7.名誉の負傷
「政子ちゃん、どうしたの?」
ボクは、狩場から離れてゴザの上に座った政子ちゃんに話しかける。
「何よ、巻き狩りって。ちっとも面白くないわ」
「いやでも、せっかく勢子さんたちも頑張って獲物を追い出してくれてるんだしさ。
そうだ、ボクは勢子さんたちの動きを上手く操って、獲物を自分の方に向かわせたり、接待したい人の方に向かわせたりするのが得意なんだ。
軍事教練ぽいだろ?
今日は、ボクは政子ちゃんと同じ0点だけど、そうやって楽しんでいるよ」
「でも、初めて巻き狩りに来た私には、そんな難しい楽しみは無理よ。
お父様も巻き狩りから帰ってきたら、何を何匹仕留めたとかそんな自慢ばっかりだったもの」
「じゃあさ、ボクとモリちゃんは主従関係だからヨリモリチームにして、政子ちゃんはヒッキーと組んでマサヨシチームとかどう?
団体戦なら、どうなるかわからないよ」
「どっちにしたって、私が活躍できないことは一緒でしょ。
私は、もう狩りなんかしないからね」
「それなら外馬戦ならどうかな?
モリちゃんとヒッキーのどちらが今日の一位になるか、賭けるんだ。
今のところヒッキーが7点で、モリちゃんが3点だけど、ボクはモリちゃんのご主人だからモリちゃんに賭けるよ」
「それって、比企さんに賭ける私が絶対有利じゃないの。
フェアじゃないわ」
「そういう場合は、賭けるものに差を付ければいいんだよ。
ボクがもし勝ったら、政子ちゃんの朝の鍛錬を毎日見に行く権利をもらうなんてどうかな。
毎日見られたら恥ずかしいだろ?
ヒッキーを応援しちゃうんじゃない?」
「そ、そうね。でも、アンタ勢子を操るのが得意って言ってたわよね。
馬に乗って、あっちに行くのは禁止だからね。
ここで、私と一緒にお茶を飲みながら見ているのよ」
そんなことを言っていると、モリちゃんが飛んできたキジを一羽仕留めた。
「これで、モリちゃんも5点になって、あと2点差になったよ」
「ヒッキー、何やってんのよ。
もっと、がんばりなさいよ!」
ムキになって応援しだした。
そんなにボクに見られるのが嫌だなんて、ちょっとショックだな。
でも、コロコロ表情を変える政子ちゃんが可愛くて、来てよかったなあとホッコリしていた。
「「若ーっ、危ない!」」
モリちゃんとヒッキーの叫び声が同時に聞こえたと思ったら、デカいイノシシがこっちに向かって突進してくる。
弓矢が何本か刺さっている。
手負いの獣ってやつだ。
いつもは逃がさないように沢山の馬で取り囲むのに、今日はたったの2頭だもんな。
しかも、こっちの方でボクたちは、ゴザの上でお茶を飲んでいるんだから。
そりゃ危ないよ。
逃げようと思ったら、正座で座っている政子ちゃんの方に走っている。
これはいかん。
そう思うと、体が先に動いていた。
政子ちゃんを抱きかかえるように守る体勢になった。
ドーン
イノシシの体当たりを食らって、ボクは吹っ飛んだ。
鎧を着こんでいたので牙が刺さらなかったとはいえ、衝撃で肋骨を何本かいかれた気がする。
「若を傷つけるなんて、コイツめ!」
追いかけてきたモリちゃんが、イノシシを仕留めるのが見えた。
「ヨリトモさん、大丈夫?
すぐに逃げられなかった私を守って、ごめんなさい」
おほっ、政子ちゃんに抱きつかれちゃったよ。
「あ、アンタから……、ヨリトモさんに出世したみたいだね」
「何くだらないこと言ってんのよ。死んじゃうかと思ったんだからあ」
ちょっと泣き声だ。
「だ、大丈夫……」
ボクは全然平気なことをアピールしようと思ったが、息ができない。ここで気を失った。
気が付くと知らない天井が見えた。
あれ、ここは何処だ?
フワフワして天国にいるのかな。
違うぞ。布団がフカフカなんだ。
こんなフカフカの布団の中にいるなんて、京都にいた時以来な気がする。
なんでボクは、こんなに上等な布団で寝ているんだ?
関東地方に飛ばされてから、ずっとせんべい布団だったのに。
そうだ。巻き狩りに行って、イノシシに吹っ飛ばされて気を失ったんだ。
起き上がろうとするが……、イテテテ
「アンタ、何を無理してるのよ」
「あれっ? ヨリトモさんに出世したと思ったのに、アンタに戻ってる」
そうか、政子ちゃんがこんな良い布団を用意してくれたのかな?
「だから、そんなくだらないことを言ってないで、おとなしく寝てなさいよ。
目が覚めないから、すっごく心配したんだからね」
目覚めたときに視界に入らなかったけど、ずっとついていてくれたのかな。
「ぼ、ボクは大丈夫だけど、政子ちゃんは大丈夫だった?」
「あ、アンタ、いや、ヨリトモさんが守ってくれたからね。
人の心配してる場合じゃないでしょ。そんな怪我しておいて」
政子ちゃんが、目をそらしながら小さな声でボソボソと答えてくれる。
「結局、巻き狩りはどうなったの?
最後に、モリちゃんがイノシシをやっつけるのが見えた気がしたんだけど」
「賭けは、アンタの勝ちよ」
「おお、じゃあこれからは堂々と朝の鍛錬を見学でき……
って、そういうことじゃなくて、みんな無事に帰れたのかを聞きたかったんだけど」
「アンタ以外は全員無事だったわ。
モリちゃんとヒッキーは、すごく取り乱してたけど」
「そうかあ、みんな無事だったなら良かった」
「アンタねえ。自分がそんなケガしておいて、何を他人の心配してんのよ。
みんなは無事じゃなくて、アンタが意識無くなってたでしょ」
うーん。政子ちゃん、ボクの心配してくれてたんだ。
と、突然政子ちゃんが、障子を開け放つ。
廊下の先に、庭が見える。
今ボクが寝ているのは、いつも政子ちゃんが朝の鍛錬をしている場所の前の部屋か。
こんな部屋、入ったことなかったから、そりゃ見たことない景色だわな。
政子ちゃんは、いつの間にか白装束になっていて、棒を持って朝の鍛錬を始めた。
「ヤーッ、ターッ」
でも、太陽は結構上の方に上っているので、朝ではない気もする。
もしかして、ボクが見たがっていたから、見せてくれているのかな。
そうだとしたら、うれしいなあ。
「ちょっと、何ニヤけてるのよ。
アンタに見せるためじゃないからね。
アンタが起きなかったせいで、朝に鍛錬が出来なかったから、今やってるだけだからね」
それなら、障子を開けなくてもいいはず。
「キタコレ、平安時代のツンデレ。いただきました」
「もおっ、何よそのツンデレとかいうのは?
京都の言葉なの?
どういう意味か教えなさいよ」
「いや、可愛い女の子の仕草に萌えることだよ」
「えっ? 可愛い女の子?」
「うん」
「な、なに言ってるのよ、もう。
恥ずかしいじゃないの」
うわっ、真っ赤になってる。可愛い。
あとがき
厳密にはツンデレの意味は違いますが、まあ許してください。
当然ですが、平安時代にツンデレなどという言葉は無かったはずです。