8.MMR(源・巻き狩り・調査班)
政子ちゃんから、朝の鍛錬を毎朝見る許しが出た。
「これから、こんな姿が毎日拝めるんだ。
モリちゃん、よくやった。
ボクは、良い家来を持ったよ」
あっ、しまった。心の声を口に出してしまった。
鍛錬を終えた政子ちゃんが、布団の横に座って言う。
「モリちゃんが、良い家来とは限らないわよ」
「えっ、どうして?」
「だって、私が勝った時に何をしてもらうか、決めていなかったじゃない」
「そんなの、お金をいくら払うとか、庭をお掃除しろとかだろ。
負けなくてよかったよ」
「何言ってんのよ。
私にキスしなさい、とかかも知れないでしょ」
コイツ、何言ってんだ?
賭けに勝って、そんな俺が得する要求するわけないじゃん。
でも、ここは乗っておくか。
「そ、そーだなー。残念だなー。政子ちゃんにキスしたかったなー。
モリちゃんは、悪い家来だなー」
「何、棒読みのセリフで返してんのよ。
私にキスするのが、そんなにうれしくないの?」
「あー、ゴホン」
声のする方を見ると、北条時政さんがいた。
ひ、ひえー、ボクはキスしたいなんて言ってませんからね。
いや、言ったかな?
坂東武者の中でも、結構強い方に分類される時政さんが、すごい目力でボクを貫いてくる。
その横に控えている次男の義時君も、「姉上に手を出すな」と言わんばかりに睨んでくる。
ボク、やっちまったか?
「ヨリトモ君よー」
時政さんが、ズンズン近付いて来て低い声ですごんでくる。
体が痛くて動けないのに、布団から飛び起きそうになる。
「ひゃ、ひゃい」
まともに返事もできねえ。
これは、傷のせいじゃない。
「政子はなあ、北条家が成り上がっていくための大事な大事な要石のような存在なんだよ。
分かるかあ? 大事な要石のような存在なんだよ」
大事なことなんで、2回言いましたっていうやつか?
政子ちゃんが、ズイッと歩み出ていく。
「お父様、私はそんな漬物石みたいな存在には、なりませんからね」
す、すげえ、この迫力おやじに口応えしたよ。
「ガハハハ。政子、お前がどう言おうとワシはお前を買っておる。
このワシにこんなことを言えるのは、コイツだけだ。
コイツが男だったら、北条家は安泰だったんだがな」
時政さんが、嬉しそうに政子ちゃんの頭をなでる。
「父上、それは聞き捨てなりません。
私がいるではありませんか」
長男の宗時君が、一生懸命アピールしている。
「宗時も義時も、どーも気迫が足りねえんだよなあ。
逆らう相手をビシッと自分に従わせるような迫力がよー」
それが、政子ちゃんにはあるっていうのか?
まあ、間違いなくボクにはないな。
「だからよー。コイツには、コイツを抑えられるような強力なムコ殿をつけて、北条家を盛り立てもらおうと企んでおるわけだ。
しかも、コイツには人物を見極める目が、ワシ以上に備わっとるんだ。
何が言いたいかわかるよな。
お前さんにゃ、政子の旦那になるのは、役不足ってこった」
ええっ? 時政さん、言葉を間違ってるよ。言い間違いだよね?
役不足なら、ボクは政子ちゃんの夫になるのは楽勝って意味だし。
本当に役不足なら、ボクは甘んじてお受けいたしますよ。
この場合は、力不足って言いたかったんだろうな。
さすがに、時政さんにそれを指摘する勇気はなかったが、政子ちゃんが沈黙を破った。
「お父様。私が今まで見た男の中で、最も男らしくて強い方は、ヨリトモ様です」
「あ、姉上、気は確かですか?
こんな昼行燈みたいなやつが最も男らしいって、おかしいでしょう」
義時君、それは酷い言い草だなあ。まあ、その通りなんだけど。
「じゃあ義時。アンタ、武器を持たずに、突進してくるイノシシにぶち当たっていけるの?」
「姉上、そ、それは……」
「ほら、見なさいよ。
ヨリトモ様は、私を守るためにイノシシにぶち当たって、大けがをしたのよ。
おかげで私は、無傷よ。
勇ましいことを言ったり、ハッタリみたいに強さを誇示するのが男らしさじゃ無いわ」
時政さんが、少し落ち着いた様子で話し始める。
「しかしなあ、政子よ。
今の世の中、強い男というのは、戦いに強い男だ。
巻き狩りっていうんは、戦いのシミュレーションみたいなもんなんじゃ。
今まで何度も、ヨリトモ君と一緒に巻き狩りをしているが、一度も活躍しているところを見たことがないぞ」
政子ちゃんは、フフンと勝ち誇ったような表情になる。
「お父様。その時、巻き狩りは楽しかったですか?」
「ああ、そりゃあ楽しむためにやっとるんじゃからな」
「ヨリトモ様は、巻き狩りを自分が楽しむためには、やっておられません。
お父様たちにとって戦いの勝利は、自分が敵を倒すことですよね」
「うん。まあ、そりゃあそうじゃろう」
「でも、ヨリトモ様にとっての戦いは、自軍が敵軍を倒すことなのです。
ですから、巻き狩りにおいても自分が獲物を仕留めることよりも、獲物をどう誘導するか、誰に仕留めさせるかを考えておられるのです。
お父様たちが楽しかったのも、ヨリトモ様の掌の上で踊らされていただけですわ」
「「「な、何だってー!!」」」
うおっ、北条父子がMMR状態だ。
人類は、滅亡しないぞ。落ち着くんだ。
※MMR状態
「話は聞かせてもらった。人類は滅亡する」
「「「な、何だってー!!」」」
という、やり取りを行うこと。
MMRは、マ〇ジン・ミステリー・調査班の頭文字を取ったもの。
20世紀の終わりに、ノストラダムスの大予言をネタに人気のあった漫画。
あとがき
このお話の副題名のMMRは、源・巻き狩り・調査班の頭文字をとったものです。