いだジャージの上着をドアに挟ませ、ぶら下がっていた。

 落下を確信した瞬間、男は咄嗟にジャージを脱いで、裾を隠しドアに挟ませていた。

 驚異的な反射神経では片付かない、常人なら無理なんじゃねーかな、という。動きだった。

 だが、どんなにおかしく見えようと、やり過ぎだろうと、まあどうにか出来ない事もない動きは出来る、これがこの世界の彼らの現実リアルなのだ。

 開ける時の障害であったドアの重さは、今や強力な保持力としてジャージを掴み、男を支える。更に同じように、男の下半身を掴んでぶら下がった女を支えても余裕がある。無論これは、性的な暗喩ではない。

 特製のジャージに編み込まれた超鋼ファイバーは、実際には第3世代超高張力鋼を含む数十種の複合繊維で、引っ張りと剪断に高い耐性があり、現在100年計画で建造中の国際軌道エレベーターの素材に使用されている。

 男はぶら下がったままポケットからマグライトを出し、灯す。

 眼下は6メートル程の深さで、隠しドアは壁から1メートル程張り出していて、2人は完全な宙ぶらりんになっている。

 床はコンクリートで、10センチほどの鉄骨が飛び出しているのが見えた。

 20メートル程の高さで致死率は5割前後。6メートルはそれよりずっと低いが、鉄骨が飛び出しているとなれば、全く状況は異なる。

 飛び降りた時に踏み抜けば足が破壊され、それを免れても、転がりつつ勢いを分散させる5点接地が出来ず、足、膝、股関節、脊椎、どこかしらが粉砕する可能性は高い。

 だが、男は迷う間を見せず、すぐさま行動する。そもそも男は、これまで一瞬も静止していない。

 ぶら下がったまま、ジャージのズボンを脱ぎ、上のジャージとつないで長さを足す。女も自分のを脱いでズボンの反対側に足す。

 3メートル程延長されれば、手と身長を足して床まで1メートル程の高さにしかならない。先に男にぶら下がっていた女が、一呼吸遅れて男が降り立った。

 男がジャージを横に引くと、結び目が解け、ドアに直接挟まったジャージ以外は回収出来た。

 降り立った床からは、先ほどの電光の「GAME OVER」の下に、「WHEN YOU GIVE UP」の文字が続いているのが見えた。

 2人の着地を検知して、照明が点く。

 ひときわ明るいスポットライトが、立て札を示す。

『最終問題 ドクドク☆魔女裁判』

 と書かれている。

 同時にスピーカーから説明メッセージが流れ始める。

『第4分岐ルート、最終ゲームです』

 鉄道駅のアナウンスでよく耳にする声だった。

 微かに水の流れる音を2人の耳が捉える。

 2人は通路を15メートル程前進する。水の流れる音は、より大きくなってきた。

 通路は右に直角な曲がり角となっていて、曲がった先はかなり広い通路に見える。

 近くまで来ると、曲がり角と見えた先は床がなく、水路になっていた。

 水面は5メートル程下で、流れはかなり速い。


『伝統的デスゲーム、魔女裁判です』

 音声メッセージが流れる。

『沈めばその邪悪故に神の加護を受けられなかった魔女、浮き上がれば妖術を使う魔女として処断されます。さあ、神を信じて飛び込みましょう』

 男は音声メッセージの終了を待たず、橋から水に飛び降りた。

 その動きを感知し。

 壁にずらりと並んだ噴出口から、水面すれすれに気体が噴出された。着色された気体は、水面に滞留している。

 実際には――この気体はブタン、いわゆるLPガスである。

 ブタンはそれ自体は無害であり、直ちに命を奪う毒ガスではないが、酸素濃度を低下させる。仮に激流を泳げたとしても、息継ぎをするうちに酸欠になる。かと言って、いつまでも水の中にいても溺死する。

 水に飛び降りるのは自殺行為だった。

 しかし、男の姿の見えない水面に向け、女も飛び降りた。

 この後、水面から2人が浮かび上がる事は、決してなかった。

『――爆破リングのカウントダウンを停止します。サービス提供は完了です』

 施設の宣伝テーマが流れ始める。

『3つのコース、月替わりの内容。思い出に残るあなただけの締めくくり。動画配信されないプレミアムコースもあり。ご用命は、回転寿司名越でおなじみ名越フーズ運営・札幌支援場へ。お得な回数チケット販売中! 学生割引実施中! 通常支援もやってまーす!』


「ふぅ」

 男は溜息をつく。

「判断が早かったじゃないか」

 女は汗を拭う。

「水に飛び込めってのは、初級のミスリードなので除外した」

 2人は、橋の裏に据え付けられた板に腰をかけていた。

「魔女裁判というワードが出た場合、提示された選択肢はいずれも死に繋がるので、第3の解決方法を探した。」

「うむ」

「まず、突き当たりと背面は外壁の位置なので除外だな」

「1メートルぐらいだよな」

「水流の音が響いていたので音波探知は出来ないが、逆に攪乱の意図も見えた。見渡せる範囲には何もなかったので、後は下しかない」

 ――男はあの時、確かに飛び降りた。

 だが、その角度が異常だった。

 自然な動きならば、通路を蹴って放物線を描いて降りる。だが、男はほぼ真下に、通路の方を向いて、鼻の頭をこすりそうな軌跡で落下した。

 通路の床の厚さ分落ちた後、彼の目の前に現れたのは、ネットフェンスだった。

 関係者以外は立ち入り禁止の施設を囲う事などに使われる、小学生なら誰もが登った事のある、緑色のニクいヤツである。

 男はこのフェンスに掴まり落下を止め、そのままよじのぼった。ネットフェンスは上端が開いており、その奥、つまり通路の真下には、床が作られ安全地帯となっていた。


 落下しながらフェンスを見つけ、掴まり安全地帯までよじ登る。

 驚異的な反射神経と運動能力。本当に出来るか怪しい動きだった。だが細かい事はどうでも良い、なんか出来そうな事は出来るのだ。非人道的な訓練とか、禁止されない程度の薬物とか、火事場の馬鹿力とか、なんかそういうのが複合的になって、成し遂げたのだ。

「助けられたな、四谷」

 女は髪留めを外す。髪が解け、肩までのややウェーブのかかった茶色がかったロングヘアである事が分かる。汗で濡れた顔に、ややまとわりつく前髪を払いのける。

「お前でも分かったろ、近藤」

「万が一って事もあるからな。いつも先に動いてもらっている気がするよ」

「迷うより動けだ。生き残ったな」

「うむ。生きてる」

 2人は笑って拳を打ち合わせる。

「さて帰るか」

「ジャージ回収出来っかな」

「金属疲労してるから買い換えた方が良いだろ」

「……あれ超高いんだけど」

「だから、第2ステージのアイテム選択でカギ縄を選べと言ったんだ」

「おしゃれ小鉢セットも役に立ったろ?」

「無理矢理見せ場を作っただけだろが」


 株式会社名越フーズ所有『札幌支援場』前。

「――命を粗末にするデスゲーム施設を許すな!」

 プラカードを持った市民が、マイクロフォンで怒鳴る。

「未来ある若者を騙し命を奪う、汚い大人の陰謀から子ども達を守れ!」

 高い塀に囲まれた施設の門の前で、デモの一団は声を荒げる。

 コンクリートの門柱にはスチールのプレートで「許可番号0001(北海道) 生存支援施設 札幌支援場 株式会社名越フーズ」

 とあった。

 デモ隊は30名ほど。老若、肌や髪の色、国籍、宗教、支持政党など様々で、多様性は保たれていた。もちろん美男美女はほぼいないとても正しい集団だった。

 誰もが真っ直ぐな瞳で施設を睨みつけ、声を上げる。

「国家はこの犯罪的行為を見逃すな!」

「残された遺族は泣いている!」

 プラカードの幾つかは、交通事故にでも遭ったかのようなボロボロの死体の写真を引き延ばしたものが載っている。もしも、これがこの施設内で行われていたとしたら、大変残酷な事に違いない。

 そのうちの1人、ニグロイドと思しき男が、手慣れた様子でニコン製一眼レフカメラのシャッターを何度も切っている。

「人殺しのデスゲームを、絶対許してはならんのじゃ!」

 まだ、中学か高校生ぐらいの少女も声を張り上げていた。小柄だがスレンダーで、ショートヘアに勝ち気そうな顔立ちから、少年のようにも見える。つまり、この集団にあって、唯一政治的に正しくない容姿をしていた。

 塀の陰から、ボディーアーマーを装着したセキュリティスタッフが現れ、強化樹脂の盾でデモ隊を押し下げていく。

「周辺歩道は私有地です。退去して下さい。これに従わない場合、不法侵入として犯罪要件を満たします。ご意見につきましては、名越フーズ公式サイトお問い合わせ窓口からお願いします」

 セキュリティスタッフが、録音された警告音声を流しながら、彼らを押しのける。

 その間を、施設から出て来た制服姿の学生達が通り抜ける。

 学生の中には、包帯を巻いた者や、痣が出来ている者もいた。

 そして、先ほどゲームをクリアした男女の姿もあった。ジャージから高校の制服に着替え、別の学校の生徒らと話しながら歩いている。

「貴様ら、うちの学校じゃな! 命をオモチャに!」

 デモ隊の少女が、セキュリティをすり抜け2人に詰め寄ったのと同時に。

「命を弄ぶデスゲーマーなど、死んでしまえ!」

 デモ隊の数名が、瓶を投擲した。

「え」

 瓶は、学生らを狙っていた。瓶の軌跡に、今詰め寄ったデモ隊の少女が入ってしまっている。

「!?」

 気配を察したデモ隊の少女が振り返る。

 よりも遙かに速く、詰め寄られた制服姿の男女のうち、男の方が動いていた。

 バッグからジャージを引っ張り出して、広げながら鞭のような動きで瓶を打ち払おうとする。

 瓶はジャージが触れた瞬間あっけなく砕け散り、液体がこぼれる。ただの飲料水の瓶ではなく、薬品による易破砕処理を施した、投擲専用瓶だった。

 瓶に当たったジャージは、瓶ごと液体を覆いつつ、車道まで飛んで行った。

 車道に転がったジャージからしみ出した液体は、アスファルトに飛び散ると、激しく反応し、煙を上げた。

 僅かに防ぎ切れなかった微細な滴を、男はデモ隊の少女に覆い被さって防護する。男の制服の背に、微細な孔が開く。

 自質量の200倍ほどの有機化合物に急速に反応する物質。

 人体に触れた場合、肉体の損傷もさることながら、激痛によるショックで心停止する事もある劇物であった。

 微細な1滴でも、遙かに大きな傷となり、仮に目にでも入れば、眼球がえぐれ、失明は免れなかったろう。

 学生服の男は、それを完璧に防ぎ切り、デモ隊の少女の命や、周囲数名の怪我を未然に防いだのだった。

「な、な……」

 少女は座り込んで溶けていくアスファルトを見つめる。初めて直面した死の恐怖に、涙が溢れていた。

 男は少女から離れる。

「早く逃げろ!」

「え、えと」

「巻き込まれるぞ、早く行け」

 男は指で少女の涙を拭ってから、とん、と背中を推す。

 よろめくように踏み出した少女は、時折振り向きながら走り去った。

「同級生には親切だな、四谷。可愛かったしな」

「知ってるか、近藤?」

 男はまだ反応煙の立つジャージをやや名残惜しげに見つつ、女に尋ねる。

「校内で見かけた事はあるが、クラスまでは覚えてないな」

 女は応える。

 その時、缶のようなものが1つ、彼らの中に放り込まれ、一気に周囲が白い煙に包まれる。

「催涙弾だ!」

 誰かが叫ぶ。

 デモ隊は我先にと、誰彼構わず押しのけ、転げながら逃げていく。

 カメラマンは、その様子も撮影を続けていた。


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